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第十話「世界を革命する力」

 神にも悪魔にもなれる力。そんなものを突然授けられカグヤは戸惑う。だがテンシは彼女に感応したか、突然動き始めた。

 テンシの腕が差し伸べられる。フヒト老はテレパシーでカグヤに伝える。


「思った通り動いたわい! 今こそテンシに乗り込む時じゃ!」


 状況に流されるままカグヤはテンシの右手の上に乗った。するとテンシは胸に右手を近づける。胸部の左側が開いた。その中に入れ、とでも言うように。

 カグヤはテンシに乗り込む。すると中には大量のケーブルがあって、それが(うごめ)いていた。彼女を認識すると、その体に()い寄って全身に突き刺さる。


「いっ!」


 カグヤは悲鳴を上げる。だが痛みは一瞬のことだった。ケーブルに繋がれテンシと一体化した彼女の視界は360度に広がる。その感覚が気持ち悪くて吐きそうになるが、それどころではなくなる。

 ケーブルを通して流れ込む。テンシが見てきた地獄のような光景が。月人同士の抗争で滅ぼされる地下都市の数々。踏みにじられる人々。その中にカグヤは弟アポロを見つける。彼女の実体験である弟の死が接続され重ね合わされる。

 カグヤは原始の感情を思い出していた。弟を失った怒り。ビクトリア人に対する怒り。いつしか薄れ忘れてしまったそれが戻ってくる。

 すればテンシを覆っていた花々が一瞬で燃え散る。テンシは炎を(まと)い、それはやがて眼の辺りに集束され、熱光線として発射された。ジオフロントに穴が開き、地上の空が見えた。

 テンシはそのまま羽根もなしに飛び立つ。いや跳んだのだ。一回のジャンプで地上に出る。望月山(もちづきやま)(ふもと)、ちょうどオキナの家があった辺りに。

 太陽に照らされその姿が(あらわ)になる。(いささ)か武骨にはなったが、テンシはまるで巨大な仮面ゲットそのものというデザインであった。白と黒の二色で均一に塗り分けられている。

 その四十メートルの巨人は蓬莱租界(ほうらいそかい)に進撃し始める。ビクトリアへの憎悪を増幅されたカグヤの意志によって。

 神にも悪魔にもなれる力――彼女は力に飲まれ悪魔になってしまった。




 突然の巨人の出現に群衆は驚きどよめき、恐れをなして逃げ出す。だがそんな彼らを逃さぬかように、テンシは踏み潰してまわる。人間は肉塊に代わり、車もぺしゃんこになる。

 住宅街から繁華街に移ってテンシはさらに殺戮(さつりく)を重ねる。そいつが腕を振るえば煉瓦(れんが)造りの瀟洒(しょうしゃ)な建物は崩れていく。劇場もデパートもみな破壊される。逃げ惑う車は渋滞を起こし、人々は恐怖に叫ぶ。


「何かあったのか?」


 酒場で水を飲んで時間を潰していたピイタの耳にも外の混乱が聞こえてきた。


「おい、マスター、巨人が暴れ回ってる!」

「巨大な仮面ゲットだ!」


 誰かがそんなことを呼びかけた。店の主人も客も外に出て様子を見る。すると遠目に見えた。四十メートルの巨人が。勿論、ピイタにも。


「仮面ゲット……だと?」


 彼は逃げるよりも追おうとした。よく考えた上での行動ではない、発作的なものだ。それが彼と仮面ゲット――カグヤとの因縁であった。

 一方でテンシに乗り込むカグヤにはピイタ一人などは見えず、ただただ蓬莱租界を破壊する。ビクトリア人の作った街など壊れてしまえ――

 その攻撃にようやくビクトリア軍は対応し、トータス重戦車隊がテンシを迎え撃つよう配置に付いた。一斉に57mm砲が放たれる。しかしこの巨人は分厚い装甲に包まれていてビクともしない。

 テンシは戦車に近づくとこれを蹴り飛ばした。宙を舞う戦車が後退していく戦車にぶつかって両方とも大破する。戦車隊はあっという間に突破された。

 それからテンシは嫦娥(じょうが)タワーに近づき、この塔を恐るべき腕力でもぎ取った。ちょうど港に停泊していたビクトリア海軍も砲撃するべく展開した頃である。大戦艦の30.5cm砲が火を噴く。それに対しテンシは嫦娥タワーを盾にしつつ、港へと走る。

 市街地だろうと艦隊の砲撃は躊躇(ためら)わなく行われた。しかしテンシに対して有効打にならない。逆にこの巨人は嫦娥タワーを投げて戦艦にぶつけてみせた。たまらず撃沈する。それを見たビクトリア海軍も恐れをなした。

