第五話「陰謀は蠢く」
蓬莱防衛隊に入って一週間ほどは訓練に明け暮れる日々をピイタは送った。
基礎体力をつけるトレーニングは勿論、彼の場合は銃の扱いを一から覚えなければならなかった。だがそれも一週間経てば大分身についてきた、と自負していた。
そして夜になると少しの自由時間が与えられたが――
「ピイタは俺と筋トレするんだ! 筋肉は裏切らない。筋肉は最高だ。そうだろうピイタ!」
「いえ、ピイタ二等兵には私から射撃のコツを教える約束をしていたんです! 銃は拳より強し、ですよ!」
廊下をぶらぶらとしていたところ、何故か自分の取り合いに巻き込まれるピイタだった。先程から言い合いをする男女の内、筋骨隆々とした男の方がピイタの肩をガッチリ抱く。
「メイ三尉といえど譲れない。男の付き合いに割って入らないでいただきたい」
「ライアン曹長、彼が嫌がってますよ! ねぇピイタ二等兵、私が手取り足取り教えてあげますから」
メイは優しげに言うが自己主張はライアンに負けていない。どちらにしようか、ピイタには決めかね困り眉になる。階級はメイの方が上だが、ライアンには物理的に捕まえられて逃げられそうにない。
「彼に選んでもらいましょう。当然私と一緒に射撃場へ、ですね?」
「いいや俺と筋トレだ。だろう、ピイタ」
「ピイタ二等兵」
どうしたものかとピイタが悩んでいたところ、通りがかったアクセルが割って入ってきた。
「俺と来い」
有無を言わさずアクセルが促すと、ライアンはピイタの肩から手を離す。メイも何も言わなくなった。ピイタ以外の二人は理解していた。イナバの懐刀のアクセルが呼び出すということは、つまり大事であると。
こうしてピイタはアクセルに連れられ、また五階の指令室に入った。相変わらずダイコク一佐は立っていて、その秘書に過ぎないはずのイナバが座っていた。
「ピイタ二等兵。あなたに初任務を与えます。アクセル二尉と共に一番ゲットーに行ってもらい、そこで……」
続けてとんでもないことを言い出したイナバに、ピイタはただただ驚嘆するばかりだった。
一番ゲットー。そこは最初にして最大のゲットーだった。
壁が高くそびえ、許可なき者は通行を許されない。だが抜け道はあった。夜も深くなった時を見計らい、アクセルとピイタは一番ゲットーに侵入した。蓬莱防衛隊として堂々と正面から行かず――それには事情があった。
アクセルもピイタも軍服ではなく黒いスーツに黒いネクタイの格好でいた。それが夜の闇に溶け込む。ピイタの方は大きな鞄を背負っていたがそれも黒く、近くで凝視しなければ見えなかった。
彼らが向かう先は、一番ゲットーの月兎族評議会の議員アダムスの邸宅だった。
月兎族評議会というのは一番ゲットーに住む月兎族の自治組織である。自治と言えば聞こえはいいが、ビクトリア軍の傀儡でしかない。もっともこのアダムスという議員は裏ではビクトリアの支配に抵抗する地下組織の頭領なのだ。彼の屋敷には反ビクトリア運動家がひしめいている。
ゲットーの大半の月兎族はあばら屋に住むか路上生活者で貧困にあえぐが、アダムス邸は議員の家だけあって立派だった。アクセルはその前まで来て玄関の呼び鈴を鳴らす。すると若いメイドの女が出てきて用件を聞いた。
「何用ですか」
「私は水仙のアクセルだ。こちらは同じくピイタ。アダムス氏にお見せしたいものあって参上した。取り次いでいただきたい」
「少々お待ちを」
メイドは屋敷の中に引っ込み、それから五分くらいして玄関に戻ってきた。
「どうぞ、主がお待ちです」
アクセルは堂々と中に入り、ピイタも続いた。二人の黒服の足音が床の軋む音と共に静かな夜に響く。彼らはメイドの案内で広間に通された。その奥に髭を伸ばした身なりの良い月兎族の男が待ち受けていた――アダムスである。
「水仙の者がわしに何用か」
「単刀直入に言う。武器を売りに来た。おい、ピイタ」
アクセルに言われ、ピイタは背負った鞄を下ろし、中からライフルを一丁取り出した。それをアダムスににじり寄って渡す。
「ほう、これを……いくつ売れる?」
「ざっと200。拳銃は100。手榴弾も売ろう」
