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13、人の心は複雑怪奇

 和樹の事件があってから、和樹の見舞いが俺の日課に加わった。神路神社に行く前には必ず、帰りが遅くない日には帰りにも病室に顔を出した。

 和樹は最初こそ混乱して大人、特に女に怯えていたが、徐々に落ち着きを取り戻していった。傷の治りも医者が驚くほど順調で、日々巻かれる包帯が少なくなっていった。だが、目を覚ました和樹が母親について尋ねることはなかった。


「お兄ちゃん!」

いつものように神社からの帰りに病棟に上がるとエレベーターを降りた途端声をかけられる。驚いて目を向けると松葉杖をついた和樹が病棟のロビーにいた。

「和樹、すごいな。ここまで来られるようになったのか」

「うん!病室の窓からお兄ちゃんがくるのか見えたから迎えにきた!」

笑顔を見せる和樹の頭を優しく撫でて一緒に病室に戻ると、俺は土産だと言って厄除けのお守りを渡した。

「お守り?」

「ああ。隆幸さんが渡してくれたんだけど、神様の加護?があるらしい」

あまり聞きなれない単語に疑問系になりながら話すと、和樹はお守りを目の高さまで上げてしげしげと見つめた。

「ほんとだ。なんかキラキラ光ってる。綺麗だね」

「神様がお前を守ってくれるよ」

「うん。退院したらお礼言いに行く」

和樹はそう言うとお守りを大事そうに枕元においた。

「今日おばあさんは?」

「もう帰ったよ。明日またくるって」

なんてことない世間話をしながら和樹と夕飯を一緒に食べて帰る。和樹は引き留めたりはしなかったが、それでも帰り際には寂しそうな顔をしていた。

「また明日の朝にくる」

「うん。おやすみなさい」

和樹と別れた俺はエレベーターに乗って1階におりた。正面玄関から外に出るとき、ひとりの男とすれ違った。男は40代くらいでスーツを着ていた。特に変わったところがあるわけでもない。一見ただの仕事帰りの見舞い客なのに、俺は足を止めて振り返った。

「あの!」

声をかけるとスーツの男が足を止めて訝しげに振り返った。

「何か?」

「あの、人違いならすみません。和樹のお父さん、ですか?」

俺が尋ねると男はあからさまに驚いた顔をした。確かに和樹に顔が似ているわけでもない。それでもなんとなくそう思って声をかけたが間違ってはいなかったようだ。

「きみは?」

「和樹の友人です。あの、和樹には今許可がおりた人じゃなきゃ会えませんよ」

「俺は父親だぞ?」

「和樹がこんなになる原因を作ったのは母親です。親だからなんですか?それに、もう和樹が入院して1週間以上経ってますよ?」

つい棘のある言い方をしてしまうと和樹の父親は顔を真っ赤にして俺に詰め寄ってきた。

「父親の俺が会えなくてお前のようなチャラチャラした奴は会えるのか!?何が友人だ!和樹を唆して悪い遊びを教えてるんじゃないだろうな!?」

「そんなことしてませんよ。それに、不倫は悪い遊びじゃないんですか?」

「貴様っ!」

「何をしている!」

和樹の父親が殴りかかろうとしたとき、騒ぎを聞き付けて警備員が飛んできた。俺はすっかり顔見知りになっていたから簡単に説明すると、和樹の父親は警備員にどこかに連れていかれた。俺はそのまま帰ろうかとも思ったが、念のため病棟に戻って看護師に和樹の父親が来たことを伝えた。


 なんとなくそのまま家に帰る気にならなくて俺は神路神社に戻った。もうすっかり暗くなっていて、隆幸さんは住居のほうに戻っている。俺は誰もいない社殿の階段に座った。

『何を憂いておる?』

ぼんやりしていると頭上から声がかけられる。俺は苦笑して神様にポツポツと話し出した。

「俺は父親は知らないけど、母親は優しかったんで、和樹の母親がなんであんなことしたのか、父親がどの面下げて今さら会いに来たのかわかんないです」

『人の心とは難しい。複雑怪奇なものよ』

「神様にもわかんないことってあるんですね」

『もちろんだ。特に人の子は難しい』

神様はそう言って苦笑するとふわりと俺の頭を撫でた。

『夜は冷える。そなたももう帰るがよい。風邪などひいてはあの子のところに行けぬだろう?』

「そうっすね」

神様の言葉にうなずいて俺は立ち上がった。神様にわからないことが俺にわかるはずもない。ただ、俺は和樹がこれ以上傷付かないようにできることをしようと思った。


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