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鬼百合

 時は平安朝時代、京都地方では皇帝を脅かす恐るべき鬼が存在していた。酒呑童子と呼ばれる豪腕に、見たこともないような白い肌と金髪の髪を持つ美少年。その美しさに京の姫君達は心を奪われて、いつしか彼が来るのを待ち焦がれるようになっていたという。


 数十人の近衛兵が警備をするも、一度として傷を与える事さえ敵わなかった。武器を持たせれば数百人を切り裂き、素手だけで武器を持った武将を退ける事ができる。一度狙いを付けられたら、女も財宝も全て奪い去られてしまうというのだ。


 綺麗な月が出た深夜に、警備兵が酒呑童子の存在に気付き始めて、危険を知らせる鐘の音を鳴らす。だが、警備兵が追い始めた時にはもう遅い。多くの姫君が彼の虜になり、彼を送り帰しているところだった。


「はっはっはっは、俺を殺したければ、南蛮の兵器でも輸入してくるのだな。武将も兵士も役になど立たん。数千万人が集まろうと実力が零では、掛け算しても零は零だ。せめて、一にでもなる実力者を育てる事だな。では、財宝は掻っ攫っていくぞ」


「あ〜ん、酒呑童子様、私を丹波の国へ連れて行って♡」


「姫君、俺はすでに心に決めた女性がいるのだ。姫君との一時は楽しかった。俺との一時を夢見て再び来る時を楽しみにしていてくれ。今度は、あなたの心を奪いに参上するよ♡」


「あ〜ん、今晩は誰と一緒に床を共にしたのかしら? その子が分かったら、嫉妬で殺しちゃうわ。今度は、私の寝室に来てね。香を炊いて待っていますわ♡」


「じゃあ、またね♡」


「キャー♡」


 酒呑童子は、数十人はいるファンの姫君を振り切って、京の都から丹波の国へと帰ろうとしていた。男達は無力であり、彼が通る道を阻む事はおろか、その姿をまともに捉える事さえできない。仮に、彼を取り囲むことができたとしても意味はない。


 彼が通った後には、打ち倒された無数の男達が横たわり、女達がその後を追いかけていた。その追跡を軽々と躱し、今晩も財宝と美酒を背中に京の街を後にする。すると、飛び切りの美女が徐々に酒呑童子に近付いてきた。そう、パートナーの茨木童子だ。


 茨木童子は、冷酷な鋭い目に、腰まで届く長い黒髪をした15歳くらいの女の子だ。この時代では、10代前半が結婚適齢期と言われており、茨木童子はすでに良い年の女性となっていた。酒呑童子とはパートナーでありながらも、ちょくちょく別行動をする。


 帰る時には合流するのが日頃の行動だった。彼女も修羅場を潜り抜けてきただけあって相当強い。京の姫君にも劣らぬ美貌と、京の男達をも凌駕する圧倒的な剣術を有していた。酒呑童子と茨木童子がいるだけで、数千人の男と女がただの玩具と化してしまうのだ。


「今日も大人気ですね。どこぞの姫君と一夜を共にしたのかしら?」


「うっ、茨木童子。嫉妬してる?」


「してません」


「俺も何もしてません。こんな可愛くて美人の鬼がいるのに、他の女の子に手を出すわけないじゃないか。だから安心して良いよ♡」


 酒呑童子は、茨木童子の手を取って、彼女を安心させようとするが、その手は冷酷にも叩かれた。今にも殺しそうな冷たい目をパートナーである酒呑童子にも向ける。これ以上近付けば、酒呑童子といえども殺すという警告なのだ。


「触るな、この童貞野郎。私は、お前とはビジネスだけの付き合いだという事を忘れるな。そんなに子孫が欲しければ、どこぞの京の姫と契りを交わすが良い。相手が相手なら、皇帝の子として大切に育ててくれるだろうな」


「うう、怒った顔も素敵だよ……。それに、そんな無責任な事できるわけないじゃん。俺は、茨木童子一筋だというのに……」


 茨木童子は美女で体付きも美しいが、その目の瞳孔は開いて赤く輝いている。彼女が心を許さぬ限り、決して手を触れる事も体を抱きしめる事もできないのだ。彼女の許可なく触ろうとすれば、一瞬にして体を切り裂かれてしまう。


「いずれは、茨木童子キミと……」


「そんな日が来ると良いですね。あなたが死ぬ前に……」


 お互いに盗みという仕事上においては信頼しているものの、異性としては進展していなかった。それは仲間達も同じであり、紅一点の茨木童子を女として見るものは今やいない。酒呑童子だけは、相変わらず茨木童子を女の子として扱っていた。


 そんな盗みをする日々を続けていた彼らだが、事件は突然に起こる。酒呑童子を危険と判断した皇帝は、密かに最強の陰陽師と呼ばれる『安倍晴明』に相談を持ちかけていた。このままでは、皇帝の好きなあの姫君が奪われてしまうかもしれないと危惧していたのだ。


 文を持たせて使いの者と連絡を取り合う。数日間の交友が交わされていた。安倍晴明も鬼を扱うという事で嫌われているが、それでも盗賊である酒呑童子の方が邪魔だという結論を出した。皇帝率いる朝廷の当面の敵は、酒呑童子率いる盗賊団の討伐である。


