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「どー考えてもやっちまったよな……」
イジメのような陰湿なものを感じてしまったせいか、ついかっとなって勢いで乱暴な言葉を吐いてしまった。そのおかげでなんだか教室に戻りづらく感じて特に意味も無く教室外で過ごす羽目になった。予鈴と同時に自然に振舞いつつ教室まで戻るが微妙な視線と空気感が充満している。恐らくそれは勘違いではないのだろう。確実に俺はやらかしてしまったのだ。席に座るとそれまで突っ伏していた黒木がむくりと起き上がりミュージックプレイヤーを返してきた。
「ありがと、随分思ったのと違ったよ。それ、なんていうジャンル? ロックじゃないよね」
そう小声で聞かれた。何を聴いてると思われてたんだろうと思ったが最近流行している音楽を考えると恐ろしい事になりそうなので追求はしないでおく。それよりも驚きが先行したので質問に答える前につい思った事を口に出していた。
「そうだけど……お前って変な女だな」
ちょっと失礼な言い方だったかと気付くと同時に黒木に眉をひそめられる。
「いや、なんつーか俺の好きな音楽のジャンルって女に嫌われるタイプだから」
「そうなの? アタシはこれ好きだったよ。あとさ、常識云々言う割に知り合ったばかりの相手にそゆこと言っちゃうのはどうなわけ? そこんとこどう思ってるか簡潔に説明ヨロシク」
にやりといやらしい笑顔を向けられる。
どう返すか少し悩んだが両手を開いて降参、のポーズを取る。
「すまん。予想外の反応で口が滑った。別に変な奴だと思ってた訳じゃ……いや、すまんやっぱ思ってた。でも外見の事じゃないぞ。そっちはちゃんと綺麗だと思う」
「……あっそ、アタシそういう事誰にでも言う男嫌い」
冷たく返されてしまい、人間普段使わない言葉を吐くもんじゃないなと後悔する。言われてみれば軟派っぽかったかもしれない。
「すまん、別に他意はない」
「まぁそれはいいんだ。これどういうジャンル? 純粋に興味があるんだよ」
むすーっとしつつもそう言ってくれた。どうやらお世辞じゃなく本当に気に入ってくれたようだ。
「それは、うーん。……メタルってわかるか?」
「めたる……? ああ! ヘビメタの事? 初めて聴いた。ふうん、これがそうなんだ。言い方は悪いけどさ、もっとダサい音楽だと思ってたからちょっと意外」
「お、そう言って貰えると嬉しいな。それデスメタルってジャンルで、まぁ大分聴き易い部類の奴だけど普通はきついと思うんだけどな。お前、えっと黒木は平気なんだな」
「うん、なんかスカッとするし結構好きかも。……あんたの家にはこの手のCDとかたくさんあるの? もっと激しい感じのとか」
「まぁ、そんなには無いけど小遣いは割と注ぎ込んでるな。本当にキツい奴は無いけど、多少重めのやつなら何枚かある」
最近の楽曲はデータ配信が主流なのだが、マニアというのは手元に形が残る状態で置いておきたいものなのだ。
「ふうん……よし、決めた! じゃ、今日あんたんち行くから貸してよ」
「そりゃ無理だ」
即答する。
「ちょ、早っ! なんでよ、いいじゃん。どうせ転校してきて友達なんて居ないんでしょ」
友達か。
「微妙」
「微妙ってなに、猫か犬とでも仲良くなったわけ?」
黒木はイタズラっぽく、にしし、と笑みを浮かべそう言った。
「いや、お前、黒木だな。友達候補。半分くらいな。思ったより良い奴な気がしてきた」
「へえ? というか思ったよりってなに」
特に表情がころころ変わるタイプじゃないから感情を読みづらい。だが悪い気はしていないように見える。
「それ聞くか? 最初の印象最悪だったしこいつとは関わりたくねーって思ってた」
そう言うと苦々しい顔を返される。
「え、そんなに?」
「そんなに。今だって話してるのに片耳イヤホン挿しっぱだし。超感じ悪いデス」
軽く冗談めかして渋い顔を作って答えた。黒木はうーん、と頬をかく。
「ああ……そっか。気付いてなかったよ、ごめん。このイヤホンにはちょっと事情があるんだよね、説明は出来ないけど……アタシにとっては大事な理由があるんだ。だからそれは目を瞑ってくれると嬉しい。あんたが近くにいるときは片方だけにするようにするからさ」
少し意外だった。つっかかってくるタイプだけど、悪いと思えばきちんと謝罪もするし、やはり思ったよりこいつは悪い奴じゃない気がする。ただ、ちょっと変なだけで。
「……いや、俺の方こそ事情も知らずにすまん。最初にそう言ってくれればよかったのに。別に理由とかは聞かないよ」
もしかしたらカムフラージュした補聴器とかそういう理由もありえなくも無いかと思った。ただよく考えたら先生に注意されていたことからそれも違うのだろうけど。
「ありがと、そう言ってくれて助かる。じゃ、そういうわけで今日あんたんち行くから」
「それは無理」
二度目もやっぱり即答。さっきよりタイムは短縮したはずだ。
黒木は下唇を突き出してぶーたれてるけど、流石に転校初日に女の子を家につれてくのはどうなのと思ったので断った。
「俺、こっちに引っ越してきてからばあちゃんちに住まわせてもらってるんだけどさ、ばあちゃんは先週から入院してて半分一人暮らしみたいなもんなんだよ。解るだろ? 流石にそこに女の子連れ込むのは気がひける。CDに興味あるならまた明日適当に見繕って持ってきてやるよ」
そう言うと黒木にフン、と鼻で笑われる。
「一人暮らしだから駄目? それあんたにアタシが襲われるってこと? あはは! 大丈夫、その心配はないよ」
護身術でもならったのだろうか。やけに自信が有りそうにみえる。だが俺がしているのはそういう話ではない。『世間の目』的な意味だ。
「……ふうん。なんかお前の事ちょっと解ったかなと思ったけどやっぱキャラがつかめんわ。あれか、不良キャラだからそういう空気を纏わないと駄目なのか。たいへんだな不良って奴も」
はいはい、と冗談めかして手をひらひら振ると心外だ! という顔をされる。
「ちょ、いや別に中二病とかそういうのじゃないからね? 勿論誤用の方の意味でさ」
つまりダサかっこいい空気をかもし出す方の意味である。そして不良は否定しないのか。その様子がおかしくてくすりと笑う。
「まぁとにかく明日な。適当にもって来るからさ。それはそうと仲良くしてくれよ。しばらく教科書も見せてもらわなきゃならないし」
手を差し出して握手を求める。黒木は一瞬意味が解らないかのようにしばらく俺の手を見つめた後で、
「うん」
とだけ言って握手してくれた。喋ると同性みたいな気楽さがあるけど、その手は小さくて細くて、やっぱり女の子なんだなと再認識した。