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第三画  ウヅキハウズキノコトハジメ

第三画  ウヅキハウズキノコトハジメ


 「うぅ……、まーしゃーん、どうしよう?」

 4月初旬、晴れて高校生となった永は、昇降口の靴箱で途方に暮れていた。

 「代わってあげられたらいいんだけど、アタシのが上だしな」

 隣に立つ、まーしゃんこと赤坂禾生も困惑顔だ。

 滑り止めの公立高校に落ち、第2希望の私立女子高にも落ちた永だが、幸い、第1希望の蒼星学園に合格していた。さらに幸いなことに、幼なじみの禾生も見事に合格。永は1人ぼっちにならずに済んだ。

 「ど、どこか、空いてるトコに入れれば……」

 永はあたりをキョロキョロと見渡したが、『空き』はないようだ。改めて左手を上げ、2、3度飛び跳ねてから、大きく溜め息をついた。

 「まさか、高校になったら、靴箱まで高いなんて」

 家まで迎えに来てくれたまーしゃんと一緒に、仲良く登校。晴れがましい気分で校門をくぐり、校庭の掲示板を見て、まーしゃんと同じクラスになれたことを喜んだ。

 今までの人生で五指に入るハッピー気分で上履きに履き替えて、真新しいローファーを靴箱に入れようとしたところで暗転した。

 「男女一緒で通し番ってのが、落とし穴だったね」

 まーしゃんが腕組みをする。

 中学までのように男女の出席番号が別々なら、男子の人数次第で永の靴箱の位置は変わる。去年は下から3段目と、非常に出し入れしやすかった。

 だが、ココでは男女まとめて出席番号が割り振られている。弌年壱組『一文字永』は出席番号2番、割り振られた靴箱は上から2段目だった。これが、身長150センチに満たない永には少々厳しい。

 背伸びをすれば出し入れはギリギリ出来る。しかし、中が見えないので非常に心許ない。

 頼みのまーしゃんは、堂々の出席番号1番で最上段。苗字が『赤坂』なのだから、仕方がない。

 「良かったら、靴箱代わってもらえないかな?」

 「ほぇ?」

 突然の声に振り向くと、そこには長身の男子生徒がいた。

 まーしゃんよりも、拳1つ以上大きいから、170台後半ぐらい。やや細身だが、日焼けした肌は明らかに運動部系で、髪の毛も短め。

 そんな絵に描いたようなスポーツ少年が、ちょっと高そうなスニーカーを片手に持ったまま、反対の手で斜め下を指差した。

 「ボクの靴箱、ちょっと低いんだよね」

 「そ、そうですか」

 対人恐怖症とまでは言わない。でも、世の中でカジュアルに使われる自称『人見知り』よりは、永は人が苦手だ。事実、家族とまーしゃん以外の人間に対しては、こうして丁寧語の距離感になってしまう。

 「サテン・ユウジ君? 珍しい苗字だね」

 禾生がすかさず、少年が指し示す靴箱から名前を読み取る。こちらは永と正反対で、物怖じしないのがウリの1つだ。

 「うん、親戚以外には会ったことないな。えと、

 「赤坂禾生。で、コッチのキュートなのが、一文字永。アタシも永も、自分以外で同じ名前に会ったことないなぁ」

 うわぁ、まーしゃんたら、そんなトコまで負けず嫌いなんだから。

 すっかり呑まれた状態の永の頭を左腕で抱き寄せながら、禾生は右手を差し出した。佐天がスムーズに応じる。

 「よろしく。で、靴箱だけど」

 禾生と握手を交わしながら、佐天は永の方に向き直った。ハンサムな上に、優しそうな笑顔、ちょっと反則である。

 「あの、その……いいですよ」


 うわぁ……『いいですよ』ってワタシ、なんで上から目線?