「陰陽師『安倍晴明』よ。皇帝に力を貸してくれませんか? 酒呑童子という豪腕の鬼が京都で暴れて困っているのですが……」


「その鬼の事は聞き及んでいますよ。ただし、私も彼と同じ化け物だと言われております。私を信用するのもどうかと存じますが……。この京の都で、勢力があるのが帝であるあなたと、酒呑童子という鬼が率いる盗賊団、そして私の陰陽師達です。


 私も邪悪な意志を持っていれば、あなたを攻め込むだけの実力がある事をご理解ください。今の所、あなたは敵ではなく、友人として接しておりますが、無能な政治をしようものなら乗っ取る可能性もある事をお忘れなく……」


「ふふ、あなたの事は尊敬しておりますよ。あなたとは良い交友を深めたいために、親族として良い待遇をしているのです。もちろん、その為にもあなたや陰陽師の親族を私の屋敷に住まわせているのです。言い方は悪いですが、人質と言ったところでしょうか?


 まあ、お互いに争いになっても得がない事も理解している。今は、酒呑童子と茨木童子が邪魔なのです。盗賊団自体は小規模だが、酒呑童子の力が強過ぎる。たとえ取り囲んだとしても、数人が犠牲になって逃げられるだけだろう。


 あなたの知恵が必要なのです。酒呑童子さえ亡き者にすれば、残りはただの烏合の衆、茨木童子もちょっと剣の腕が立つ程度の実力、捕らえる事も殺す事も容易い。どうか、酒呑童子を殺す方法を教えてください」


「ふー、酒呑童子は私とほぼ同種族の末裔、密かに尊敬していたのですが……。いずれは我が屋敷にも来てもらえないかと待っていたのですがね……。酒呑童子をそのまま殺すのは、難しいですね。夜では弓矢も当てになりませんし……。


 私としても同族を殺すには忍びない。そこで、1つ提案があります。酒呑童子は、『男だったら史上最強の悪鬼となり、女だったなら史上最高の美女になる』そうです。ここに、1つ面白いアイテムを手に入れたので、彼で試してみてはいかがでしょうか?」


「ほーう、酒呑童子を無力化できるのなら、なんでも良いわい。早速、忍び込みそうな屋敷に罠を張ろう。奴は、最近可愛い姫がいる家に忍び込んでいる。年齢は、10歳から13歳くらいの処女だ。この年齢で狙われていない処女をエサにすれば行動を絞り込めるぞ」


「じゃあ、このアイテムをお渡しします。他には悪用しませんように……」


「分かっておるわ。回数も限られておるようだしな……」


 こうして、安倍晴明と組んだ酒呑童子討伐計画が仕組まれていた。それとは知らない酒呑童子は、茨木童子の勧めによって問題の屋敷に忍び込もうとしていた。酒呑童子が財宝を狙い、茨木童子が美女を攫ってくる算段となっていた。


 酒呑童子が次に狙う問題の屋敷には、13歳になる黒髪の姫君が住んでいました。名前は穂歌ほのかといい、聡明な頭脳を持っているという噂でした。その姫君の友人が、数日前に酒呑童子と茨木童子から盗みを受けていたのです。


 幸いその姫君に怪我はありませんでしたが、それでも彼女に変化が生じていたのです。穂歌ほのか姫は、いつものようにカルタ遊びや囲碁などをして、その盗みに入られた姫を元気付けていました。それでも、姫は上の空の状態でした。


「はーい、これで私は10枚取ったわよ。おい、こら、カルタ遊びに集中しなさいよ。いつもは私と互角くらいなのに、今日は全然集中してないじゃない。まさか、どこか怪我でも……」


 穂歌は、友人を心配して近付くと、彼女は顔を赤くしてポーッとしていた。そして、恍惚とした表情でこう呟く。


「童子様♡」


「童子様? あなた、やっぱり酒呑童子に会ったんじゃ……。何か、されたの?」


「あっ、穂歌ちゃんだった。別に、酒呑童子様には何もされてないよ。というか、会った事さえもないよ!」


「そうなんだ……」


「それよりも、カルタ遊びに飽きただけ。それより、鬼ごっこしようよ!」


「鬼ごっこね……。別に良いけど、なんか唐突過ぎない?」


 鬼ごっことは、酒呑童子と朝廷が争っている事から生まれた新しい遊びなのだ。鬼役は酒呑童子や茨木童子となり、朝廷役の兵士から逃げるという遊びだ。時間制限を決めて、見事鬼役が逃げおおせたら鬼役の勝ち。捕まったら朝廷役の勝ちという単純なルールだった。


「ねえ、瑠璃姫の身体能力じゃあ、私には勝てないわよ。隠れんぼにした方が良いんじゃないかしら?」


「あー、穂歌ちゃん馬鹿にしてる。穂歌ちゃんが鬼役なら、私も頑張れるんだけどなぁ」


「うっ、鬼役一択ですか。まあ、庭園が広いから別に良いんだけどね。ゆっくり景色でも見ながら逃げおおせますか。じゃあ、昼の鐘がなるまでだからね!」


「うん、絶対に負けないよぉ」

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