ここは勇者亡き世界
これは誰しもが持つ、亡き勇者の記憶。
今宵、僕はそれを夢で見る。
*****
随分と長い旅路だった。
魔王の部屋を前に、いや、だからこそか。俺は1人感傷に浸っていた。
15歳で異世界に召喚され早15年……。ついに元の世界で生きた時間と並んでしまった。
色々あったが、小さな村で出会った妻と一緒になり、息子も産まれ、その子が今年10歳になる。そりゃ長くも感じるか。
その長い旅路も、今日で一先ず終わり。
これで最後だから、魔王に挑む前にステータスを少し確認しよう。
***
《ステータス》
名前: ユウキ=ヴィラージュ
レベル:90/99
クラス: 勇者/■者
HP: 900/900 MP: 850/900 力: 900 守: 900 魔: 900 速: 900 技: 900
《スキル》
・勇者固有スキル 勇気、良成長、悪特攻
・■者固有スキル ■■■
・特典スキル 全耐性、聖魔法
・取得スキル 属性魔法、剣技……
***
上げに上げたレベルとスキルによる成長補正で、パラメータがどれも人類最高数値ってのはチートだな。
あと9レベル上がる余地まであるが、生憎、魔王戦に間に合わなかった。
その代わり仲間たちが、俺を万全の状態で、ここに辿り着かせてくれた。だから大丈夫、絶対勝てる。
勝って帰ると約束したしな。
帰ったら、あいつと式を挙げよう。ずっと自粛しっぱなしだったんだ、祝勝会も兼ねて盛大に……いけないな、これじゃ気が緩んでしまうし、負けフラグだ。
俺は両手で頬を思いっきり叩く。古典的だが気合いが入った。
さぁ、人類を救おう。
不気味な装飾の施された扉を押し開き、遂に魔王の待つ部屋へと、足を踏み入れた。
鎧を見に纏い待ち構えている奴こそ俺の宿敵、魔王だ。兜で顔を視認できないが、間違いない。
左右に生える魔族特有の双角と、その手に持つ『古代斧エテルネル』が何よりの証。
「ーーはぁ、ようこそ。とはいえ、明日に控えた進軍を止めに、必ず来ると思うたが、愚かな。貴様1人か勇者よ」
「愚かなのはお前だ。勇者が生きてるうちに人類に攻め込むことなど、誰が許すものか。必ず止めてやる」
「その心意気だけは良い。どちらが愚かだったかなどすぐにはっきりする。魔法、《ダーク・ロード》」
それは暗闇による自分と対象との道づくり。繋がれた道によって、攻撃全てが必中となる恐ろしい魔法だ。
「ーー魔法、《ホーリー・ライト》、《ホーリー・スフィア》!!」
唱えるのは聖魔法をふたつ。まず凡ゆる暗闇を払う光の魔法。それによって闇の道を完成前に掻き消し、続けて巨大な光の球を放つ。
「ほう、魔法、《ダーク・ランス》」
光の球に、闇の槍が突き刺さる。闇は光に溶け込んで、内側から魔法を破壊していき、まるで水晶が割れたかのように、煌めく黒と白の粒子を散らばせ、互いの魔法は消え去った。
魔法は悪手か。
互いに放つ魔法の形は違えど、属性の相性が良すぎる。どの魔法を使っても相殺し合うと直感で分かった。
奴もそれを察したのか、魔法の撃ち合いをやめて、斧を構えた。
俺も腰に差した『聖剣クラージュ』を抜き、接近戦を試みる。
しかし剣を振るうも、魔王の体に届かず、禍禍しい斧に防がれてしまう。ならばいっそ武器ごと壊そうと、剣を振るっても、受け流されてしまった。
スキル【剣技】により極まった剣術は、種族の差を越えて、魔王の体へと技で剣を届かせようとしているのだが、力が足りていない。結果、数度の打ち合いの末、力負けした俺は後方に飛ばされる。
「ーーはぁ、はぁ、強い。人より恵まれたステータスをしているのが分かる。だがな、人は力で及ばない魔族に打ち勝つ為に、工夫を凝らしてきた」
普通は魔法を使う際に、魔力を放出し、対外で炎や水に変換する。だが血肉にまで魔力が混ざっている魔族には出来ない事がある。
俺は全身に魔力を行き渡らせ、体内で魔法に変換していく。魔族が真似れば血肉の魔力が消え、体に穴が空いてしまうだろう。
言うならば、ただの身体強化だが。これでステータスの差が埋まる。
1合目に剣と斧は押し合い、2合目には斧を弾き返す。その隙に、ようやく魔王の首を捉えた。
ここだ。人類の敵を討ち滅ぼす最大の好機、これで終わりだ!!