 むしろお礼言わなきゃ、なのに、

 でもでも、あまり大げさに感謝したら、勘違い女だって思われるし、

 それにそれに、


 「ありがとう。それじゃ、教室でね」

 永が逡巡するうちに、佐天は『Ichimonji, Ei』の名札が入ったままの靴箱にスニーカーを放り込み、校舎の中に入っていってしまった。

 「良かったね、えいりゃん」

 「う、うん」

 禾生は最上段の自分の靴箱に、永は佐天の靴箱に。それぞれ履いてきた靴を収めながら、佐天の去った方角を見た。

 「いいヤツみたいだし」

 「え?」

 もしかして、まーしゃん、握手1つで分かり合っちゃった?

 永は禾生の真意が分からず、口が半開きになる。

 「だってさ、下から4段目が使いにくいなんて、ないでしょ? よほどのデカブツでない限りは」

 「あ!」

 永は、開いた口を閉じるきっかけを失った。

 靴箱に手をかけたままで、動きが止まる。下から4段目は永のお腹から胸の高さ、長身の彼にしても、腰の位置より少し低い程度だろう。代わってもらうほど使いにくいとは、到底思えない。禾生に指摘されるまで気付かないとは、自分ながら情けない。

 「つまり、100パーセント混じりっけナシの親切心、ってことだよ」

 「そっかぁ……」

 「それに、カッコ良かったな」

 「うん……えっ?」

 先ほどのやり取りを思い浮かべ、ボーっとしていた永は、うっかりストレートに返してしまった。あわてて下を向き、表情を隠す。

 「ふぅん……ふむふむ、そっか。あ~あ、えいりゃんもお年頃かぁ」

 「もう! まーしゃん!」

 あっさり看破され、永は真っ赤な顔で拳を振り上げた。

 「あははっ! 同じクラスでよかったじゃん」

 「そんなんじゃないったら!」

 「そんなんって、どんなんさ?」

 「うぅ……まーしゃんは意地悪だ」

 「はいはい、親切なサテン君とは違いますからね」

 禾生は永の言葉尻を軽くつまみながら、からかった。

 こうなってしまうと、永が禾生に勝てるわけがない。明るく社交的で、きれいで元気。永の唯一無二の親友は、もっとも身近にいて、同時に憧れの存在だ。

 小学校から中3まで、奇跡的に同じクラスで過ごしてきた2人は、今回も同じクラスになった。永が第2、第3希望ともに不合格になった時には、ついにと思われたが、2人とも第1希望の蒼星に合格。クラスメイト生活も今年で10年目に突入する。

 合格が決まってからの1ヵ月あまり、永がひたすら続けていたおまじないが効いたのだろうか。

 「そういや」

 入学式の行われる体育館に向かう途中、禾生がおもむろに立ち止まった。

 「もうすぐ、えいりゃんの晴れ舞台だね」

 「……そうだった。ど、どうしよう?」

 「代わってあげられたらいいんだけど、アタシのが下だしな」

 困ったというより、少し自嘲気味の表情で禾生は答えた。

 おそらく、いや確実に、禾生は合格ラインすれすれで、蒼星の入試をパスしている。片や、永はと言うと、

 「原稿は読んでもいいんだし、2人で練習もしたから大丈夫。えいりゃんなら出来るって。名誉なコトなんだしさ」

 「嬉しくない……」

 「おばさんも来るんでしょ、入学式?」

 「うん、お父さんとお婆ちゃんも」

 「じゃあ、いいトコ見せないとね」

 「……恥かきたくないよぉ」

 本日は平日、時は午前。家業が夕方と土日の営業である関係で、入学式には永の家族が勢ぞろいでやってくる予定だ。両親と祖母だけならまだいい。姉すらも大学の新入生オリエンテーションをサボる宣言をする声を聞いて、永は気が遠くなりかけた。

