俺の義手(こぶし)は硬い!! 〜魔術は得意じゃないが、自慢の義手で敵をぶん殴る〜
「母さん!」
作られた左腕を揺らしながら走っていた俺は、勢いよく病室の扉を開けた。
その先には、白いベッドで横たわる母さんの姿があった。
「辰幹?」
焦っている俺を見た母さんは、何事もなかったかのような顔をしていた。
そんな母さんの様子に、俺は少し安堵する。
「……また発作があったんだって?」
ベッドの側にある椅子に座りながら、俺は尋ねた。
「たかが発作で大袈裟ね。辰幹はすごい心配性なんだから」
笑いながら返されると、今度は強めの口調で言う。
「何がたかが発作だよ。病気になってから今まで、発作なんてなかったじゃないか。それなのに、それを、たかがなんて……」
言いながら、自分の体が徐々に震えてくるのが分かった。
俺のそんな様子に母さんは目を丸くすると、ベッドの掛け布団から手を伸ばし、俺の義手を握る。
「ごめんね……辰幹がそんな風に言うなんて、思ってなかった。もうこんなことは言わない」
母さんは申し訳なさそうに言う。
母さん手は、義手でも温かく感じた。
「……分かればいいんだよ、母さん」
義手で母さんの腕を握り返し、俺は母さんに優しく言う。この時、俺は危うく涙が出そうになった。
「中学の方はどう? もうイジメられたりしてない?」
話は変わり、今度は俺の学校の話題に変わる。
というのも、小学生の頃、片腕がないことが原因でいじめられることが多かったからだ。
俺は母さんの質問に正直に答えた。
「もうイジメられないよ。強くなったからね、俺」
「強くなったって……貴方、まさか一般人の前で魔術を?」
深刻な表情に変えた母さんは聞く。
「大丈夫大丈夫、相手が手を出してきた時は魔術を使わずに対処してるし、何より俺は魔術がロクに使えないから、そんな心配は無いよ」
「ああ、そう。なら安心ね。でもくれぐれも使える様になったからって魔術師の家系じゃない人にはなるべく見せないこと」
「分かってるよ。なんだ、心配性なのは母さんも同じじゃないか」
母さんが言った通り、俺の家「無島」は普通の人とは違い、体の中に魔力を宿し、魔術が使える魔術師の家系だ。
魔術師は、魔力並びに魔術の存在を隠さなくてはならない。それが魔術師世界のルールだ。
だが不幸なのか幸いなのか、俺にはその心配があまりない。
なぜなら、今の俺には魔術など一切使えないからだ。
簡単に言えば素人以下。素質が全く無いのだ。腕も素質も無いのはあんまりな話だと思えるが、それのおかげで俺から魔力魔術が漏れ出したりはしないので、案外悪いものでもない。
まあ魔術が使えなくても生活が送れるので、別に使えなくてもいい。
母さんは俺の返事が信用できないのか、少し怪しく見ていたが、途中で諦め気味に「ならいいけど」と力の抜けた言葉を発した。
そして、少しすると母さんは体を起こし、何かを思い出したかのように言った。
「あ、でもそんな辰幹に渡したいものがあるんだ。ちょっとそこの棚の中に入ってるから、取り出してくれる?」
俺はそんな母さんの言葉を受諾すると、言われた通り棚に入っていたものを取り出した。
その何かを見た途端、俺は目を見開いた。
「こ、これって……」
それは、「黒い義手」だった。
見た目は普通の義手だが、俺には分かった。
これは、ただの義手ではない。
「今貴方が付けている義手のように、魔力で動く義手だけど、その黒い義手は今のものより圧倒的に性能が違う。少量の魔力でも動くし、頑丈さもパワーも今のものの5倍よ」
おいおいなんだよそれ⁈ 化け物性能じゃないか! 一体、どのくらい金掛かったんだよこれ⁈
「これを、俺に?」
驚きすぎてどんな表情をしているのか分からなかった。
そんな俺の顔に母さんはクスクスと笑うと、「付けてみて」と言ってきた。
俺は言われた通りに左肩から伸びている義手を取り外すと、貰った黒い義手を肩に接続した。
「これで、いい、かな?」
取り付けた義手に魔力を注ぎ込み、試しに曲げてみる。
すると、すごい勢い良く曲り、勢いのあまり衝撃が体に伝わった。
俺は驚きのあまり「うわっ!」と声を出してしまった。
「フフ、どう? 凄いでしょ?」
母さんは自慢げに言う。
「うん、凄いよこれ……でも、どうしてこんなの買ってくれたの? 誕生日ならまだ先だけど」
不思議そうに聞くと、母さんは唸り声を上げながら考え込む。
考え込むってことは、なんかあるな、これ。
「うーん、気分的なプレゼントの早渡し?」
「何それ?」
どう考えてもテキトーな答えだった。
だが、せっかく貰ったし嬉しいので問い詰めるようなことはしなかった。
「まあそう深くは考えないで。あ、その代わり誕生日長日におねだりしてきても聞かないから」
「う、うん。まあ凄く嬉しいから、文句なんて言わないよ」
俺がそう言うと、母さんは「ならばよろしい」と言い、両腕を腰に当てる。
その後も他愛もない会話をしていると、外は段々と暗くなっていき、気づけばとっくに暗くなってしまっていた。
「あ、もうこんな時間。辰幹、そろそろ帰らなきゃじゃない? 明日も学校あるんでしょ?」
「あーそうだね。じゃあ、言われた通り帰るとするよ」
椅子から立ち上がり、荷物を持つ。そして最後に母さんに、
「相変わらず元気にしてて、良かったよ。じゃあ、今後も無理しないで。また来るから」
「うん。じゃあ、帰り、気をつけてね」
俺は頷きながら「うん」と返事すると、母さんのいる病室から出ていった。
☆☆☆
「う、うぅ……あ、もう朝か」
俺は目覚める。
寝る時は義手を付けてない為、右腕だけで体を起こす。
「はぁ……懐かしい夢を見てたな。母さんの夢、か」
あの日、あの黒い義手を貰ったあの日から1週間後、母さんはこの世を去った。
後から聞いた話だと、亡くなる3週間前から段々と病気が悪化していったようで、母さんは俺に心配させないようにと、そのことを隠していたらしい。
亡くなった後のことは、あまり覚えていない。
だが覚えているのは、あの病室の場には俺しかいなかったことだ。そう、アイツは来なかった。母さんが死んでも、来ることはなかった。