「ふむ……」
「買うか?」
「わからんな? 何故水仙が急に死の商人を始めたか……わしが戦争をしたがっているように見えるのか?」
「水仙も月兎族が大半だ。協力は惜しまない」
「協力、か……」
アクセルとアダムスのやりとりを固唾を飲んで見守るピイタ。事前に任務をよく聞いて納得しなければ、驚いて止めに入っただろう。
蓬莱租界の夜を支配するマフィア、水仙の構成員に成りすましてゲットーの反ビクトリア組織に銃火器を横流しする。そして蜂起を促せよ、とイナバは命じたのである。初めに聞いた時、ピイタは仰天した。治安を守るべき蓬莱防衛隊が真逆のことをしようだなどと。
我々の真の目的は、月兎族の独立なのですよ――イナバの言葉を最終的にピイタは嘘じゃないと受け止めた。
「買おう」
意外にも答えを保留にせず、アダムスはその場で決めた。常々武器がもっと必要だと叫ぶ運動家達の声を聞いていたからである。彼は手にした銃を見つめる。
「そちらは差し上げよう。連絡要員としてこちらのピイタを残す」
「本当に揃えられるのかね? 我々は10丁手に入れるにも難儀するのに」
「無論だ。ここにサインを」
アクセルは短く言いきった。アダムスは渡された書類にサインしながら彼を見定めようとするが、視線をかわされる。
書類を受け取ると踵を返し、アクセルはその場を去る。ピイタは独り残されて内心不安だった。水仙のメンバーという嘘を着飾り続けなければいけないことに。
アダムスの視線はピイタに注がれる。アクセルと違って上手くかわせず目があってしまう。
「ピイタ君、だったか。若いな。歳は」
「18です」
「そうか、息子が生きていれば君ぐらいの歳だったろう……水仙の頭、アウスラとはどんな男かね?」
「高い志を持った方と聞いております……生憎僕は直接お会いしたことはありませんが……組織も大きいので」
「だろうな。君は殺しも経験していない」
「えっ?」
「目を見ればわかる」
これ以上話すとボロが出そうだ、とピイタは恐れる。だがその恐れも伝わってしまう。
「だがあのアクセルという男は別だ……」
アダムスはアクセルを警戒しつつも、武器商人としては一応信用した。だが彼もピイタもアクセルの真意を見抜けてはいなかった。
アクセルとアダムスの「契約」が成立して以来、ゲットーの抜け道を通して少しずつアダムス邸に銃火器が運び込まれていた。それが一番ゲットーの住民の手に行き渡っていくのをピイタは眺めていた。
彼はアダムスの食客として主に屋敷にいて、暇な時間をトレーニングに費やしていた。それでもずっと邸宅にいるのも体がなまると、外出許可をもらってゲットー内を歩き回ったりした。
ゲットーは不衛生で伝染病が蔓延り、道端に死体がごろごろ転がっている。子供の頃に見た光景と変わりない、とピイタは思った。
スーツを着込んだピイタを見つけると、孤児の乞食達が集りに来た。そうすると手持ちのコインを幾つかわけてやった。だがそれが良くなくて、余計乞食達を集めてしまう。
全く嫌な世界だ――ピイタは足早くして乞食達を振り切る。
月兎族の独立。それがなされた時ゲットーの住民達は救われるのだろうか。アダムス達が計画する蜂起が上手くいくことをピイタは祈る。祈ることしかしない自分に気付くと、いやそうではないと自分に言い聞かせる。自分が手伝って成功させるのだ――
その為にならどんなことだってやってみせる。
ピイタが来て二十日後の夜、アダムス邸に主要な地下組織のメンバーが集い、ついに蜂起についての会議が開かれた。
「評議会を押さえ、ビクトリア憲兵を一網打尽にする! 電撃作戦じゃ!」
「決行はいつにする?」
「三日後はどうだ?」
「そうだ、そうしよう」
「地下壕の様子はどうかね?」
「水と食料の蓄えが一ヵ月分ある。これで戦えるはずだ」
「では三日後に!」
反ビクトリアの月兎族の男達は杯を交わし、戦意を高揚させる。その場にピイタもいたが、彼は酒を飲んだことがなかった。
「水仙の若いのも飲めや飲め!」
「いや、僕はちょっと……」
「んだよ付き合い悪いな、所詮余所者かァ?」
「そういう言い方はよさんか。彼らのおかげでわし達は戦う力を得たのだ」
