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まずは一歩踏み出して

マナはいつも何かに怯えていた。


物心ついた時には両親は他界しており、預けられた父方の親戚のうちではいつもビクビクしながら過ごしていた。


「マナ!掃除は終わったの!?」


従姉が怒鳴りながらやってくる。

肌を刺すような不快感と共に。



――この正体がなんとなくわかったのは8歳になる頃だった。


楽しそうに過ごしている親戚たちを見ている時は何も感じないのに、みんなの意識がこちらに向かうと不快感を感じる。

みんなの機嫌が悪い時や、マナが何か失敗したりするとその不快感が強くなる。


きっとこれはマナに対しての負の感情に比例しているのだと何となく悟った。


マナがビクビクすればするほどまとわりつく不快感が増すとわかっているのに、肌を刺すような感覚には慣れることは出来なくて悪循環に陥っていた。


そんな態度は親戚以外にも伝わり、関わる人たちは揃ってマナを苦しめた。


もともと、マナの両親の結婚は周りに反対されていた。

駆け落ち同然に結婚したものの不慮の事故で両親は他界し、残されたのがマナだったのだ。


反対した結婚の末生まれたマナという人間に対し、そもそもが良い印象がなく、また親がいない事がわかるのか、環境がかわったことに対してなのか、泣き止まないマナに親戚たちも苦労していた。


