想いよ届け、樹に乗せて〜問題用務員、大樹栽培事件〜
ホワイトデーフェア開催、気になるあの子に薔薇を贈っちゃおう!
「んー、むむむ」
多種多様な薔薇の花の前で、無数の衣嚢が縫い付けられた黒色のつなぎを着た少年――ハルア・アナスタシスが難しげな表情を見せる。
品種は違えど目の前に並んだ薔薇の花は、どれもこれも同じように見える。花弁が赤くて、何枚も折り重なっていて、茎がトゲトゲしているあれである。正直な話、どの薔薇を選んでも女の子なら大きな花束を贈ればそれで満足してくれそうな気配がある。
ただ、ハルアはどこまでも真剣だった。もう1時間以上も薔薇の花たちと睨めっこをしており、そろそろ薔薇の方も「いい加減にしてくれ」と叫んでもおかしくない状態だった。視線だけで薔薇を枯らす勢いがある。
それもそのはず、今日は大事な日だ。友達のあの子が勇気を出してチョコレートを贈ってくれたのだから、期待に応えなければならない。
「んがー」
「ハルさん、決まったか?」
「まだ!!」
隣で一緒に膝を抱えて薔薇の花を眺めていた女装メイド少年――アズマ・ショウの問いかけに、ハルアは首を横に振って答える。
「どの花も綺麗だと思うのだが」
「どの花も高いんだよね!!」
「そっちか」
そう、ハルアの場合はそこに行き着いてしまう。
握りしめた豚さんの可愛い絵が描かれたお財布には子供のお小遣いと同額程度の金額しか入っておらず、お財布の中身で薔薇の花束を作ると言ったらせいぜい3本が限界である。金を借りようにも先輩であるエドワード・ヴォルスラムは「ハルちゃんは踏み倒すから嫌だ」と至極真っ当な断られ方をしてしまった。身体で返すと言っても聞かなかったのだ。
3本の薔薇の花では味気がない。いや、相手は喜んでくれるかもしれないのだが、ハルアはもう少し工夫を凝らしてみたいのだ。具体的にはなんかちょっとインパクトがある花がいい。
困惑した様子のショウは、
「ではお菓子なんてどうだ? ホワイトデー用のお菓子はたくさんあるぞ」
「周りと同じになるからやだ」
「そうか……」
健気な後輩のショウが提案してくれるのだが、ハルアは容赦なく一蹴する。
もういっそ、ここは秘境にでも飛び込んで珍しい魔法植物でも摘んでくるべきだろうか。何か、こう、目玉とか唇とかついた花なら喜んでくれそうな気がする。
でも今日は本番である。今日中に渡さなければ可哀想である。「お花摘みに秘境に飛び込んだ」とショウに説明させた暁には相手も後輩も大混乱だ。
すると、
「お決まりではないですかニャ?」
「あ、店長!!」
「店長さん」
薔薇の花の前でうんうんと1時間も唸るハルアを見かねて、購買部の主である黒猫店長が声をかけてくれた。
そう、薔薇の花は購買部の隅に展開された特設コーナーである。他の生徒も利用する中でハルアは1時間も「うーん」と首を捻っていたのだ。そろそろ購買部的にもとっとと決めてお暇してもらいたかったのだろう。
ハルアは「そうだ!!」と黒猫店長に振り返り、
「店長、何かインパクトがあるお花ない!?」
「インパクトですかニャ?」
「こうね、ぐわわわーッとした奴!!」
身振り手振りで説明するも、黒猫店長は首を傾げるだけだった。確かに言葉が足りていない。
「ハルさん、バレンタインの時に本命チョコをもらったんです。そのお返しには本気で挑みたいようで」
「なるほど、それはハルアさんらしいですニャ」
ショウが説明をすると、黒猫店長もようやく納得してくれた。
バレンタインの時、ハルアは1学年のリタ・アロットから本命のバレンタインチョコを貰ってしまったのだ。顔を真っ赤にしてチョコレートの箱を突き出してくるリタには驚かされたものである。
