『読めば読むほど強くなる!? 本の虫のS級冒険者』
「はい。じゃぁ、次は初級魔導書の13ページを誰か読んでみて」
教壇に立ち、そう声をあげたのはボクのクラスの担任であるソロロン先生だ。
お色気たっぷりの綺麗な先生だけど、もう20歳も過ぎているので、この世界では……凄い殺気が飛んできたのでやめておきます。はい。
ここは王立魔導学園『セルギネス』の1年B組の教室。
今は魔法の基礎についての授業中だ。
ボクの名前はモイシ。
この春からこの学園に通い始めた13歳の学園生です。
体格は同年代のクラスメートと比べるとかなり小柄で、趣味が読書な事もあって、みんなからは「モヤシ炒め」と呼ばれている。
あだ名なのに、元の名前より長いのってどうなんだろうね。
「はい。じゃぁ、モイシ。読んでみて」
「え? ボク手なんて挙げてないですよ?」
「あなたは指名しないと好き勝手にずっと本読んでるでしょ」
ソロロン先生は、そう言って軽くため息をついて首を振る。
おかしいな? そんなはずは……あるので言い返せませんね。
「わかりました。それじゃぁ……」
~
授業が終わると、ソロロン先生の周りには男子生徒の輪ができていた。
そんないつもの光景を横目に、ボクは手元の本に目を向ける。
「モイシ~何読んでるの~? ウチにも見せて見せて~!」
せっかく本を読もうと思っていたのにと、愚痴りながら振り向くと、幼馴染みのキュッキュが好奇心旺盛な瞳でボクの本を覗き込んできた。
キュッキュは大きな商会の次女で、ボクの実家である本屋からは遠く離れたお屋敷に住んでいるんだけど、うちの本屋が取り引きしている関係で小さな頃からよく一緒に遊んでいた。
いや、ひっぱりまわされていたと言った方が正しいかな……?
その見た目は誰もが見惚れるほどの美少女で、学園には彼女のファンも多いのだけど、気が強く短気な印象が強いので、ボクは出来れば遠慮……あっ、身の危険を感じるのでやめておきます。はい。
「ちょっと~、何か変な事考えなかった?」
「ベツニヘンナコトナンテ、カンガエテナイヨ」
「……まぁいいわ。それで、その本はなんの本なの? 何か面白い物語?」
ボクはキュッキュによく面白い冒険譚などの物語の本を貸してあげていたので、それを期待したのだろうけど、生憎今日の本は全く違う本だった。
「残念だけど、今日の本は物語とかじゃないよ」
ボクはそう言って開いていた本を閉じて、本の表紙を見せてあげる。
「えっと……『ゴブでもわかる初級冒険者のすゝめ』? へ? 何これ?」
「今まで物語の本ばっかり読んでたんだけど、母さんにたまには実用書の1冊でも読みなさいって怒られちゃって……」
うちは父さんがボクのまだ幼い時に亡くなっていて、母さん1人に育てられたから、頭が上がらないんだよね。
「いや、それにしても、なんでこのチョイスなのよ……」
「今度、お小遣い稼ぎに冒険者ギルドに登録しようと思って」
しかし、ボクがそう言うと、本気で驚いたようで身を乗り出して抗議してきた。
「えぇ!? 本気で言ってるの!? モイシに戦闘なんて無理に決まってるじゃない!?」
「大丈夫だよ。冒険者登録するって言っても、街中の依頼か、王都周辺の薬草採取しか受けないつもりだから」
この世界には、魔物と呼ばれる恐ろしい存在がいる。
ただ、魔物は魔力溜りと呼ばれる魔力の澱んだ場所でしか発生せず、王都周辺の魔力溜りは全て把握、管理されているので、王都周辺に限っては街の外でも安全なんだ。
「ん~それなら大丈夫かもしれないけど……でも、急にお小遣い稼ぎとかどうしたのよ?」
「ちょっと欲しい本を見つけたから、それを買いたくて」
「え? そんなのお母さんに頼んで、モイシの本屋で読ませて貰えば良いじゃない?」
「それが、かなり古い本でうちじゃ扱ってない本なんだよ」
その本は、街の骨董屋で見つけた本なんだけど、昔の魔術かなにかについて書かれている魔導書だという事ぐらいしかわからなかった。
だけど、その見事な装丁に何だか目を奪われてしまったんだ。
ちなみに魔術と言うのは、魔法の昔の呼び方で、魔法を覚えるために書かれた本のことを魔導書と呼ぶ。
その魔導書のことをキュッキュッに説明すると、
「はぁ~モイシらしいと言えばモイシらしいけど……」
そう言って、少し呆れられてしまった。
「それにね。鍵がかかっているから、購入して開けてみないと読めないというのも何だかわくわくしちゃって。あ、もちろん鍵なんてついてないから鍵開けもしないとなんだけどね。そうだ! 魔術的なロックがかかってるかもしれないから、そっちの本も読まないと! そうそう。それから……」
