Who broke it ?
かくして休み明けの月曜日。教室は先週と変わらぬ風景。椎名は一人で窓の外を眺め、それを美人一味は遠くから眺めている。
「おはようさん。」
「おはよ。」
とりあえず後頭部に朝の挨拶をすると、面倒くさそうに椎名は挨拶を返した。
「はい。」
挨拶を返しただけでも良しとし立ち去ろうとした俺に、椎名は横目で一枚のCDを差し出してきた。
「何これ?」
「何ってCDよ。ラモンズの。」
見れば外国人が並んだジャケット。アワレコで試聴したやつだ。
「くれるのか?」
「誰がやるか!貸すだけよ。」
だろうね。
「それじゃありがたく貸していただきます!」
「……うん。」
そしてまた椎名は窓の外を眺めた。
さてさて待ちに待った昼休み。俺と勇也は一人でパンをかじる椎名の机に弁当を並べ「いただきます」と手を合わせる。
「ちょっと待て。なんで私の机で食べるのよ?」
あからさまに嫌そうな顔をする椎名。
「いいじゃん!いいじゃん!」
どことなく嬉しそうな勇也に椎名は「もう一匹増えてるし」と、さらに嫌そうな顔をする。
が、勇也は全く気付かない。
「くぅ~っ!まさか女子と弁当を食べる日が来ようとは………俺は今モーレツに感動しているっ!!」
目を輝かせる勇也を無視して椎名は俺に「コイツ、バカなのか?」と耳打ちしてきた。
「それは見てのとおりだ。」
「そうか。それなら仕方ない。」
「うん。仕方ない。」
涙を流しながら弁当に箸をつける勇也に構わず、俺は椎名に自分の弁当を差し出した。
「………なによ?」
「好きなのやるよ。」
「別に………いらないわよ。」
いつものぶっきらぼうな態度でプイッと顔を横にしてしまう。
「CD貸してくれたお礼だから気にすんなって。」
「………そう。なら仕方ないわね。」
「そうそう。仕方ない、仕方ない。」
仕方ないと言いながら椎名は迷う事なく卵焼きをつまみ口に放り込んだ。
「椎名って卵焼き、好きなのか?」
「!」
俺の質問に目を丸くする。さすがの椎名も口に物を入れたまま喋るほどガサツではないようだ。
「卵焼き食べてる時、顔がトロけてんぞ?」
「!?、!!」
みるみるうちに顔が赤くなっていく。
「あはは!そんなに照れなくても大丈夫だって!」
「っ!っ!!っ!!!」
顔を赤くさせたまま必死に首を横に振って否定する。
「誰だって好物を口にしたら顔が緩むって。だから、そんなに必死に否定しなくても、さ?」
と、調子に乗っていると、横で見ていた勇也がポツリと呟いた。
「コイツ、喉詰まらせてるんじゃ?」
バンバンと机を叩きながら椎名は首を横から縦に振る。
「マジか!だ、大丈夫か椎名!?椎名!!」
慌てて俺は椎名の背中を叩き、それを勇也はゲラゲラと笑った。
どうにか事なきを終え、卵焼きを飲み込めた椎名は涙目になりながら肩で息をする。
「ゼェ…ゼェ…ゼェ…し、死ぬかと、思った……。」
「ごめん。」
きっと俺が調子に乗って茶化したせい。これじゃCDを借りた礼が台無しだ。
「そんなに。」
反省していると椎名は許す許さないではなく、横目で窓のほうを見ながら「そんなに私の顔………」と呟き、しかし続きは言わずパンを咥える。
「ごち!………それにしてもよぉ。」
俺と椎名が大慌ての真っ只中もマイペースに弁当を平らげていた勇也は蓋を絞め、親指で自分の後ろを指差した。
「さっきからずっと睨まれてないか?俺たち。」
勇也の差すほうを見ると数人の女子の塊。その中心には腕組みをし威圧的な美人さん。
「いつもの事よ。」
パンを食べ終えた椎名は何事でもないように窓の外を眺める。
「いつも?」
そう、いつもだ。
俺も最近になってから気付いた事だけど、あの美人さんは椎名が嫌いなのか常に遠くから睨んでいる。
「何か心当たりは?」
今しがた知った勇也は原因を追求しようと椎名に訊ねるが、窓の外を眺めたまま「さぁ?」と興味がない声で済まされてしまう。
「その無愛想なところがシャクに障ってとかじゃないのか?」
「かもね。」
無関心な椎名を見て俺も内心そうかもしれないと思った。
「一緒になって睨まれる嫌やなら、私に近づかなきゃいいわ。」
席を立ち、どこかに行こうとしながら椎名は俺と勇也に冷たい目を向ける。
「別に俺は気にしないから。」
