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椎名はパンク☆ロッカー  作者: 金子大輔
6/10

雨に煙る街

 ジメジメとした梅雨の空気にシャツが肌に貼り付いてくる。

通学路。まだ雨こそ降ってないものの、その不快感に勝てる者などなく、どの足取りも一様に重い。

「ぃっよー!」

「…………。」

前言撤回させてもらおう。勇也には天気など関係ないみたいだ。

「お!神宮寺と椎名じゃん!」

「おはようございます。」

「………ちす。」

あまりに元気な勇也に呆れていると、そんな俺に構わず後ろから来る二人に大きく手を振る。

「梅雨に入ったらキツイよな?」

念のために二人に聞いてみると「ええ」「そうね」と返事がして安心した。

衣替えは済んだとしても、この湿度の高さはこたえる。

「だよなぁ。」

うんうんと相槌を勇也も打つが、多分みんな心の中で呆れてるに違いない。

「今日は雨も降りそうで嫌な天気ですわね。」

恨めしそうに神宮寺が見上げた空は曇天。合わせて見上げ、家に帰るまでは降らない事を祈った。

 どうやら神様には厚い雲のせいで祈りは通じなかったらしい。

二時限の途中から窓を叩く雨。教室に落胆の息が溢れる。

「あー傘持ってくりゃよかった。」

有り得ない声に先生も含めた視線が一斉に俺に注ぐ。

「い、今の俺じゃない俺じゃない!」

こんな季節だ。ちゃんと折りたたみ傘は鞄の中に入れてある。

「一か八か賭けてみたけど、やっぱ降ってきたなぁ。」

間抜けな声は、すぐ後ろからしてくる。

すぐ後ろ。そこには窓の外を眺める勇也。

「おまえ、傘持って来てないのかよ?」

「ああ。参ったな、こりゃ。あははは!」

そう笑う勇也を見て教室にドッと笑いが起こり、それを先生は笑いながら止めに入る。

わざとなのか天然なのか。勇也は不思議な奴だ。本当に不思議な奴。

きっと中学生の時も今と変わらず教室中を笑いに包んでいたんだろうな。

半ば呆れつつも、半ば羨ましい気持ちがした。

 お決まりの昼休み。椎名の席に集まり弁当を広げての昼食。もう毎日の事だから椎名から文句の言葉もなくなった。

「バンドの話なんだけどさ。」

そう、この頃の俺たちの話題はバンドについてだ。

 あの日、俺から持ちかけたバンド結成の話。すぐに勇也に連絡して二の返事でOK。それは予想していたから問題は神宮寺だった。

元々は気が弱い内気な性格の神宮寺が何も考えてない勇也のように二の返事でOKと即答するとは思えず、どうやって説得して引き込もうかと考えていた。

が、その日のうちに勇也から『神宮寺OKとのこと』という連絡が来て驚いた。

聞けば一緒にカラオケ行った時に連絡先を交換したから聞いてみた、とのこと。

ちなみに一味―――もうこの呼び方はやめて『三人衆』としよう―――とも連絡先を交換したらしい。

 俺は勇也としか交換していないというのにだ。

