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椎名はパンク☆ロッカー  作者: 金子大輔
8/10

ピック

 まだ梅雨は明けたと聞かない放課後。雨こそ降ってないものの、今日も不快指数は高そうだ。というか、そもそも不快指数って誰基準なんだろう。

「皆様は夏休みはどのようなご予定で?」

神宮寺は爽やかな笑顔。感じている不快指数は低そうだ。

「…………。」

勇也は口から魂が抜けている。ほぼ五感を失っているから、これはこれで不快指数は低そうだ。

 どうやら今日の不快指数には期末テストが終わったという事が大きく作用してるように思う。

 うちの高校ではテストの結果を貼り出したりはしないけど、神宮寺はトップクラスに属するから何の憂いもなく、すでに気持ちは夏休みにシフトしている。

 対照的に勇也は最下級クラスの結果が確実と憂いしかなく、魂が極楽浄土へとシフトしかけてるというわけだ。

 かく言う俺は可もなく不可もなくといった手応え。国語と社会は得意なんだけど、数学と英語が足を引っ張ってるといった感じだ。

 そして、椎名はと言うと「テストなんて赤点じゃなきゃいいのよ」という口振りから、俺と似たり寄ったりな感じかと思いきや、神宮寺を超えて平均点九十六点というトップクラス、もしかすると学年トップの成績じゃないかという点数を叩き出していた。

 テストの結果に一喜一憂しても同じ高校に通ってるのだから、実は成績の差はあまりないと俺は思う。

もう期末テストは済んだ話としよう。

「夏休み?俺は特に予定ないな。神宮寺は?」

夏休みの予定を聞かれ、逆に俺から聞くと神宮寺は「お盆に父方へ帰省するくらいです」と周りに花を咲かせた。

「俺は補習と追試………。」

勇也は辺りに彼岸花を咲かせ黄泉の国へと誘われていく。

「椎名は?」

「バイト。」

当たり前よと平然と答える。

「えっ?バイト?してるのか?」

駅に向かう道での何気ない一言。俺たちが驚くと椎名は「言ってなかった?」と素っ気なく答えた。

「アルバイトやパートは校則で禁止されてますわよ!」

必死になって椎名の肩を掴む神宮寺。

ん?前にも似たような話を神宮寺はしなかったか?

「学校の許可もらってるわよ。」

これまた当たり前でしょという椎名の言葉に、掴んだ手を放して神宮寺は胸を撫で下ろした。

「で、何のバイトしてんだよ?」

「………売りよ。」

神妙な顔で椎名がポツリともらし、それに俺たちは凍りついた。

「単価はいくらだ?!単価は?!」

「おい勇也!いきなり蘇生するな!黙ってろ!」

息を吹き返した勇也には、もう一度戦闘不能になってもらうしかあるまい。

「ピンキリよ。百円から百万円オーバーまであるから。」

椎名ダメだ!その言霊が勇也に品性下劣エネルギーを与えてしまっているぞ!

「ひゃっひゃっ百円からだとぉっ?!」

これはいかん!このままでは勇也の理性が失われ、やがてセクハラ魔神と化してしまう!

「そうよ?だいたいピックは百円からだから。」

……

………はい?

「お、おい雅之!ピックって、ピックってのは、どんなプレイだ?!」

「勇也、落ち着け。そしてヨダレを拭け。………おい、椎名。」

鼻息荒い勇也を抑えつつ、俺はすっとぼけた椎名を白い目で睨んでやった。

「何よ?私ウソ言ってないけど?」

それでもシラを切る椎名。

「………楽器屋か?」

「当たり。」

タチの悪い冗談だ。ネタがバレてニヒヒと笑う椎名がイタズラ好きな子供に見えてくる。

「良かった……椎名さんが人の道から外れなくて……本当に良かったですわ………。」

「な、泣かないでよ!冗談なんだから!」

そんなイタズラっ子も本気でボロボロと泣き出した神宮寺には弱いようで、駅まで必死になってなだめる椎名に笑いが止まらなかった。


「ピック……どんなだろ?あんな事か?いや、まさか、そんな事?!」

このまま勇也を放置しても面白そうだが、後々ややこしい事になりそうだから真実を明かしておこう。

また後で。


 駅のホームまでにある三叉路。右に行けば俺と勇也の乗る電車。左に行けば椎名と神宮寺が乗る電車。

「楽器屋さんでアルバイトですか。椎名さんらしいですわね。」

どうにか泣き止んだ神宮寺は目元を赤くしたまま納得して微笑んだ。

「椎名に接客なんてできるのかよ?」

「失礼ね。」

楽器屋でバイトする椎名。客が来たら「よく来たわね」と無愛想でもてなし、仏頂面で「勝手に見れば?」と対応。楽器を見ている客には「買うの?どうなの?」と圧力をかけ、買い物を済ませた際には無言。

