やりたいんじゃないのか?
そろそろ中間テストの事を考えなくてはと思いつつ、ベッドに転がりスマホでゲーム三昧。
指先を動かしつつも頭を過るのは、先日の下校時に椎名にたいしての失言。
『駅で言おうとしたのって、ガトリングスの事でしょ?』
次の日いつものように無愛想な口調で椎名は言ってくれて助かった。
が、口調とは裏腹に赤い顔で『ガトリングスなら知ってるわよガトリングスなら』と言われたら、こっちだって意識してしまい、微妙な空気は払拭されないままとなってしまった。
そんな状態で週末。勇也からはラインで喧嘩したのかと根掘り葉掘り聞かれたが、上手く説明できる自信のない俺は適当に誤魔化すしかなった。
スマホ片手にベッドでゴロゴロしていると、外から単車のエンジン音が聞こえ、うちの前で消えた。
姉貴が帰ってきたようだ。
「我が弟よー!社会的反抗系青春しとるかねー!!」
さっき単車のエンジンを切ったなと思ったところなのに、姉貴がノックもせずに現れた。
「入る時はノックしろっ!てか何で半裸なんだよっ!!」
少し発言を改めさせていただこう。さっき単車のエンジンを切ったなと思ったところなのに、姉貴がノックもせずに下着姿で現れた。
「それに『社会的反抗系青春』って何だよ!」
「にゃははー☆それすなわち思春期ってやつさね!」
いや、下着一丁でビシッと親指を立てられても。
そんな姉貴の様子に一抹の不安。まさかとは思いつつ問い詰めてみた。
「あのさ姉貴。正直に答えてくれ………もしかして、呑んでる?」
「旦那ぁ。あたしゃ飲酒運転なんざぁしてやしませんぜ?」
「そうか。じゃあ病気だ。仕方ない。」
呑んでると言われた方が納得できたんだがとゲームに気持ちをシフト。
もう自分の相手はしてくれないと察した姉貴は、縦横無尽に俺のスマホを覗こうとしながら訊ねてきた。
「それ、妄想系官能的青春?」
また意味不明な漢文を………。
「はいはい。それすなわち?」
ここは適当にあしらえばいいか。
「エロゲー。」
「しとらんわっ!!」
「ビバ☆思春期っ!」
だから下着一丁で親指をビシッと立てるな!
だいたい椎名にたいして失言したのも、姉貴が余計な入れ知恵をしてくれたせいだ。
「いいから出ていけよ!ついでに服も着ろ!」
「へいへい。かべかべ。ウォール、ウォール~!」
くだらないダジャレを言いながら背を向けた姉貴だったが、ふと机の上を指差して立ち止まった。
「これ、どうしたのよ?」
「えー?ああ、それ?」
そこには傷だらけのCD、粉々のケース、グシャグシャのジャケット。
「この前アワレコで買ったやつよね?」
「違う違う。」
あれは椎名のだ。
もう使い物にはならないのは分かってるんだけど、どうも捨てる気にもなれなくて、とりあえずと机の上に置いておいたもの。
「どうしたらこんな風になるのよ?」
「ん………それは――――。」
そのまま話の流れで俺は学校での一件を姉貴に話す事になった。
姉貴は床に胡座をかき、腕組みをして真剣に俺の話に耳を傾け、一通り聞いた後もしばらく考えてくれた。
「それってさ、やっぱ『一味』の子らじゃないの?」
への字口で眉間にシワを寄せて鼻息で姉貴は言うが、そうと思っても一味の言うように証拠がないのも事実。
「証拠という言葉を使えば相手を丸め込めるっていう図に乗った考えがムカつく!」
床を踏み鳴らし立ち上がると、姉貴はゴキゴキと指の関節を鳴らして闘気をみなぎらせる。
「それならこっちも証拠が残らないようにボディに………。」
「いやいや、暴力はマズいって。」
「雅之!あんた男でしょ!相手は女子じゃない!男なら暗い夜道で襲いかかって誰もいない公園に引きずり込んで、無理矢理あんな事やこんな事してやんなさいよ!」
「あんた弟を犯罪者にしたいのか!!」
卑猥な姉貴の闘気を吹き消して、俺は机の上に散らばった破片を眺めてみた。
「やり返すとか、そういうのは考えてないから。」
「そ?」
「うん。」