 お父さん、やたらとビデオ回すんだモン。

 「自信持って! サテン君も見てるぞ」

 「だ、だから違うって」

 「はいはい。おっと、こんな時間だ! 総代が遅刻したら恥だよ。体育館にGO!」


 永は第2、第3志望の高校には落ちた。解答欄は半分も埋まらず、補欠にさえ引っかからなかった。決して、答えが分からなかったのではない。

 採点者に読めるように、ゆっくりと丁寧に書いていると、必ず時間切れになるのだ。

 「ココはマークシートで良かった」

 まーしゃんの後をパタパタと追いかけながら、永は蒼星の試験方式に感謝した。

 マークシートなら、永の悪筆をもってしても誤読は起きにくい。頭に浮かんだ解答を1本線でマークするだけ、普通のスピードで書き込める。そして、書き込みにさえ手間取らなければ、この通り。

 永は近隣屈指の進学校である蒼星学園でも、悠々のトップ合格を果たしている。

 「それに、えいりゃんのヤマが当たればこその、アタシですよ」

 永の言葉を受けて、禾生が笑った。彼女の場合、永の完璧な受験対策がなければ、第3志望ですら怪しかったと言えよう。もっとも、野生の勘も鋭いので、そもそもがマークシート向きであったことも疑いない。

 「まーしゃん、これからもよろしくね」

 「おう、任せとき! 大船さえ用意してくれれば、運転はバッチリだよ」

 禾生はガシッと右腕の力こぶを誇示した。細腕だが、二の腕の肉がないので筋肉がハッキリと判る。

 「もう、相変わらずなんだから」

 「丈夫な船、ココが重要だからね。頼んだよ」

 「ん、頑張る」

 2人は笑いながら、体育館の扉をくぐった。


****


 「男子サッカー部に入ってきた」

 「ええっ! ど、どうして?」

 禾生の突然の告白に、永はビックリ仰天。いつもの何倍もの声を上げてしまった。

 それでも、そこはあくまで『当社比』の話。禾生はおろか、他のクラスメイトと比べても蚊の鳴くような声に過ぎない。

 事実、教室内の誰1人として、永の『大声』に反応してはいない。

 「だって、女子サッカー部がないんだよ、ココ」

 「だからって、男子部で大丈夫なの?」

 「問題なし! 部長とやらがゴネたけど、5人抜きしてから股抜きゴールで黙らせた」

 ニカっと笑い、親指を立てる禾生。

 ロングヘアーにカチューシャ。そんな見た目に似合わず、まーしゃんはバリバリのサッカー少女だ。地元の少年少女サッカーリーグでは、男勝りのゴールハンターだった。小4の時には、かつて小6男子が打ち立てた通産ゴール記録を塗り替えている。その少年は現在、ヨーロッパのリーグで活躍する日本人トップ選手となっている。

 「なんか、聞くだけで凄いね」

 体育の時間ですら、いっぱいいっぱいの永のこと、『抜いた』のが誰なのかも、『股抜き』の意味も理解できず。それでも『5人』相手に勝ったのだから凄いと感じていた。最後にキーパーがいるから、合計6人だなんて夢にも思わない。

 それに、1年女子が上級生の男子に真っ向勝負を挑むなんて、想像するだけでドキドキする。

 「女相手でナメてたってのも、あるんだろうけどね」

 嬉しそうに自慢したかと思ったら冷静な分析も忘れない、飽くなき向上心の表れだ。

 ただし、そんな彼女も、サッカーで身を立てようとまでは思っていないらしい。

 サッカーはあくまで、本気になれる趣味。そんな信念の下、都会の強豪校から来た推薦の誘いをことごとく断り、地元の高校だけを受験したのだ。

 とは言え、そこは『本気』の趣味。高校のクラブ活動は大いに楽しみだったようで、高校合格発表後は永もサッカー観戦に付き合わされた。

 「まーしゃんなら、女子部がないなら作る!って言うと思ったのに」

 「それも考えた!」

 「うわっ!」

 見事な腹式呼吸で発声、ビシッと永を指差す禾生。思わず身を引いてしまった永も、つられて彼女なりに大声になる。

 「だけどさ、ウチって女子の人数が少なめじゃん。そこでもって最低でも11人、紅白戦をやりたければ22人を揃えなきゃダメなワケさ」

 近所に(永が落ちた)エスカレーター式の女子高があるせいで、蒼星学園はおよそ6対4で男子が多め。バドミントンやテニスのような個人競技はともかく、ソフトボール部や女子サッカー部は十分な人数を確保できず、長続きしなかったらしい。