「なに笑ってんのよ。」

「い、いや、笑ってません!一所懸命バイトする椎名を想像してただけで、決して笑ってな、笑っ……くふ、くふふ!」

「コロス!」

ムキになる椎名を見ると、なおさら笑いが止まらない。

本当に接客しているなんて信じられない。

「ところで楽器屋さんって………どこの楽器屋さんですの?」

神宮寺は首を傾げると、椎名は「タカヤナギっ!楽器店っ!よっ!」と俺の首を本気で絞めにかかった。

「タカヤナギ楽器店?それは、あちらの方にある楽器屋さんですわよね?」

「そ、そで、なら、おで、し、てる、ぞ。」

首を絞められ意識が遠くなる中、なんとかして椎名の手を払い退け、もう一度言い直す。

「そ、それなら、俺、知ってるぞ。商店街にある楽器屋だよな?」

椎名がバイトをしているという『タカヤナギ楽器店』は、俺の住む街の商店街にある古い楽器屋。まさかそこで椎名がバイトしてるとは。

「土日だけね。でも夏休みは暇だから毎日でもいいんだけど。」

「そっか………。あっ、電車が来るみたいだぞ。」

話は途中だったけど、アナウンスが聞こえて俺たちは右へ左へと「またな!」と別れた。

ちなみに勇也にはピックの正体は明かしていない。

それはまた後で。


 一学期終業式。明日から夏休み。学校中が浮き足立ったムードに包まれ、それは俺たちも変わらない。

どうせ高校生になってから初めての夏休みは暇なまま過ごすもんだと疑わなかったのに、俺たちには『バンドを作る』という目標ができて、そのために時間を有効活用しようという話になった。