もちろん椎名のCDをこんな風にしたのは腹が立つ。やったのも姉貴が言うように一味だろうし、それをやっていない神宮寺のせいにしたのも許せない。
だけど、やり返すっていうのは違うと思う。
「けどね、雅之。こういう事するの黙認するのは反対よ。認めちゃったらダメ。大切なのは『気付かせる事』じゃない?」
真剣な眼差しで一緒に机の上を眺め、確かにと思った。
「だから暗い夜道で襲って誰もいない公園で嫌がる女子の体を………。」
「それだけはせんから。」
部屋を出ようとするのを軽蔑の眼差しで見送ると、姉貴は手を振りながら「あんたが犯罪者になったら私が逮捕してあげるからね~♪」と笑ってドアの向こうへ消えた。
そのドアを閉める間際、腕だけ入れて「それ捨てたりしたらダメよ?」と机の上を指差して。
家では下着姿。くだらないダジャレを言い、卑猥な発想と発言を繰り返す我が家の問題児。
「あんなのが警察官になれる日本って大丈夫か………?」
げんなりしながらも、プラスチックの破片を一つ摘まんで『気付かせる事』という姉貴の言葉について考えてみる事にした。
トボトボと月曜日の通学路を行けば、当たり前のように勇也が肩を元気に叩く。
「いっよぉ~!」
「あーおはようさん。」
勇也って月曜から金曜までテンション変わらないよな。
「どうした?元気ねーけど。」
「単なる寝不足。」
ただでさえ月曜は憂鬱だというのに、昨晩は色々と考えていて結局一睡もできなかった。
「ちょっとさ、考え事してて。」
「椎名の事か?」
「なんでそうなる………。」
当たらずとも遠からずだが。
姉貴に言われて俺は『いかにすれば一味に自分たちの行いが間違っていると気付かせられるか』をテーマに考えていた。
『君たちがやったんだろ!謝れ!』
なんて言っても、また証拠だの何だの言われるだけ。
『誰にも言わないから、正直に話してよ?』
と言って素直に言うわけがない。
『なんなら体の方に聞いてやろうか?体は正直だぞ?ぐへへへへ………』
…………全力で却下。
結局、何一つ良い案など出ずに窓の外は明るくなった。
あくびを何度もしながら教室へ。今日一日、自分がもつかが心配だ。
「どうしたのですか?」
グッタリとしていると神宮寺の声が聞こえたが、答える気になれない。
「一晩中こいつ考え事してて寝てねーんだとさ!」
「考え事ですか。」
「そ!考え事するなら休みの前の日にすりゃいいのにな?」
う………勇也のくせに正論ではないか。
「ですわね。まったくですわ。」
丁寧で上品に言われると惨めな気持ちになるのはなぜだろう。
机に突っ伏して意気投合する二人をよそに椎名を見ると、今日もまた飽きもせずに窓の外を眺めていた。
「やっぱ椎名の事を考えてたんだろ?」
「だから違うって………。」
そのままチャイムが鳴り、睡魔と戦う長い一日が始まった。
今日の昼休みも椎名の机に弁当を強制的に並べ、みんな揃って食事と洒落こむ。
俺としては気まずさはあるにはあるが、神宮寺も加わり賑やかになった空気に逆らうつもりはない。
「軽音部を作ろうとして職員室に?」
先々週、椎名が職員室に乱入した話は校内で知らぬ者はいない。それでもなぜ椎名がそんな暴挙に出たのか、その理由を知る者は少ない。その旨を神宮寺に訪ねられ、どうせ椎名は語らないだろうと俺が説明してみた。
俺が事のあらましを語り終えると椎名はそっぽを向いてしまった。
「別に私は軽音部が作りたかったんじゃないわ。」
拗ねる子供みたいに唇を尖らせても軽音部を作りたかったのは変わらない。
「ねぇねぇ?あの人たち、どうして仲良くできるの~?」
椎名に苦笑いする俺たちに教室の角から声が聞こえてきた。
「本当よね~?」
「あんな事した神宮寺さんを許してあげるなんてね~?」
わざと聞こえるように大きな声で言うのは、もちろん一味の女子たち。
「…………。」
押し黙った神宮寺に追い討ちのように一味は笑いながら話を続ける。
「睨んだり物を壊したのに、許されたら仲良くご飯?」
「有り得なーい!」
「てか、恥ずかしいんだけどー!」
こいつら一体何が楽しいんだ?
