old memory (3 years ago)
血をシャワーで洗い流す。バスルームに生臭い臭いが漂う。ボディソープのポンプを乱雑に上下させて臭いを誤魔化す。こびりついた赤黒い血を包んだピンクの泡が排水溝に流れて行った。それを眺めながら暴力的で支離滅裂な思考が私の中を駆け巡っていった。
――まさか、見られるとは思わなかった。
血まみれの私が夢中で獲物を解体している様を見て彼女は何を思ったのだろう。
歯噛みする。油断していたわけではないが、あの時間あんな場所に誰かが通りかかるなど夢にも思っていなかった。それ以上に、必死だった。
手を開き、見つめると先ほどの感触が蘇る。
砕いた肉の感触。あの瞬間は最高に気持ちが良かったが、今思い返すと吐きそうになる。
そして、自分を嫌悪する。
怖い。破壊衝動。私の中にあるもの。恐ろしいもの。だがそれは私。それこそが私。
私は獲物を破壊し、砕き、殺した。私の中の衝動に突き動かされて。何度も何度も殴りつけた。獲物はなにやら悲鳴を上げていたが、私は夢中でその命を奪った。
仕方が無いんだ。仕方が無い。
人は肉を喰う。犬も肉を、牛や馬は草を。
そういう生き物だから。仕方が無い。
そう、それは仕方が無い。それがあたり前なのだから。
だから、私は破壊を、殺戮を求める。それの何が悪い。
今の私にとってはそれだけあればいい。からからに渇いた心が満たされればそれでいい。
友達なんていらない。仲間なんていらない。恋人なんてもってのほか。
私にとって得ることは失う事と同義、その先に喪失の痛みが必ず約束されているのなら。
いらない。私は何もいらない。
私はもう何も求めない。諦めを抱いて生きて行く。
私はそうして生きて行くしかないのだから。
私はそうして死んで行くしかないのだから。
私にそれ以外の選択肢は望めないのだから。
この世界は私に不適合の烙印を焼き付けた。
私は異端者だ。はぐれだ。独りだ。誰も私を求めない。認めない。
これが。
こんなものが【神に愛されし者】の姿だというのか。
殺してやりたい。私が、神を。
けれど、けれど。
「――――」
私を支えてくれるただ一つの光。そうだ、私にはこれがある。
意識に鉄を通す。身をゆだねない。私は獣ではない。奪い破壊するだけのバケモノではない。彼はそう言ってくれた。だから、私は違う。
ざあ、とシャワーを肌に感じ暴走した意識を落ち着ける。
血の臭いは、もうしなかった。