二百年後にまた来い《無自覚のパイレーツピリジャー》
「おまえの宇宙戦艦、すごく強いな。有毒芋虫の次ぐらいに強いと思うぞ」
それは西暦201820年2月2日のことだった。
まだ子どもだった俺は、宇宙戦艦を戦わせるゲームにはまっていた。
そして、ある試合で負けた。この試合と次の試合で勝てば、全星大会に出場できるという瀬戸際で、惜しくも負けてしまった。
負けるのは仕方ないが、ネット対戦の相手に煽られたのだ。
有毒芋虫と比較するってなんだよ。宇宙戦艦どころか、大半の脊椎動物より弱いだろ!
ちなみに、煽ってきた相手も次の試合で負けて全星大会には出場できなかったようなのだが、それはどうでもいい。
俺は対戦相手に言い返したのだ。
「二百年後にまた来い。おまえに本物の宇宙戦艦を見せてやるよ!」
本物というのはゲーム内ではなく、現実世界で、という意味だ。
あの頃は既に、宇宙船は小規模な企業でも所有できる物だった。
宇宙海賊は当たり前のように出没していたし、宇宙怪獣の被害も報告されていた。だからアウタースペースなら、武器や装甲を調達する事も合法だった。
宇宙戦艦は、民間人でも所有できる!
一年や二年では無理だろう。だが二百年あれば、俺でも準備を整えられる。
不老不死技術が発展し、平均寿命は千年を超えていた。二百年なんてあっという間だと思ったのだ。
そして二百年が過ぎた。
今は西暦202020年2月2日
「ああ、今日がちょうど二百年目なのか」
俺は、輸送船の船長室に座りながら、カレンダーを見て、ふと呟いてしまった。
この二百年、俺は何をしていたのか。もちろんサボってなどいない。目標を達成するために、動いていたのだ。
理想の宇宙戦艦を作るために必要な物は何だろう? それは、俺の要求を満たしてくれる造船所だ。
だから、最初に造船所を探した。
そして気づいた。造船所はどこも忙しい。この宇宙には造船所が足りないのだ。
俺は決めた。会社を起こして、造船所つきの宇宙ステーションを保有しようと。
宇宙ステーションを建てるにはどうしたらいいのか調べて、また気づいた。注文を受けて完全オーダーメイドの宇宙ステーションを作る企業は、一応存在するが、どこも値段が高いし時間がかかる。
なら、それを自分の会社の仕事にする。
二百年の間、いろいろ苦労もあったが、会社はうまく回っている。俺と同じように、現状に不満を抱いていた人は多かった。需要はいくらでもあった。
現在、辺境に拠点を建設したいなら、最初に名前が挙がるのは俺の会社「ビーバーカンパニー」だ。
今も俺は、建設資材を乗せて、無人の星系目掛けて飛行している最中だ。収支は毎年黒字。
ところが、一つ失敗してしまった。忙しくて、肝心の宇宙戦艦を作るのを、うっかり今日まで忘れていた。
「作るか、宇宙戦艦……今から作るか?」
作りたい、という思いはある。
しかし、今乗っている輸送船は五十年ほど前に造った物で、そろそろ新しくしたい。そっちを造っていたら、宇宙戦艦どころではない。
造船所を増やして、並行して建造するか? いや、あっちでもこっちでも宇宙ステーションを建造しているのに、もう一つ作業対象を増やすのは……。
じゃあ、会社をさらに拡大するか? そんなことしたら、輸送船の数を増やす必要がある。仕事も増える。それこそ宇宙戦艦どころではない。
「ああ。やっぱり無理なんだな……」
大人になるって、悲しい事なんだ。
しかし、新しい輸送船を作るにしても、設計図はどうするか。
この輸送船の設計図を書いてくれた企業に、もう一度発注したい。しかし、あの会社は四十年ほど前に、宇宙海賊に襲われて倒産してしまった。
人的被害はほとんど出なかった。というか社員の三割ぐらいは、今は俺の会社の社員になっている。
しかし、設計のための一番重要なユニットを失ってしまったらしい。
だからもう、設計はできない。
その時に俺はようやく気付いた。実は、宇宙船の設計図を書いてくれる企業は少ない。ほとんどの民間企業は、昔の設計図を基に作った宇宙船を使っている。宇宙船の設計図を書く企業、それこそ俺が自分で作らなければいけなかったのだ。
「まあ、いいか。今日も輸送、明日も輸送、明後日は建設……それが終わったらまた輸送」
宇宙戦艦なんて、無理な話だったのだ。
目的地まで、あと一日。もうしばらく寝ていようと、俺は目を閉じた。
とつぜん警報が鳴り響いて、俺は跳ね起きた。
「なんだ? 事故か?」
通信機のホログラム装置が、空中に青い服を着た男の姿を映し出す。電探班のリーダー、シャゴンだ。
「社長、大変です。宇宙海賊です!」
「宇宙海賊? 相手がそう名乗ったのか?」