「あれから4年も経ったってのに、まだ引きずってんのか、俺……? もう高2だぜ?」
そんなことを呟くと、俺は壁に取り付けられた時計を見上げた。
5時か……早すぎたな。でも、2度寝はなんか嫌だし……いいや、起きよ。
俺はベッドから出ると、工具がゴチャゴチャに置かれた机の上に置いてある黒い義手を肩に接続した。
魔力を流し、問題無く動くことを確認すると、そのまま下の階、1階へと降りていく。
降りたらまずすることは、テレビを点け、天気を確認することだ。母さんはもういないので、ここら辺も全て自分でしなくてはいけない。
それは、家事も例外ではない。
料理、洗濯、掃除、これら全て自分でこなす。
もうすっかり慣れたことだが、やればやるほど母親の大切さを思い知らされるものだ。
「あー、雨かー」
流れる天気予報を耳で聴き、ややテンションが下がり気味で朝食、昼食の弁当の準備をする。
そしてそれを終えると作った朝食を黙々と食べ始め、それも終えると今度は制服に着替える。
いつもならこの後学校に登校するのだが、今回は起きるのが早すぎた。
なので時間が来るまでニュースに目を通すことにした。
『次のニュースです。〇〇市××区での殺人事件で、警察は容疑者の……』
ニュースを見ている時間は暇だった。
自分にあまり関係のない話は、不思議と暇になるものだというのは理解しているのだが、残念なことに、今の俺にはこれくらいしかやることがなかった。
そんなこんなしているうちに、ふと顔を上げると、既に時計の針は7時を回っていたことに気がついた。
時間になったことが分かると、すぐにテレビを消し、バッグを持血、玄関で靴を履き、扉を開けた。
体が半分出掛かると、がらんとした背後を振り返り、
「行ってきます」
と、返事が帰ってくることのない言葉を口に出すと、カシャンと扉を閉じ、鍵を掛けた。
☆☆☆
学校での生活は、数年前の小学生の頃と比べると圧倒的に良くなった。
というのも、イジメられないために体を鍛えてたり、一時期喧嘩を売られたら買ったりしていたため、気がつけば左腕が無いからという理由で俺をイジメる者はいなくなっていた。ついでに加えて友達もいる。
なので日々の学校生活はかなり楽しい。
「なあ無島、聞いたか?」
俺が教室で黄昏ていると、クラスメイトの男A、通称「茶髪」が話しかけてきた。
その嬉しそうな茶髪の眼差しから、良い情報なのは分かった。
「ん? なんだよ?」
とりあえず聞いてみる。
「どうやら、今日うちのクラスに転校生が来るらしいんだって」
「へぇー」
今は時期的に秋なのだが、このタイミングで転校のは珍しい。
2年の秋なんて、青春の真っ只中。そんな時にわざわざ友達とかと離れ離れになって見知らぬ地に引っ越し、悲しすぎるだろ。
「なんか反応薄いなぁ。だが、これだけではない! さらなる嬉しき情報を我はゲットしたのである。ほれ、これがその転校生の写真だ!」
バッと突き出された写真を俺は恐る恐る受け取ると、そこに写された顔を確認する。
その時、俺は「えっ?」と反応してしまった。
そこに写されていたのは、銀色の髪を肩まで伸ばした外人の女の子だった。
俺がこう言うのは少し気持ち悪そうだが、ハッキリと感想を言おう。
可愛いな……
俺は写真を眺めながら一瞬固まったが、すぐに我に帰るとその写真を茶髪に返した。
「どうだ? 可愛いだろ?」
「あ、ああ。ていうか、それどっから手に入れたんだよ?」
素朴な疑問だった。
「へっ! 企業秘密だ!」
「キリッとしながらいうんじゃねえよ」
どうせ、ロクな方法じゃないんだろう。確信した。
そしてその時、丁度教室に担任の先生が入ってきた。
先生は「座れー」と言いながら教卓の前に立つ。
クラスでガヤガヤしてた奴らは、その言葉を聞くと急いで自分の席へと戻り、着席した。勿論、茶髪も同様だ。
朝の挨拶の後、全員が着席したことを確認すると、先生は教卓に両手を付き体重を掛けながら口を開いた。
「さて、もう一部の生徒は知っていると思うが、今日お前達の新しいクラスメイトが来た。つまり転校生だ」
先生は教室の閉じている扉に向かって「入れ」と言う。
すると、扉はその言葉に反応しガラガラと音を立てて開いた。
扉を開けたのは、写真に写っていた例の銀髪の女の子だった。
彼女は開いた扉を通り、教室に入室し、教卓の隣で俺達の方を向く。
「えぇー、海外からの転校生だ。さあ、自己紹介を」
先生の言葉に返事せずに、彼女は口を開いた。
「リリア・シュタインベルト」
………………
それだけだった。
冷めた声で名前だけ名乗ると、リリアと名乗る女は空いている席に勝手に座った。
事前に知らされているとはいえ、なんかこう、冷たいような気がした。
その証拠に、先生はかなり困惑している。
「ま、まあ日本に来てまだ日は少ないから、みんなも色々と教えてあげてくれ……コホン。では、諸連絡に移る。えーと今日は生徒会から……」
どうにか先生は言葉を発する。お疲れ様です。
諸連絡の最中、俺は気づかれないようにリリアの方を見る。
うーん、写真で見てた時はもっとフレンドリーな感じかと思ったけど、やっぱり人は見た目じゃないんだな。
まあ、でもいっか。彼女がいるからってなんら日常に問題が生じるわけでもないし。
この時は特に彼女とはこれからなんの関わりもなく平和に時間が過ぎていくのだろうと思った。
そう、この時までは……
☆☆☆
「みんな、ちょっと聞いて!」
放課後、帰宅しようとしていた俺とクラスメイト達の足が止まる。
声を上げたのは、このクラスの委員長だった。
「近直開催される学園祭の出し物の準備の進みが悪いんだ。だから今日の放課後、残れる人は残って手伝ってほしい。部活がある人は部活優先で構わない」
その言葉に教室内が一層ざわつく。
そんな中、茶髪が話しかけてきた。
「なぁ、お前放課後残るか?」
「残るわけないだろ? めんどいし」
「だよな」
俺と茶髪は荷物を持ち教室を出ようとした。
だが、そんな俺らに「ちょっとちょっと」と声をかける輩が。
「ねぇ、君、部活に入っていないだろう? なら、是非手伝ってくれないか?」
委員長だ。捕まってしまった。