 それはともかく、神宮寺も乗り気で助かった。

「んで、考えたらバンドするっていっても何も分からないんだけど?」

弁当を口に掻き込みながら勇也が根本的問題を持ち出す。

「まずはパート決めね。」

パンをかじりながら椎名が言うと、神宮寺が困り果てた顔をする。

「校則でアルバイトやパートは禁止されてますから………。」

「いや、神宮寺、多分その『パート』じゃないと思うよ?」

「?」

もしかしてだが、神宮寺も勇也とは別ジャンルで負けず劣らずの天然なんじゃないだろうか。

「ボーカルは私だから。」

神宮寺の渾身のボケを完全スルーして椎名はキッパリと自己主張だけ刻み込む。

「じゃあ後はギター、ベース、ドラムか………。」

残されたパートを口にすると勇也が手を上げて質問してきた。

「はいはーい!ギターとドラムは分かるけど、ベースって何?」

とても良い質問ですね。勇也君。

「ベースってのはアレだよ。」

「アレ?」

「うん。アレ。あー、ギターと似てるやつ。」

………以上。説明終了。

「はぁ………あのね、ベースはギターと似てるけど役割は全然違うの。」

俺のていたらくを見かねて椎名が説明を買って出てくれる。

「簡単に言ったらベースは『ノリ』とか『グルーヴ』を生み出す楽器よ。音としては低音。曲の根底、ベースを作るからベースってとこね。」

なるほど!知らなかった。

「わ、分からん………!」

椎名が今までで一番長く詳しく話してくれたのに、勇也は混乱しただけ。

それに比べて神宮寺は椎名の言葉を理解できたみたいだ。

「曲の根底、ベースを作る。縁の下の力持ちって感じかしら?」

「ニュアンス的には合ってるわ。」

「では私はベースがいいと思います。」

というわけで神宮寺はベースに決定。

「ギターかドラムか………雅之はどうすんだよ?」

そう勇也に振られて困ってしまう。俺から持ちかけた話なのに、自分がどの楽器をやるかなんて考えていなかった。

「ギターかドラムか………だ。ここは言った者勝ちで早い者勝ちで。」

「俺ドラム!」

というわけで勇也はドラムに決定。

「ギターはチマチマしてて難しそうだし、ドラムは叩けば音鳴るだろうし。」

選んだ理由が安直。だけどそれも勇也らしいと思えば納得できる。

「それじゃ俺はギターか。」

エアギターでジャーンと鳴らしていると椎名が眉をひそめて首を傾げた。

「ギターなら私が弾くけど?」

…………はい?

いや、椎名はボーカルだろ?

「確かに椎名さんギター弾きながら歌ってましたよね?」

神宮寺が顎に人差し指をあてがいながら思い出す。

いやいや、いや、確かに職員室でも教室でもそうだったけど!

「じゃあ他の楽器は?ピアノとか。」

そうだ!勇也よ!他にもキーボードとかあるじゃないか!ピアノはないだろうけど。

「そんなのパンクにはいらないから。」

「そうなんだ。じゃあ雅之は…………。」

「余っちゃいましたわね。」

言い出しっぺが、まさかのベンチ入りか?!