勇気を出してチョコレートを渡してくれたリタに敬意と感謝を示し、ハルアも自分の気持ちを込めた何かを贈ろうと考えたのだ。最初はお菓子を作ろうかとも思ったのだが、上司であるユフィーリア・エイクトベルから「台所に入ったら殺すからな」と本気のトーンで言われてしまい、すごすごと撤退するしかなかった。
黒猫店長は肉球が埋め込まれた手を叩くと、
「それならこちらはどうですかニャ?」
そう言って、黒猫店長が購買部の奥から持ってきたのは瓶に入った1粒の植物の種である。
豆の料理かなと思えるぐらいに大きく、小さな瓶の中をコロコロと転がる。瓶は綺麗にリボンで巻かれており、贈答用であることは理解した。
黒猫店長は植物の種が入った瓶をハルアに差し出して、
「こちらは『メモリアルプランター』という植物の種ですニャ」
「メモリアルプランター?」
「いわゆる想いによって変質する植物ですニャ。想いが強ければ強いほど、大きく立派なお花を咲かせるのニャ」
黒猫店長は「どんなお花が咲くのかお楽しみなのニャ」と締め括った。
これは凄い発見である。
想いの大きさによって変質する植物の種ならば、きっとリタも大いに喜んでくれる。これならハルアでも大きな花を咲かせることが出来そうだ。
「これください!!」
「俺もください」
「まいどありですニャ」
ハルアとショウはメモリアルプランターを購入し、それを育てることを決めたのだった。
☆
「どこに埋めようか」
「中庭!!」
「日当たりがいいからな」
そんな訳で、メモリアルプランターの瓶を抱えて誰もいない中庭にやってきたハルアとショウは、早速メモリアルプランターの種を地面に埋める。
メモリアルプランターは、想いの強さによって開花する植物である。
想いを注げば注ぐだけ、メモリアルプランターの成長は早まるのだ。最低でも半日ほど時間を置けば綺麗な花を咲かせるので、今日中にリタへ綺麗なお花を渡せそうである。
メモリアルプランターの種を植えた場所にしゃがみ込んだハルアとショウは、
「むむむ」
「むむむ」
2人揃って両手を組み、メモリアルプランターに熱い想いを流し込む。
思うことは当然、リタのことである。ショウは最愛の旦那様であるユフィーリアのことだ。
ハルアもショウも真剣だった。両手を組んで地面へ懸命に想いを捧げ、バレンタインという特別な日に贈り物をしてくれた大切な女の子に向けて「何かお礼がしたい」と大真面目だった。その後ろ姿は、たまたま授業の合間に中庭を通りかかった学院長の青年が異常を感じ取るほどである。
そして、ついにその時が訪れる。
「あ!!」
「あ」
ハルアとショウの埋めたメモリアルプランターから芽が飛び出す。
「芽が出た!!」
「凄い、埋めてまだ5分も経っていないのに」
ハルアとショウは互いの顔を見合わせ、
「よし、まだ頑張ろ!!」
「ああ」
そしてまた両手を組み、メモリアルプランターへ熱い想いを注ぎ込んでいく。
メモリアルプランターを植えてからまだ5分も経過していないのだが、こんなに早く芽吹くのはハルアとショウの想いが強いからだろうか。大事な女の子に綺麗な花を贈りたいという純粋な心に、メモリアルプランターも応えてくれているようだ。
応えようとしているあまり、先程地面から飛び出たばかりのメモリアルプランターの芽がガタガタと震えていた。埋めた箇所も局地的に震えており、まるでその場所だけ地震が発生したようになっている。
――これは間違いなく、とんでもなくまずい傾向だ。
どおおおおおおおおんッッ!!