「まだです。でも、俺はあの船を知っています。宇宙戦艦ランキング、十位。ブラッドノーチラスです」
「なんだと!」
宇宙戦艦ランキング。一年に一度、更新される。かっては俺も、その一位を狙っていた。だがやめた。ランキング上位は、宇宙軍と宇宙海賊しかいない。民間企業がそんなところに躍り出たら、全方位から攻撃を受ける。
しかし、十位とは、恐ろしい。その海賊に狙われても勝てる宇宙戦艦は、この宇宙に九隻しかいないということになる。
俺の輸送船など、何もできずにやられてしまうだろう。
シャゴンの隣に、赤髪で赤い服を着た女が表示される。パイロットのイオーサ。
「社長、逃げますか? 逃げ切れるかわからないっすけど」
「無理です。ブラッドノーチラスの公称スペックはこれ」
ジャゴンがデーターを投げてくる。ジャンプドライブの性能が違いすぎる。
さらに、白衣の女も現れる。エンジニアのリオン。
「イオーサさん。今、ジャンプするのはマズイです。一回なら飛べますけど、ジャンプドライブがぶっ壊れると思いますよ」
「じゃあどうすんだよ。白旗でも挙げろってのか?」
「あの、社長、こちらも見ていただきたいのですが……」
ジャゴンが嫌なデーターを送ってくる。
ブラッドノーチラスを操る海賊、ブラッド団。こいつらは、襲った船の乗組員を殺している。たまに生き残る人もいるが、慈悲ではなく、奴隷にするためだ。イオーサとリオンは運が良ければ奴隷かな。俺とジャゴンはたぶん殺されるだろう。
最悪だ。俺は決断する。
「乗組員の命を優先する。積み荷を全て捨てて、ジャンプで逃げる。運が良ければ助かるかもしれない」
「でも社長。荷物をなくしたら納期に間に合わないっしょ! 今回の仕事、違約金の額が……」
イオーサの言うとおりだ。
今回の仕事は宇宙軍からの発注。成功報酬も多いが、失敗すれば、宇宙ステーション一つ分ぐらいの違約金を搾り取られてしまう。
「なんとかなるさ。今までだって、何とかしてきた……」
俺は、積み荷をチェックする。軍事機密物資があったら破棄しなければならない。
まあ、余計な心配だった。そんな物を民間人に運ばせるわけないよな。
その代わり、積み荷の中に、爆薬のコンテナを見つけた。これは……いけるか?
俺は、全員に自分の考えを伝えた後で、海賊に向けて通信装置を作動させる。
海賊っぽい帽子をかぶった髭もじゃの男が映し出された。いかにも海賊という恰好だ。
「降伏する。要求を言ってくれ」
俺が言うと、海賊はせせら笑う。
「要求? そんな物はないなぁ。せいぜい足掻いて、俺たちを楽しませてくれよぅ」
「抵抗はしない。命さえ助けてくれるなら、それでいい」
「おいおいおい。何言ってるんだ? 抵抗しろよぉ。してくれなきゃつまらないだろ? レーザーガンは人数分あるか? ちゃんと配っとけよ?」
最初から、無理だろうとは思っていたが、つくづくクズだな。
でも問題ない。ただの時間稼ぎだ。
「リオン、終わったか?」
「作業と退避、完了しています」
「よし。ジャゴン、やれ!」
俺は部下に命じる。
最初はジャゴン。EMPもかくやと言う出力で、海賊船にレーダー波を浴びせる。これで十数秒の間、敵は何が起こっているのか把握できなくなる。
次に、イオーサ。船を半ロールさせて、貨物カタパルトを海賊船の方に向ける。
そして、リオンが貨物カタパルトを作動させる。
リオンとその部下に頼んで、爆薬のコンテナに起爆装置を取り付けさせてから、カタパルトにセットしてある。これは本来、荷物を宇宙空間で少し離れた船に受け渡したりする時の装置だが。
この至近距離で射出すれば、どうなるか。
爆発が起こった。
射出されたコンテナは海賊船のど真ん中に命中し爆発。船体に大穴を開けていた。
海賊も、こんな状態で仕事はできないだろう。
「でも、荷物を使っちゃったら、やっぱり違約金が……」
イオーサが言うが、その点もぬかりない。
だって相手は海賊だぞ? 爆薬の一つや二つ、常に持ち歩いているんじゃないか?
通信機を作動させて、海賊に呼び掛ける。
「よう、間違えて仮装巡洋艦を襲ってしまった気分はどうだ?」
ハッタリだった。
「仮装巡洋艦? なんだそれは?」
「この船は輸送船じゃない。巡洋艦だ。戦艦に比べれば些細な武装だが、おまえの船を消し飛ばすなど朝飯前さ」
「ぬわぁんだとぉう? 貴様、軍人だったのか? 俺を騙したな?」
「積み荷を全部よこせ。そしたら命だけは助けてやる」
「軍人が、海賊から奪うのか?」
「公務員なのに給料が安くてね……」
結局、海賊は積み荷を捨てて逃げていった。
やったぜ。





