第十一話「仮面ゲットに決着を」
蓬莱防衛隊基地内でひっそりとテラは埋葬された。
盛った土に木の棒を立てた簡素な墓だった。ピイタはもっとちゃんと弔ってやりたかったが致し方なかった。兵士ではなく兵器であるテラを一人の人間として認めているのは彼くらいなのだから。
もう涙は流し尽くした。それでもテラとの思い出が心の内に沸き上がってくる。
楽しい思い出でいっぱいにしたいね――かつてテラはそう言っていた。でも今は楽しかった思い出すら悲しみに代わる。
――テラを奪ったあの巨大な仮面ゲットを許せない。けれどその力を手に入れなければならない。月兎族の真の独立なんてどうだっていい、ただ妹達を失ってこれ以上大切なものを奪われたくない。自分にはもうないが、誰かの大切なものを。そう、誰も喪失の痛みを味わうべきでないんだ。
ピイタは決意した。
そうして彼はあの巨人、テンシの捜索隊に加わったのである。
蓬莱島の独立がビクトリア帝国本土に伝わって、大艦隊を送ってくるまでの間にテンシを手に入れなければ、蓬莱人民共和国など消し飛んでしまう。テンシの発掘は急務であり、イナバもアウスラも方々から人手を集めた。
始めテンシが地下から出て来て戻っていった大穴を探索していたが、その果てに広大な地下空間があるとわかったまでは良かったものの降りる手段がなかった。よって地下坑道からこのジオフロントへの正規の入り口を探すことになった。
今まで局所的に使われてきた謎の地下坑道の地図が作られていく。やがてとうとう発掘隊は巨大地下空間への入り口にやってきた。その中にピイタの姿もあった。
発掘隊は手分けして超古代月兎文明の地下都市跡を探索した。そしてやはり因縁がそうさせたのか、ピイタがビル群の中から最初に見つけた。膝を抱えうずくまる巨人――テンシを。
用心深く注視するが、すぐ動き出す気配はなかった。なのでピイタはテンシに近づく。
「仮面ゲットの巨人……お前が……」
憎しみの感情が湧くピイタ。しかしそれを心の内に押さえつけ、テンシの足に触れた。その時彼は感じた。どこか懐かしい気配を。
「ピイタ……」
彼を呼ぶ声がした。しかし聞いたのはピイタだけである。テレパシーで彼女が、テンシの中に取り込まれたカグヤが話しかけたのだ。
「その声、まさか、カグヤさん!?」
ピイタは驚く。一番ゲットーでカグヤの死を見た彼には信じられなかった。
「どうして、あなたがいるんだ! そんなものになって!」
「私は、これを動かすためだけに蘇らせられた生ける屍なんだ……」
「街を壊して回ったのも、テラを殺したのも……あなたの意志なのか?」
「そうだ、私が弱かったから怒りに飲み込まれた……」
これを聞いてピイタはテンシから手を離し、握り拳を作って睨みつけた。
「僕は初めて人を殺したいと思った。カグヤさん、あなたを許せない」
「許さなくていい」
「なっ」
カグヤの言葉に意表を突かれるピイタ。だがなおのこと拳を強く握る。
「そ、それでもお願いがあるんだ。あなたがこれを動かしているのなら、正しく力を使ってほしい。みんなを守るために」
「それはできない……」
「どうして!」
「自信がない……またむやみに暴れてしまうかもしれない。だからこうして押さえつけている」
カグヤは本当に不安そうに言う。だがピイタはそれで諦めなかった。
「何かいい方法があるんじゃないか……たとえば二人で操縦するとか、一人じゃなくても二人ならコントロールできるかも。二人で駄目なら三人、三人で駄目なら大勢で……」
「そんなことが! いや、しかし……フヒトという老人は私にしか動かせないと言っていた」
「でもやってみる価値はあるんじゃないか、まずは僕が試したい」
