Punk Girl
高校生になったら何かが変わると信じていた。
いや、変わるんじゃないかな?って思っていた。
………変わったらいいな………と願っていた。
「で、変わったのは制服と通学時間だけかよ。」
中学は学ランだったのが今はブレザーが制服。何となく初めは学ランよりお洒落でカッコよく思えたけど、そのうち着慣れて、こうして朝から自分と同じ物を着た集団に紛れていると見慣れてしまった。
それよりも良くなるどころか悪くなったものもある。
こうして通学に要する時間だ。中学の時は自転車で通っていたが、今は電車も使い、時間も倍となってしまった。
「それは入学前から分かってたけど、何かが違うというか足りないというか。」
入学してから三か月目。クラスに馴染む事はできた。友達も少ないができた。
が、何かが足りない。足りないような気がする。
「そりゃアレだ!新しい出会い!!」
隣を歩く寝癖頭が吠えた。
「高校生になったらよ?新しい出会いとか期待するじゃん?」
「まぁ、俺は新しい出会いならあったけどさ。」
「なっ?!マジかよ!?」
朝っぱらから元気な寝癖の勇也が顔を近付けてくる。
「ああ、君との出会いがね。勇也………。」
「雅之………ポッ♪」
見つめ合う二人にキラキラと風が輝き、しばらくして互いに吐き気をもよおした。
「朝からキモい事すんなよ………。」
「ごめん………。」
朝食に食べたトーストと目玉焼きがフレンチトーストに転生して生まれそうになりながら、学校までの道程をふざけて歩いた。
俺と勇也が通う高校は何の変哲もない共学の公立高校。学科も可も不可もない普通科。頭がいいわけでもスポーツで有名でもない平凡な学校だ。
六月になったばかりの校内は少し春の面影を残しつつも、やがてくる梅雨の季節を感じさせる空気を含んでいる。
授業中、ふと勇也の言葉を思い出す。
『そりゃあれだ!新しい出会い!!』
「確かになぁ………。」
考えてみれば新しい環境で新しい出会いを求めるのは自然な事なのかも。
「う~ん。」
勇也は常日頃から『女友達を我に!』『彼女を我に!』と吠えているが、さて俺自身はどうなんだ?
特に今まで恋愛に関心もなく過ごしてきたうえ、あまり女子と関わった事もない。
それは今も変わらず特に勇也のように渇望していない。
「ま、いいや。」
雑念を振り払い、今は目の前の授業に集中しよう。
高校生になっても一週間の使い方は変わらない。平日は学校。休日は家でゴロゴロ。
たいがい部屋でスマホをいじって休日は終わってしまう。
「部屋でゴロゴロばかりしてないで、たまには外に行ったら?」
今日も予定などなく床に転がりながら平穏な休日を送っていたわけなのだが、いつの間にか現れた下着姿の姉が上から見下ろしながら苦言を吐く。
「うるせー。姉貴こそ、たまには服着たら?」
見慣れた光景に辟易しながら反撃の悪態をつくが、どうせ効果なんてない。
「なぁに?目のやり場に困るって?それもそうよね~!こんなナイスバディが目の前にあっちゃ実の弟でもムラムラしちゃうってもんよね~?」
下着姿でポーズを取る姉にムラムラするどころかムカムカしてくる。
「アホ姉が。」
このまま半裸族と異文化交流するつもりはない。気は乗らないが出掛ける事にしよう。
「あら?どこ行くの?」
「アワレコ。」
三つ目のポーズを取る姉貴の横をガン無視して通り過ぎ、重たい体で玄関を目指す。
ちなみにアワレコとは『アワーレコード』というCDショップ。ごくたまに学校の帰りにも立ち寄る馴染みの店だ。
「いってら~!」
玄関先まで下着姿のまま見送る姉貴の声。聞こえない振りして俺は急いでドアを閉めた。
まだ梅雨入りしていない街は過ごしやすかった。
のんびり自転車で行きつけのアワレコまで用事もなく来たわけだが、さてどうしたものか。
「せっかく来たんだ。ぶらっと見て回るか。」
しっかりと自転車に施錠して僕は店内を一巡することにした。
店内に入ると意外と人は多い。親子連れもいればカップルもいる。そして、俺と同じニオイのする男女も点々と。
最近はCDが売れないとテレビで言ってたな。それでもアワレコが潰れないのだから、誰かが買ってるということだ。
かく言う自分が、その一人なんだが。
入口付近には『当店おすすめ』や『話題作』『新譜コーナー』と誘惑のPOPで手招きしていた。
とりま見ておこうかとラインナップを眺めてはみたけど、俺の第六感は反応しなかった。
トボトボと歩きながら邦楽コーナーや洋楽コーナー、アニソン、ゲーソンなどなど同じように眺めては立ち止まり、立ち止まっては歩くを繰り返し、やがて『試聴コーナー』に辿り着く。
試聴コーナーは暇潰しにはうってつけだ。中学の時から休みの日に利用させてもらっている。たまに気に入ったCDを買ったりするというお互い様な関係だ。
今日もいつものように適当に空いてるベッドホンを装着。再生ボタンを押すとディスクが回り始める。
「………なんだこりゃ?」
エレキギターとベース、あとドラム。聞こえてくる音はシンプル極まりない。リズムも単純な8ビート。
どうやら洋楽のようだが、英語がからっきしの俺には歌の内容が分からない。
ただ一言だけ言えるのはシンプルすぎるほどシンプルな曲という事。