 「さすがに、その人数は短期間では難しいかな、と気がついたんだな」

 「『短期間では難しい』ってのが、まーしゃんらしいね」

 永は幼なじみの言葉の裏の意味を、鋭く感じ取って微笑む。

 「おうよ! 男子部でバリバリ活躍すれば、やってみたくなる子も増えるってもんでしょ。だけど、女子は公式戦には出らんないから、マネージャー兼任で入った」

 一片の迷いもなく言い切る禾生は、永にはまぶしかった。

 まーしゃんなら、きっと出来ちゃうんだろうなぁ。

 「ってなワケで、きょうは、えいりゃんと2人で祐自の家に行きます」

 「えっ! ど、どんなワケで?」

 『祐自』が佐天の名前であることは、初日に覚えていた。

 クジ引きで決まった席がお互いに近くて、禾生が積極的に佐天を2人の雑談に巻き込んでくれたおかげだ。実のところ、靴箱に外履きを入れる際に、読みだけは早速覚えていたのだけれど。

 それにしても、学校が始まってきょうで3日目。もう、名前で呼び捨てとは禾生らしいと言えば禾生らしいが……、

 「いやさ、祐自もサッカー部志望だったんだけど、巧くてさ。2人で先輩どもを翻弄したんだけど」

 「あ、そうなんだ」

 あの日焼けは、サッカーだったんだ。そう考えて、永は禾生が羨ましくなる。

 「で、改めて話したら、祐自の家って、アタシやえいりゃんと同じブロックだった」

 「え? 2丁目ってこと?」

 「それどころか、40番まで一緒。ほら、春休みに引越しトラックが止まってた家があっただろ? あそこだって」

 「あの、大きいグリーンの家?」

 「そそそ。でさ、家も近所だし、サッカー仲間ってコトで、後でお邪魔するぞって言っといた。今頃、あせって色々隠してるぞ~」

 まーしゃんは、そう言ってニシシと笑った。

 佐天君はそんなことないモン。心の声で抵抗する永は、3人姉妹の次女。思春期男子の部屋事情など、知るべくもない。

 「でも、なんでワタシも?」

 サッカー部員でも、マネージャーでもない。禾生の試合を応援する過程で大まかなルールは覚えたが、未だにボールの行った先にしか視線が向かない。そんな自分が、サッカー談義に花を咲かせられるとは思えなかった。