ピイタはもう睨んでおらず、挑戦的な眼差しを向けていた。それに呼応するかのようにテンシは動き出す。カグヤの意志でなく。
「止まって! 駄目よピイタ、乗ったら取り返しつかない!」
しかしテンシは正座し、左手をピイタの前に差し出した。彼が掌に乗ると、胸に近づける。胸部の右側が開くと彼は中に飛び込んだ。
例のごとく中には大量のケーブルが蠢いていて、ピイタを認識するなり彼の全身を突き刺した。
痛みに呻きながらもピイタはテンシと同期した。360度視界が開け、そして彼の感情を増幅する。フモカとテラを奪った不条理への怒り。その激情に飲まれそうになる。
「こういうこと、か……」
ピイタにはカグヤが暴れ回った理由がわかってきた。このテンシは兵器として戦意を掻き立てるように出来ているのだ。それに理性で彼は対抗しようとする。
「大丈夫か、ピイタ!」
カグヤの声が頭に響く。彼女の記憶も、感情も流れ込む。ピイタは息をゆっくり吸って吐いて、彼女に同調しようとする。彼女もまた相手の感情を整理しようとする。一人で駄目なら、二人がかりで。
「地獄ならいくらでも見てきた。人の作った道具なら人が使ってみせる」
ピイタはテンシの右手を動かし、拳を握る。するとカグヤもテンシの左手で握り拳を作った。上手く操縦できている証だった。
「これならいけるか? カグヤさんはどう?」
「前よりコントロールできている……ピイタのおかげだ」
テンシがゆっくりと立ち上がる。その様をピイタ以外の捜索隊がやっと見つけ、恐れた。
「動いとる……また街を破壊する気か!?」
「あ、大丈夫です。そうはさせません」
「その声、ピイタ君か?」
捜索隊に向かってテンシは手を振る。ピイタがこの巨人をコントロールしている証だった。
「外に出ますがいいですね?」
「待ってくれ、まずは戻って知らせないと」
捜索隊のリーダーに制止され、ピイタはテンシをジオフロント入り口に待機させた。
それから一日が経って、連絡要員のゴーサインが来た。テンシはかつて熱光線で開けた地下空間の大穴からジャンプし、蓬莱租界に降り立った。今度は街を壊さぬよう通りを歩く。租界の住人達はいまだ恐れる者もいたが、歓迎の横断幕を掲げる者もいた。彼らはテンシを大仮面ゲットと呼んでいた。
そうか、とうとう自分も仮面ゲットになったのか――ピイタは感慨深くなった。
テンシはビクトリア帝国が攻めてくるまで旧陸軍基地に待機することになった。
テンシに取り込まれたピイタはもう外に出ることは叶わなかったが、後悔していなかった。今はこの力を使って蓬莱島を守ることだけを考える。
ある時イナバが視察に来た。
「やりましたね。君は見事暴れ馬を飼いならしている。けれど戦えますかね?」
「戦えるかって? そんなの……」
自明のことだとピイタは思う。しかしイナバは鋭い目をしていた。
「あなたは殺しを経験していません。この巨人を動かしてビクトリア帝国の人間を虐殺する覚悟はありますか?」
「それなら大丈夫だ。私がやる」
ピイタに代わってカグヤが答える。
「あなたは?」
「カグヤ、いや初代仮面ゲットといった方が通じるか」
「へぇ……奇妙な宿縁ですね!」
珍しくイナバは感心し、興奮さえしてる風だった。
「ピイタが私をコントロールし、私が暴力の化身となろう」
「カグヤさん……」
「それなら安心しました。蓬莱人民共和国をあなた方にベットします」
イナバは巨人に向かって微笑んだ。彼女は盛大な賭けをして楽しんでいるようにも見えた。相変わらず得体が知れなくてピイタは苦手だった。
ついに蓬莱島独立に対しビクトリア帝国が大艦隊を派遣した。テンシは蓬莱租界の港に移り、ビクトリア海軍の戦艦から砲塔を撤去した「輸送船」に乗り込んだ。
