1 入学式
ガリウス暦3032年4月3日
王都はやけに賑わっていた。街全体がお祭りの前日のようだ。
しかし、それも仕方がないかもしれない。
なんといったって今日は王国が誇る王都フェーズ学院の入学式なのだから。
「あっちだよな」
学院の入り口に少年が立っていた。十代半ばといったところだろうか。
特徴的なのは黒髪の右側に見える一房の白髪だ。
彼は周りの少年少女と同じ服装をしている。しかし、彼らと違って緊張のかけらも見せない。
「まあ、ついていけばわかるか」
彼は誰からともなくそう呟き、流れについていくのであった。
「・・・ということで、これを式の結びとする」
場を呑み込むような学院長の式辞が終わり、厳かな空気がやや和らいだ。
「各生徒は自分の部屋に戻って、荷解きをしてください」
よく通る声で放送され、生徒がそれぞれの部屋に戻りはじめる。その中に、黒髪に一部白髪の混ざった少年、アラスはいた。
(俺が入るのはどんなクラスなんだろ)
コンコン
「どうぞ」
「失礼します」
扉を開くと、装飾がないが使いやすい事務道具が並んでいた。
持ち主の性格をよく表しているのがわかる。
そして、この部屋の主が机で何かを書いていた。
「ご足労すみません、クロード先生」
「いえいえ、問題ないですよ。それで・・・なんのご用でしょう?」
「ええ、それがですね。ある生徒をクラスに入れていただきたいのです」
「普通の生徒ではないのですね?」
「・・・この上なく特殊な生徒でして・・・詳細を話すことはできないのですが、どうかよろしくお願いします」
「・・・分かりました。学院長がそこまで言うなら、引き受けましょう」
学院の寮は四階まであり、幅も広い。寮の設備には食堂や風呂はもちろんのこと、多学年などの知り合いをつくることのできる交流広場や小さな図書室まである。それらの施設は主に一階にあり、男女ともに使える。(もちろん風呂は男女別)ちなみに全寮制だ。
部屋につくなりアラスはベッドに飛び込んだ。
(あー、滅茶苦茶足疲れた)
一休みしたあと、荷解きを始める。持ってきていた荷物が少ないのですぐに終わった。
(足りない分は売店で買えばいいし)
寮には売店があって、毎日開いている。
学院は国が運営しているので他の店よりも安めである。なので、実家が貧乏な学院生には崇め奉られている。
することもなく、手持ち無沙汰になったアラスは一階に降りた。明日からある授業の組分けが発表されているはずだ。
(できれば平穏に過ごしたい)
アラスは友達を作りたいとは思っても目立ちたいとは思わない。しかし、使いっ走りになることは避けたかった。
組分けがはられている掲示板についたはいいが、平均的な身長のアラスには他の生徒が群れている掲示板がよく見えなかった。後ろの方でぴょこぴょこしていると、
「退きたまえ」
後ろから声をかけられた。振り返ると、側にガリガリな男子生徒を侍らせたデブな男子生徒が現れた。
厄介ごとに巻き込まれたくないアラスはスススーとその場から退散する。他の生徒も気づいたようで掲示板から散らばった。
掲示板を独り占めし、その大きな腹を震わせながらデブ生徒は言った。
「はっはっは、僕は1組だね」
「さすがですフルガス様」
(ほうほう、あれが噂に聞く貴族という生き物か)
周りの生徒が縮こまっている中、アラスは珍獣を見つけたかのように観察していた。
「では行くとしよう」
フルガスという生徒は嵐が過ぎ去るかのようにいなくなった。そして、アラスは隣にいた色黒の生徒に聞いた。
「彼は偉いのかい?」
「知らないのか。フルガス様は伯爵家な上、成績も優秀だよ。1組だし」
「1組はすごいのか?」
「組の数が少なくなればなるほど優秀だということだよ」
彼と雑談していると掲示板が空き、組分けを見ることができるようになった。自分の名前を探すが…
「「ないな」」
ハモった。二人で顔を見合わせる。どちらからともなく笑い出した。
「君、名前は?俺はマルバ」
「俺はアラス。よろしくな」
「こちらこそ」
「少しどいてもらってもいいかしら」
アラスとマルバが振り向くと今度は女子生徒を侍らせた茶髪の女子生徒が不機嫌そうに立っていた。
冷や汗を垂らしながら場所を譲る。小市民でしかない二人には重すぎた。
それも数十秒のことだった。お嬢様然とした佇まいの少女が呟いた。
「私の名前がない…」
「私もです」
側に仕えているもう一人の少女が返す。
「君たちも?」
気づいた時にはマルバが話しかけていた。その瞬間、
「掲示板の組分けを見ましたか?名前の載っていなかった生徒は学院長室に集まってください」
(ん?退学?)