下を向く神宮寺を見ていると胸の奥底が熱くなる。
しかし、昨日徹夜で『過ちを気付かせる方法』を考えても何も思いつかなかった。
胸の熱さの中に情けない気持ちも混ざり食いしばっている俺に一味の声が突き刺さる。
「でもさ、まさか神宮寺が椎名とオナ中だったなんてね。」
「しかも睨んでるんじゃなくて憧れの視線だったって。」
「ストーカーよ、ストーカー!マジヤバっ!」
「神宮寺も椎名も本当マジでキモいんだけど~!」
そして笑い声。
何だ?話が急展開してないか?
さすがにこれは単なる悪口だ。リアルタイム。怒りに身を任せてもいい。
そう思い一味を睨みつけると、目を丸くして立つ一味がいた。
「でもでも、ちょーっとやり過ぎたかも?」
話し声は続くが一味の誰の口も動いていない。
「そう?」
声は顔を引きつらせる一味からじゃない。
「そうよ。大丈夫だって。」
それは俺の近くからしていた。
「私たちがCDバッキバキにした証拠なんてないんだもん。」
声のする方を見ると、椎名が窓の外を長めながら何かをみんなに見せていた。
「はい。これが証拠。」
その手には銀色の機械。一味の声は、その機械からしていた。
「な、何よ、それ!」
「知らないの?ICレコーダー。」
ICレコーダー?テレビとかでリポーターが使ってるのを見た事がある。しかし、どうして椎名が持ってるんだ?
いやいや、それより今は聞いた会話の事だ。
「いつの間に録音したのよ!」
「この前。朝、トイレで。自分たちが話してんだから覚えてなさいよ。」
小馬鹿にするように鼻で笑い、背中を向けたまま椎名は中指を立てた。
「ト、トイレで録音とか、やってる事が変質者レベルなんですけど~?」
もうそろそろ非を認めてもいいだろうに、一味はそれでも抵抗の意思を示して床を鳴らした。
「そうよそうよ!学校の女子トイレで録音とか変よ!」
「あんたら男子のどっちかが頼んだとかじゃないの?変態!」
一心不乱に話をはぐらかす一味の姿に、俺は少し寒気を感じて仕方なかった。
俺たちと一味との間に一呼吸の沈黙。
「あのさぁ、俺、ちょっと思ったんだけどさ?」
それを破って口を開いたのは意外にも勇也だった。
「な、何よ?セクハラ王が。」
ありったけの嫌味のつもりだったようだが勇也は苦笑いで済ませ、席を立ち、一味に近づいていく。
「ちょっと、寄ってこないでよ………。」
「ぼ、暴力……反対!」
「やだっ!殴ったりしないでっ!」
完全に怯えきった一味。その前まで来ると勇也の手が動いた。
「ひぃっ!!」
一味は揃って目をきつく閉じ体を固くさせる。
「ゆ、勇也君!ダメよ!!」
ただならぬ様子に神宮寺が飛び出した。
「ん~、やっぱ、みんな可愛いじゃん。」
飛び出した神宮寺は勇也のセリフに力が抜けたのか転んでしまった。
「は、は、はあ?」
久しぶりに美人一味は息を合わせて一点をみつめた。
「いやぁ、前々から思ってたんだよな~!」
「ま、前から思ってたって、それ、その、私たちが?」
「ああ!みんな可愛いなってさ!」
明るく笑う勇也に毒気を抜かれる美人一味。
「か、可愛いとか、言われても、ねえ?」
「セクハラ王のくせに………。」
「く、草、生える~♪」
悪態をつく声には悪意の欠片もない。肩を並べてモジモジする姿は普通の女子。
「だからさぁ、そんなに可愛いのに嫌がらせとかしたら、色々もったいなくね?って。いやいやいや、もったいないって!」
「そ、そう?そうかな?」
「ああ。マジで可愛いのに、それを台無しにするとか有り得なくない?」
一体何回『可愛い』を言うのか。
「ねぇ。アイツってバカなの?」
一度たりとも一味の方を向かずの椎名は俺に訊ねる。
「聞いてのとおりさ。」
ICレコーダーをしまいながら椎名は溜め息をつく。
「じゃあ、仕方ないわね。」
「ああ。仕方ない仕方ない。」
溜め息をついた口元が少し重力に逆らうのを見て、俺も同じようにしてみた。
