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転校してきてから数週間が過ぎていた。今日も一日何事も無く授業が終わり、帰り支度をしていると自らを学級委員長だと名乗る女子に突然声をかけられた。
「ねえ、佐倉君。放課後ちょっといいかな?」
転校してきてから黒木以外のクラスメイトに声をかけられるのは数えるほどしかなかっただけに驚きを隠しえない。
いいけど、と応えてここ最近ずっと一緒に帰っていた黒木に視線を送る。
「すまん、校門で待っててくれるか?」
と声をかけた。すると、意外なことに黒木は今日は用事があるから先に帰るねと言って逃げるように教室を出て行った。一緒に帰るつもりであったので少々寂しい気持ちもあった。
黒木が教室からいなくなると同時に俺の席の周囲には何名かのクラスメイトが集まって来た。
「何だ? 手短に頼む。いじめに加担しろって話ならこれ以上話す必要ないけど」
多分その事だろうとあたりは付いていたので先制を切る。委員長は少し目を伏せて、
「ううん。――いや、確かに黒木さんの事なんだけど。別に私達もいじめてるわけじゃないんだ。その。黒木さんが避けられるのは理由があって……」
そこで委員長は悩むような表情をして言いよどんだ。
「なんだ、はっきり言ってくれ」
先を促すと委員長は目線を下にして気まずそうな表情をした。一瞬の沈黙、ややあって後ろから声が割って入った。
「この前先生が言ってただろ、月に一度か二度、動物の死体が発見されるって」
声がした方向へ振り向くとその声の主はきりりとした顔つきのいかにも秀才といった具合の男子だった。
「先生がそういう話をしてたのは覚えているけど」
「だったら話が早い。その動物殺しは、黒木がやってるんだ。それもただ殺すだけじゃない。先生は言わなかったが俺らの中には現場を見た奴だっている。酷いもんだぜ。ぐちゃぐちゃの、まさにミンチってやつだった。見たいなら現場の写真を持ってる奴だっているかもしれない」
話を聞いても一瞬理解出来なかった。あまりに突飛すぎる内容だった為、一瞬吹き出しそうになりながら言葉を返す。
「なんだそりゃ、言いがかりってレベルじゃないな。どうしてそれを黒木がやったと断定しているんだ? 何か証拠でもあるってのか。返答次第じゃすぐに帰らせて貰うが」
集団で噂を操作して一人を徹底的にいじめる。仲間に加わらなければそいつもターゲット。そういう話なのだろうか。嘘だと決め付けた訳ではないが動物をグチャグチャにして殺害するなんて、そんな残酷な事を黒木がするとはとても思えない。確かに変な奴ではあるがある程度俺は黒木のことを気に入っていたし、信用もしていた。
「そう……だな、確かに証拠と言われると無い。仕方ない、少し気持ちの悪い話をするぞ。……俺は中学の頃ポチって犬を飼ってたんだ。名前が安直とかそういう話は受け付けないから先に言っておく。ある日ポチは繋いでいた鎖が切断されて居なくなってしまった。鎖は老朽化でちぎれた、とかそういうんじゃなかった。引きちぎられていたんだ、無理矢理な。当時の俺は必死で探したよ、犬とは言えポチは家族同然だったからな。ようやく見つかったと連絡を受けて現場に行った。大人にはポチの首輪だけ確認させられた。そこから先は見るなとも言われた。でも俺はその制止を振り切って中に入った。そしたら――ポチは真っ赤な血だまりになってた。頭部は切断されて、頭蓋骨は砕かれて、残りは何がどうなってるかすら解らない位……ばらばらになってあたりにぶちまけられていた。まるでミキサーに放り込まれたみたいに」
その悲惨な光景を想像して嘔吐感を感じると同時に、どこかで同じような光景を目にした事があるような既視感を感じた。
「……大事にしていた飼い犬が酷い死に方をしてしまったのは……同情する。その、俺も動物好きだから気持ちは、ちょっとくらいわかるよ。でもそれと黒木がどう繋がるんだ?」
「あたしが、見たの」
委員長がうつむいて、震えながら言う。その顔は明らかに何かに怯えているように見えた。
「中学の時、休みの日に買い物に出かけてちょっとだけ帰るのが遅くなった事があったの。通学路近くの林道で、変な音がして。気になってこっそり見に行ったの。そうしたらその時は隣のクラスだった黒木さんが夢中で赤い物を殴りつけていて。意味が解らなくて、でもよく見たら、それは、犬の……」
そこまで必死に言った後、わっと泣き出した。嘘を言っているようには見えない。
それを秀才くんがなだめる。成る程今は関係ないがこいつらそういう関係か。
委員長の反応を見る限り芝居には見えない。だがその意味不明な話をはいそうですかと信じられるわけでもない。
「その、委員長が黒木を見て、その後どうなったんだ」
「目が合って私は悲鳴を上げたの。そしたら黒木さんは走って逃げていった」
「それは本当に黒木だったのか?」
「それは……間違いないと思う。黒木さんって目立つでしょ?」
現場で黒木が血まみれになっている姿を見たという話は委員長のものだけだが、確かに付近で同じような状態になった動物の遺体がいくつも見つかっている事は確かなようだった。そして委員長はというと他の生徒からの信頼は厚く真面目で正直、そして控えめな生徒であるという評価が一定している。その彼女が嘘をついているようには見えない。勿論だからといって当然鵜呑みには出来ないのだが。
これは彼女の芝居による集団イジメなのだろうか。それとも。
「私たちも、別にいじめてるつもりはないの。でも、あんな光景を見て、どう接しろっていうの。皆と一緒にその事を聞きに行ったこともある。でも、黒木さんはその事を否定も肯定もしなかった。そう、としか言わない。……おかしいでしょ? していないならちゃんと否定してくれたら良いのに」
成る程、つまりはそういった光景――それが本当かどうかは別として――を見てしまった委員長はその話を皆にしてしまった。そこから黒木はクラスメイトに避けられ、今に至ると言うことなのか。そこまで考えてふと気になることがあった。
「なぁ、俺は今の話を全部信じたわけじゃ無い。けど、たしか以前嘘か本当か吸血鬼事件とか呼ばれてる変な事件があったんだよな? そしてその後で動物が死んでるって先生が――」
「そこなんだ」
秀才くんが言葉を継いだ。
「確かに数年前、そういった傷害事件は起こっていた。実際はどうか知らないが週刊誌には被害者が血を抜かれていたと書かれていたな。残念ながら学生の俺達にはそれが本当かどうか確認する術は無い。確かなのは襲われた被害者がいるって事だけだ。けど、それは突然終息した。犯人が捕まらないまま、な。そしてその後入れ替わるように突然ばらばらになった動物の死体が見つかるようになった。そこにさっきの話だ。誰だって思うだろ。獲物を人間から動物に変更したんじゃないのかって。――つまり、あいつが吸血鬼だとしたら、話はすんなり繋がる。俺らは別に黒木をいじめているつもりは無い。ただ、怖いんだ。俺はとにかくクラスの皆に危険な目にあって欲しくない。だから今日お前にその事を伝えた。勿論それを知った上でお前が黒木と仲良くしたいというなら好きにすれば良い。それだけだ」
そう言われて、その場は解散した。気がつくと教室に最期まで残っていたのは俺だけだった。