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青春のような何か  作者: 皐月麒麟
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始まりはショックな話から

 俺を知っている人は「蜂飼悟志(はちかいさとし)は驚くほどつまらない人間だ」と口々に言う。

 それは間違いではない。

 決して凡庸とは言わない。人それぞれに特徴はあるし、何かしらその人をその人たらしめるものを持っている。「僕は平均的な人間だ」などと言っているのは平均的な人間だと思いたい現実逃避人間だけだ。

 そんな人は実際、平均未満であることが多い。平均的という些末なプライドで満足しているなんてまさしく愚の骨頂だろう。

 自分がそうでないとは言わないが。

 まったく、ナンバーワンよりオンリーワンなんて贅沢な話だ。一番だけでは飽き足らず、特別になろうなんて。そんなことができる人間が何人いる?

 閑話休題。

 つまり、つまらない人間というのは平均的ということではない。

 平均的な人間は何をしてもほどほどの結果を出せることから重宝されるが、つまらない人間とは結果を出せても中途半端で終わってしまう見向きもされない哀れな人種である。

 それが俺。

 何もできないわけではないが、結果が中途半端。いらない訳ではないが、どこにでも替えがいる乾電池のような人間。

 きっと将来は一番会社にいる時間が長い人になる。

 何者にもなれず、いてもいなくても変わらない。

 ほら、つまらない人間だろう?

 中肉中背、少し丸まった背中。そして疲れた目と高くない鼻。ふてくされた顔。

 肉体的欠損がないだけ、産んでくれた親に感謝しなければならない。まあ、あったらこんな人間性にはなっていないのだろうけど。

 毎日毎日変化のない日常。

 俺はそれを否としない。自分でそうすることを選んだわけであるし、何かに挑戦しようとしても結局、中途半端にして何もかも台無しにするだけだ。そんなことは、今まで何度も経験してきた。

 変化を望んで傷つくくらいなら元より変化などさせなければいいのだ。現在と変わらなければ少なくとも傷は付かない。

 しかし、どうにも学校というのは常に生徒に変化していてほしいらしい。

 その結果、先生と楽しいお話をすることになる。


「蜂飼、お前、友達いるのか?」


 生徒にあるまじき問いかけをするおっさんは担任の安井知之(やすいともゆき)

 通称、おっさん。愛称、負けるな毛根。

 年々おでこが広くなっていると噂のこの先生。実は生徒指導という肩書も持っている。

 ああ、ストレスでまたでこが広くなる……。


「なんでそんなこと聞くんですか?」

「いやなぁ、最近教室を見るたびに、独りで本読んでたり、独りで飯食ってたり、独りで寝てたりしてっから心配になってなぁ」

「はぁ」

「で、いるのか、友達?」

 いやそんな「暇か?」みたいなノリで聞かないでほしいんですが。

 いたら毎日一人で飯なんて食ってないんですよ……。

「まあ、いなんでしょうね」

「煮え切らん返事だな」

「俺は特に必要としたことがありませんからね」


 これは強がりでも何でもないただの本音だ。

 思い返してみれば別に今に限ったことではなく、ずっとそうだった気がする。

 小学校の休み時間でも体育館にいると、「あれ? 僕の居場所は?」ふと遊んでいるさなかにそう思ってしまってあまり遊ばない子供だった。なんか萎えるんだよな、あれ。途中からいきなり別の遊びになるし、的になるし。