 駅の落とす影の下、まずは根本的な問題から解決しないとと俺は自動販売機で買ったコーラを開けた。

「まずは楽器そのものがないとな。」

今のところ楽器を持ってるのは椎名だけ。他は持ってない以前に触ったこともない。

「じゃあ、うち来れば?」

椎名は何も飲まずに壁にもたれる。

「し、椎名の部屋にか?!じょ、女子の部屋にか!?いいのか?!いいのでございますでしょうか?!」

俺と同じコーラを買った勇也は泡が吹き出すのに構わず椎名に詰め寄る。

「違うわよ。」

詰め寄る勇也を椎名は足で抑えながら睨みつけた。

「椎名の部屋に行ってもギターしかないからな。他の楽器あっても、あそこで音を出したら迷惑だろ。」

風邪をひいた椎名の見舞いをした時に見た部屋を思い出して言うと、椎名に足蹴にされた勇也はコーラの缶を握り潰しながら今度は俺に詰め寄ってきた。

「どーして雅之が椎名の部屋の事を………?」

「そんな事より、椎名が言う『うち』ってのはタカヤナギ楽器店の事だって。な?」

こぼれたコーラでベトベトの勇也が血走った(まなこ)で迫るのを回避して、汚物を見るような目で勇也を眺める椎名に話を振ってみた。

「当たり前じゃない。」

「だよな。」

そろそろ電車が来そうだなとコーラを飲み干し、改札に向かっていると神宮寺がパンッと手を合わせた。

「では、さっそく今からというのはいかがでしょうか?」

今から楽器を見にか。それはいいかも。

「今日バイトじゃないんだけど?」

椎名は迷惑そうな顔をしたが「それは残念だ。接客してる椎名を拝見したかったんだが?」と俺が言うと快く承諾してくれた。


 いつもは二手に分かれる三叉路を四人で右に進み、いつもは二人ずつ立っているホームに四人で立つ。

定刻通りに電車は到着。乗り込んだ電車で目指すは学校最寄り駅から五つ目。俺が住む街だ。

いつもは三つ目の駅で降りる勇也も、今日はそのまま降りずにいる。

しかも椎名と神宮寺だけど女子もいる。

「雅之どした?」

「いや、別に。」

線路に揺られながら、実は少しだけ嬉しくなっていた。

勇也みたいに露骨に『女友達』とか『彼女』とか欲しがったりはしない俺だけど、ここ最近は椎名と神宮寺だけど一応は女子と一緒にいる事が多い。

もしかしたら端から見ればリア充に見えてしまうのかも。

そう考え表情筋が弛んでいたのに勇也は気付いたようだ。

「なぁなぁなぁ。もしかして雅之も気付いたのか?」

「勇也もか?」

女二人に聞こえぬようコソコソと男二人で肩を組む。

「一ヶ月前まで俺『女友達プリーズ』とか叫んでなかったか?」

「叫んでたな。」

「でだ、今の俺たち、とりあえず女子と仲良くしてるよな?」

「とりあえず、な。」

「女友達できたと判断しても間違いはないよな?」

「そうだな。」

「椎名と神宮寺だけど、一応女子とつるんでるよな?」

「そうね。私と神宮寺()()()、ね。」

「ああ、一応女子には違いないな。」

「そうですわね。()()()()ですけれど?私たち。」

「いやぁ良かった!俺だけじゃなくて三人も同じ事をかんが。」

そこまできて俺と勇也は違和感を覚え声を合わせた。

「え?」「え?」

目的地の駅に電車が行儀よく停まると、開いたドアから椎名と神宮寺はツカツカと早足で出ていった。

その後ろを勇也と共に必死の弁解をしながら追いかけるが、俺たちには高嶺の花である女子二人は立ち止まってはくれなかった。

 見慣れた風景に安心感を感じるよりも椎名と神宮寺の後を追いかけるので精一杯。脇目も振らず歩けば商店街に入り、すぐにタカヤナギ楽器店に着いてしまう。

「いらっしゃい。あれ?椎名さん?」

店に入ると中年の男が出迎えてくれた。

中年。それは間違いないだろうけど、目の前にいるのは俺が『中年』という言葉からイメージしてきたものとは明らかに違った。

髪は白髪混じりだが、全体的に銀色に見える。その髪は長く、後頭部あたりで結われている。顔にはシワもあるがキリッとした目鼻立ちのお陰か目立たない。

カッコいい。

男から見ても素直にそう思ってしまう。いや、男だからこそ、こんな大人になりたいと思ってしまうのかもしれない。

そんな男性に椎名は気安く手のひらを見せる。

「あ、店長。こんちは。」

「こんにちは。今日は平日でお休みだよね?」

「もちろんよ。今日は楽器を見に来ただけよ。」

どうしても店長より椎名のほうが偉そうに見えて焦ってしまう。

「それはそれは、いらっしゃいませ。」

椎名の無礼さも大人の包容力で許せる店長さんに脱帽だ。

「私じゃないわよ。」

「ああ、お友達?」

ニコニコしながら椎名と後ろの俺たちに目を向けると改めて挨拶。俺たちは借りてきた猫のように固まって返事をする。

「ゆっくり見ていってくださいね。あと、分からない事や教えてほしい事があったら遠慮なくどうぞ。」

お、大人だ!店長さん、カッコ良すぎだ!!