 テンシの目が光る。そして放たれるは熱光線。それが戦艦を裂く。


「化物め」


 ビクトリア海軍が壊滅する様を陸軍基地から望遠鏡で覗きながら、総司令官マグレガー将軍は呟く。

 彼は内戦の電話を取り下士官に命じる。


「量産型マスクド隊を30mm野戦砲装備で出撃させろ。市民の避難などは憲兵と防衛隊にやらせろ。絶対にアレは落とせ」


 しかしその直後、マグレガーはテンシの熱光線に狙撃されて(ちり)も残らなかった。

 炎上する陸軍基地から十二人の量産型マスクドが飛び出した。それぞれが長大な大砲を持ちながら、その重さを感じさせず走り、跳ぶ。その中には三番――テラの姿もあった。

 テラは再度洗脳され、ピイタの記憶などは忘れて戦闘マシーンと化していた。彼女は仲間に(げき)を飛ばす。


「死を恐れるな! 我々十二人であの化物を退治する!」


 そうして量産型マスクド部隊は建物の屋根から屋根に飛び移って、テンシに接近する。それを迎撃すべくテンシは熱光線を発射した。二人の量産型マスクドが焼かれ死んだが、残りの十人がさらに近づき、至近距離から30mm野戦砲の弾丸を浴びせた。

 しかしそれで倒れるテンシではなかった。装甲に傷がついたものの支障をきたさない。十人の量産型マスクドを捕らえようと手を動かす。だが人間が素早いハエを中々捕まえられないように、テンシにも彼らを捕まえることは難しかった。

 ただ着地する瞬間を狙われ、一人の量産型マスクドが叩き潰された。これで残りは九人――彼らは一旦離れ、再び接近するヒットアンドアウェイを取りつつ、誰かが(おとり)を引き受けて目の前から飛び込む。その役を買って出たのはテラだった。

 ところがテンシは予想外の動きを見せた。顔を手で覆い、猫背になって丸まる。


「ビビったのか? でも背中ががら空きだ!」

「待て、何かおかしい」


 テンシの正面にいたテラは他の仲間が背後から攻めようとするのを制止した。しかし時すでに遅く、テンシの背中から無数の熱光線がシャワーのように飛び出して彼らを焼き殺した。

 そして愕然(がくぜん)とするテラはテンシの伸ばす手に捕まえられる。徐々に締め付けられて、彼女はもがき苦しむ。だが最早どうにもならない。

 死を覚悟した瞬間、テラは走馬灯を見た。ピイタに助けられた時のこと、蓬莱防衛隊で彼と過ごす日々、一緒に映画を見て嫦娥タワーに登った思い出を――彼女は思い出して叫ぶ。


「ピイター!」


 声にならない叫びを、確かにピイタは聞いたような気がした。ちょうど彼はテンシの近くまで来ていた。


「テラ?」


 ピイタは見つける。身体を握りつぶされ、首だけになって落ちているテラの遺骸(いがい)を。マスクをしていて顔はわからない。ただだくだくと断面から血を流している。

 テラの首を左手で抱え、右手には拳銃を持ち――テンシに向ける。


「仮面ゲットォ!!」


 ピイタは撃つ。そんな豆鉄砲、当たったところでどうにかなるテンシではない。だがその一発で動きを止める。ピイタは撃ち続ける。

 そうしてテンシに飲み込まれていたカグヤは我に返ったのである。自分が体験した惨劇の何倍もおぞましいことをしていることにようやく気が付いた。

 弾を打ち尽くしたピイタは死を覚悟したが、テンシは何も危害を加えてこなかった。逃げるように巨人は方向転換し、北に向かって走った。

 そして最初に飛び出してきた望月山の麓の大穴から地下に滑り落ちていった。


「馬鹿野郎! ふざけるな! こんなこと!」


 あまりの不条理にピイタは泣いた。涙がテラの仮面に零れ落ちて伝う。

 蓬莱租界の街は大打撃を受け、ビクトリア軍はほぼほぼ壊滅した。瓦礫(がれき)の中に死体が幾つ埋まっているかなんて、誰も数えやしない。




 港は慌ただしく、蓬莱租界から本国に逃げ出そうとするビクトリア人が限界まで船に乗り込んでいく。無理もない、テンシという脅威に脅かされては。いつまた現れるかもしれぬのである。

 一通り船は出航し、取り残された人々は悲嘆にくれる。

 一方でざまあないと喜ぶ者達もいた。ゲットーに住む月兎(げっと)族である。彼らは伝説の魔神が自分達を抑圧する蓬莱租界に天罰を下したと考えた。ビクトリア軍も壊滅した今独立の機運が高まっていた。

