話の中身
別に大したことじゃあない。
別に褒めてもらうようなことじゃあない。
たまたま偶然、それこそ道端で同級生に出会うようなありふれたどうでもいいような確率で落ちていた定期を拾って届けた。
事務の職員がおせっかいを焼いたのかもしれないし、しなかったのかもしれない。
そこに俺の意思はなく俺も恩を返してもらおうとか、そんな考えもない。ただ、信之下は運悪く定期を落とし、運よく俺はその定期を拾い届けた。結果、無事定期は持ち主の元へと戻った。
プラスもマイナスも、ない。
赤の他人。この言葉が的確に俺と信之下との関係に当てはまる。
しかし、なにか思わないことがない、というわけでもない。そう。ただ一つだけ思うのは……。
「先生は全く俺のことを信用してませんね」
目の前では心底愉快そうに担任が笑っている。
「そうカリカリするなって、悪かった悪かった。このとーり」
ったく、いつもこれだよ。この担任は。
人の心の機微とか変化に聡いくせにそこをからかってくる。意地の悪いジジイだぜ。
「で、なんですか。放課後にわざわざ監視までつけて俺を呼び出した用事は」
担任は心底真面目な顔で口を開いた。
「ああ、お前、留年するから」
「は?」
「うっそ~~~」
「ふざけんのもいい加減にしろよクソジジイ!」
「おお怖い怖い、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。ほら、オレら教師と生徒だろう?」
「教師が生徒に言っていい冗談じゃねえ!」
一瞬本気にしちまったじゃねえか!
こんなんだから苦手なんだよな、このおっさん。生徒と教師の垣根をなくしてくるっつーか、気が付けば
仲のいい奴と話している気持にさせられてるというか。
「わりいわりい、いやあお前と話すのは楽しくってだなぁ。ついつい」
年甲斐もなくテヘペロ☆、とか言ってくる教師が俺は心底苦手だ。
話がブレブレである。
「で、オレがお前に頼みたいのはだなぁ」
ゴホン、わざとらしく咳をついて担任が口にしたのは、
「部活の事なんだが」
「断る」
「オレりゃ、まだなんも言ってねえぞ⁉」
「はん、先生の言うことなんてお見通しなんですよ」
ここで蜂飼君のクイズたーいむ。外したら、君のスマホのエロ漫画が親に見られちゃうぞっ☆。
問題、独りぼっちの生徒に担任が決まって言う台詞はな~んだ? 次の三つから選んでね?
一、友達を作りなさい。
二、いじめられているのか?
三、部活をやりなさい
答え、『三、部活をやりなさい』。
ふっざけんなよ! そんなこと、できてたらとっくにやってるわ! 馬鹿か? 馬鹿なのか⁉ そんなんで人が変われるか? んなわきゃねえだろ!
「部活なら俺やりませんよ」
そもそも、今俺は高二だ。高二といえば進路について考えても遅くはない時期だ。大学進学とかな。
自慢というわけじゃないが、俺の頭はどうやらそこまで悪くはないらしい。このまま順調にいけば、まあ中の上くらいの大学には入れるだろう。
だから「単位が取れなくて卒業できません! 先生、内申点で何とかしてください!」みたいな落ちはないのである。ふん、あたりまえだろう?
よって俺の部活をするメリットが存在しないのである。
デメリット? 百でも挙げてやろうか?
「俺は部活をやりません」
意志の固さを伝えるように、そう繰り返した。
「いや、うんまあ、別にお前に部活をやれってはなしでもないしね?」
「え? 違うんですか?」
「えっ……。だってお前今から部活は言っても絶対溶け込めないじゃん……。邪魔者扱いされてさらに捻くれるやつじゃん」
担任はにやにやとこちらを見ている。
「まさかお前かってに脳内一人問答でもしてた?」
「な、なんのことです」
「蜂飼くーいず、てかっ」
………………。
はずかしぃぃぃ!!!
何独りで想像しちゃってんの? 馬鹿なの? 馬鹿は俺だよ! チクショウ!
殺して! いっそのこと俺を殺して!
見透かされてんのがさらにはずかしぃぃ! テレパシーかよこの野郎!
独りで悶えている俺は馬鹿みたいである。
「まあ、落ち着けって。そんな妄想誰だってするんだから、な? 信之下?」
「蜂飼さん、気持ち悪いです」
何? この人たち? 俺に自殺でもしてほしいの?
しかし、ひどいものである。何一つ話が前に進まない。俺のせいではあるのだが。
「まあ、それはそれとしてだな。」
再度担任はわざとらしく咳をする。
「オレがお前に頼みたいのは、人助けなんだよ」
担任は笑いながら、実に軽い口調でそう言った。
「人助け?」
「ああ、人助け。得意だろ?」
「俺が? やめてください」
ひどく悪い冗談を聞いた気分だ。吐き気がする。留年どうこうの話の方がまだいい。俺の気持ちが分かっていてこの話を振っているなら、本当にいい性格をしている。
「そうか? 適任だと思うがな」
「嫌味ですか?」
「いいや本音だよ? むしろお前以外にはありえないと思っている」
視界がぐらぐらと揺れている。まっすぐ立って居られているのか分からない。本当にどうにかなってしまいそうだった。
もう先ほどまでのふざけた、しかし平和な雰囲気は霧散していた。
担任は真っ直ぐにこちらを見つめている。逃げることは許さない、そう言外に告げているようであった。
「お前だから頼んでるんだ」
傍から見たらみたら教師が生徒に頼みごとをしているようにしか見えないだろう。いや、別に他意はなく、実際にその通りなのだが、俺にはその一言一言が呪いのように感じられた。
五寸の釘が胸の中央に刺さってゆくような、そんな呪い。
「誰を、誰を助ければいいんですか?」
気付いたらカラカラな喉で担任に問いていた。
話を聞くつもりなど、人助けをするつもりなど微塵もなかった。しかし、俺は自分でも気付かぬうちに話を促していた。
毎度遅れてしまい申し訳ありません。
夏が終わり、気温が下がってゆく季節ではありますが、どうか温かい目で拙い文章を読んでいただけると幸いです。
ではまた、お会いしましょう。