小さい子供に当たってもと自制していた彼らだが、敏感に察知するのか一向にマナは懐かず、いつしか親戚たちは取り繕うことをやめたのだった。


そんな生活が6年続きマナが14歳になった頃、従姉の結婚式がありマナ以外のみんなが揃って家を空けた。


もちろんマナはたくさんの家事の宿題と共に置いて行かれたが、マナは久しぶりに訪れた平穏な時間にいつもよりも速いペースで仕事をこなした。


効率良く作業ができたからか少し時間が空いたので近くの森へと散歩に出かけることにした。


木漏れ日の中歩いている非日常的な行動に固まった表情筋もわずかに動き、口角が心なしか上がっている。


心地よい空間を散歩していると湖が見えてきた。


湖のほとりに腰を下ろし大きく息を吸う。


「…帰りたくないな」


思わずつぶやいたが13歳の自分が一人で暮らしていけるはずもなく、かなわない願ということはわかっている。


「はぁ…」


普段は親戚たちの機嫌を損なわないように我慢しているため息が漏れた。


膝を抱え、穏やかな湖を見つめていると突然いつもの不快感を感じた。


「…えっ…」


カサカサと音がする方へ目をやると、野犬がこちらに向かっているのが見えた。


「っ!」


どうしよう、どうしよう…


武器になるようなものもないし、逃げても追いつかれるのは目に見えている。


1人パニックになっていると、シュッと飛び出てくる人影があった。


その人は私を庇うように立つと野犬に向かって石を投げつけた。


――キャンキャンッ!!――


野犬は声を上げ去っていった。


「大丈夫か?」


振り返りながら声をかけてくれたのはこの辺りではあまり見かけない、頭の先から伸びた耳とモフモフのしっぽを生やした少年だった。


「あ、ありがとうございました」


慌てて頭を下げるとその少年はニカっと笑顔を見せてくれた。

とがった大き目の犬歯が目に入る。


彼は遠目に何度か見たことがある獣人だった。


「気を付けろよ、あんたみたいなどんくさそうなやつは下手したらケガじゃすまないかもしれないんだぞ?」

「っ、ごめんなさい、気を付けます」


と初対面なのにきつめの言葉を投げかける彼に思わずいつものように委縮し、視線を下げ謝罪をする。


「なんだよ、そんなビビんなくてもいいじゃねーかよ」

「ご、ごめんなさい」


言葉を発する度に縮こまっていくマナに、少年は頬を掻きながら口をとがらせる。


「俺別に怒ってるわけじゃねーんだけど?」


と言われふと思う。


親戚だけでなく町の人たちもいつもビクビクおどおどとしているマナを良く思っていない様で、あの不快感を感じていた。


だが彼からは一切あの不快感を感じない。


「あ、あの、本当にありがとうございます」

「おう!気にすんな」


またニカっと笑う。


――自分に笑顔を向けてくれる人がいるなんて――


と思った時に何年も流していなかった涙がつーと頬を伝った。


「えぇっ!?」


突然泣き始めたマナに少年が慌て始めた。


「お、おい!なんで泣くんだよ?俺怒ってないってば!!」


アワアワとする少年に思わず笑いがこぼれた。


「ふふっ…ふふふっ…」

「なっ、ほんと何なんだよ~」


今度は笑い始めたマナに少年は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。


「ご、ごめんなさいね、ふふっ…」


笑いが止まらないマナにしゃがんだまま少年は困ったような笑顔を向けた。


「なんかよくわかんねーけど、泣かれるよりはいいや」

「さっきは助けてくれて本当にありがとう」

「気にすんな~てか本当に気を付けろよ!」

「うん!」

「ってか初めて見るけどあんたこの辺のやつか?」

「近くに住んでるけど、ここに来たのは初めてだよ」

「そっか、また来いよ、俺ユーリ、あんたは?」

「私はマナだよ。…また…か…」


ふと現実に思考が戻る。


今日はみんながいないから自由に動けたけれど、普段は誰かが家にいて、次から次へと仕事を言われるので自由時間なんてものはほとんどない。


また暗い表情に戻ったマナにユーリは首をひねる。


「どうしたんだ?」

「ううん…ただ、また来るのは難しいと思うの…」

「なんで?」

「家のこととかあってあんまり外には出れないから…」


さきほどまでの朗らかな笑顔と違う、辛そうな笑顔にユーリは眉を寄せる。


「家に居たくないのか?」


その問いにマナは無言で視線をそらした。


マナの態度を見てうーんと考え込んでいたユーリはもう一度視線をマナに戻して問いかけた。


「俺、昼間はここに来るようにするから、お前も来れるときにまた来いよ、待ってるから」

「うん、ありがとう」


果たされるかわからない約束だったが、今のマナにとってそれはあたたかな希望に感じた。


「あ、そろそろ戻らなきゃ…ユーリ、助けてくれて本当にありがとう」

「いいって!それより気を付けて帰れよ!!」

「っまたね!」


ニカっと笑顔を向けてくれるユーリに、心が温かくなる魔法のような言葉と笑顔を返し、マナは思いっきり手を振った後駆け出した。


勢いがないと帰れないと思ったから。


振り返ると足が止まってしまいそうでそのまま森を抜けた。


しんと静まった家に帰ると誰もいないことに安堵し、上がった息を整えるように深く息を吸った。


『また』という約束を叶えられる日が来ることを祈りながら。



それからまた変わらぬ日常が始まった。


が、数か月した頃大きな変化があった。


隣町に嫁いでいった従姉が妊娠したのだ。


叔母は足繁く従姉のところに通うようになり、叔父は昼間は仕事に行っている為昼間一人になることが出来るようになった。


叔母が以前のように仕事を課して出かけた後、急いですべての仕事を終わらせたマナは森へ向かった。


約束したのは数か月も前でユーリがいるかもわからないのに。


湖のところまでたどり着くと荒い息のまま周りを見渡す。


誰もいない。


へたりこむように座りながら名を呼んだ。


「っ…ユーリっ」


風が木々を揺らす音しか聞こえず、膝を抱え潤んだ目を強く瞑った。