 運良く壊れず残ったデパート「大銀河」を根城にする水仙の(かしら)、アウスラはこの機を逃すまいと考える。時間が経てばビクトリア本国から新しい軍隊がやってきて租界を統治する――ことを起こすなら今しかないと。

 しかし流石の彼もテンシという懸念(けねん)材料を残したままクーデターを起こすかどうか迷った。だが先に蓬莱防衛隊は動いていた。


「イナバ様、手筈(てはず)が整いました。後は命令さえあれば」


 防衛隊基地の指令室にアクセルが入ってきた。彼は床に倒れている隊長のヤソガミ将軍に目をやる。毒を盛られたらしいことが割れたティーカップからもわかる。イナバは椅子から立ち上がる。


「こちらも用が済んだところです。行きましょうかアクセル。新世界が待っています。あなたにも新たな役を与えますが、よろしいですか?」

「命じられるままに」


 それからイナバ率いる防衛隊はボロボロのビクトリア軍陸軍基地を強襲し、これを押さえた。さらに議事堂や憲兵本部に兵を回し、掌握する。何年も前から念入りに準備していた作戦だけに鮮やかな手口だった。

 この動きを見た水仙も防衛隊に合流し、二代目仮面ゲットのイズルが一人でビクトリア海軍の残存勢力を掃討した。

 この租界の動きが伝えられると各地のゲットーでも蜂起が起こった。死も恐れず憲兵達を襲い、独立を(うた)う。ビクトリア人と月兎族の立場は今逆転しようとしていた。

 アウスラが新政府を樹立し、蓬莱租界の大広場で独立宣言を行う。混乱の最中でありながら多くの人々が集まり、彼を待った。

 武装した水仙の黒服達に囲まれてアウスラは登場した。その傍には二代目仮面ゲットと、防衛隊のアクセルもいた。


「全ての人間は平等である! ビクトリア人もインダス人もシン人も、そして我々月兎の民もだ。我らの神によって、生存、自由そして幸福の追求を含む侵すべからざる権利を与えられている。それを脅かすビクトリア帝国との政治的な繋がりは断たなければならない。そして悪名高きゲットーの壁を取り壊さなければならない。我々はここに蓬莱島の独立を宣言し、これからは蓬莱人民共和国とする!」


 歓声が上がる。主に租界に住む月兎族から。インダス人とシン人は素直に喜ぶべきかどうか(いぶか)しげに見ている。一方で今まで支配者層だったビクトリア人は顔を蒼くしていた。


「私は蓬莱防衛隊隊長に新たに就任したアクセル三佐であります。我々はビクトリア帝国軍と戦う戦力を持っている。仮面ゲットもついている。だからどうかご安心ください」


 アクセルもまたスピーチを行った。二代目仮面ゲットが手を振る。仮面ゲットの存在感は大きく、彼らを力強く見せた。

 しかし内心ではビクトリア帝国軍が本国の無敵艦隊を送ってきたら勝ち目がないと思っているアクセルだった。けれどイナバなら対抗策を持っているだろうと信じ込み、今は自分の役柄を演じる。彼は自分を道化だとも思わなかった。




 一人の月兎族の青年が蓬莱防衛隊基地の前に来ていた。守護する門番が彼を止めようとする。だがその特徴的な兎の片方の耳に巻かれた包帯がピイタであることを明らかにしていて、さらに量産型マスクドのヘルメットを持っていたから、一旦門番はイナバに連絡を取った。了承を得たので門番は彼を通す。

 ピイタは指令室に行った。いや戻ってきたというべきか。彼をイナバは独り待ち受けていた。

 テラの首を抱きしめながら、ピイタは問いかける。


「あんたに頼りたくなかったけど……もう俺にはどうしたらいいかわからない。教えてくれよ。俺にできる、世界の変え方を」

「知りたいですか?」


 ピイタは(つば)を呑む。


「あなたも見ましたよね。世界を変える力を。それを我が物とすればいい」

「まさか」

「あの巨大な仮面ゲット……何故突然引き返したんでしょう。まるで我に返ったみたいに」


 そう言われるとピイタには心当たりがあった。自分が拳銃を撃ってから、テンシは後退していったのだと思い出す。


「コントロールできる……そう思いませんか?」


 イナバは大胆不敵に笑みを浮かべる。圧倒的な力を目の当たりにしてなお自分達のものにできると考えるのは愚かしくもあったが、この小さな白兎はあの巨神に全てを賭けていた。そしてピイタという駒が運命を引き寄せると信じていた。

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