この瞬間、俺の脳内に思いう噛んだ言葉は「めんどくせぇぇぇ」の一言だった。
「い、いや、俺は、その」
おーい茶髪ヘルプーと思いながら視線を横に逸らす。
だが、そこには既に茶髪の姿が無かった。
まさかあいつ、俺を囮に⁈
「なぁ頼むよ! 今手が空いてるの僕と君とリリアさんだけなんだ!」
委員長は両手を合わせながら頭を下げる。
「は? なんでそんなに少ないんだよ?」
このクラスの生徒人数は28人。3人なんておかしすぎる。
「いやぁ〜それが、みんな部活やら家の都合やらで残ってくれなくてね」
苦笑いしながら、委員長は言う。
はぁ〜。みんな考えることは同じかぁ。けどこの状況でこんなことされたら、流石に断るのは失礼か。
結果、俺は「分かったよ」と渋々その願いに承諾した。
放課後の学園祭の準備に残ったのはたった3人だったので、進行ペースはかなり遅かった。
それに加え、今日転校してきたばかりのリリアには何をするのか自体がちんぷんかんぷんな状態だった為、委員長だがどうにか詳しく教えていた。
そんな調子だった為、夜6時を回る頃にはようやくまともに準備を進められるという感じだった。
だがここで問題が生じた。
「2人ともごめん。生徒会に呼ばれたから、しばらくは2人でやってってくれ」
委員長が一時離脱した。
つまり、この冷たそうな転校生リリアとしばらく同じ空間で2人きりでいなくてはいけないということだ。
「……」
「……」
気まずい。
委員長が去ってから5分。未だに会話ができない。
まあ会話する必要性はないのだが、何せあっちは右も左もわからない転校生だ。
こんな変な片腕義手男とは進んで話したくはないだろう。そう思っていると、
「ねえ」
誰かに話しかけられた。
俺はこの声が一瞬誰か分からなかったので、キョロキョロと辺りを見回した。
「ねえ、貴方」
次の声で、ようやく誰のかが分かった。
リリアだ。
「え? あ、どうした?」
まさかあちらから話してくるとは思わなかった俺は、少しと惑いながら口を開く。
「貴方のそれ。凄いね」
「それ? ああ、義手のことか?」
俺は片腕を上げながら確認する。
「義手にしては動きが早くて、細かい動きもできる。そんな本物の腕のような動きをする高性能なのを作れる技術が、もうあるんだ……?」
一瞬ヒヤッとした。義手について勘付かれたかもしれないと思ったからだ。
このような性能の腕を作る技術なんて、今の科学世界では存在しない。
それを彼女は……これは、合わせるしかないか。
「……ああ。最新モデルだからな。会社は分からないけど、高額でトンデモ性能だってのは間違いない」
「……そうなの。いつから義手をつけてるの?」
彼女は冷えた声で質問をしてくる。どうにか誤魔化せたようだ。
「10年くらい前から。俺は生まれた頃から片腕が無くて、小学校入学と同時に、母さんがくれたんだ」
「その頃からその義手を?」
「まさか。数年前に母さんがこれをくれたんだ……けど、それが母さんからの最後のプレゼントになった」
俺は気がついたら、死んだような顔になっていた。
あの頃のことを、また思い出したからだ。
リリアは俺の言葉を聞いて察したのか、「ごめん」と一言謝った。
この時、俺は彼女にも人を想う心があるのだと思い、ホッとした。
「……けど」
次の瞬間だった。
気がつくとリリアは俺の目の前にいた。
そして反応が間に合わない俺の耳元で冷たく柔らかい声で囁いた。
「その黒い義手、もっと見たい」
「ッ⁈」
ビビった。
俺はビビってしまうあまり後ろに倒れそうになった。
しかし、リリアそんな俺の義手を両腕で支え、胸に引き寄せる。
感覚は無いものの、彼女の胸が当たっているということは一瞬で分かった。
「お、おい」
「ここで詳しく見せてくれれば、私、なんでもする」
「は? お前、何言って」
俺の言葉に耳を貸すことなく、彼女はその顔を近づけてくる。
「例えば、私を貴方の好きなように」
彼女の鼻が、俺の鼻と触れ合いかける。
「ちょ、っと、待ってって!」
俺は目前まで近づいてきたリリアを無理やり引き剥がす。危うく義手に力が入り過ぎてしまうところだった。
「な、なんなんだよ、お前」
彼女は笑みを浮かべたままだ。なぜか不思議と、不気味に見えてしまう。
その時、
「いやぁーごめんごめん。ちょっと時間かかっちゃって……どうしたの、何かあった?」
委員長が帰ってきた。
「え、い、いや」
この時だけ、委員長が救世主に思えた。
しかしもう俺はこの空間に耐えきれなくなり、側に置いていたバッグを肩にかけ「悪い委員長、俺もう帰る」と言い残し、教室を飛び出していった。
この時、完全に俺は逃げた。
☆☆☆
「……一体なんだったんだ、あれ」
帰りの道を歩きながら俺はリリアのあの行動について考えていた。
何故あんなことをしたのだろうか、もしかしたら義手についてバレたのだろうか、それとも機械関係に詳しいけい女子だったのだろうかなど、いろいろなことを考えていると、気がついたらもう家の前にいた。
やっぱり人って考え事をしていると時間が早く感じるものなのかもしれない。
俺は扉の鍵穴に鍵を突き刺し、捻った。
「……あれ?」
開いた感触がしない。
掛け忘れた? いやそんなはずはない。頭の中には鍵を掛けた記憶が残っている。間違いない。だが、外から見ると消したはずの部屋の電気もついている。
まさか、泥棒か?
俺は恐る恐る扉を開ける。
玄関の灯りはついていない。
俺はスマホを取り出すと、その明かりで足元を照らした。
そこには俺のものではない靴が置いてあった。
「ん? 何か音が聞こえる?」
耳を澄まし、意識を集中させる。
これは……水の音か? シャワーでも使っているのか? なんで俺の家で使う必要があるんだ?
訳が分からないまま、俺はリビングへと向かう。
リビングには明かりがついており、特に変わった様子はなかった。ある一点を除けば。
「なんだこれ?」
テレビの側には、1.5メートル程の長さの何かが入った袋があった。
明らかに俺の私物ではないし、ここに置いた覚えもない。
おかしい、おかしすぎる。泥棒にしては侵入した痕跡を明らかに残しているし、一体何がしたいんだ?