「ラモ……ンズ?」
展示されているジャケットを見ると髪の長い外国人四人が革ジャン&ジーンズ姿で並んでいた。見れば、その横にはアワレコスタッフによるコメント。
『1974年デビューの伝説的パンクバンド!』
「パンク??」
タイヤの空気が抜けてしまうアレ………とは関係ないよな。
一曲あたりの時間も短い。二、三分といったところか。終始シンプルな曲が続いたが不思議と飽きない。
そのうち無意識にリズムに合わせ体が動いてしまう。
何曲目まで聞いたか分からないけど、うん、嫌いじゃないな。
今は財布の中身が寂しいからCDは買えないけど、覚えておこう。
ヘッドホンを外して元の場所に戻しながら、忘れないようにと展示してあるジャケットを確認。
「あのさ。ちょっとどいてほしいんだけど。」
マジマジとジャケットを見ていると後ろから声をかけられた。どうやら試聴を待っている人がいたらしい。
「す、すみません!」
振り返ると目の前に現れたのは人ではなく黒い物体。
何やら革で出来た得体の知れぬ物。それが何なのか答えを見つける前に、下の方から声がしてきた。
「だからさ、早くどいてくんない?」
そう苛立った声がした方に視線を移すと、そこにはまた違った黒い物体があった。
その正体についてはさすがに見てすぐに分かった。それは艶やかな黒髪。そう、頭だ。
「じ~~………。」
サラサラとしたショートボブ。その下には顔があり、大きな瞳が俺を見つめ………いや、睨んでいた。
「あ、ご、ごめん!」
俺は場所を譲ると女の子は「ふん」と不機嫌さをアピールしながら前に立つ。見れば、その肩には黒い革製のケースがあった。
「(なんだギターか)」
間近で見たのは初めてだったけど、それがギターのケースだというのは分かった。さっき振り返った時に見たのはその上の部分だったみたいだ。
「…………あのさぁ。」
謎の物体の正体も分かり、そろそろ行こうかとした時、ヘッドホンを手にした女の子が声をかけてきた。
「な、なに?」
「どうだった?」
何用かと傾け始めた体を直す俺に、女の子はジャケットを親指で指差す。
「どう?って?」
「聞いた感想に決まってるじゃない。」
軽く睨みながら初対面の俺に感想を求めてくる女の子。改めて見れば服装はボロボロのTシャツ。所々に大きめの安全ピンで穴を塞いである。下はデニムのショートパンツ。ダメージジーンズってやつだろうか。きっと大ダメージくらった後だろう。かなりこれもボロボロだ。そして足元は重そうなレザーブーツ。
そんな少しイカつい格好の女の子だが、背丈からみて中学生生だろう。
正直ちょっと生意気そうだな。
ま、しかしながら俺は高校生。ここは年下の質問には素直に答えてやろう。
「なんて言うか、その、シンプルだなって。でも、それがカッコいいっていうか。今は持ち合わせがないから買えないけど、あったらCD買ってたと思うね。うん。」
偉そうに語ってみたが、聞いたまんまの感想だな。
音楽を聞くのは好きだけど、特に詳しいわけでもないし、これが俺の限界。
もしかすると女の子のほうが詳しいかも。ギター持ってるし。
「………そう。」
なんて言われるかと身構えていたが、女の子は少し考える仕草の後ヘッドホンを装着して、そのまま再生ボタンを押しただけだった。
「もう帰ってもいい、かな?」
念のため訊ねてみたけど、もちろん女の子には聞こえていない。目を閉じてリズムに合わせて体を揺するのを一曲分くらい眺めてから俺は立ち去る事にした。
昨日の日曜日は妙な女の子に絡まれただけで終わってしまった。
それはそれで無害だったから気にする事もないか。
「ぃよっ!」
「おはようさん。月曜でテンション高いの羨ましいわ。」
通学路の勇也は「最近、血圧高めで」と冗談を交えつつ、今朝もまた寝癖頭で『女友達プリーズ!彼女プリーズ!』と本音を叫んだ。
叫びながら立ち止まり通り過ぎていく女子に目をやると、全ての女子が目をそらして早足で去ってしまう。
「Noーーーーn!!!」
悶絶する勇也。
「勇也。そんなに落ち込むなよ。おまえには俺がいるじゃかいか。な?」
「雅之………ポッ♪」
キラキラと風が輝く。その爽やかな風は美少年(自称)二人の髪を撫で、見つめ合う距離を縮めさせていく。
「あのさ。ちょっとどいてほしいんだけど。」
寸劇の途中だったのに水をさす声。一瞬にして美少年モードが強制解除されて俺と勇也は声の主に目をやった。
「き、君は………。」
その声の主は艶やかな黒髪ショートボブ。生意気そうな大きな瞳。うちの制服を着ているが、昨日アワレコで出会ったギター女子中学生だった。
「あたしはキミじゃない。一緒のクラスの人間の名前も覚えられないの?」
腕組みと蔑むような目で俺を見上げながら椎名はキラキラとした風に髪とスカートをなびかせる。
高校生になったら何かが変わると信じていた。
いや、変わるんじゃないかな?って思っていた。
………変わったらいいな………と願っていた。
そして今、何かが変わる、そんな予感を俺の第六感が告げた。
俺と勇也が開けた道の真ん中を悠々と歩く。
「あたしは椎名。椎名灯………。」
その途中、ふと立ち止まり、俺に微笑む。
「パンクロッカーよ。」