盛大な爆発音と共に中庭の土が捲れ上がり、一生懸命にメモリアルプランターへ祈りを捧げていたショウとハルアが吹き飛ばされる。
「わあッ!?」
「何だ!?」
地面を転がって土だらけになったハルアとショウは、弾かれたように起き上がって状況を確認する。
ただ想いを注いでいただけのはずだが、何故か目の前で爆発が起きてしまった。皆目見当もつかない。メモリアルプランターとはつまり爆発物の類だったのだろうか。
土煙の向こうから垣間見えたのは、何やら太い幹のようなものである。そこに樹木はなかったはずで、ショウとハルアがメモリアルプランターを植えた場所だった。
「へあ……?」
「ほえ……?」
目の前に聳え立つメモリアルプランターの成れの果てを見上げ、ハルアとショウの口から間抜けな声が漏れる。
メモリアルプランターは確かに成長していた。
成長しすぎて樹木になっていた。花じゃなかったのか。
「……オレら、木を植えたっけ?」
「いや、メモリアルプランターという植物の種だが」
ショウはそこまで言って「あ」と思い出す。
「黒猫店長は一貫して『花の種』とは言わなかったような……」
「つまり?」
「植物だから、木とか生えてくるのでは」
「わあ凄えね!!」
頭のいい後輩による名推理で、ハルアは納得したように頷いた。
広義的な意味で植物の種ならば、思いの丈次第で木にも花にも成長するのは驚きだ。綺麗な花をあげたかったのだが、立派な樹木になってしまった。これはリタもあげたら困ってしまうだろう。
ハルアは自分が植えたメモリアルプランターを確認すると、
「凄え!!」
「向日葵が咲いているな」
緑が生い茂る樹木には果実ではなく、大輪の向日葵が咲いていた。
ハルアの記憶にある向日葵とは地面から突き出た背の高い花だったような気がするのだが、目の前にある向日葵はまるで果実のように巨木を彩っていた。どういう原理だろうか。
次いでハルアは隣に植えたショウのメモリアルプランターにも目をやり、
「ショウちゃん、何で木から鎖が垂れ落ちてんの?」
「分からない……」
ショウは困惑気味に応じる。
ショウの植えたメモリアルプランターは、ハルアよりもどこか禍々しい雰囲気があった。木の幹は青色、葉の部分は銀色をしている異質な樹木だ。
樹木から垂れ落ちているのは銀製の鎖である。その鎖は何本もじゃらじゃらと木の枝から垂れており、鎖同士がぶつかり合って金属めいた音を立てていた。
おそらく彼の旦那様であるユフィーリアのことを想像したのだろうが、見た目がとんでもなく不気味だ。暴走したのだろうか、彼の愛情。
「え、どうしようこれ」
「どうしようか……」
「まさかこんな樹木になるなんて思わなかったから」
「処理に困ってしまうな……」
樹木を見上げて困惑するハルアとショウは、いつのまにか中庭に人が集まっていることに気づく。メモリアルプランターが勢いよく成長したことが原因で起きた爆発によって、授業を中断してまでわざわざやってきたらしい。
特に中庭に生えた2本の木を見上げて唖然とした表情を見せる学院長の存在は問題だ。このままだといつもの絶叫が轟くことになるだろう。正座で説教も免れられない。
ハルアは中庭から逃げようとするのだが、ふと校舎の2階を見上げると見慣れた赤い髪と緑色の瞳を持った少女と視線が合った。彼女も中庭に突如として出現した樹木に困惑している様子である。
「ショウちゃん、お願い」
「ハルさん?」
「学院長のこと押さえておいて!! オレまだ怒られたくない!!」
ハルアは後輩に学院長の足止めを要求すると、自分のメモリアルプランターによじ登る。あっという間に緑の葉が生い茂る枝まで到達し、樹木を飾る大量の向日葵に手を伸ばす。
どういう理屈か不明だが、向日葵は枝から垂直に伸びていた。枝から伸びた大量の向日葵を引き千切って収穫すれば、向日葵のみで構成された花束となる。リボンなんて気の利いたものはない。
