獣が嫌いなお姫様。
唐突に頭に浮かんだので赴くままに書いてみた。
私は獣が嫌いだ。
大嫌いだ。
口を開けばこれ見よがしに見える鋭い牙。
獲物を切り裂く鋭い爪。
そんなもの全て引っこ抜いてしまいたいぐらい忌まわしい。
私は獣が嫌いだ。
主人と決めた者に対して一途の愛を捧げてくるから。
例え主人に冷たくされても、それでも必死に愛を捧げてくる哀れな獣が大っ嫌いだ。
「姫様…俺達やりましたぜ…」
どんなに傷つき血に塗れても、全身を激痛が襲っていようとも私に笑いかける獣なんて嫌いだ。
誇らしげに笑う口元から見える犬歯は何人の敵の喉元を食い破ったことか。
その爪は何人の敵を切り裂いたことか。
「…阿呆ども。何故私の命令に背いた」
そんな牙も爪も無ければ良かったのに。
そうすれば戦おうなど思わなかっただろ?
私なんかの為に傷つく事もなかったはずなのに…。
王位継承権争いに興味がなかった私は、王宮から離れた辺境の地で暮らしていた。
王である父は、平民の母から生まれた女の私に興味はなく好きにさせてくれたおかげで。
一応王族である私に媚びへつらう人々に嫌気が差してたある日、私は人々に蔑まれる獣人と呼ばれる種族の青年を気まぐれに助けた。
私に媚びへつらう訳でもなく、真っ直ぐに見つめてくるその瞳が思いの外心地良かった。
だから、私の領地では獣人への差別を無くして異種同士切磋琢磨するような環境を整えていった。
いつしか私の領地は獣人の楽園と呼ばれる領地となっていった。
このまま穏やかに暮らせると思っていたら、王位継承権争いに負けそうだった第二王子が王宮に住む者達全てを殺し、王位簒奪をした。
そして、王族の血が少しでも流れている者を殺し始めたのだ。
自分の立場を揺るがぬものとする為に。
私は殺されても良いと思っていた。
だから、領地に暮らす者達に軍が来ても手出し無用と御触れを出した。
軍の目的は私の命なのだから。
私1人死ねば領民達に被害は出ないはずだと。
しかし、蓋を開けてみればどうだ?
領民達は手に農具や包丁、自らの身体全てを武器とし、軍と真っ向から戦い始めた。
やめさせようとしても屋敷から出してもらえず、無力な私は喉から血が出る程泣き叫ぶしか出来なかった。
全てが終わった時、軍と領民達は相打ちとなっていた。
瀕死の重傷者は口々に私を守り切った誇りを胸に天国へ旅立っていった。
私は生かされる価値などないというのに。
僅かな生き残りの者達は私を今の内に国外に逃そうとしてくれた。
だが、あの笑顔を思い出すとなんだか逃げ出すのは彼等の死に対して不誠実な気がした。
だから、私は剣を手に取り立ち上がった。
彼等のように鋭い牙はないけれど、策略を練り上げ敵を噛み砕く。
彼等のように鋭い爪はないけれど、鍛え上げられた剣で敵を切り裂く。
ふと我に返ると私は王になっていた。
玉座の下にはあの時から付き従ってきた獣人達がいる。
私は口を開き語り始める。
獣が嫌いなお姫様のお話を。
そして、獣と共に玉座に座った女王のこれからの未来を。