そう思っていた時だった。
ガチャ
水の音が消え、風呂の扉が開いた音がした。
同時に、足音が聞こえ、リビングのドアノブが捻られた。
マジか⁈
俺はその場で身構えた。
何をしていたのかは知らないが、不法侵入だ。どうにかとっ捕まえて、警察に突き出してやる。
ガチャ
扉が開く。
来た。逃げる時間は与えない。すぐにその身柄を。
暗闇の中から、侵入者がその正体を表す。
それを見た瞬間、一瞬頭の中が真っ白になった。
「……ん? おお、帰ってきてたのか」
軽い口調で現れたのは、女性だった。しかも美人。
赤い髪を腰まで伸ばし、スラッとした体つきで、身長は168センチの俺の身長よりも高い。女性にしては長身だ。
だが、それだけなら俺の頭は狂わない。
理由はただ1つ、彼女がバスタオルを肩に掛けただけの裸状態だったからだ。
そう、丸見えだ。
「……え?」
思考が戻ってきた時にはもう遅く、彼女は固まっていた俺を素通りし、リビングの奥へと向かっていった。
そして、
「うああああああああああああああ!」
叫んだ。
☆☆☆
「それで、なんなんだアンタ」
俺に見つかった後も平然としていることから彼女は泥棒ではないと判断したので、彼女が服を着装した後、色々と話を聞くことにした。
だが、服を着装したとはいえその服装には少々困るところがある。この時期だってのに薄い長袖にジーンズは、その、なんていうか、目のやり場に困る。
お互い席に着くと、俺は早速質問した。
「う〜ん」
彼女は俺が質問する前から、俺の顔をまじまじと見続けていた。それは質問してからも同様だ。
「……話、聞いてるのか?」
続けて言った俺の言葉で、ようやく反応する。
「いや悪い、あんまり似てないなって思って」
「似てない? 何が?」
次に彼女が言った一言に、俺は耳を疑った。
「君の父親と、あんま顔が似てないなって思って」
「……は?」
父親。その言葉に俺は反応した。
あの男を知ってんのか? この人。
とりあえず、俺は話を無理やり戻すことにした。
「……まあ……とにかく、質問に答えてくれ」
「おお、これは失敬。何物かだったか。うーん、事前に連絡行ってる筈なんだけどなぁ」
「事前に連絡?」
「その反応だと、やっぱり来てないか。息子に連絡はしにくいか……まあいい、なら私が説明するまでだ」
彼女はそう言うとテーブルに置いてあった水を飲み干し、説明を始めた。
「私の名前は新奧 香亜。年齢は君の3つ上の20歳。魔術師教会所属の魔術師だ」
「魔術師協会⁈」
彼女、新奧 香亜の放った言葉に俺は驚いた。
「魔術師協会」
魔術師達の団体で、魔術による事件の対処、隠蔽、魔術の研究などをやっている、いわば魔術師世界の警察だ。
そんなところの人が、なんで俺の家なんかに。
「まあ、驚くのも無理はない筈だ。だって君の父親、島無 正樹が所属しているところだからな」
そうだ、アイツが所属しているところだ。
そうなると、さっき彼女が言った言葉にも納得ができる。
「それで……魔術師協会の人が俺の家に何ようで?」
「うーん、そうだな。事件の解決、といったところか?」
「事件の解決?」
俺は耳を疑った。
「一体、何があったんだ?」
聞かずにはいられなかった。
もしかしたら、近々この町で何か恐ろしいことが起こるかもしれないと思ったからだ。
香亜は俺の問いに少し悩むと、何かを決めたかのように頷いた。
「よし。迷惑かけるからだし、君には教えておこう。まず確認だが、君は魔術師のルールは理解しているな?」
「ああ。魔術は一般人の前ではできるだけ使ってはいけないんだろ」
「わかっているならよし。それじゃあ問題なく説明ができる。この世界には魔術師協会ともう1つの組織がある。それが「魔術保存機関」。魔術保存機関とは、その名の通り魔術を保存しておく組織だ。保存されている魔術は安全なものから危険なものまでだ」
その組織の存在は耳にしたことがある。
魔術には特定の個人にしか使えない「固有魔術」と、練習すれば使える「共有魔術」が存在する。
固有魔術は特定の個人なのでいいのだが、共有魔術は練習すれば誰でも使えるので、悪用される可能性が高い。それを守るためにあるのが魔術保存機関なのだ。
「けど、先日問題が起こった」
彼女は続ける。
「あの機関が保存している魔術の内、危険クラスに認定されている魔術が盗まれた」
「は? 盗まれた?」
当然俺は耳を疑った。
彼女は後頭に両手を当て背中を伸ばしながら続ける。
「そうだ。盗まれたんだ。魔術については、君も多少の知識はあるんだろう? 魔術とは魔術陣に魔力を通して発動させるものだ。魔力は自らのを使わないといけないが、魔術陣は別だ。書くだけだたら紙にペン十分だ。だから保存も効くし、その気になれば大量量産も可能だ。犯人が盗んだ理由は分からないけどな。でも誰がやったのかはわかっている。保存機関の中のお偉いさんだそうだ。そりゃ簡単に取り出せるよな」
彼女は淡々と話しているが、俺ならこんな冷静には言えない。
この話、普通に大問題ではないだろうか? 危険クラスのものが盗まれたのなら、場合によっては極悪非道な犯罪になる。
「そんな軽い感じで言えるものなのか、それ」
「まあ気にすんな気にすんな。続けて私がなんで君の家に来た理由だけどな、察してるかもしれないが私はこの家に居候させてもらいにきた」
「は?」
声が漏れるが彼女は無視する。
「調査の拠点としてしばらく住まわせてもらうから、よろしく」
「よろしくじゃねえわ!」
荒々しく声を張り上げる。
「なんだよ。今は夜だぞ、ご近所さんに迷惑だろ」
笑いながら香亜は言う。