――ガサガサっ――


草をかき分けるような音がしてまた野犬かもと恐る恐る振り返った。


「マナっ」


数か月ぶりの太陽のような笑顔が視界に飛び込んできた。


「ユーリっ!」

「おう!久しぶりだな!」


あっという間にマナの前まで来たユーリはまるで数日ぶりといったような感じで話しかけてくれた。


成長期なのか、以前は同じくらいだった視線が少し見上げるような角度に変わっていた。


「背、伸びたんだね」

「少しだけな!でもこれからもっと伸びるぜ俺!父ちゃんでっかいし!」


ニカっと笑い未来の話をするユーリはとてもまぶしく見える。


「私もユーリみたいになりたいな」


ふとこぼれた言葉にユーリは首をひねる。


「マナは女なんだから小さい方が可愛くね?俺みたいにでかくなったらその辺の男見下ろすようになるぞ?」

「そういう意味じゃなくてっ」

「えーーーー」


斜め上の感想に思わず笑う。


「そうじゃなくて、前を…未来を、まっすぐ見てるユーリが素敵だなって」

「なっ/////」


ユーリの顔が一気に赤みを帯びた。


「あ、もしかして照れた?」

「ち、ちげーしっ!」


誰とも交わしたことが無いような軽口が出る。


「ふふっ。しばらく叔母さんたちが忙しそうだからこうやって来れそうなの」

「そうなのか?よかったな!」

「うん!」


それから少しの間たわいない話をしてから帰った。


そうして、週に1、2回の頻度で森へ通い始めて2ヶ月くらい経った頃、珍しく神妙な顔をしたユーリがいた。


いつものように二人並んで湖のほとりに座って、マナは様子の違うユーリに問いかけた。


「どうしたの?」

「俺、もうここには来れないんだ」


いつもは張りのある耳や尻尾もしゅんと垂れ下がっていた。


「どう、して?」


この2ヶ月で更に大きく成長したユーリを見上げながら問いかけた。


「俺たちの村では15歳が成人なんだ。15になったらみんな村を出て番を探しに出なきゃいけないんだ」


ユーリは森を挟んだ先にある獣人の村に住んでいた。


「つがい?」

「そう。んー分りやすく言うと伴侶?結婚相手?を探しに村を出なきゃいけないんだ。一人で外へ行って、番を見つけて村へ連れ帰る。それでやっと大人として認められる。だから俺来月には村を出るんだ」


伴侶?結婚相手?


一瞬で頭が真っ白になった。


―――イヤっ―――


つっと涙が頬を伝った。


固まったまま静かに涙を流すマナにユーリはあたふたとし始めた。


「な、ど、どうした!?」



自分の心に光を灯してくれたユーリ。

温かい思いを優しさを癒しをくれたユーリ。

生きる希望をくれたユーリ。


そんな彼が他の(ひと)と並んで自分に背を向けて去っていく姿が頭をよぎる。


「…や、だ…」


自覚したばかりの独占欲が心を乱す。

こんなことを思ってはダメだ。

ユーリを困らせてはいけない。


そう思うのに漏れたのは拒否の言葉だった。


慌てていたユーリはマナの言葉に静かに問いかけた。


「なんで?」


問われても答えられない。


静かに首を振るマナ。


「思ったまま言ったらいい。マナはなんで嫌なんだ?」


優しく紡がれる言葉にまとまらないままの言葉がすんなり出てきた。


「…ユーリがいなくなるのがヤダ…他の(ひと)と一緒にいるのがやだ…」

「そっか。ならマナはどうしたい?」

「ユーリが行かなきゃいけないなら、ユーリと一緒に行きたい」

「なんでマナは俺と行きたいの?」

「ユーリが、ユーリのことが好きだから」


と、言葉にした後に自分の想いに気付いた。


「あっ…」


自分が口にしてしまった大胆な発言に頬が熱くなったのがわかった。


膝に額を付けるようにして体を丸める。


「ご、ごめ、今の言葉忘れて…」


ユーリは体ごとマナの方に向き直り、ゆっくりと声を発した。


「マナ、俺の話も聞いて欲しい」


顔を伏せたままうなずくとそのままユーリは続けた。


「今までは15になったら村を出ていくって、それは決まり事で当たり前と思ってたんだ。でもその期日が近くなればなるほど、心がもやもやしてた。…なんでなんだろーって考えてたらやっとわかったんだ。マナと離れたくないんだって」


「えっ?」


思わず顔を上げると甘い視線に絡み取られた。


「俺もマナが好きだよ」


ゆっくりと伸びてきた手が優しく涙を拭う。


「うそ…」


私なんかを好きになってくれる人なんているはずない。


そう思うのに、ユーリの目がその言葉が真実だと伝えてくる。


「嘘じゃない。本当。マナが良いなら俺はマナを番にしたい。なぁ…」


望んでもいいのかもしれない。

この目は嘘を言ってない。


初めて心から欲したものにマナは恐々としながら、自分の頬にあるユーリの手に自分の手を重ねた。


「私もユーリの番になりたい」

「良かった。俺らちゃんと両想いだったな」


優しい笑顔と共に額に温かいものが触れた。


「―――っ//////」

「ははっ!ゆでだこみたいだな」


真っ赤になったマナをからかいながら触れていた手が離れた。

遠ざかるぬくもりを少し寂しく感じてしまい、更に赤面してしまう。


ゆっくりと立ち上がったユーリは座ったままのマナに手を伸ばした。


マナがその手を取るとゆっくりと引っ張られ立ち上がる。


向かい合わせに立ったユーリは約束の言葉を口にした。


「お前の家にきちんと迎えに行くから。待っててな」

「うん」

「準備とかでここに今までほど来れないかもしれないけど、ちゃんと行くから」

「うん」


「約束、な」


とユーリは小指を立てた手を伸ばした。


マナは小さく息を吸うと、一歩前へ出てユーリの小指に自分の小指を絡めた。


「うん、約束」


この手を取った未来はきっと明るいに違いない。


だって彼は私の太陽なのだから。

せっかく獣人が出ているのにモフモフ要素がありませんでした( ノД`)シクシク…


次はちゃんとモフりたいと思います( ノД`)シクシク…

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