でも、ボクはこの想いをわかって欲しくて、呆れられたことにも気づかず、言葉を続け、
「あぁ! もうわかったわよ! モイシのその本への想いは!」
キュッキュが音をあげた。
「あ、わかってくれた?」
「わからないけど、わかったわよ! でも、冒険者になってお小遣い稼ぎするなら、私もついてくから!」
キュッキュは学園でも屈指の魔法使いなので、ついて来てもらえるなら心強い。
しかも、先日13歳の誕生日を迎えた時に、神様から『火の真理』と言う強力なギフトを授かっていて、火属性の魔法に限れば、その腕前は既に宮廷魔法使い並だと言われている。
この世界では、10歳から15歳のいずれかの誕生日に、神様からギフトと呼ばれる特殊な能力を授かる。
その種類は膨大で、ギフトについての専門の学問が存在し、特に強力なものは研究が進んでいる。
キュッキュの授かった『○○の真理』と言う系統も強力で研究の進んでいるギフトの一つで、その属性の魔法を使用する際に、その効果を数倍に押し上げる事などが確認されていた。
ちなみにボクは10歳の時に『本の虫』という聞いた事のないギフトを授かった。
何か本に関するギフトだと思うのだけど、『セルギネス監修 ギフト大辞典』にも載っていなかったので、いまだにその効果は不明のままだった。
「ありがとう。じゃぁ、お願いしようかな? でも、この本読んで予習してからにしたいから、まだ先だよ?」
クラスのキュッキュファンの男子生徒からの嫉妬の視線が強くなった気がするけど、いつもの事なのでそっちは放置しておき、ありがたくその申し出を受ける事にする。
「はぁ……それにしてもモイシは、本大好きなのにどうして読むの遅いんだろうね。その本の厚さだと読み終わるのは10日は先かなぁ?」
「本はじっくり、ゆっくり、ことこと読まないともったいないじゃないか」
「はいはい。わかってるわよ。と言うか、ことことって何よ。ことことって……」
そのあと、一緒に帰ると言うキュッキュを家まで送っていき、10日後に一緒に冒険者登録する事を約束して別れたのでした。
~
「何とか読み終わった……」
キュッキュと一緒に冒険者登録に行く朝、何とか『ゴブでもわかる初級冒険者のすゝめ』を読み終わったボクは、慌てて朝食をとると学園の制服に着替えて部屋を飛び出した。
母さんはもう1階の本屋で開店の準備を進めていたので、家をでる前に店に顔を出し、一言声を掛けておく。
「それじゃぁ、行ってくるよ!」
「はーい。でも、絶対に討伐依頼とか受けちゃダメだからね! 気を付けるのよ!」
母さんには事前に話をして許可を貰ってあるけど、少し心配なようで軽く注意を受けた。
「わかってるよ。そもそも、ボクがそんな依頼受けるわけないから」
「まぁ言われてみれば、そうよね? モイ君に出来るわけないよね」
「うっ……そんな素直に納得されると、それはそれで何か引っかかるものがあるんだけど」
「そんな事より、早く行かないで良いの? キュッキュちゃん待たせる事になっちゃうわよ?」
母さんに言われて不安になり、店の壁に掛けられている魔道具の時計で時間を確認する。
まだ少し余裕はあったけど、待たすのは良いけど、待たされるのが大っ嫌いなキュッキュなので、ボクは急いで家を出たのでした。
~
「遅いわよ!!」
いつも待ち合わせている街の中央広場の時計台前に行くと、両手を組んで待っていたキュッキュから、開口一番怒られた。
「えぇ~まだ待ち合わせ時間まで大分余裕あるんだけど……」
いつも少し遅れてくるのに、どうやら今日は楽しみにしていたようで、かなり早くに来ていたようだ。
「うっ、そんな事より早く行きましょ!」
「何か怒鳴られ損な気がするんだけど……」
「細かい事気にしないの! それよりちゃんと学生証と許可書持ってきた?」
冒険者登録は13歳から受け付けてくれるのだけど、この世界での成人は18歳なので、13歳のボクたちは、身分証になる学生証以外に、学校が発行する許可書が必要だった。
「大丈夫だよ。ボク、忘れ物とかした事ないでしょ」
「そうね。モイシ、記憶力だけは凄いしね」
「だけって酷くない? だけって……」
そんな他愛もない会話をしていると、すぐに大きな5階建ての建物が見えてきた。
この街の冒険者ギルドだ。
その大きな建物を見上げていると、ボクは何だかこれから物語が始まるような、そんな不思議な感覚に包まれて、胸の高鳴りを覚えるのでした。