注意したのはアダムスであった。彼はピイタに耳打ちする。
「少し外の空気を吸わんか?」
断る理由もないので広間を出て行くアダムスについていくピイタ。中庭に出て、髭面の中年兎は一服した。
「わしの息子は疫病で苦しんで死んだ……君のような若者には同じ目に遭わせたくないものだな」
そう呟くアダムスの背中が小さく見えるピイタだった。自分の両親が生きていたら同じくらいの歳だったのか――時々垣間見える温かな視線を感じて、ピイタは感傷的になる。
「フモカは……僕の妹は七番ゲットーで死にました。ビクトリア軍の手で。敵は強大ですよ」
「そうか……なら我々は勝たねばならないな。どんな相手でも」
アダムスは微笑みかける。するとピイタの表情も少し明るくなった。
「勝ち取りましょう、自由を」
そして三日後、一番ゲットーの反ビクトリアレジスタンスは武装蜂起し、議会を占拠、ビクトリア憲兵の支部を襲撃し、油断していた憲兵達をことごとく殺した。その死体を晒しあげ、宣言する。
「一番ゲットー、いや本来彩都と呼ばれたこの地は独立する! ビクトリアを恐れるな、月兎族の勇者達よ! 勝利は己の手でつかみ取るのだ!」
翌日、慌てて約1000人のビクトリア陸軍が一番ゲットーに攻め入った。だが月兎族の戦闘員は地の利を生かしてこれに銃撃を浴びせ、返り討ちにする。女子供でも扱える手榴弾によって訓練されたビクトリア兵が退散していく様は、レジスタンスにとって小気味よかった。
その日の戦闘はビクトリア軍の退却で終了した。
戦闘後の夜、アダムス邸。その広間で勝利に沸き立った反ビクトリア運動家達の宴会が開かれていた。
「ビクトリア軍がなんぼのもんじゃい! 俺達月兎族の結束に比べれば烏合の衆よのう!」
「そうだそうだ」
「しかし弾薬は残り少ない、手榴弾も大分使ってしまった……どうする?」
「大丈夫大丈夫、うちらには水仙もついておるからなぁ、だろう若造」
「ああ……調達しますよ、任せてください」
ピイタも高揚する場に当てられてつい確約できない話をする。後でアクセルに話を通しておけばいいだろうと。ビクトリア憲兵の検閲もなくなった今、物資を運びやすいとも考えた。
酔い潰れたレジスタンス達はそのままアダムス邸の広間に寝転がる。やれやれとアダムスは溜息をつく。
「まだ戦いは始まったばかりというのに……」
「そうですね。でも今日の勝利は格別なんですよ」
「ああ、記念すべき日だ」
アダムスは酒瓶を取り、杯に注いでピイタに渡す。今度は遠慮せず受け取るピイタ。しかし飲むことはなかった。
ちょうどアクセルが広間に乗り込んできたからだ。
「ああ、アクセルじゃないか。ちょうど話が」
話声を遮るように銃声が響く。ピイタはアクセルを見る――蓬莱防衛隊の制服を着て、銃を向けている姿を。そしてアダムスを見れば、撃たれたのは彼だと知る。
倒れ込んだアダムスは眉間から血を流していた。即死だろう。それだけで済まさず、アクセルは次々とレジスタンスのメンバーを撃ち殺していく。
「おい……何やってんだよ……」
ピイタはアクセルを止めようとして彼の腕を捉えようとしたが、相手の方が早く銃口を突きつけていた。
「ゲットーの蜂起を鎮圧すれば防衛隊の地位は向上する。ひいては月兎族の独立に近づく」
「ハメたのか……アダムスさんを、僕を!」
「わからないか? イナバ様の深淵なるお考えが」
「アクセルッ!」
「二尉だ」
アクセルは銃口を向けながらもその場を去る。怒りを胸にピイタは追い、外に飛び出す。するとすでに遠くの方に火の手が上がって、夜なのに明るくなっているのが見て取れた。
「また、繰り返すのか!」
「いいですか諸君。戦争というのは奇襲が基本です。そして頭を失えばたちまち烏合の衆と成り果てるのです。そうなればもう恐れることはありません」
一番ゲットーの入り口前で整列する蓬莱防衛隊の指揮を、イナバが直接取っていた。彼女は高らかに宣う。
「非戦闘員はなるべく殺してはいけません。そして、仮面ゲットが現れたら速やかに撤退すること。では始めましょう。今宵の戦争を」