 「なに言ってんだよ。せっかく家も座席もご近所なんだから、仲良くなるチャンスじゃないか。活用してかないと」

 「だから、違うってば」

 「分かった分かった。じゃ、こうしよう。どっちにしろ、えいりゃん抜きで赤坂禾生の人生は語れないんだから、付き合ってもらう。これでいい?」

 「まーしゃん……」

 「目ざとい女子は、きょうの練習で既に祐自に目をつけたっぽいから、アドバンテージは生かさないと……って関係ないんだった。

じゃあ、関係ないけど、作戦実行で!」

 「意味不明だよ、まーしゃん」

 トボケてはみたが、永の心臓はその時点からバクバクだった。

 帰宅後は一時間ほど着て行く服を選びあぐね、迎えに来た禾生に急かされた挙げ句、最初に選んでいたチェックのワンピースで観念した。

 その後、わざわざ駅前でケーキを買い、Tシャツにハーフパンツ姿の禾生と共に、後の学年一番人気男子の家に一番乗りを果たした。


****


 「まーしゃーん、どうしよう?」

 ゴールデンウィーク前のある日、永はまたもや靴箱の前で、禾生にすがっていた。

 「あちゃあ……代わってあげられたらいいんだけど、アタシの問題じゃないしなぁ」

 額に手を当てて天井を見上げる禾生は、『ついに来たか』とでも言いたげな表情。上履きの踵を踏みつけたままで、永の持つ封筒に視線を移した。

 白い封筒はピンクのハートで封をされていて、差出人の名前はない。ただし、宛名は丸っこい文字で丁寧に書かれていて、

 「佐天祐自さま、ハート、かぁ。下駄箱とは古風だねぇ」

 禾生は永から封筒を受け取り、ピラピラとはためかせながら宛名を眺めた。

 「これって……だよね?」

 肝心の部分は口にできなかったが、言うまでもないだろう。

 入学当初から学年、男女の分け隔てなく人気のあった佐天のことだ。ラブレターの1通や2通、貰っても不思議はない。メールや手渡しなら当事者同士で完結するのだが、靴箱に、となると事情は異なる。

 「えいりゃんと場所を交換してるなんて、普通は知らないもんなぁ」

  かつかつっ!

 禾生が靴箱のネームプレートを、指で弾いた。

 入学式当日から約3週間、永は佐天の、佐天は永の靴箱を一貫して使用しているので、2人の靴箱は完全に入れ替わっている。ただし、それはあくまでも2人の間だけの約束であって、学校側が貼り付けたネームプレートは依然として出席番号順だ。

 「いずれは来ると思ってたけど」

 禾生は呟きながら、永の表情を見た。

 この日以前にも、早々に佐天にアプローチする女子はいた。1年生だけでなく、3年生の先輩も1人いたと聞く。いずれも、あっさりフラレているから、結果的には永のライバルは減っている。

 「それでも最初に、ってのはなぁ」

 告白もしていないし、言葉の上では認めてすらいないが、永とて佐天祐自に恋する1人の少女である。その彼女が、佐天宛のラブレターを真っ先に目にする羽目になるのは、なんともやるせない。

 肝心の永と佐天の仲はと言うと、禾生の積極的なおせっかいの甲斐あって、進展はした。進展はしたが、入学式で初めて会った同士が同じクラスに籍を置いているのだから、3週間なにも進展しない方がおかしい。

 家に1回、試合の応援に1回、お出かけ1回。こう言えば、順調な交際に見えかねないが、全て『禾生込み』での実績だ。要するに、現状は『仲良し3人組』の域を一歩も出ていない。それでも、ゼロからのスタートなのだから『進展』には違いない。

 『名札の貼り替えなんかしたら、目立っちゃうモン』

 いっそ、ネームプレートを修正したらという禾生の提案は、すげなく却下された。

 よくよく考えれば、靴箱をポスト代わりに使う用事なんて1つしかない。お目当ての人物の靴箱を50音順で探している人間が、そこに異性の名札を見つけたら?

 生まれるのは間違いなく、怨嗟の念だ。

 『アタシなら、嫉妬されても気にしないけどな』

 そう断言できる禾生とて、永が自分と同様に突っぱねられるタイプでないことは、重々承知している。

 「でも、ホラ、祐自って今までも全部断ってきたって言うし、今回も大丈夫だよ」

 「そ、それは佐天君が決めることだよ」

 「あ、いや、アイツって付き合うとか今んトコ、興味ないみたいだし」

 「そっか……でも、この子も一生懸命なんだろうなぁ」

 如実にテンションの落ちた永を励まそうと、禾生は決死のフォローを試みたが、かえってやぶ蛇だった。佐天が男女交際に興味がなかったら、必然的に永の恋心も報われないことになるのだ。

 それに恋敵さえも、むしろ恋敵だからこそ思いやれるのが永のいい所だ。この手紙の主がフラレたとして、単純に喜ぶような性格でないことは、禾生が一番良く知っている。

 「とりあえず、で付き合わないトコが、祐自のいい所だしね」

 「うん、そうだよね」

 その点には、永も同意だ。

 禾生の言葉を借りれば、モテるヤツはガッつかない。

 モテないヤツほど、向こうからきたチャンスに考えなしに飛びついたり、ちょっとした視線や絵文字1つでああだこうだと言いがちだ。

 ところが佐天のようにモテる人間にとっては、ある程度の好意を向けられることはデフォルトで、そこに過剰反応しない。人間たるもの、常に一定程度は他者を愛しているものだと信じているフシすらある。

