24、人の思いと神さまの力
神社でのバイトを再開して数日、最初こそ隆幸さんや静華さま、白羽さまに心配されたが、俺は特に問題なく日常生活に戻った。
「白羽さま、おはようございます。今日もよろしくお願いします」
朝、アパートを出るとそばにおりてきた白羽さまに挨拶する。白羽さまはにこりと笑ってうなずいた。
『おはよう。今日も元気そうで何よりだ』
白羽さまが俺を見て言う。俺は肩をすくめて神社に向かって歩き出した。
『そろそろ向こうが動きだしそうだ。きみは特に何をするということはないが、また狙われないとも限らんから気をつけてくれ』
歩きながらまるで世間話のように聞かされたことに驚いて俺の心臓が跳ねる。大丈夫とは思っていたが、あのことは俺の中でかなりショックなことだったようで、ドクドクと早鐘を打つ心臓の音がやけにうるさくて、俺は無意識に胸を押さえていた。
『大丈夫か?怖いことを思い出させてすまない。もうあんなことにはならないから、安心するといい』
白羽さまが俺の異変に気づいてそっと頭に触れる。すると不思議なことに早鐘を打っていた心臓は落ち着いて息も楽になった。
『…すみません。もう大丈夫です』
『そうか。今日は仕事はやめて休んでいるか?』
心配そうに尋ねてくれる白羽さまに俺は首を振った。
『大丈夫です。行きましょう』
俺が行くと言うと白羽さまはそれ以上何も言わずにいてくれた。
神社の境内に入るといつものように静華さまが迎えてくれて、白羽さまは静華さまのそばに行く。俺は静華さまに挨拶すると社務所に入って作務衣に着替えた。
「おはよう、冬馬くん」
「隆幸さん、おはようございます」
着替え終わるとちょうど隆幸さんが社務所に入ってくる。挨拶をすると隆幸さんはちょっと申し訳なさそうな顔をした。
「冬馬くん。実は今日この辺の神社同士の会議が入っていたのをすっかり忘れてて。午後からちょっと行かなきゃいけないんだけど、戻るまでここのこと頼めるかな?」
「いいですよ。いつも通りのことしてればいいんですよね?」
「うん。今日は午後は特に予約とかも入ってないから。いつも通りでいいよ。急なことで本当にごめんね。なるべく早く帰ってくるから」
そう言って申し訳なさそうにする隆幸さんに俺は笑いながら首を振った。
「大丈夫ですよ。気にしないで行ってきてください」
「ありがとう。お土産買ってくるからね」
隆幸さんは安心したような顔をすると午前中に予約が入っていたお宮参りの準備を始めた。
「お宮参りは久しぶりだね。年々お宮参りとか七五三とか減ってる気がするな」
「子どもが少ないからですか?」
本殿でお宮参りにくる人たちが座る椅子を出しながら尋ねると隆幸さんは「そうだねえ」とうなずいた。
「この辺も子どもが減ってるからね。あとはみんな忙しかったりしてお宮参りや七五三みたいなことをしない人たちも少なくないし」
「なるほど」
「でもうちはまだいいほうなんだよ。他の神社は参拝客も少なくなって経営が厳しいところも少なくない」
そう言われて俺はふと静華さまや白羽さまが言っていたことを思い出した。菓子を供えたとき、その菓子の味を感じるのではなく、神さまのために選んだという人の心を感じるのだと。参拝客が減ってしまった神社の神さまはそういう人の心を感じられなくて寂しいだろうなと思った。
「参拝客が減ってしまった神社の神さまは、寂しいでしょうね」
ぽつりともらした俺の言葉に隆幸さんは驚いたような顔をしたあと、ふにゃっと笑ってうなずいた。
「そうだね。神さまは人の信仰が力になるというしね。きっと寂しい思いをされているだろうね。僕もうちの神さまに寂しい思いをさせないように頑張らないとな」
そう言って笑う隆幸さんに俺も「頑張ります」とうなずいた。
午前中のお宮参りを無事に終え、隆幸さんは昼食後に会議に出掛けていった。神社同士の会議というのは時々あって、今までにも何回か隆幸さんの留守を任されたことがった。留守を任されるといっても特に変わったことをすることはなく。境内の掃除や参拝客がお札やお守りを買うときに対応したりという程度のことだった。
『宮司は出掛けたのか?』
昼休憩を終えて境内の掃除をしていると静華さまがふわりと舞い降りて声をかけてきた。
「はい。神社同士の会議があるんだそうです」
『そうか。この辺の神社の神々は年々力が衰えている。難儀なことよ』
「力が衰える?」
静華さまの言葉に俺が首をかしげると、静華さまはうなずいて説明してくれた。
『人間の信仰は我らの力になる。神社の神であれば、参拝客が多いほど力が増し、少なくなれば力は衰える。人に忘れられた神社の神は最後は力尽きて消えるしかない』
「消える…」
参拝客の有無がまさかそんな大事に繋がるとは思っていなくて、俺は血の気が引く思いだった。
『そんな顔をせずとも、我はすぐに消えたりせぬ。幸い、ここは宮司のおかげもあって参拝客は多い』
「そう、ですか。よかった…」
安心させるような静華さまの言葉にホッと息を吐く。俺が情けない顔で笑うと、静華さまは頭を撫でてくれた。
『そなたは優しい子だな』
「そんなことないですよ。誰だって、知っているひとが消えてしまうかもしれないと思ったら怖くなりますよ」
苦笑しながら言う俺に静華さまは優しい笑顔を向けてくれた。