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童貞ハイエルフは永遠を失わない

 数千年を生きるエルフを殺す方法は、大きく分けて三つある。

 怪我、病気。そして──




 魔法のせいで昼のように明るい洞窟の中。

 俺、ハイエルフのアトラスは千年近く生きた中でも最大の危機に瀕していた。

 

 目の前にはにじり寄ってくる際どい格好の美女たち。

 追い詰められている岩壁は突き放すような冷たさしかなく、天高く見上げれば俺が落とされた穴は固く閉じられている。


「ハイエルフ様、ワタシたちとイイコトしましょ?」

「ほら、落ち着いてください。身を任せてくれさえすればいいのです」


 彼女たちは媚びる飼い猫のような声で妖艶に微笑む。

 その姿は髪や目、肌の色までバラバラで、統一感はまったくない。


 一致しているのは長く尖った耳。

 それがここにいる無数の女性たちの種族を教えてくれていた。


 エルフだ。


「お、お前ら、自分たちが何をしようとしてるのか本当に分かってんのか! 

 『永遠の加護』を破ることになるんだぞ!」


 ──貞操を失うこと。

 さすれば神より授けられた永遠の加護は破られ、エルフの身体は老衰が始まってしまう。

 その状態ではせいぜい生きられても五十年ほどだろう。 


「族長様はエルフ再興のためと仰いましたもの。これ以上の幸せはございません」

「それにほら、興味はおありでしょう?」

「そ、そうだけどさぁ!」


 ムニュンやらポヨンやら、柔らかいものを押し当てられて動悸が早くなる。 

 今まで興味を持ったことがないと言えば嘘になる。


 だが、俺は永遠を失う方が怖かった。


「ムリムリムリ、ムリですって。ほら、そういうのは愛がないとダメって言うし!」

「愛はこれから生まれますわ」

「凛々しい顔つきをして可愛らしいことを仰るのですね」


 どうにか、どうにかして逃げなければ。


 くそっ、こういう時に魔法が使えれば……。

 右手首に目を向ける。

 そこには、俺が油断してつけられてしまった魔封じの腕輪が輝いていた。


 かくなる上は、一か八か!


「──あ、あそこにオークだ、オークがいるぞ!!!」

「「「「「っ!!!」」」」」


 瞬間、美女たちから笑みが剥がれ落ちる。

 エルフの天敵として有名な略奪者・オークは、今の時代でも恐れの対象だったらしい。


 これ幸いと飛び上がり、壁を蹴って大きく跳躍した。

 そのまま誰もいないところに着地する。


「お待ちになって、ハイエルフ様ぁ」

「まだまだお楽しみはこれからですわよ」


 背後から聞こえてくる甘ったるい声を振り切り、俺は全力で走り出した。


 






 走り続けてどれくらいの時が経っただろうか。

 追ってきた女たちを撒いた頃には疲れ果て、俺は洞窟の壁にもたれかかっていた。


「はぁ、はぁ……厄介なところに来ちまったな」


 こんなことになったのも、全て『族長』なるクソジジイが原因だ。

 アイツは魔法で見ず知らずの俺を強制転移させ、里の者と子を作れと言ってきやがった。


 曰く、現在のエルフは混血化が進んでおり、エルフとしての力は四分の一以下になってしまっているのだという。

 そこで純血たるハイエルフと子を為すことで力を取り戻そうとしているのだとか。

 

 ──いや知らんし。

 こんな洞窟に突き落とされた俺にはいい迷惑だ。

 

 元々、未開の森の中で隠棲していた身である。

 誰かと関わることなく生きてきたし、これから先も関わるつもりはなかった。


 それをこんなところに落としやがって……。

 あの気持ち悪いしたり顔、ここから出たら一発ぶん殴ってやる。


 幸いにも風は吹いている。

 なら、どこかに外へ繋がるところがあるのだろう。

  

 小さな穴が空いているだけかもしれない。

 追っ手が使った風魔法の名残かもしれない。

 けれど、この状況ですがることができるのはそれだけだ。

 

 僅かな希望を胸に抱いた俺が再び歩き始めた時だった。


 途端、先ほどまでいた場所から水が吹き上がってくる。

 魔法だ!


「ちっ、もう追いつかれたか。さっさと逃げ──」

「覚悟ぉおおおおおおおおおおおおおお!」

「──ぐほっ」

 

