28、奇しき縁の果て
大学で神職になる勉強をして4年。俺は無事に卒業することができた。晴れて神職として働くことができるようになった俺は、就職先に神路神社を選び、4年ぶりに戻ってきた。
「おかえり、冬馬くん」
「ただいま帰りました。またよろしくお願いします」
鳥居の前で出迎えてくれた隆幸さんに頭を下げて挨拶する。隆幸さんはにこりと笑うと「こちらこそ」と軽く頭を下げてくれた。
「さ、中に入って。バイトの頃と違って、これからは僕の仕事も覚えてもらうからね?」
「はい」
うなずいて4年ぶりに鳥居をくぐる。すると、社からさあっと風が吹いてきて、俺は思わず目を閉じた。
「冬馬くん、神さまも冬馬くんが戻ってきたことを喜んでるみたい」
そう言って笑う隆幸さんに俺はゆっくり目を開けた。
「っ!」
目の前にいたのは、ずっと会いたくて、話したくてしかたなかった神さまだった。
「今ここにいらっしゃるのはわかるんだけど、冬馬くんには見える?」
尋ねられて俺は呆けたようにうなずいた。静華さまはあのときと変わらない容姿で穏やかに微笑んでいた。それを見て俺の目からは無意識に涙が溢れていた。
『おかえり。立派になったな』
「ただいま、かえりました」
声をかけられて俺は深く頭を下げた。
改めて境内に入った俺はバイトの時に着ていた作務衣ではなく、白衣と浅黄色の袴に着替えた。
「うん、よく似合ってるね」
「ありがとうございます」
俺の神職としての装束を見た隆幸さんが感慨深そうに目を細める。俺はなんだか気恥ずかしくて頬を掻いた。
「仕事は明日から教えるね。今日は神さまたちとお話してくるといいよ」
「いいんですか?」
驚いて尋ねた俺に隆幸さんはにこりと笑ってうなずいた。
「うん、いいよ。神さまもそれをお望みだろうからね」
そう言って笑う隆幸さんに礼を言って、俺は社に向かった。神さまがずっと社の屋根に座ってこっちを見ているのがわかっていたから。
「静華さま」
俺が声をかけると静華さまはふわりと降りてきてくれた。
『仕事はよいのか?』
「はい。宮司さまが今日は静華さまたちとゆっくり話をするといいと」
俺の言葉に静華さまは嬉しそうに目を細めた。
『そうか。ではこちらにおいで』
静華さまに促されて俺は社の裏にまわった。
「白羽さまはいないんですか?」
『ああ。あれはいつもふらりとやってきてふらりといなくなる。だが、そなたが戻ってきたと知ったら姿を現すかもしれんな』
機嫌よさそうに笑う静華さまに俺も小さく笑った。本当に、静華さまは最後に見たときと変わっていなかった。
「静華さま、俺は自分の意思で勉強して、資格もとって、神職になりました。きっかけは静華さまに出会ったことでも、他にも仕事はたくさんあるのに、大学にまで入って神職になったのは紛れもなく俺の意思です。だから、自分のせいでなんて言わないでください。もう、俺を遠ざけないでください」
俺の言葉に静華さまは驚いた顔をしたあと、泣き笑いのような表情になった。
『そうだな。紛れもなくそなたの意思だ。だからこそ、我は再びそなたに会えたことが嬉しい。あのとき、そなたの目と耳を封じたとき、我はそなたが心から望めば封じが解けるようにした。それは、きっと我の願望だったのだ。そなたに会いたかったのは私のほうだ』
そう言った静華さまの頬を涙が伝う。俺が驚いて手をのばすと、静華さまは首を振って自らの袖で涙を拭った。
『戻ってきてくれてありがとう』
「これからも、よろしくお願いします」
礼を言われた俺がにこりと笑って頭を下げると、静華さまはうなずいて微笑んでくれた。
それから俺と静華さまはさまざまな話をした。あの日、俺の目と耳を封じた日の夜に何があったのか、一時は弱ってしまった静華さまが回復するまでどれほどかかったか。白羽さまの療養の様子。まわりの社の神さまたちのこと。色々なことを聞いた俺はとりあえず近くの神社の神さまたちに挨拶をしにいこうと思った。神さまたちの助力がなければ静華さまは無事ではないし、俺や隆幸さんもどうなっていたかわからない。時間は経ってしまったが、しっかりお礼はしなくてはと思った。
近くの神社の神さまたちへはその日の夕方挨拶まわりをした。神路神社に就職した俺はそのまま隆幸さんの住居に住まわせてもらうことが決まっていたから、前も近かったが通勤時間はさらに短くゼロになった。
近くの神社の神さまたちはどなたもみんな優しくて、俺が静華さまの愛し子だと知ると戻ってきてよかったと言ってくれた。俺が大学に行って神社を離れた間、静華さまはだいぶ不機嫌が日が続いたと聞いてつい笑ってしまった。
俺からしたら神さまというのはみんなとんでもなく長く生きている感じがしたが、静華さまや白羽さまはまだ若いほうなのだと聞いて驚いてしまった。神社の神さまたちはいつでも遊びにおいでと言ってくれたので、時々お参りにくると言って静華さまの待つ神社に帰った。
翌日から俺は隆幸さんの仕事を手伝いながら本格的に神職としての生活をスタートさせた。とはいえまだまだ位は低いのでできることは限られている。神職としての仕事の他にもバイト時代にやっていた備品整備などもすすんでやった。
静華さまはそんな俺や隆幸さんをいつも穏やかに微笑みながら眺めていたし、俺が戻ったと噂を聞いてやってきた白羽さまは楽しそうだった。
これから俺はこの神社で働きながら神さまたちと共に生きていく。なんの取り柄もなく荒れた生活をしていた俺は、思いがけず繋がった縁で今は神職になっている。夢も希望もなくただ生きていた俺はもういない。俺の人生はこれから俺の大好きな神さまたちと共にあるのだ。
完