頭を抱えていると脳天にクスッと小さく笑うのが聞こえ、見上げるように前を見ると椎名が笑っていた。

「冗談よ。ギターは二人。歌いながら私がリズムギター弾くから、雅之はメロディとか弾くリードギターよ。」

これはしてやられた。椎名が冗談を言うとは思っていなかった。

「文句ある?」

「いいや。はぁ~仕方ないからギターにするよ。」

「仕方ないって何よ。」

「別に。」

むくれる椎名に弁当を差し出すと彼女は卵焼きを摘まみ、それだくで膨らんだ頬はしぼんでいった。

 これでパートは決まった。が、椎名はともかく俺たち三人はズブの素人。演奏した事のある楽器なんて鍵盤ハーモニカやリコーダーくらいなもの。

「まずは情報収集だな~?ドラム、ドラムっと。」

弁当箱を包み勇也はスマホを慣れた手つきで画面をタップする。

それを見て俺も神宮寺も自分の扱う楽器を検索。

「………あっ、そうだ。みんな連絡先を交換しておかないと。」

ギターを検索するのは一旦保留。俺はまだ椎名と神宮寺と連絡先の交換をしていない事を思い出した。

「そうですわね。」

神宮寺もベースを検索するのをストップしてラインの画面を出し、俺と友達に。

「椎名さんも、よ、宜しくお願い致します!」

男子の俺とは平然と交換したのに神宮寺は顔を赤らめ緊張しながらスマホを差し出す。

「無理。」

卵焼き効果で一度トロけた椎名の表情は元の愛想のない仏頂面に戻っていた。

「む、無理っ?!それは、わ、私が女だからダメですの?!」

多分だけど『女だから』じゃないと思うよ?神宮寺。

「これからバンドやるなら連絡先交換した方がいいし、グループ作ったら便利だぞ?」

「そんなの私には無理。」

ごく一般的な提案を俺はしたつもりだが、椎名は間髪入れずに無理と口にしてしまう。

 幾度となく言葉を変えて椎名に連絡先の交換をと提案したが、一体何を意固地になっているのか、彼女は首を縦にはしなかった。

「バンドとかなくても友達なら交換するもんだろ?」

初めは普段と変わらない口調だったのが、段々と語気が荒くなっているのは自分でも分かってる。

「私はほっといて三人でやれば?」

それは俺だけではなく椎名も同じだ。

「それじゃ意味ないだろ!」

「意味なんていらないわよ!」

二人同時に机を叩き立ち上がり、先手を取った椎名は下を指差す。

「話をするなら学校(ここ)でしたらいいじゃない!」

「家に帰ってからとか休みの日に連絡する事もあるだろ!」

「それなら三人で話をまとめて学校(ここ)で私に言えばいいじゃない!」

「連絡先を交換したらそんな面倒な事しなくて済むだろ!」

「面倒?じゃあ今まで学校(ここ)で話してたのも面倒だって言うの?!」

「だーかーらー!!そうじゃない!」

「連絡先の交換とかしたいなら三人で勝手にしたらいいじゃない!私は無理!!」

「それじゃ意味ないんだよ!椎名と交換できなきゃ意味ないんだよ!!俺はオマエと交換したいんだよ!!!」

「!?」

…………あれ?反撃の言葉がない?

それに辺りがシーンと静まり返ってるぞ。

「雅之カミングアウト。」

ポンポンと勇也に肩を叩かれても状況が一変した理由が分からない。

「ねぇ椎名さん?どうして連絡先を交換するのが嫌なんですの?」

机を挟んだ前で神宮寺が椎名の肩に手を置き優しく語りかける。

「い、嫌だなんて、言ってないわ。」

横を向いた椎名。その髪から覗く耳が赤い。

「それなら、どうして私たちと連絡先を交換するのは無理ですの?」

「…………。」

何かを躊躇(ためら)う椎名だったが、しばらくして机の上をそっと指差した。

「…………それ、私………持ってない。」

そう指差したのは机の上に置きっぱなしにしていた俺のスマホ。

椎名はスマホを持ってない。だから連絡先を交換するのは無理。そう言いたかったのか。

それなのに俺は連絡先の拒否されたと勘違いしてしまった。

下を向く横顔にかける言葉がみつからない。

そんな俺に勇也でさえ溜め息をつくだけだった。

 椎名のカミングアウトでザワザワとする教室。その中には「今時マジかよ?」「スマホなくて生きていける?」など、失笑と侮蔑の言葉が混ざる。

その言葉は勇也にも神宮寺にも、そして椎名にも聞こえてるはず。

押し黙る他ない俺たち。

グルグルと頭の中で気持ちが迷走する。

もし椎名が素直に小さな声でスマホを持ってない事を俺たちに言っていたら、こんな事にはならなかったんじゃ?

………いいや、椎名が素直に言うわけがない。椎名ってそういう奴だ。

そんな奴だって知ってたのに、知ってたなら、俺は上手く聞き出せていたはずなのに。

「…………。」

ざわめく教室。

重なった言葉の中にはガラスの破片。

それが椎名に降り注ぎ、突き刺さる。

その痛みに耐える椎名の表情は髪で見えない。

見えないけど、きっと誰にも見られたくない顔をしているのは分かる。

「…………さすがだ。こりゃ参ったよ。あはははは!」

ポツリ、ポツリと、俺の口から言葉が(こぼ)れ、やがて俺は笑い声を上げてしまった。

「ちょ、ちょっ!雅之どしたーっ!?」

豹変した俺に一番驚いたのは勇也だった。

「ご、ご乱心じゃー、雅之殿、ご乱心ー!!」

「まさかそこまでパンクに徹底してるとはな!」

あたふたする勇也は放置して俺は椎名の頭をグシャグシャにしてやった。

「な、な?な?!な!?」

「今時だとか、流行りだとか、そんなのには乗らない。そんなもんに踊らされない。だからスマホなんていらない。まさにパンク!それでこそ椎名だな!!」

俺にグシャグシャにされた髪のまま、俺の言ってる事に目を丸くさせている椎名にアイコンタクトを求めてみる。

「だって、椎名、は?」

「私、は………?」

「椎名は?」

「私は………!」

ダンッ!