「誰のせいだよ! というかそんな大事な調査なんでアンタ1人できたんだ⁈ 他に仲間的なのはいないのか⁈ いたとしたらなんで一緒に住まない⁈ それとなんで俺の家なんだよ⁈」
俺は頭に浮かんだ疑問を全て吐き出した。
当然だ。一つ屋根の下で異性と同居なんて、色々と問題すぎる。
「そ、そんなにたくさんの質問を同時にするなよ。1人じゃあないぞ。仲間は数人いるけど、一家世に密集してるわけないだろ? してたらすぐにバレる。それにこの家に私を送ったのは私の意思じゃない」
「じゃあ誰だよ?」
この家に送る? なんでそこまで魔術と関わりのない俺なんだ? ただただ疑問だった。
しかし、冷静になって考えてみると、その相手は1人しかいないことに気がついた。
「君の父親だよ」
俺の予想を香亜は口にする。
「私はこれでも、君の父親、島無 正樹の弟子なんだ。昔、私が途方にくれていたところを拾って弟子にしてくれたのが、あの人だった。それで、今回の事件の犯人の潜伏先がこの町だと分かって」
「親父の勧めでこの家に来た、ってことか……」
香亜の言葉を引き継ぎ、俺は言った。
この時、彼女の言葉を引き継いだこの時の俺の脳内にあった言葉はこれしかなかった。
ふざけんなよ……
怒りが湧いてきたが、どうにかそれが溢れないように堪える。だが、無理だった。抑えのきかない怒りは、溢れ出る水のように表に出てきた。
「……フッ……なんだよ。散々放ったらかしにしておいて、困ったときはこれか? 全く、クソだな」
俺の呟きを、彼女は聞いていたはずだが、完全にスルーするように何も言わずにコップに水を注いでいた。
恐らく、彼女にとっては俺のこの呟きは他人事のように扱っているのだろう。
だが、今はそれが正しい。
ここで同情とか否定されたら、胸の中にあるドス黒い何かが吐き出そうな気がしたからだ。
数秒後、どうにか怒りを抑えることのできた俺は、ため息を吐きながら諦める。
「はぁー、けどなー。来てしまったものはしょうがないし、まあいいよしばらく住んでても」
「はいはいありがとー」
俺の言った言葉に、香亜はまるでこのように俺が答えるのを分かっていたかのように答えた。
「部屋は2階の空き部屋使って。それからこの家に住む以上は、家事とかもやれる範囲でやってもらうから」
「ああ、そこら辺は任せてくれ。これでも料理以外の家事だったら自信はあるんだ」
香亜は自信気に言う。
まあ親父の弟子だったなら、家事はやれて当然だろうな。母さん曰く、あの男は生活能力皆無らしい。
「それは結構。まあ料理は俺がやっとくから。あと、裸で家中歩き回るなよ。流石に俺も目のやり場に困るどころの話じゃあなくなるからな」
すると、香亜は目を細くし、笑みを浮かべながら「なんだ? もしかしてお姉さんの体を見ると興奮するのか?」と意地悪そうに言う。
それを俺はギっと睨み返しながら「マジでやめろ」と暗示するかのように返す。
俺は少々うんざりしながら台所へと向かい、料理を始めた。
その後、料理した夕食を2人で食べ終えた。
「いやぁー美味かった。君ほんとに卵すら焦がすあの師匠の息子か?」
香亜は驚きながら再度確認する。
「あいにくな。けどアンタだって料理できんだろ?」
「まあ一応できるけど、見た感じ、君の方がバリエーション多そうだ」
確かに、ここ数年で俺の料理のスキルは飛躍的に向上した。
母さんがあんなだったから、当然と言ったら当然だ。コンビニ弁当やカップ麺じゃあ体に悪いからな。
「じゃあ、夕飯も食ったし、俺は部屋に行く。あ、それとアンタこれからもし外に出るんだったら合鍵は玄関前に置いてあるからそれ使ってくれ。それと、アンタの部屋の電球が悪くなったりしたら言ってくれ。もうあれは寿命ないからな。ああ後、それからアンタ」
俺がそのようにつらつらと言っていると、香亜の顔は気がついたら不機嫌そうになっていた。
「ど、どうした?」
「さっきからアンタアンタうるさいなぁ。これから2人仲良く住んで行こうって言うのに、呼び方がそれじゃあなぁ」
「ああ、なんだそんなことか。ていうかそれ、お互い様だろ。アンタも君君って」
「ほらまた」
めんどくせー。
「じゃあ、なんて呼べばいんだよ?」
「香亜」
「下の名前かよ! 恋人じゃあるまいんだし、もうちょっとこうな」
「じゃあ私は君のこと辰幹って呼ぶ。その代わり辰幹も私のことを香亜って呼べ」
「ええぇ」
「はい決まりっ」
強引だ。
けど、これ以上の討論は面倒臭い。どう言っても彼女は下の名前を貫くことだろう。
結果、諦めることにした。
「ああもう分かった分かりました! 香亜だな香亜、じゃあ俺はもう風呂入って寝る。もうお休みって言っておく」
投げやりに言うと、俺は部屋を立ち去る。
本当にあの女と会話してると疲れてくる。今後慣れることに期待したい。
俺はその後、さっさと入浴を済ませると、すぐに眠りについた。
☆☆☆
「う、ううぅー」
いつもの様に目覚めると、俺は体を起こした。
「眩しすぎるか? この部屋」
いつもこの光に照らされて起こされている気がする。だが、そのお陰で目覚まし時計を掛けずに済むので、まあいいだろう。時間は……もう6時半か。
「朝食の準備だな」
俺は取り外していた義手を再び腕に付け、リビングへと向かった。
リビングに入ると、既に香亜は着替えを済ませてテーブルでテレビを見ていた。
彼女は俺の顔を見ると「おはよう」と言ってきたので、同じ言葉を返し、そのまま朝食の支度を始める。
支度を進めていると、香亜が俺に話しかけてきた。
「なあ辰幹、これどう思う?」
