164話目
「これはまた随分と不気味だね」
辛うじて人が通れるほどの狭い獣道を縦に4人並びながら歩いていく。
すれ違う植物の多くは私の背丈よりも高く、湿度が高いせいか全体的に靄のかかったジャングルは不気味だ。
遠くから聞こえてくる鳥の鳴き声は、私たちを地獄へと引きずり込む悪魔の笑い声のようにも聞こえた。
空は木々に隠され、その空すらも一面の雲が広がる。
おかげで昼間のくせして辺りは薄暗い。
「うぉッ!びっくりしたッ!」
このなんとも情けない叫び声は誰だろうと、一番後ろを歩いている私は前の方を見てみる。
すると、一番前に耳を軽く赤に染めた者がいた。
メアリーだ。
「あのね、変なカラフルな虫がいたのよ。それもこのくらいおっきいの」
足を止めて後ろを振り返ったメアリーは、手を大きくパーに広げてビビり散らかしている。
あんな汚部屋に住んでたくせに虫だめなのか……といいかけたが、食事を抜きにされそうだったために喉元で止める。
植物の密度が高いためか、ここに来るまで一度も魔物には遭遇していない。
4層には魔物はいないのだろうか、と少し気を抜いていた時に、それは現れた。
「うひぇぁあッ!」
一番モンスターに襲われなさそうな後方を歩いていた私は、どこからともなく現れたモンスターに足をすくわれ、浮遊感とともに気が付いたときにはその何者かの中に取り込まれてしまっていた。
ぬめぬめとした体液に、足が浸かり始める。
「ユウヒッ!?大丈夫!?」
「な、なにこれぇ、ちょ、ちょっとたすけて!」
薄暗かったジャングルの中よりさらに薄暗く、それでいて奇妙な体液をまとわりつけてくる。
思わず胃酸がこみ上げてきそうになるが、ここで吐いてしまっても足を浸している体液と混ざってさらに気色が悪くなるだけだ。
何とか落ち着きを取り戻した私は、双剣を引き抜いて、内側から敵を切り裂く。
すると、普段のモンスターでは感じることのできない“シャキッ”とした切れ味とともに、私は解放された。
「ううぇあッ!?」
一発で解放されると思っていなかったため、頭を使ってダイナミックに地面に着地してしまった。
「「「ユウヒ!」」」
「いてて、なんだよもぉ……」
「ユウヒを取り込んでいたのはあれよ。ほら後ろを見て」
「なに?」
メアリーが顔色を悪くしながらこちらに語り掛けるので、恐る恐る後ろを振り返る。
「って、なんじゃこれ」
そこにあったのは、私の一撃により、真ん中あたりが破れてしまった大きなウツボカズラのような食虫植物であった。
「しょ、食虫植物に食べられてたってこと?」
「そうよ」
変なモンスターじゃなくてよかった、と思ったが、それでもあのぬめぬめとした液体のまとわりついた体、今すぐにでもお風呂に入りたい。
ただ、ここでお風呂を準備することはできないため、第2層で購入した水の出る魔道具を使って、体全体を洗い流す。
「ああ、服を変えたいよ……」
水を含んだ布製の装備は重く、体に張り付いている。
ここはジャングルで、気温が高いからすぐに乾きそうなものなのだが、ジャングルだからこそ湿度が高く、なかなか乾かない。
「メアリー……」
目をうるうるとさせながらメアリーをじっと見つめると、「わかったわ……」と呟いて、アイテムボックスから軽めの装備を取り出した。
「試作品だけれど、まあないよりはましでしょ」
「ありがとう!!」
すぐさまインベントリから服を切り替える、と行きたいところだが、このまま服を着替えても体は濡れているために、再び服が濡れてしまう。
「音符ちゃん、ドライヤーみたいな魔法って出来る?」
「え、できるよ?」
「じゃあやって~」
そういうと、来ていた服を一気に脱ぎ捨て、己の体をあらわにする。
「ちょ、なにしてんの!」
そう目を隠す音符猫であったが、ここはゲーム内の為に、謎の光によって一部隠されている。
「てか、何であんたたちは何も思ってないんだよ!」
「え?家で見てるからかしら?」
「私も看護師時代によく見ましたので……」
2人がそう返事を返すと、「私がおかしいの?」などと呟きながらも温風を拭き当ててくれる。
「音符ちゃんありがとー、おかげで完全回復だよ!」
「はあ、よかったよ。ていうかさ、普通に服ごと乾かせばよかったんじゃない?」
「いや、体液でカピカピになったら嫌じゃない?」
正論をぶっ放すように言ってくる音符猫に対して、真顔でそう返事を返す。
すると、どうやらその光景を想像したようで、音符猫は具合が悪そうに顔を染め上げた。
「あ~、それは嫌だわ」
「そういえば、さっきモンスター倒したけどなんかアイテムゲットした?」
「いや?なにもだけど」
「そう……、じゃあれはモンスターじゃないのかもしれないわね」
「え?どゆこと?」
メアリーは言った。
あくまであれは第4層に住む植物であって、モンスターではない。
ということは、あんな感じの危害を加えてくるような植物がここにはうじゃうじゃ生えているかもしれないってことだと。
士気は落ち込んだ。
誰が見ても嫌だとわかるような足取りで、ジャングルの奥地へと足を踏み入れていった。