勇也のお陰で一味は神宮寺と椎名に頭を下げてくれた。
神宮寺は笑顔で、椎名は仏頂面で許すとゴタゴタは一件落着となった。
放課後になり、さて帰ろうかと勇也に声をかけると両手を合わせて「今からカラオケ」と後ろで待つ一味を指差す。
今回は勇也のお手柄。分かったと返事をすると勇也と一緒に手を振る。
「神宮寺も?」
「ええ。仲直りパーティーだって、勇也君が。」
それなら俺と椎名も誘うべきだ。が、椎名を見て『行くわけないし』と言われる未来が見えて二人に手を振ってしまった。
固まって教室から勇也たちがいなくなり、椎名は未だ窓の外を眺めている。
みんながいる時は平然としていられるけど、こうして二人きりになると気まずさが甦ってくる。
「あんたもカラオケ行けばよかったのに。」
どう声をかけようかと迷っていると、椎名は溜め息で立ち上がり俺を睨んだ。
「ま、どういうわけか誘われなかった者同士、一緒に帰ろうではありませんか。」
「別にいいけど。」
仕方ないなという雰囲気で椎名は立ち上がり、今日は二人で下校する事となった。
歩きながら話す内容は当然今回の出来事。しかし話すのは俺ばかりで椎名は適当な相槌を打つばかり。
「…………。」
「…………。」
それでは駅まで話がもつわけがない。
道も半ば、俺は昨晩考えていたもう一つの事を話す事にした。
「あのさ、椎名。」
「何よ。」
「椎名は、やりたいんじゃないのか?」
「!?」
ピクッと肩が小さく動き、椎名はうつむく。
「本当は………やりたいんだろ?」
「だ、誰が、そんな………。」
動揺しているのが手に取るように分かる。
「今までに経験は?」
「あるわけ、ないし。」
ついには立ち止まり、両手でスカートの裾を握る。
「じゃあ、やってみないか?」
「!!そ、そんなに簡単に言わないでよ………。」
確かに金もない高校生の自分たちが迂闊にできる事じゃないのかもしれない。
「簡単じゃないのは分かってる。だけど、椎名となら………。」
「私と、なら………?」
スッと上げ真っ直ぐみつめてくる瞳に、俺は気持ちをぶつけた。
「バンドやってみたいんだ!!」
昨日、部屋で事の経緯を姉貴に語ったが、その中で椎名が職員室に乱入した話に姉貴は爆笑して「軽音部を作りたいんじゃなくて、バンドやりたいんじゃないの?」と教えてくれた。
椎名は軽音部でバンドがしたいんじゃなくて、バンドがしたいから軽音部を作ろうとした。
それなら椎名の『別に軽音部が作りたかったんじゃないわ』という言葉にもうなずける。
そして一晩中考えた。というか、こっちをメインに考えた。
椎名の事だ。自分からバンドをやりたいとは言わないだろう。
だったら、誰かが言い出せばいいんじゃないか。
その誰かとは?
答えは一つ。
俺だ。
実際に一晩中考えたのは俺が言った後の椎名の受け返し。
それを想像していたら朝になってしまっていた。
真っ直ぐな瞳でみつめてくる椎名。そっと俺に歩み寄る。
ズドッ………!
鈍い音と痛みが腹をえぐる。
「な、何で………?」
腹を押さえて後退りすると、固めた拳で突きを放った椎名がいた。
「…………やりたい。やりたいわ。」
椎名はニヤリと笑う。
「やるわよ。バンド!」
「ああ。やろうぜ!」
何とか腹の痛みも引いて二人してニヤリと笑った。
勇也と神宮寺も道連れだ。
楽器がどうこうは後回しだ。
できるかできないか。そんなのどうでもいい。
だって、それが分かるほど賢くない。
勝手にできないと思い込んでやらないほどバカじゃない。
俺と椎名は残り半分の駅までの道をバンドの話で盛り上がった。
駅。互い別々のホームへ向かう分かれ道。
その手前で、ふと思い出した。
「そういや、さっきめちゃくちゃ顔が赤かったのはなんで?」
ズドッ………!
腹を押さえた涙目にプンスカ怒りながら立ち去る椎名の背中がユラユラと揺れて映った。