彼女が聞いているのは、テレビで流されている事件についてだった。
情報に耳を傾けてみると、近くにある会社でそこにいた社員全員が謎の意識不明の重体になったらしい。
原因は不明。警察側はどうにかその原因を突き止めようとしていると流されていた。
「どう思うって、変なガスでも漏れたんじゃないか? それを気付かぬうちに大量に吸い込んで意識が飛んだ、とか」
俺は言い終わるのと同時にコップに入れていた牛乳を飲み干す。
「辰幹、君の目は節穴かい? これはどう考えても魔術だろう?」
それを聞いた途端、喉を通っていた牛乳が変なところに引っかかった。
「ゲホッゲホッ! はあ⁈」
「普通に考えて、ガスとかだったら空気調べればわかるだろう? それをしても結果が出なかったってことは魔術以外あり得ない。しかも症状が盗まれた魔術と似ている。もうあっち側もことを進め始めてるってことだ」
どうにか咳が治ると、俺は聞く。
「はあ。じゃあ香亜は、この後そのビル行ってみるってことか?」
俺の質問に「まあそう言うことだな」と彼女は答えた。
その後、朝食と学校の準備を済ませ、登校しようとすると、香亜が俺に言ってきた。
「いいか辰幹。今後は日常生活でも要注意だと言うことを忘れるなよ。犯人はいつどこで行動を起こすかわからないからな」
靴を履きながら、俺は答えた。
「分かってるって。でもそれを阻止するために香亜は来たんだろ? 俺も警戒はしておくけど、香亜を俺は頼りにしてる」
俺の答えを聞くと、香亜は少し微笑みながら「そうか」とだけ口にした。
靴を履き終えると、扉のノブに手を掛け「行ってきます」と言った。
それに対し香亜は「うん、行ってこい」と返し、俺を見送ってくれた。
それにしても、この様に学校行くときに言って返してくれるこの感じ、いつぶりだったかな。少し、嬉しいな。
☆☆☆
男は学校の屋上で不気味な笑みを浮かべていた。まるでこの後恐ろしいことが起こることが分かっているかのように。
男は屋上から下、グラウンドを見下ろした。
グラウンドには校舎を目指す生徒、先生の姿があった。
それを見ると、より一層笑みをこぼした。
どのように思っていたのだろうか。恐らく、獲物が罠に掛かったとでも思っていたのだろう。
そうなると、この男は相当の悪趣味だ。
☆☆☆
学校に着くや否や、俺はホッとした。
理由は、今日はリリアが休みだったからだ。
本当に安心した。昨日あんなことがあって、今日はどうしようかと悩んでいたが、どうにかなった。
「どうした島無。今日はやけに機嫌が良さそうじゃあないか」
安心して心が晴れ模様な俺に、茶髪は言ってくる。
「そうか? いつもと変わらないような感じだと思うけどな」
「いや、長年人とこうしていると、顔の表情や素振りだけで人の感情が分かるようになってくるんだ。だから、お前の感情もこうしてるだけで結構分かるようなもんなんだよ」
俺は机に肘をつきながら「そういうものかね」と口にする。
正直彼の言っていることはよく分からなかった。
その後、先生が来たので立っていた生徒達はいつも通り着席した。
そしていつも通り出席確認等を済ませ、諸連絡に移った。
また今日も、いつも通りの1日が始まる。
3時間目の授業になった。
俺は特に何も考えずボウッとしていた。
サボっていると思われるかもしれないが、眠るよりかはよっぽどマシだろう。
加えて、周りには俺なんかとは違い盛大に眠っているものもいる。茶髪なんて涎垂れそうだ。
それにしても、今香亜は何をしているのだろう? まあ、恐らく例の事件について調べに行っているんだろうな。
場合によっては、魔術を使って誰かと戦ったりとかするのか? もしそうだとしたらかなり心配になる。
けど、香亜は親父の弟子だ。そんなあっさりとやられる程、あの男も甘く鍛えてはいない筈だ。
だからといって心配しないわけにもいかないんだけど……
「ん?」
その時、授業中なのにも限らず、声が漏れてしまった。
なぜかというと、急に体が体がだるくなってきたからだ。
最初は熱でも出たのかとか、具合でも悪くなったのかもとか色々と思っていたが、時間が経つにつれあることに気がついた。
なんと、クラスの生徒、教師を含め全員が息を荒くしていたのだ。
おかしい、明らかにおかしい。そう思った頃にはクラスの誰かがバタッと椅子から床に倒れた。
さらにそれに続くかのようにまた1人、また1人とバタバタ倒れていった。
「ッ⁈ どういうことだ⁈」
そして次の瞬間にはクラスの全員が倒れた。
俺は席を立ち上がり、すぐ側で倒れていた生徒の肩を抱き上げ、「大丈夫か⁈」と声をかける。
反応は無かった。だがまだ息はあるようだ。心臓も動いている。
この症状、あの事件と同じだ。
俺は他の教室へと向かった。だがそこでも、皆同じように意識がなかった。
「他も同じ……なんで……ッ⁈」
その瞬間、空が壊れた。
この学校全体を覆うような謎の赤黒い穴が青い空に現れたのだ。
そしてその穴から放たれる光によって、この学校に入り込む光を薄暗い赤で染め上げる。
まるでここだけが別世界の様に思えた。ありえない空の光、まるで火星のようだ。
「なんなんだ、あれ」
体のだるさは一層強くなる。あの穴が現れてから、なぜか体がおかしい。
その時、俺は気づく。
「もしや、あの穴、魔力を吸っているのか?」
それなら納得がいく。
体内の魔力量が減ってくると、体が重くなったり、だるくなったりする。症状は違うが体力みたいなものだ。
けど、それだと問題がある。
なぜ魔力を持たない人達がこんなになるんだ? 魔力が無かったら、吸うものなんて。
ん? 足音?