「では、いきなりで失礼ですけれど、ベースはどこにございますか?」

まるで学校の時のように神宮寺が手を挙げる。

「ベースでございますか?それならば、こちらへ。」

そう言って店長さんは神宮寺をエスコートして、二人は店の奥へと歩みを進める。

「………お嬢様と執事………。」

「いい例えだな、勇也。では、俺たちは?」

それは椎名が代わりに答えてくれた。

「下僕ね。」

と。

 凹んだ気持ちを四角に戻して店内を見て回る。

いたるところ壁にはギターが掛けられ、足元にも椎名のギターみたいにスタンドで立たされている物がある。

様々な形、色々なカラー、細かく見るとパーツの付き方も違っていた。

全体を眺めながら、直感でカッコいいなと思ったギターの前で立ち止まり、付けられた値札に目を通す。

「一万八千円、か。」

「それ、十八万よ。」

いつの間にか俺の横にいた椎名が呆れて溜め息をついた。

「それにいきなりジャガーなんて有り得ないわ。」

「ボタンとか色々付いててカッコいいじゃないか。ジャガーっていうのか。名前もカッコいいな!」

そのギターには何に使うか分からないがボタンやツマミが付いていて、男子心をくすぐる魅力があった。

「そのボタンとか何に使うか分かってるならいいけど?」

「…………。」

俺の心を見透かしたかのような椎名の言葉。どうやらジャガーは俺には手がつけられない猛獣なのは分かった。

それからも俺が直感で良いと思ったギターは全て高価で、椎名から分相応ではないと言われる代物ばかりだった。

 一通り見たてみた結果、自分がどんなギターを買えばいいか分からなくなっただけ。

「勇也は何してんだ?」

あいつはドラム担当だからと、椎名にドラム関連のコーナーに連れていってもらう。

「…………。」

そんなに広くはない店内。すぐに勇也を発見できたが、何やら様子がおかしい。

いくつも重なるように並べられた金色の円盤。その一枚にある値札を見たまま硬直する勇也。

「どうしたんだよ?」

一体何事かと勇也の視線の先に自分も合わせ、そこに並んだ数字を読み上げてみた。

「四万九千八百円………。」

これ一枚で五万円?!

「あー、それアウトレットで展示品限りだから、お値打ちだよ。」

店長さんの優しい言葉が勇也にトドメをさしてしまった。

 タカヤナギ楽器店に来て痛感したのは『楽器は高い』という事と、そう感じてしまう自分たちが『一介の高校生ふぜい』だという現実だった。

 愕然とするだけの俺たち。その様子から察してくれた店長さんは、俺たち一人一人にアドバイスをしてくれた。

「ドラムはフルセット用意しなくてもいいよ。日本じゃなかなか叩ける家には住んではいないからね。」

今にも木っ端微塵に砕けそうな勇也を店長さんはドラムを叩く棒のコーナーに連れて行く。

「ドラムの前に自分に合うスティックを探す方がいいよ。」

そこから数本の棒―――スティックを取り出し、勇也の手に渡して振らせながらレクチャーは続いた。

「家で練習する時は机に座って、マンガ雑誌とかを重ねて叩いて練習。叩いた感じは本物とは違うけど、ドラムのパターンとか体で覚えないと本物を前にしても何もできないから。」

言いながら書籍コーナーから入門書とドラムパターン集を持ってきて、勇也に店内にあるドラムを使って試しにと勧めた。

「こ、こんな感じなのかぁ!」

初めてドラムセットの椅子に座ると、俺たちに見られて恥ずかしいのか、珍しく緊張した面持ちの勇也。

「足元にペダルがあるよね?踏んでみて。」

店長さんに言われた通りに勇也がすると、聞いた事のあるドッという低い音がした。

「おお!鳴った!」

「この入門書を読みながら、一つ一つ鳴らしてみてごらん。」

その後も勇也は店長さんに言われた通りに渡された入門書を広げ、それを見てはスティックを振った。

 ぎこちないドラムを聞きながら次に店長さんは神宮寺にベースの説明をしてくれた。

もちろん神宮寺にも試しにとベースを構えさせる。

おっかなびっくりで神宮寺がギターよりも太い弦を弾くと、重低音が店内に響き渡った。

「こんな音がするのですね!」

初めて弾いたベースの音に目を丸くさせた神宮寺。

「ベースは目立たないと思われがちだけど、音楽の土台を支える重要なパートなのですよ。ベースが間違うと曲が音楽として成り立たなくなるくらいに。イメージとしては“縁の下の力持ち”と考えてください。」

あれ?それって椎名の説明と一緒じゃ?

「…………常識よ。」

椎名は俺の視線に合わせようとしない。どうやら店長さんの受け売りだったみたいだな。

 こうして俺たちは自分が担当するパートの楽器に生まれて初めて触れ、実際に音を出す事ができた。

勇也はスティックと見ていた入門書、ドラムパターン集を買った。

神宮寺は借りて鳴らした二万円の入門用ベースをキープ。

「バンドやってるって気がしてきたな!」

カバンから突き出したスティックを何度も見ながらニヤニヤする。

「ベース買ったら毎日練習しますわ!」

神宮寺のテンションも下がりそうにない。

「まだ一曲もないんだから浮かれないでよね。」

辛辣な言葉だけど、椎名の声には嬉しさが隠れていた。

 駅まで戻り、また電車に乗る三人を見送ってから俺は自転車で自宅へ向かった。

全力でペダルを踏みながら、ふと思い出し笑いをしてしまう。

 それは神宮寺が店長さんにレクチャーを受けている最中。

「俺は近所だから試し弾きはいいや。」

神宮寺を見守りながら椎名に話すと「ピックくらい買いなさいよ」と言われてしまった。

それではと椎名に案内され、たくさんのピックが入ったケースを眺める。

「色んな形があるんだな。」

ケースの中はカラフルで、よく見れば色だけじゃなく形も微妙に違っていた。

「オニギリ型とティアドロップ型が基本ね。ピックもドラムスティックと同じで自分に合うのを探さなきゃ。」

「そうなんだ。」

「あと、あんたSがいい?それともM?」

「はあ?!」

いきなり話があらぬ方向に舵を取った。

「私としてはMがいいと思うけど?」

おいおい!一体何のカミングアウトだ?!