 水の中から大声を上げてナニカが飛びこんでくる。

 一瞬怯んだ隙をつかれ、俺はそのまま押し倒されてしまう。


「ふふん、ずっと罠貼って待ってた甲斐があったわ!」



 ──それは、海にも似た色をした女だった。



 肩にかかるほどの青い髪と輝かしい紫の瞳は水に濡れ。肌は太陽を浴びた白砂のよう。

 今まで見たこともない美しさに思わず息を呑む。


 だが、追っ手の前で惚けるなんて悪手にも程があって。

 いつの間にか俺の四肢は水魔法で拘束されてしまう。


「あなたがハイエルフね! 悪いけど大人しくわたしの野望の礎になりなさい!」

「は、離せ!」

「無駄よ、いくらあなたでも魔法を破れるはずがないもの!」


 得意げな彼女の言う通り、どれだけ暴れても水の枷は壊れない。

 今の俺では、腹に乗った彼女の両手を払い除けることすら叶わない。


 くっ、ここまでか……。

 思わず目を閉じる。


「……?」


 しかし、いつまで経っても俺の貞操が奪われることはなかった。

 疑問に思って目を開ける。


「……………………」


 女性は、顔を真っ赤にして固まっていた。

 不思議に思っていると、視線に気づいた彼女は慌てて口を開く。


「え、あ、その、や、やる! やってやるんだから! じ、じっとしてなさい!」

「いやこっちは何も動いてないんだが!?」


 意気込みは激しく。

 しかし、やはり童貞が奪われる時は訪れなかった。

 顔を真っ赤にした女はあうあうと口をまごつかせるだけで、ズボンの紐にすら手をかけない。


 すっと頭が冷静になっていく。


「よく見たらまだガキじゃないか」


 腕や足は細く、胸も貧相な少女だ。

 可愛いとは思うが、今の好みからはほど遠い。

 あと五百年ほど前に出会っていれば惚れこんでいただ、ろう、が──。


「は、はぁっ!? ガキって何よ!」

「ガキはガキだろ! と、というか着替えて来い! もしくは乾かせ!」

「そんなこと言ってどうにか逃げるつもりなんでしょ。お見通しなんだから!」

「違うって! 色々見えてんだよ!」

「見えて……?」


 少女は自分の姿を見下ろす。

 若草色の服は水に濡れ、彼女の身体のラインや胸にまいたサラシまではっきりと浮かび上がらせていた。


「きゃぁ! 変態、むっつり、こっち見んな!」

「お子さま体型なんざ興味ないわ!」

「また言ったわねコイツ! わたしだってもう成人してるんだから!」

「知るか! つーか襲ってきたのはお前らだろ! 何で恥ずかしがってんだよ!」

「はぁっ!? あんな子作りのことしか考えてない人たちと一緒にしないで! 

 ちょ、ちょっと乾かすから待ってて! 『水よ、服から剥がれ落ちなさい』」


 そう言って、少女は頬の赤みも引かぬままに呪文を唱える。

 するとその言葉通り、服に染みこんでいた水がすぅっと乾いていった。


 ……丁寧な魔法だな。


 乾燥魔法はまんべんなく乾かすことが難しいのに。

 罠を貼り続けられる魔力量といい、長生きすれば良き魔法使いとして大成するかもしれない。


「なぁ、いいのか」

「何がよ」

「今ここで俺の童貞を奪えばお前の加護もなくなる。すぐにシワシワになって、そのうち魔法も使えなくなるんだぞ。それでもいいのか」

「その分思いっきり楽しむのよ」


 彼女は笑う。

 自らに言い聞かせるように。


 思い出すのは亡き親父の姿。

 晩年には腕すら持ち上げられなくなっていた親父も、最期はこんな風に笑ってたっけ。


 俺は、あんな風になりたくない。


「正直エルフの力なんてどうでもいいの。私はこの辛気くさい里を出るためにアンタを利用する。それで、残された時間で世界を巡るのよ」

「野望っていうのはそれか」

「何よ、笑いたければ笑いなさい」

「まだ他人の夢が笑えるほど生きてないから」

「あっそ」


 ツンと澄ましている彼女だが、話をしてはくれるらしい。

 そして今、目的も分かった。

 もしかしたら……もしかしたら説得できるかもしれない。


「海を見たことがあるか」

「な、何よ急に」

「馬で駆ける雄大な草原を。ドラゴンの住む煮えたぎったマグマを、活気溢れる人間たちの営みを」


 色褪せることない思い出の数々を彼女にぶつけていく。

 クソジジイに強制転移させられる前はただ森の奥に引きこもっているだけだが、こんな俺にも外を見ていた時期はあったのだ。

 

 紡いでいく言葉に、彼女は不審がりながらも耳を傾けてくれた。

 

「世界はお前が思ってるよりもすげー広いぞ。五十年やそこらじゃ回りきれない。けど、襲わなかったら、ここを出たら、俺が全部見せてやる」

「嫌」

「だから今は見逃して──ん? 今なんつった?」

「嫌って言ったの」


 そっかー。嫌かー。

 マジかぁああああああああああ。


 身体からどっと力が抜ける。

 あははは、もうどうにでもなーれ!




 けれど。

 あぁ、けれど、運命はまだ俺を見捨てていなかったらしい。




 腹に乗ってた手がぶるりと震える。

 彼女は澄んだ紫の瞳を逸らすことなく、淡い唇を開いた。


「『見せてもらう』つもりはないわ。私は自分の足で、自分の時間で自由に世界を『見る』んだから」


 震えは声まで伝わり、俺の耳朶に届く。


 瞳に宿った光は期待か恐怖か。

 その言葉の裏には何があるのか。


「その話、乗ったわ。私はディダミア。アンタの名前は?」


 俺に分かるのは、ディダミアがニヤリと笑ったことだけだった。

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