この船は捕虜のビクトリア軍から操縦し方を聞いた防衛隊や水仙の若いメンバーが最低限の人数で動かしていた。彼らはたった一隻で死にに行くようなものなのである。だが国を守るという使命で士気は高まっていた。
一方でビクトリア海軍の戦力は戦艦7、巡洋艦13、駆逐艦28の合計48隻であった。まともな海軍も持たない蓬莱人民共和国にとっては十分以上の脅威。しかしそれを何とかするのがテンシ――大仮面ゲットである。
雲一つない晴天の真昼のことだった。ビクトリア艦隊は蓬莱島近海に一隻の珍妙な船を見つけたのは。見た目はビクトリア軍の戦艦に近いが何かおかしい。望遠鏡で覗いても人が立っているのが見える――その巨大さに気付けば、目を疑うばかりである。
しかしその不審さは攻撃するに値した。ビクトリア艦隊は照準を定め、一隻の船に集中砲火を浴びせる。これを容易く撃沈したが、船の上の巨人を見失った。結局何だったのか、とビクトリア海兵が思った時、彼らの乗る戦艦が激しく揺れた。
艦橋にいた艦長以下クルーは衝撃を受ける。物理的にも、精神的にも。何しろ鎧に包まれたような巨人が甲板に乗り移ってきたのだから。そしてこの巨人は艦橋を手で潰したのだ。
「何だあれは、何なんだ!?」
他の船の乗組員にも動揺が走る。驚愕している間にもテンシはジャンプして別の戦艦に飛び乗る。それから同じように艦橋を破壊し沈黙させた。その身軽さは兎を思わせ、剛腕は伝説の怪物である。
――大仮面ゲット。それにピイタとカグヤはなっていた。
「ピイタ、いける?」
「ああ、飛び移る!」
ピイタはテンシの足を操り、ジャンプさせる。跳ね飛んだ巨人はまた戦艦の甲板に着地する。そうしたらカグヤが艦橋や砲塔を破壊するのだった。
ビクトリア海軍は恐れおののくが、味方の戦艦だろうと敵が乗ってるなら撃つべしと判断した。集中砲火を浴びるテンシ。流石の装甲も戦艦の主砲クラスを撃たれては平気ではいられない、ので次々と船に移り変わって逃れた。この素早さにはさしものビクトリア艦隊も対応できない。却って友軍艦を沈める手伝いをする羽目になる。
テンシはまず七隻の戦艦を優先的に排除する。最後の船の艦橋を潰した後カグヤは叫んだ。
「ゲットビーム!」
大仮面ゲットはそのマスク上の目から熱光線を発射し、残りの巡洋艦と駆逐艦を薙ぎ払う。その三分の一くらいは大破し炎上した。この凄まじい力を目の当たりにした残存兵力は敵わんと逃げ出そうとする。しかしカグヤは逃さない。
テンシの背中から無数の熱光線が発射され、次々とビクトリア海軍の船を轟沈せしめた。その姿はまさに暴力と狂気と戦慄の化身、仮面ゲットである。ピイタは初めてカグヤと遭遇した時のことを思い出す。
あの時の少年は圧倒的な力に見惚れた。だがその力をついに手にし、彼は恐れを知った。こんなものがあってはならない――
ピイタの感情をカグヤも共有する。
「そうだ、この力は気軽に振るっていいものじゃない。だから……」
ビクトリア海軍を壊滅させた今、テンシは足場にした戦艦から入水する。カグヤの意志で。
「テンシは、仮面ゲットは封じなければ。でも君を巻き込むわけにはいかない」
「カグヤさん?」
「さようならピイタ。会えて嬉しかった。ありがとう」
カグヤはテンシの右胸、コックピットブロックを切り離す操作をした。カグヤとの神経接続が切れて、ピイタは思わず叫んだ。
「待ってくれ! 僕も一緒に!」
だがもう声は届かない。テンシは海の底へ沈んでいき、反対にピイタを乗せた脱出ポッドは浮き上がっていく。
「僕は言えてない……感謝の言葉も、別れの言葉も……」
ピイタを束縛したケーブル類はすべて外れていく。それは仮面ゲットからの解放を意味した。
この脱出艇はやがて蓬莱島の浜辺に打ち上げられる。ピイタが外に出ると、迎えに来た人々に揉まれた。