「ま、まぁ椎名はSっぽいしな。」

「そうよ?私はSに決まってんじゃない。」

決まってんのかよ?!

「じゃあ………はい、これ。」

まさか手錠でもかけられるんじゃないかと内心かなりビビりつつ手を出すと、椎名はピックを一枚置いた。

「………何これ?」

「何ってピックよ。オニギリ型のM。」

確かに形はオニギリみたいだ。

「Mってのは?」

「ピックには固さがあって、Mはミディアム。あとソフトとハードもあるけど、まずは中間で試してみてよ?」

ソフトとハードというキーワードにも変な想像をしてしまいそうになった自分に反省。

「私はM以上だと弾きにくいのよね。だからSMHのSなの。」

そうか。椎名は『えすえむえっち』のえすなのか。

って、いやいやいや!さっきの反省はどこいった!

「も、持ち方とかってあるのか?」

どうにかしてアルファベットから離脱しなければと俺は話題を変えてみた。

「あるわよ。」

全く俺の思考に気付かなくて助かった。

 椎名も同じピックを一枚摘まみ、親指と人差し指で器用に持つ。

「指をオッケーみたいにして、ちょっとズラして、人差し指に乗せて親指で抑える感じ。」

「こ、こうか?」

言われたようにしたいが要領が掴めない。

「こう。」

そんな俺を見かねて椎名は俺の指に手を出して教えてくれた。

「………ぁ。」

かと思いきや急に手を放して後ろに回し、ピックは床へと落ちてしまった。

「どうしたんだよ?」

「別に。」

落ちたピックを拾い上げ、何回か持つ練習をするとそれっぽくなってきた。

「これ買っておこうかな。」

「そ、そう。じゃあ、こっち来て。」

いそいそと椎名はレジのあるカウンターの向こうに立ち俺に手招きをする。

「いいのか?勝手に触っても。」

「いいのよ。むしろタダ働きしてんだから。」

うん。確かに。物は言いようだな。

「お支払は現金でしょうか?」

妙に納得してると椎名が訊ねてきた。

「あ?ああ。」

「では、お会計百十円となります。」

カウンター越しになった途端、椎名が椎名じゃないように思えてきた。

「はい、百円……と、十円、と。」

財布から硬貨を出して渡し、それを確認してレジを打つと「ありがとうございました」と笑顔を浮かべる。

「接客………できるんだな。」

「う、うっさい!」

照れ隠しに睨む椎名。さっきの笑顔でいてくれたいいのにと笑うと、公共()の場では公表できない類いの罵倒を浴びせられた。

 思い出し笑いをしているうちに自宅に着き、俺は自分の部屋に荷物を置いてポケットからピックを取り出した。

「よりによってピンクって。」

オニギリの形をしたピックは鮮やかなピンク色。それを椎名に教えられたように持って、ありもしないギターをジャーンと弾いてみる。

そうすると勇也が言ったように、なんだかバンドをしている気分になった。

「ギター、どうすっかな。」

今みたいにエアギターをしていくわけにはいかない。

何とかして本物のギターを買わないと。

貯金をはたいてといきたいけど、その貯金が俺にはない。

エアギターしながら金の工面を考える。考えながら部屋の真ん中でグルグルと回る。

「ジー………。」

「どわあっ!」

グルグル回る俺をドアをわずかに開いて覗き込む不穏な影。

「何してんだよ!姉貴!!」

「それはこっちのセリフよ。」

出たな妖怪・半裸女!

いつもの事ながらノックくらいしろ!

「どうでもいいけど、ご飯なんだから早く下に来なさいよね。」

「わ、分かったよ!」

ピンクのピックを持ってエアギターしながら部屋の真ん中でグルグル回る姿を見られてしまい非常に気まずいけど、ひもじいと泣く腹の虫が可哀想だから俺は食卓に行く事にした。

机に置いたままの割れたCDケースとピックを並べてから。


「あっ。勇也にピックが何か教えるの忘れてた。」

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