「俺の生きてきた中では必要とする場面もなかったですし」

「オレは割と必要なときがあったがなぁ」

「例えばどんなです?」

「昔こんなことがあってだなぁ」

 おっさんは語りだす。あごをさするのがおっさんの話し出すときの癖だ。

「あれはオレが高校のころ、そうちょうどお前ぐらいのときだ。

 暑い夏だった。

 オレは仲のいい友達二人と電車に乗って海に行ったんだ。三時間くらい電車に揺られて海についた。あんときゃ疲れたなぁ。あれだけ電車に長く乗ったのはあれが初めてだった。

 まあ、とりあえず目的の海には着いた。さあ、泳ぐぞっとロクに準備体操もせず、海に駆け出して行ったんだ。

 そんなわけで、泳ぎだすんだよ。で、若い頃ってのは馬鹿したがるから沖の方まで競争な、って話になる」

「で、先生の足がつってお友達に助けてもらったんですよね」


 落ちが分かったので、先生の話の腰を折る。長話は苦手だ。


「いやいや、焦るな、焦るな。

 確かに足はつったがそれはオレじゃなくて一緒に来ていた友達の方だ。

 それに、そいつは二度と陸地に上がることがなかった」

「え、えぇ~」


 割とショッキングな話を聞かされた。なにその話。そこは「オレを友達が助けてくれてなぁ、そいつとは今でも連絡を取り合ってるよ」とか言って友達美談に派生する流れではないのか。

 というかまず話し始めが「友達が必要な場面」という話だったはず。

 いまいち、話の流れが読めない……。


「結局、誰も気が付かないまま、気付けばことは終わってた……」

「何が言いたいんですか……」

「誰も助けに来ないってことだよ。

 誰が、どれだけ、どんなに苦しんでいても他人には分からない。

 そいつの痛みが分かるのはそいつだけだ。

 ただ、何となく察することはできる。つまるところ、オレにはお前がしんどそうにみえたんだよ」

「はぁ……」

「実感は湧かないかもしれないがな。

 ただそれに気が付いた時はもう手遅れになっている。そういうもんだ」

「そういうもんですかねぇ」

「ああ」


 静寂が流れる。空気が鉛になったみたいだ。吸い込むたびに体が重くなる。

 俺には関係のない話のはずなのにどうしてだろう?

 静寂を破ったのは担任からの仕事の依頼だった。


「そうそう、お前に頼みたいとことがあるんだった」

「なんですか、金ですか、そんなのありませんよ」

「生徒にそんなこと頼む教師がいるか馬鹿モン、仕事だよ、仕事」

「えっ、仕事ですか……」

「露骨に嫌な顔をするなよ……」

「いや、仕事を頼まれて嫌な顔をしない人なんていないでしょ。バイト代も出ないし、ボランティアなんて俺嫌ですよ……」

「安心しろ、ラーメンぐらいは奢ってやる」

「安すぎるんだよなぁ」

「若いうちは苦労してナンボだろうが、年寄りに無茶させんな」

「若い先生に頼めばいいじゃないですか、いるでしょ今回から新採用の先生が」

「先生方には分からん問題なんだよ」


 安井の表情が硬くなる。新たなストレスの種なのだろう。眉間に深いしわが寄せられている。

 特に優秀でもない生徒に頼むくらいなのだから、相当追い詰められているのかもしれない。

 もしくは、表情は俺の思い違いでただ単にどうでもいい雑用の類の可能性が高い。いや、きっとそうだろう。そうであってほしい。


「詳しくは明日話す。今日はもう帰っていいぞ」

「言われなくてもそうしますよ、職員室はあまり好きな場所ではないので」


 そんな軽口を言って職員室を出る。


「お~い、蜂飼」


 安井が自分の席から呼びかける。


「……なんですか?」

「青春しろよ」


 うす、と軽くお辞儀をして床に置いていた鞄を肩にかける。

 余計なお世話。

 それが安井知之という教師の本質なのであろう。池に投げ込んだ小石のように、厄介ごとを押し付け変化をもたらす荒療治。

 面倒臭いことこの上ない。

 心なしか軽く感じる鞄を担いでそんなことをふと思った。

読んでいただきありがとうございます。

拙い文章ですが、読み続けていただけたら幸いです。

誤字脱字等があればご指摘よろしくお願いします。

リアルの方が忙しいので投稿は不定期になります。

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