椎名は片足で椅子を踏みつけ大きな音を響かせると、それまで教室を包んでいたざわめきが一瞬たじろぐ。

その一瞬を椎名は見逃さない。

「そうよ私は椎名灯!パンクロッカーよ!!」

そう言いながら中指を立てる。

できれば下品だからやめてほしいんだけど、今は大目に見よう。

「みんなしてスマホスマホってうっさいのよ!今時マジかって?マジだよっ!スマホなくて生きていける?生きていけて当たり前よ!そんなもんなけりゃ生きていけないなら死んでんのと同じよ!ボケがっ!!」

あー………そのボケってのもやめてくれ。

「でも~スマホないと連絡先交換できないから友達できなくない?」

啖呵を切る椎名にも聞こえる誰かの声。

それに答えたのは椎名ではなく勇也だった。

「それっておかしくね?俺たち椎名と連絡先交換してなくて友達なんだけど?」

さらりと自然な勇也の言葉に反論する者はいなかった。

「だよな。なんせ俺なんか今の今まで連絡先を聞くの忘れたしな。」

勇也と肩を組み笑い合う。

「それ以前に雅之は人の顔と名前を覚えらんないし!」

「そうそう!」

こうなればこっちのペース。周囲からは「そっちの方が人としてヤバい!」「マジありえねー!」などなどの声と共に笑いが起きる。

「そんな雅之に問題でーす!私の名前をフルネームで~どうぞ!」

「いやぁ、それはさすがに答えは決まってるだろ~!」

入学式の日から友達になった勇也。

今まで通学路でも学校でもふざけ合って過ごした仲だ。

だから俺は胸を張って言い放った。

「知らない。」


 なんとか昼休みは話の矛先を椎名から俺に反らす事に成功。その後になって分かったのが、椎名の同じようにスマホを持ってない生徒が数人いたという事実。

それでもガラケーなら持っているというのがほとんどで、どちらも持ってないのは椎名だけだったが、誰もそれを笑ったりはしなかった。

「まさかだよな~。」

そして放課後、昇降口で四人並んで降り続く雨を眺める。

「ですわね。」

勇也に同感と神宮寺が溜め息。

止む気配のない雨を前にして立ち尽くす俺たち。

「悪かったわね。」

椎名が唇を尖らせる。

「まさか椎名も傘を持って来てないとは………。」

話に出ている『まさか』とは、昼休みで俺が勇也のフルネームを知らなかったという話ではない。

勇也は自分のフルネームを知らなかったくらいで怒る奴じゃないし、笑いが取れてご満悦だった。

「どうしましょうか?」

ここにあるのは俺と神宮寺の傘二本。

「とりあえず駅までだから、俺は勇也と、神宮寺は椎名とでいいんじゃないか?」

「ま、雅之と相合い傘なんて、僕、恥ずかしい!ポッ。」

なんか久しぶりだな。

モジモジとする勇也に合わせてやるかと美少年モードに突入。キラキラした風が俺と勇也を包み込んでいく。

「わわわ私だって椎名さんと相合い傘だなんて恥ずかしいですわ!」

「はい?」

キラキラした風が吹き飛ばされ神宮寺が軟体動物のごときしなりを見せた。

「何やってのよ。私行くから。」

ずっと白い目で見ていた椎名が痺れを切らせて雨の中へと駆け出してしまった。

「待てって!」

急いで折り畳み傘を開いて後を追いかけた。

 パンクロッカーという生き物って、本当どんだけワイルドなんだ。

全速力で走る小さな背中。

そのスピードは思いのほか早い。

「しっかたないなっ!」

手にしていた傘を畳み、俺も全速力で走ってみた。

雨は容赦なく全身を濡らすけど、嫌な気分じゃない。

椎名に追いつき、追い抜き、ビショ濡れでビショ濡れの彼女に傘を広げて見せる。

「バカね。」

「お互いな。」

二人揃ってしこたま濡れているというのに、同じ傘の下、駅までの道を辿った。

 駅のホーム。そこから望む雨に煙る街。

そこに傘を忘れた人もいれば、スマホを持たずに生活をしている人もいる。

中には傘を持っているのにビショ濡れの奴もいる。

もしかするとビショ濡れで相合い傘をしている、そんな俺と椎名みたいな二人もいるかもしれない。

「みんな違ってるから面白いんだよな?」

向かいのホームで神宮寺にハンカチで拭かれている椎名に語りかけて、首を傾げる姿が入ってきた電車に遮られた。


 PS 傘を忘れてズブ濡れで駅までやってきた。そんな人もいる。

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