「やめて、ママを殺さないで!!」
聞いてはならない言葉が聴こえて、一瞬だけ注意が逸れる。
ママ? いや、魔王が女なのは別にいい。それで剣を振るえなかったら、ここまで来れてない。
つまり、子供なのがダメだった。脳裏に浮かぶのは息子の顔、性別も異なれば、種族も違う。
けど、一瞬だけ、親を思う子の姿が重なって、剣が酷く鈍った……。
間違いなく必殺の好機。それでも鈍った剣では魔王を、斬れるわけがなく外す。
それで終わり。自らの好機の後に訪れるのは、決まって相手の好機だ。
魔王の手には以前、斧は握り締められたまま。それが無慈悲に振り下ろされ、俺の身体を斜めに切り裂いた。
斧の刃は心臓まで達し、夥しい勢いで血とHPが減少していく。回復魔法を試してみるも、禍禍しい斧の力か効果が無い。
為す術なく減っていくHPを眺め、避けられない死を認識するが、まだ終われない。
死ぬ前に、やらなきゃならない魔法がある。それと、敵である俺をも心配する子供に、優しい言葉をかけたかった。
「ーー勇者である前に、俺は親だからな、流石に斬れない。魔王の娘、君の勝ちだ。ママに褒めてもらいな」
この見事なフラグ回収に笑うしかないのだが、あいつも、息子も許してくれるだろうか。
ついで脳裏に過ぎるのは、上がるはずだった9つのレベルであり、解決出来なかった9つの難題……魔王討伐も含めれば10か。
もし、全てを解決していたら、勝てたかもしれないが後悔は無い。けど、難題を後世に残してくのは未練だ……な
終わりの時間が近づき、魔法の条件が満たされていく。
ーーステータスを更新しましたーー
だと言うのに、未だ脳内に響く声。
レベルアップ時にしか更新されないはずが、何故今になって……
朧げな意識で思考してみるも、答えは出てこないまま、自動的にステータスは表示される。
***
《クラス判明》勇者/優者
ーー勇者、それは勇気ある者のこと。
真に孤独な異世界で、そこに生きる人々を救おうと決意したことは、至上の勇気。
ーー優者、それは優しき者のこと。
見逃し、手を止め、先送りにしてきた事は、誰よりも優しい結末を望んだ故。
挙句に人類の敵を、子供の愛情故に倒せなかったのは至上の優しさ。
***
黒塗りだったクラスが、ここに明かされた。
優しき者で優者。勇者とかけてるのか……洒落てる、ははっ……。俺が成し遂げられなかったものを『優しさ』と見てくれるんだな、世界は。
だがステータスが更新されたからって、この傷で、逆転劇を起こせるわけじゃない。
だから最後の魔法を使う。
異世界に来る前に、神様が授けてくれた保険だ。
魔王を倒せなかった時に、勇者の力を世界中へ振り撒くための『魔法』。
俺には救えなかったけど、力を得た誰かなら、きっと。その誰かが、勇者の息子ってのが好きな展開だ。
けど、誰でもいいんだ……花屋の娘さんでも、仲間達でも、知らない誰かでも。あるいはもっと別の……。
最後に救われれば、どんな結末でも俺は諸手を挙げて喜べる。それくらい、この異世界を好きになった。
そのための『魔法』の発動条件は勇者の死と詠唱。
前者の条件は殆ど満たしている。詠唱は教えられてないが、自然と口から溢れ出た。
「ーー『俺には救えなかったが』『みんななら必ず救える』……。『この世界は終わるには惜しすぎるから』」
詠唱のせいで魔力が過剰に溢れ、魔法は発動前にもかかわらず、世界を狂わせていく。
結果、景色が移る。魔王の部屋にあった俺の視点が、上昇を続ける。魔王城を越え、雲を越え、ついに世界の外側へ辿り着いた。
不思議な感覚だ、身体は魔王の部屋にあると認識できているのに、意識だけがここにある。
この光景を表すなら宇宙。
魔法の対象が世界中だから、星へ放つ感覚が独り歩きしているのか。
あぁ違うな。死にゆく俺は、もう物語の外側ということか。なら、この魔法の名は……
「……魔法《そこは勇者亡き世界》」
*****
こうして勇者の物語は終わった。
勇者と魔王の闘いは飾りで、それほど重要じゃない。重要なのは、魔法の真の効果。
全世界の人々へ勇者の力が託された。
と同時に、その心も託されてしまった。
つまり勇者の力は、スキルやステータスや魔法ではなく、真に強きはその心。
強大な敵に立ち向かう勇気であり、全てを愛せる優しさ。
ここは誰もが、少しの勇気と、少しの優しさを持った世界。
魔王を倒せなかった勇者……父さんは情けなかったけど、僕が代わりにやろう。
かっこいい魔法を使い、神聖な剣で戦う勇者が、自分の父さんだったなんて、憧れない筈がない。
記憶に遺されなかった長い旅路を辿って、10の難題に取り組む。
それは、僕にとっても好きな展開だった。
それと『そこ』なんて、悲しい言い方はしないで欲しい。
だって、表示されていた名前は、村民によくある名で、僕や母さんと同じもの。
あの時、間違いなく父さんはこの世界に居て、今もみんなの中に居る。
だから『ここは勇者亡き世界』