 「さて、どうしたものやら」

 禾生は、佐天へのラブレターを片手に独り言を言った。

 自分の右隣を歩く大親友・一文字永にとって男子とは、主に自分をいじめる怖い存在である。そんな観念が小学生時代に確立されてしまい、中学時代も好意を向ける対象にはならなかった。

 その中には、好きだからこそちょっかいを出してくる男の子もいたのだろうが、それは微塵も伝わっていなかったことになる。

 その永が、ふとしたきっかけで佐天祐自に恋心を抱いた。けれども、佐天のいつもの調子で、爽やか且つアッサリとフラレてしまったら、永は相当ショックを受けるに違いない。

 「ジワリジワリと近づくか、えいりゃんが覚悟を決めるしかないんだよな」

 運よく、3人は同じクラスでご近所同士、自分は佐天と同じクラブに入っている。これを活用すれば、内気な永にも望みはある。なんたって、こんなにいい子なんだもの。

 そう考えた禾生は、仲良し3人計画を粛々と進行した。

 『アタシ、今度の練習試合に出るから、応援に来て』

 『アタシ、公式戦は出られないんだ。悔しいから、一緒に応援して』

 理由なんか、なんでも構わない。とにかく、佐天祐自の生活にえいりゃんが関わるのを、日常にするのだ。

 プロの試合の観戦、夏休みの海水浴、花火大会と縁日、体育祭の騎馬戦に、地元商店街のハロウィン、そして文化祭の出し物巡り。

 仲良し計画は順調に進み、佐天は永のことを『永ちゃん』と呼ぶようにもなった。

 そして、順調に進み過ぎた。

 「おぉい、これから期末の打ち上げ行くけど、2丁目トリオも来るだろ?」

 「ああ、行く行く!」

 「はい、行きます……よね、まーしゃん?」

 「あ……う、うん、もちろん!」

 2学期が終わる頃には、赤坂禾生、一文字永、佐天祐自は『2丁目の3人』として、完全にトリオ扱いになっていたのだ。


****


 「そ、そんなのじゃ、ないです」

 永は泣き出しそうな顔で、必死に言葉を絞り出していた。

 「だったら、なんだってのよ? 年がら年中3人で固まっててさ。常時、オンナ2人侍らせといて、ウチはダメだってんなら、そうとしか考えられないじゃん?!」

 「はいはいは~い、そこまで!」

 物凄い剣幕でまくし立てる少女と永の間に、禾生が割って入った。

 「どうも~、オンナ2号登場でぇす」

 「ちっ!」

 おいおい、そんな姿を祐自が見たら一発アウトだろ。

 自分を見て舌打ちするということは、『弱い方』である永を狙い撃ちしたことになる。その底意地の悪さに、思わず一撃くれてやりたくなった禾生だが、永の意に沿わないことは分かりきっているので踏みとどまった。