廊下の方で、コツコツと何か硬い靴で歩く音が聞こえた。しかも近づいてきている。
俺は廊下に出て、足音のする方向を見る。
そこには、男がいた。
黒く厚い服で身を包み、笑みを浮かべている。歳は恐らく20後半。
どう考えてもこの学校の人ではない。日本人でもなさそうだ。とすると、まさか、この男が。
男は俺の姿を見るや否や、目を見開いて驚いた。
「何? この中で意識を保っていられる者だと?」
どうやら俺が動けているのに驚いているらしい。
俺は男を睨みつけながら聞いた。
「なんなんだ、お前」
俺の問いに、男は反応する。
「ああ、もしかして魔術師か? いや違うな、その卵ってところか。少なくとも協会の者じゃあなさそうだ」
だが男は質問に答えない。
「なんなんだって聞いてんだよ! お前!」
声を荒上げ、男に再度聞く。
流石の男も、これには少し答えた。
「君に言う必要は無い。でも、そうだな。アルドとだけ言っておこう」
アルドと名乗る男は、窓越しに映る空の穴を眺めながら笑みを取り戻す。
「どうだい? いいものだろう、あれ。なんて美しい光景だと思わないか?」
アルドは呑気にそんなことを言う。
「何が美しいだ。他の人達は、なんで気を失っているんだ⁈」
確信していた。これを引き起こした犯人はこいつだ。となると、あの事件を引き起こしたのも。
黒衣の男は自慢げに答える。
「気を失っている? 分からないのか? アレに吸われてるんだよ、魔力が。あ、でも厳密に言えば、吸われているのは生命力の方だ」
「生命力……」
「そうさ。君も魔術師の家系なら分かるだろう。魔力と生命力、外見は違うが、本質は殆ど同じ、似た様なものだ。だが優劣つけるなら生命力の方が魔力よりも強力だ。つまり、彼らの意識が無いのは生命力不足、ということだ」
そういうことか。なら納得がいく。なぜ一般人を巻き込んだのかが。
待てよ、ということはつまり。
「……その話が本当なら、まさか、このままだと」
嫌な予感がした。
「そうさ。魔力は体内で生成することが可能だが、生命力にはその機能が無い。このまま彼らの生命力が吸われ続ければ、生命力切れを起こし、場合によっては……“死ぬ“」
「ッ⁈」
脳が現状を認めることを拒み、信じるまでに数秒の時が流れた。
そして、怒りが溢れ出ていた。
今まで感じたことのない怒りが、俺を支配する。
「今すぐ、アレを止めろ!」
右腕と義手の手を握りしめながら、俺は叫ぶ。
だが、奴は笑う。
「フッフッフッフッフ、ハッハッハッハ! 何を言っているんだい君は。止めるわけないじゃないか! これはあくまでも回収作業なんだ。止めるわけがないだろう!」
「回収、作業?」
何のことかは分からなかったが、怒りが増した。
「人の命を、そんなことの為に……」
歯を食いしばる。
そんな俺をアルドは見ていると、ニヤついていた顔を戻した。
「まあ、けどそうだな。この作業の中で、邪魔なのがいるなぁ。なあ、君、これ止めようとしてるでしょ、僕を倒して」
「当然だ。こんなの、許せるわけがないだろ」
俺はこの時、今がこの黒い義手の使いどきだと思った。
母さんがくれた、このぶっ壊れ性能のこの義手をなら、ある程度の魔術攻撃なら耐えられる。
それに、この拳から繰り出される突きは、コンクリートをも容易く砕ける。
これなら、俺でもやれるかもしれない。
アルドは頭を掻きながら、戻った顔で俺を睨みつける。
「やっぱり、君は邪魔者だな。いいさ、相手してあげるよ。見たところだと、君はロクな魔術すら使えなさそうだからね。すぐに、逝かせてあげるよ」
来る。
俺は義手の動きを確認し、身を低くして先頭体制に入る。
いいか、これは喧嘩じゃない。これから始まるのは、命を賭けた、不利な殺し合いだ!
☆☆☆
「はあ、はあ、はあ」
俺は先程とは違う階の壁の影に身を潜めていた。
体は既にボロボロで、奴の魔術攻撃を受け続けた左の義手は、覆っていたシャツが破け、その黒い装甲が剥き出しになっている。
義手自体は攻撃を受けすぎた為、動きが少し鈍くなり、動くたびに変な音が鳴る。
「何をしているんだい?」
気がつくと、後ろにあった階段から、奴が来ていた。
「ッ⁈」
見つかった!
アルドは手の平を俺にかざし、魔力で魔術陣を作り出して魔術を発動させる。
魔術陣から放たれるのは白い光だ。いや、光と言うよりかは魔力の塊だ。
俺は「クソッ!」と言葉を吐き捨てると、その光を義手で受ける。
軽い魔術だったらなんともないのだが、これは威力が強すぎる。体内でどうにか生成できている魔力を全力で流し込んで、どうにかその衝撃に耐えるので精一杯だ。
俺はどうにかその光を曲がり角を利用して受け流し、奴に背を向けて駆け出す。
今のままじゃダメだ。一旦距離を離そう。
俺は走りながら後ろを振り返り、奴の位置を確認する。
だが奴は、既に新たな魔術陣を魔力で作り出していた。
「なっ、ヤバッ!」
再び光が放たれる。
俺はそれをどうにか反射神経だけで避けるが、少しそれが足を掠ってしまう。
「グアッ!」
俺は足を崩し、床に転ぶ。
熱い、それに痛い。まともに食らったら、確実に死ぬ。
根性でどうにか立ち上がり、再び走り出し、階段を登る。
「おやおや、一体いつまで鬼ごっこを続けるつもりだい?」
アルドは余裕の無い俺に尋ねてくる。当然答えるつもりはない。
けど、このままだと埒があかない。どうにか打開策を考えろ。
登り終えると、再び廊下を走り出す。その時だった。
「ッ⁈」
俺は踏みとどまった
耳にゴゴゴゴゴと大きな音が入り込んできた。
その音の発信源は、空のあの穴のようだ。その音はまるで、何かの合図のようだった。
「なんなんだよ、この音……ッ⁈」
振り返ると、既に奴は階段を登り終えていた。
そして魔術陣を展開している。もう逃げても遅い、マークされている。
魔術陣から光が放たれる。
俺はそれを再び左腕で受けるが、もう魔力は枯れかかっていた。受けたのはいいものの、踏ん張りが効かずに吹き飛ばされた。
「ガハッ!」
義手の反応が、明らかに悪くなっている。この性能の義手でも、本物の魔術師には太刀打ちできないのか……?
「いやぁー疲れた。僕は体育会系じゃないから、無駄に体力使わせないでおくれよ。それにしても話は変わるけど、その義手ほんとに凄いね。僕の“滅びの光“を何度受けても砕けない頑丈さ、褒め称えよう。けど」
奴は再び魔術陣を作り出す。
体はアザの痛みで悲鳴を上げている。それは足も同様だ。
「これで終わりだ」
終わり? 終わり、か。
勝手に決めつけられるのは、癪に触るな。
けど、分かっていた筈だ。俺なんかじゃあの魔術師には勝てないと。
ただ怒りに任せて、この義手なら可能性があるのかもしれないと、根拠の無い希望に縋った。
その時点から、これは見えていた。いや、見えてはいたが、見ることを拒み続けていた。
拒み続けていた結果がこれだ。
何もできず、ただ一方的にやられるのみ。拒んでいたせいで、まるでそのような結末にならないように、自身を守るかようにしているだけで、ただやられないようにしていただけだった。抗うというにもおこがましい、変なものだ。
けど、何か忘れていないか?
なんで、その小さな希望に縋ったのか。
なんで、あそこまで怒ったのか。
「クッ!」
切れかかっていた紐が糸一本で繋ぎ止められたかのように、体に力が入る。
そうだ。
俺は、この学校の人達を救うために、戦っていたんじゃあないか。
救うために、その希望に賭けた。
救いたいがために、奴に怒った。
全ては、みんなを救うために、戦いを始めた。
なら、これからやることは1つ。
もう、俺がどうなってもいい。
俺に残された全てを賭けて、奴を……倒す!