向日葵の花束を抱えたハルアは、
「とりゃーッ!!」
足場にしている木の枝から飛んだ。
問題児随一を誇る身体能力を遺憾なく発揮し、ハルアは自分のメモリアルプランターから校舎の2階に飛び移る。体当たりで窓をぶち破り、飛び散る硝子の破片と一緒に校舎へ飛び込むことに成功した。
その際に窓枠へ足を引っ掛け、ハルアは顔面から廊下に落下する。鼻が折れ曲がるほどの衝撃が顔面を通じて全身を駆け抜けていったが、向日葵の花束が無事ならそれでいい。
「は、ハルアさん大丈夫ですか!?」
「リタ!!」
廊下の窓をぶち破った挙句、顔面から無様にすっ転んだハルアのことを心配して赤髪眼鏡の少女――リタ・アロットが駆け寄ってくる。
目的の人物が向こうからやってくるとは僥倖だ。目的を早く達成できる。
心配するリタが手巾を差し出すより先に、ハルアは今しがた摘んだばかりの向日葵の花束を彼女に突き出す。
「あげる!!」
「え?」
「バレンタインのお礼!! 美味しかったよ!!」
呆気に取られるリタに、ハルアは笑顔を見せる。
「リタの気持ちにはまだ応えられないかもしれないけど、でもいつか絶対に応えられるようにするから。それまで待ってて」
あの時に渡されたチョコレートに込めれられた想い。
彼女は多分、そういう意味で渡してくれたのだろう。まだその感覚がどういうものか検討がつかないので彼女の想いには応えられないかもしれないが、懸命に伝えてくれた彼女に中途半端な答えを返すのは嫌だ。
ハルアは「よっこいせ」と立ち上がると、
「じゃあね、また遊んでね!!」
「じゃあね、じゃないんだよハルア君!!」
「げ、学院長!?」
廊下の奥から走ってくる学院長の姿を認識したハルアは、急いでその場から逃げ出すのだった。
☆
「――何じゃこら」
爆発音を聞いて中庭にやってきた問題児筆頭、ユフィーリア・エイクトベルは2本の樹木を見上げて呆然と呟く。
片方は大量の向日葵を実らせた樹木、もう片方は木の幹が真っ青で葉の部分が真っ白という鎖が生えた邪悪な樹木である。どちらも現実にない植物であることは確かだ。
雪の結晶が刻まれた煙管を咥えるユフィーリアは、
「一体誰があんな木を生やしたんだ?」
「片方は俺だ」
「うおああッ!? びっくりしたあ!?」
ひょっこりと背後から話しかけてきた最愛の嫁、ショウに思わず驚きの声を上げてしまう。いきなり話しかけられると心臓に悪い。
「ホワイトデーのお返しだ。受け取ってくれるか?」
「ど、どっちを……?」
「あっちだ」
ショウは惚れ惚れするような笑顔で、真っ青な幹と真っ白な葉を有する鎖がじゃらじゃらと垂れ落ちた樹木を示す。
「ユフィーリアへの想いを込めたんだ」
「へ、へえ……」
モジモジと恥ずかしそうに言うショウに、ユフィーリアは「あれ、これもしかして監禁されるのか?」と自分の未来に不安を覚えるのだった。
《登場人物》
【ハルア】メモリアルプランターにて向日葵の生い茂る木を生やした暴走機関車野郎。「好き」の感情はあまりよく分からないのだが、あの子を大切に想う感情は紛れもなく本物である。
【ショウ】メモリアルプランターにて鎖が垂れた青と白の木を生やした女装メイド少年。想うのは最愛の旦那様のことである。メモリアルプランターから垂れた鎖は、旦那様に監禁されたいという願望。
【リタ】ヴァラール魔法学院の1学年。魔法動物をこよなく愛する少女で、将来的には魔法動物の研究をしたいと思っている。ハルアから向日葵の花束を渡されて真っ赤になってしまった。
【ユフィーリア】本編主人公の問題児筆頭。最愛の嫁に監禁されるかもしれないという恐怖心に駆られるが、まさか監禁されたいなどという欲望が形になっているとは思わなかった。