 「気持ちは分かるけどさ。途中から祐自の悪口になっちゃってるよ」

 禾生は努めて冷静に嘘をついた。

 気持ちなんて全然分からない。

 親友・永の恋心すら、形式的にしか理解できない自分なのだ。佐天にフラレた腹いせに永に当たる最低女の気持ちなんて、分かりたくもない。

 「それに、永に文句言ってどうするのさ? 永が祐自に『あなたを好きな子に迷惑をかけたから、仲良くするのやめましょう』なんて言って身を引いたら、逆にアンタ終わるよ」

 「くっ、もういいよ!」

 佐天にフラレたと思しき少女は、捨て台詞を残して、壱組の教室を出て行った。その姿を見送ることさえせずに、禾生は永の顔を覗き込んだ。

 「ゴメンね、えいりゃん。ミーティングが長引いちゃって」

 「ううん、平気」

 精一杯の強がりを見せる永の目尻には、今にも零れ落ちそうな涙が湛えられていた。禾生は、改めて少女を追撃したい衝動を必死にこらえた。

 「さ、明日の準備、買いに行こ」

 「うん」

 明日は2学期の終業式、その夜はクリスマスイブだ。この時期になって、佐天祐自の周りはいつもより忙しくなった。いわゆる駆け込み告白が増えたのだ。

 そんな女子側の事情そっちのけで、佐天はサラリと断り続けているのだが、最近はそのしわ寄せが永にも来るようになった。

 今まで佐天と交流がなく、偶像視したままで告白・撃沈した者が、『2丁目の3人』の存在を逆恨みするケース。正確に言うと、ターゲットになるのは佐天と仲の良い女子2人のうち『パッとしなくて弱そうな方』、永だけだった。

 「まったく! 文句あるならアタシに来いっての!」

 駅前商店街に着いても、禾生の腹立ちは収まらなかった。

 「まーしゃんには、みんな言えないと思うな」

 「むぅ、えいりゃんをいじめるなんて、許せない! 次に来たら額に『フラレ虫』ってマジックで書いてやる」

 「ダメだよぉ、そんなことしたら。悲しくなっちゃうじゃない」

 「えいりゃんは優しすぎる。ビシッと言わないと、相手は付け上がるよ」

 「そ、それは、無理かな」

 禾生には言わないが、永には分かっている。

 みんな、禾生が怖くて文句を言わないのではない。みんな、禾生に一目置いているから文句を言えないのだ。男子サッカー部に混じっても中心選手でいられる能力があって、裏表がなくて社交的、ついでにスタイル抜群で美人な女子が、部活もクラスも一緒の男子と仲が良い。

 それは『お似合い』と言う。噛み付いたら、自分が惨めになるだけ。

 だが、自分は違う。

 入学式では総代だったけど、1学期の成績は中の下だった。背は低いし、体型はお子様だし、運動だって苦手だ。そんな『釣り合わない』自分が、入学初日から人気者と仲良くしている。

 「なんで、ワタシじゃないの? って思うよね、普通」

 「ん? なんか言った?」

 「なんでもない。どれにしよっか?」

 ケーキ選びに夢中だった禾生は、永の独り言に気付かなかった。

 聞こえたら聞こえたで、頼っちゃったんだろうなぁ。

 永は、禾生と出会ってからの10年間を振り返った。定期試験や高校受験の時に、一緒に勉強した他は、一方的に頼りっぱなし。佐天とのことだって、4月からの9ヵ月間、永は禾生のお膳立てに乗るばかりで、自発的になにかをしたことはほとんどない。その結果が、『2丁目トリオ』の完成であり、フラレた女子の釈然としない気持ちである。


 みんな、それぞれの気持ちがあって、

 それぞれのやり方で気持ちを温めて、

 自分の力で幸せになろうとしているのに、

 ワタシはまーしゃんに頼りきってて、

 自分の気持ちは隠したままで、

 うやむやのうちに幸せになろうとしてる。


 「それで、いいのかな?」

 「へ? やっぱ、なんか言った?」

 「そのイチゴショートでいいの、って聞いたの」

 「う~ん、ちょっと待った。隣のガトーショコラも、変化球で面白いな」

 永は再び、禾生を煙に巻いた。

 けれども、ズルはここまでだ。


****


 「何書いた? って、分かりきってるか」

 明けて元日。毎年恒例の禾生との初詣で、永は去年に引き続き絵馬を書いて奉納した。禾生がニヤニヤしながら覗き込む。

 「うん。まーしゃんの想像通りだよ」

 「およ?」

 てっきり、恥ずかしがって隠すと思っていた。予期せぬ永の回答に意表を衝かれ、禾生は手にした凶のおみくじを取り落とした。

 「あのね」

 絵馬を絵馬掛けに据え付けると、永は禾生をまっすぐに見て、静かに切り出した。組まれた両の手は、緊張で震えている。

 「あのね、まーしゃん。ワタシ、佐天君に告白する。バレンタインに」


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