「ッ……」
体を起こす。
答えは出た。
打開策は元からあった。ただ俺が、それから目を逸らしていただけだ。
だが、今ならそれが使える。
魔術や技なんかじゃない。
ただ、守りを捨てるだけだ。
魔力が枯れ果てた? んなもん知るか! 絞り出せ。一滴の雫だけでも絞り出せ!
「なんだ? まだ抗うのかい? 無駄だということを、知れ!」
魔術陣から光が放たれる。
あの軌道から察するに、確実に仕留めにきている。
恐らく直撃すれば焼け焦げて死ぬのだろう。
だが、そんなことにはならない。なる気はない。
しかし避けるつもりもない。
あの光は、左腕で受ける。
「グッ!」
白い光と黒い義手が衝突する。
全力の魔力を注いだとしても、流石に左腕だけでは耐えられない。
故に、支えられない義手を、右手で支える。
今のこの状態では、先程と同じで何も変わらない。
だが、今回は違う。
踏ん張っている足を前へ。
「何? この状況で近づいてくるだと?」
前へ。
「クッ……しぶとい!」
奴は威力を強める。
それでも、前へ。
受けている義手のパワーが落ちてきている。
だが、そんなのは問題じゃあない。壊れた部分はさらなる魔力を流すことで補う。
進め、進め!
「まずい、このままだと、、切れるっ」
その瞬間、光が消えた。
使用時間の限界、今だ!
俺は駆け出す。
魔力は尽きた。もうしばらくは絞っても出ない。けれど、腕は、もう一本ある!
敵は目前、右腕に力を込める。
今までの鬱憤、その全てを吐き出す!
「ハアアッ!」
右腕を突き出した。
義手ではないので威力は劣るが、今の俺には十分すぎる程の武器だ。
放たれた拳はアルドの顔面に直撃し、奴は殴られた衝撃で回転しながら床に倒れ込んだ。
「はあ、はあ、はあ、ウッアァ……」
体内の魔力の枯渇、それによるひどいダルさで床に膝をつく。
魔力が殆どないが故に、義手はしばらく動かせない。
だが、引き換えに強力な1発を叩き込めた。代償の割には小さなものだが、明らかに効いた筈だ。
これで、気絶してでもくれていれば……
「ッ! まだ、お前……!」
しかし、奴は気を失うことはなかった。
アルドは殴られた頬を撫でながら、ふらふらと立ち上がる。ダメージはあるようだが、それでも届ききってはいなかった。
「……やってくれたなぁ。全く、危険すぎるよ君。でも、もうここまでだ」
奴は再び俺に向けて手をかざし、魔術陣を作り出す。
俺はその場から離れようと、体を動かそうとするが、あまりのダルさで体が言うことを聞かなかった。
「グッ!」
力を入れても、体は立ち上がらない。
「この僕に1撃与えることができただけでも喜んで、消えろ」
魔術陣から白い光が顔を出す。
発動された。回避行動が取れない。動けたとしても、もう間に合わない。みんなも、助けることが、できない。
諦めかけたその時だった。
バリンッと何かが割れる音と共に、目の前に赤い何かが現れた。
一瞬、その音と目の前の何かの正体は分からなかったが、瞬時に俺はその音は理解できた。
ガラスだ。
俺から見て右側にあった窓ガラスが割れたのだ。
なぜ割れたのか。恐らく目の前の奴を遮っているこの赤い何かが飛び込んできたのだろう。
1秒の経過。その短い時が流れると、次第にそれが何か、いや誰なのかを理解した。
「香、亜?」
赤い髪の女は、片手で長い何かを持ちながら、空いているもう片方の手の平を迫る光にかざし、空を捻った。
その瞬間だった。
一瞬俺の目がおかしくなったのではと思ったが、明らかにその光景は異様だった。
なんと、香亜の手から先の空間が、渦を巻きながら捻れ始めたのだ。
捻れた空間に向かって吸い込まれていく光は、その空間に入りこむや否や、渦に巻き込まれながら軌道を外れ、地面に向かっていった。
床はそれにより抉られたが、あの方向だとギリギリ下の階の人達には当たってはいないだろう。
「何⁈」
その理解できないような現象に、アルドも驚いていた。それは俺も同様だ。
一体、彼女は何を今したのか。俺と奴には、全くもって理解できなかった。
だが、アルドが香亜の顔を見た途端、今のがなんだったのかを理解したようだ。
「グッ……そういうことか。君、魔術師協会の“魔眼使い“か」
奴は後ずさる。
魔眼使い? まさか、香亜が?
俺に背を向けながら、香亜は口を開く。
「ようやく尻尾を掴めたぞ、この泥棒どもが。まさか、学校をも標的に入れていたなんてな」
その声は、今朝までの軽い口調の時のものではなく、重々しく、真剣なものだった。
「ほんと、お前達の感性疑うよ」
「感性を疑う? 効率を考えれば、人数の多い学校を選ぶのは、当然のことじゃあないかな? まあ、感じ方は人それぞれだけど」
奴は今のこの状況を笑みと軽い口調で誤魔化しているようだったが、その頬からは冷や汗が流れていた。
かなり警戒をしているようだ。やはり、香亜はそれだけヤバい存在なのか?
「……そうか。もういい、話はここまでだ。お前を最悪殺してでも、この魔術は止めさせてもらう」
香亜はそういうと、左手に持っていた長い何かを右手で握り、腰を低くして構える。
驚くようなことが起こりすぎてそれがなんなのかを認識してはいなかったが、よく見てみるとそれは刀だということが分かった。
つまり、今彼女が行っているのは抜刀の構え。このままアルドを仕留めるつもりだ。
それに対し、アルドはというと、
「フフフ、ヘヘヘへ」
笑っていた。
今度は誤魔化しの笑いなどではなく、本当に笑っていた。
頭がおかしくなったのかと最初は思った。しかし、奴が笑い終わると、顔をニヤつかせたまま空の穴を眺めだしたので、何かするのかもしれないと思った。
香亜は聞く。
「何がおかしい?」
アルドは答える。
「何がって? いやぁそうだなぁ。降ってくるからだよ、奴らが」
その言葉を、俺は理解できなかった。
降ってくる、何かの比喩なのだろうかとも思ったが、違う気がした。
だが、香亜にはその言葉の意味が理解できたようだ。
「まさか……繋げたのか? あの世界に⁈」
アルドのニヤけ具合が増す。
「そうさ! 奴らが降ってくる! 異世界の、魔物どもがなぁ!」
こんな中途半端なところですが、ここまで評価をお願いします。作り直したものは後日出します。