すでに直に嫌味を言われた身だ。今さら睨まれるくらいどうって事ない。
「いや~むしろ目と目が合うかもだし~願ったり叶ったりって感じだね~!」
そう言いながら一所懸命に美人さんに手を振る勇也(もちろんガン無視されているが)。
「で、ちょっと待てよ。どこ行くんだよ?」
ここは勇也放置で立ち去ろうとする椎名を呼び止めた。もしかすると美人さんに睨む理由を真っ正直から聞きに行くのではないかと考えたからだ。
「それ、女子に聞く?」
「…………あ。」
椎名の言葉から察するのに三秒も費やしてしまった。
「ほんとバカね。二人とも。」
手を振り続け、ついには投げキッスまでバラ撒き始めた勇也とワンセットにされるのは心外だ!とは言えずの俺だった。
五時限目の体育。男子はグランドで延々と持久走。
食べた後のジョギングはキツイ。しかもグランドをグルグル回るだけで風景が変わる事がない。これは一種の精神修行も兼ねているのか。
だくだくと流れる汗。誰が早いか遅いかなど、もはや誰も気にしていない。
黙々と足を動かし続ける俺たち。あくびを噛み殺す先生。
ちなみに勇也は一周目の途中で「俺に構わず先に行け!」とペースダウン。後ろのほうでトロトロ走っている。
そんな地獄の持久走は授業終了十分前に終了し、何やら先生は言っていたが聞く気にならなかった。
まるでゾンビのような勇也と共に自分たちの教室の隣へ。
体育の時、俺たちの教室は女子が着替えに使い、男子は隣の教室を使っている。
「勇也って持久力なさすぎ。ヒットポイントの数字がオレンジ色になってんぞ?」
「るせー。俺は速攻一撃必殺タイプなんだよ。」
「なんだそりゃ。」
汗で脱ぎにくくなった体操着から制服に着替え、明日は筋肉痛確定だと笑いながら自分たちの教室に戻る事にした。
隣のクラスの女子たちと入れ違いに教室へ戻ると、勇也は鼻の穴を大きくしながら「くんか、くんか」と充満している空気を嗅ぐ。
「おー、勇也のヒットポイントが回復していくー。」
体育の後の恒例儀式だ。
もちろん女子たちから白い目で見られているのは言うまでもなかろう。
さて、勇也の好感度ステータスが0になったのを確認したし、次の授業の準備をしよう。
「………いてっ!」
鞄を開けると汗くさい体操着。その奥から次の授業に使う教科書とノートをとまさぐっていると、不意に指先に痛みを感じて手を見ると切れて血が少し出ていた。
鞄の中にハサミやカッターなんて入れてない。一体何で切ったんだ?
体操着を出し、鞄の中を見てみると、そこには透明の破片。
「どした?指、切れてんぞ?………って、おいおい。こりゃ酷いな。」
俺の様子に鞄の中を覗いた勇也が眉間にシワを寄せる。
「これ、椎名から借りたCDじゃ?」
ああ、そうだ。俺の指先を切ったのは椎名から借りたCD。それがバリバリに砕かれた後の破片だった。
「ちょっとぶつけて………なんてレベルじゃないよな?」
ケースは粉々、ジャケットはグシャグシャ、CDそのものにも無数の傷が刻まれている。
「血、出てるわよ?どうしたの?」
こんな時に限って椎名の方から声をかけてくるとは。思わず鞄の口を閉めて隠そうとしたが、時すでに遅し、その目は変わり果てた姿のCDに注がれていた。
「…………。」
「ご、ごめん………。」
CDを睨む椎名の目。俺は謝るしかない。
「雅之のせいじゃねーよ!こんな事するわけないだろ!」
睨む椎名に勇也は必死に俺は潔白だと言葉を重ねた。
「勇也………。」
そんな勇也を椎名は睨むと腰に手を当てて鼻から息を吐いた。
「でしょうね。」
そして椎名は後ろを向く。
この先には、いつものように美人一味。
「あいつらかよ!」
ギリッと歯を鳴らし勇也が睨む。
「ちょっと待てよ。まだ、そうとは決まってないだろ?」
「いんや!あいつらしかいないって!」
こちらの様子に気付かず談笑する美人一味を、椎名と勇也は揃って睨みつける。
「………私に用かしら?」
その強烈な眼力が通じたのか、美人さんは冷ややかに睨み返してきた。
本当にCDをこんなにしたのは美人一味なのだろうか?
一触即発の状況。鞄の中のCDの成れの果て。指先の血。
もし本当に美人一味がしたのなら黙っているわけにはいかない。
「なぁ。俺たちにケンカ売ってるのか?」