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第10.5話 思い浮かべる未来。

 くるくると、日傘を回しながら歩く屋敷の裏庭。いらいらとした感情を紛らわせるために、日傘は何度もくるくると回る。




 ああ、なんて使えないの。




 優美に整った散歩道も、美しく咲き乱れる花々も、胸の内に宿る不快な感覚を消してはくれない。




 誰も彼も、なんて使えないの。




 出資先であるオペラハウスに勤めている、とある若者の好意で、あの日、あの場所にあの方が現れることを知った。それも、あの方が求婚しているという噂の令嬢と共に。

 顔も見たくなかった。あの方の横に並ぶ、自分以外の誰かの顔なんて。


 だから、()()に教えてあげたのだ。会ってみたいのならば、行ってみてはどうだろうか、と。


 まんまと、彼女、バルテ伯爵令嬢はその場を訪れた。どう言い包めたのか、彼女と、というよりも、自分と仲の良い令嬢や令息たちと共に。

 結果は、散々なものだったが。




 ああ、本当に、なんて使えないの。




 せっかくの状況だったのに、あの方を誑かす女を、脅すことも、追い出すことも出来ないなんて。

 こんなにも使えないのならば、いっそ。




「……死んでくれないかしら」




 自分の目に、二度と映ることのないように。


 ぼそりと低く呟いた言葉。後ろを歩いていた侍女が、驚いたように小さく声を上げるのが聞こえた。「死んで……?」と、彼女は困惑したように言葉を零していて。


 ああ、と思った。あまりにいらいらして、迂闊にも口に出してしまったらしい。

 自分の、本心を。


 「……ええ」と、先程とは違う、哀しげな声で囁く。くるくると日傘を回しながら立ち止まり、ゆっくりと後ろを振り返って。

 儚く微笑み、切なげな表情を浮かべて見せるのは、それほど難しい事でもなかった。




「死んで、しまいそうって、言ったの。……あの方が、私以外の方と結ばれるって、考えたら」




 苦しげに、寂しげに。これ以上ない程の哀愁を漂わせて言えば、侍女はその口許を覆うと、「そんな、お嬢様……!」と、哀しそうな表情で言った。「そのようなこと、冗談でも仰らないでくださいませ!」と。




「国王陛下の命で求婚されているだけの女の為に、お嬢様が命を落とすなんて……! いっそのこと、あの女が死んでしまえば良いのですよ。そうすれば、陛下も考えを変えざるを得ないのですから!」




 自分の事のように怒りを露わにする侍女に、それでもしかし、心の中で溜息を吐く。

 そう、死んでしまえば良いのだ。あの方を自分から奪おうとする女など。それは確かに正しいけれど。


 分かっているならば、すぐにでも実行するべきだろう。真に、自分を想うのならば。




 口に出すよりも、行動で示してほしいものだわ。……もっとも、本気で実行に移す気があるならば、今ここで口に出すことはないでしょうね。




 口に出して言うということは、止めて欲しいという意思表示だろう。もしくは、同調を求めているだけか。

 そして、立場上、自分はそれを止めなければならない。()()()()()()()()()()からだ。()()()()()()()は。




「……そんなこと言わないで。とても悲しくて、死んでしまいそうだと思うけれど、だからと言って他の誰かの死を願うなんて……。私はただ、あの方の傍にいたいだけなのに……」




 儚く、しおらしく。誰にも胸の内など見せず、可憐な令嬢を演じる。可憐で、薄幸な、誰もが護ってあげたくなるような、そんな令嬢を。


 暗い表情で告げた言葉に、侍女は「お嬢様は、お優しすぎます……」と、感極まったように言葉を詰まらせる。なんて可哀想なのだろうと、苦しそうに胸を押さえながら。


 全く。哀れに思うならば、さっさとあの邪魔な女を片付けてくれれば良いというのに。




 なんて、使えないの。




 口先だけの同情なんて、何の役にも立たないのだから。




「さあ、もうこの話はやめましょう。哀しくなるだけだもの……」




 これ以上、何を言っても無駄だろうと思い、暗い表情をそのままに、再び前を向いて歩き出す。日傘は相変わらず、くるくると回っていた。


 侍女もまた、それに応じて歩き出す。明るい陽の光を浴びながら、あてもなく散歩道を歩き続けて。

 「そういえば」と、侍女が口を開いた。




「ベルクール公爵夫人が、今年もティーパーティを開くようです。例年通り、そうそうたるご婦人方がお集まりになるらしいですわ」




 ふと、思い出したというように侍女がそう呟く。相変わらず、こちらの機嫌を取るのは上手いのよねと、思いながら、「まあ」と明るく口にした。


 逆を言えば、機嫌を取ることしか出来ないのだけれど。そもそも、そのくらいも出来なければ、こんなに長い間、彼女は自分の侍女などやっていなかっただろう。




「今年も開かれるのね。いつか私もご招待頂きたいわ。何しろ、この国有数の貴婦人たちが集まるティーパーティですもの。招待されただけで、名誉なことだから」




 ベルクール公爵家の夫人が毎年開いている大掛かりなティーパーティ。公爵夫人が自ら招待した者だけが参加できる特別な場所。想像するだけで、気分や晴れやかになる。


 最も、参加しているのは主に、公爵夫人の友人か、国内でも有数の貴婦人のみであり、貴族であっても未婚の令嬢が参加したことは一度もない。だから、自分が参加できなくても仕方がないと思っているけれど。


 いつか、あの方と結ばれ、公爵夫人の義理の娘として参加出来たならば。




 人々の羨望を受けて、その場に登場して。あの方にもお願いして、共に参加してもらえたならば。……これ以上にないほど、気分が良いでしょうね。




 淡く頬を染め、そんなことを、思った。

 先ほどまでくるくると回っていた日傘は、白い素肌が焼ける事の無いように、静かに陽の光を遮っていた。


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