「よく帰ってきた!」
「ありがとう、英雄さん!」
そんな言葉が飛び交うが、ピイタには実感が湧かなかった。これで蓬莱租界やゲットーの人々が救われたのか? 戦争は本当に終わりなのか? 答えは見つからない。
ならばその答えを探しに行けばいい。疲労で薄れていく意識の中で、ピイタはそう考えることにした。
「全て終わりましたね……」
イナバは蓬莱防衛隊基地の指令室に独り佇んでいた。
煙管を口にして月餅を吸う。すると月餅が彼女に思い出を見せた。彼女自身の思い出を。
生まれた時、白い髪と赤い眼を見た父親は忌子として葬り去ろうとした。しかし母親に止められ命拾いした。幼少の頃から利発だった彼女は父親から愛されないことを知っていた。しかし愛してくれる母親がいる。そう思っていた――12歳になるまでは。
成長したイナバは娼館の兎狩りに売られたのだ。母親によって。それはゲットーでの過酷な日々を思えば致し方ないことのようだが、彼女は母親にとってずっと重荷であったことを知った。
娼館では物珍しさから一定の人気を得ていた。イナバは代わる代わるやってくる男達から巧みな話術で外の話を聞いた。そして外に何があるかを知りながら娼館に閉じ込められている境遇をどうにかしたいと思っていた。そんな時、若い軍人だったダイコクと出会い、彼を篭絡して自由を得た。
そして全ての月兎族が自由を得るべきだと考え、行動してきた。その目標は達成できたと彼女は思った。
まだまだ蓬莱の地は混沌としているが、それでも自由は手に入った――
ならばもう、自分の出番は終わりではないのか。
「血を流しすぎた、と思いませんか」
ここまで来るのにどれほど謀略を重ね屍を築いてきたかをイナバは思うと、自分が許されるべきではないという結論に至る。誰も彼女に同意も否定もしないなら、自分で自分を罰するしかなかった。
ちょうどヤソガミに盛ったのと同じ毒を入れたティーカップを手に取る。指が震える。しかし最終的にイナバはそれを飲み干した。全身から力が抜けていくのを感じる。
「あなた達は自由だ」
それが最期の言葉になった。
やがて冷たくなった彼女の死体をアクセルは発見し、驚愕し、打ち震えながら駆け寄る。もう何も言わぬ躯を抱いて、大の男が泣き喚いた。
「イナバ様、イナバ様! 嘘だと言ってください! 生き返ってください! 俺はあなたなしにどうすれば……命じてくださいよ!」
アクセルにとって男娼として売られ絶望していた自分を拾ったイナバは恩人であり、親でもあり、女神ですらあった。そんな彼女を失った今、普段は押さえつけている感情が溢れ出す。
最終的に彼は確かにイナバに与えられた役から自由になった。大事な人を暗殺されたと思い込んで反体制派をひどく弾圧し、民衆からも恐れられる暴君と化したのだ。やがて味方も失い、防衛隊内部のクーデターによって隊長の座を追われ、処刑された。
初代大統領となったアウスラも所詮元は闇の支配者、早々に退陣を迫られ、親ビクトリア系の政治家に取って代わられた。それによりビクトリア帝国と講和がなった。
それでも政情はしばらく不安定で、民衆は英雄ピイタを待望した。しかしピイタは表舞台からどこへともなく消えたのであった。外国に渡った、あるいは地下都市に移り住んだなどまことしやかに噂は流れたが、誰も本当のことは知らぬ。
一説にはビクトリア支配下から革命期に犠牲になった人々を鎮魂する墓守になったとも、あるいは魔法使いとなって超古代月兎文明の遺産を悪用されぬよう封じて回ったとも言われている。
彼のおかげかわからないが少なくとも、新たな仮面ゲットが現れることは歴史上なかった。
ここまで読んでくださってありがとうございました。




