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千貌の華 forbidden blood  作者: 猫文字 隼人
第四章 千貌の華
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 重い足取りで黒木の居る丘に戻った。狂い咲く彼岸花に周囲を囲まれたその丘の中央に月色の繭が鎮座している。月の光で編まれたシルクのようにきめ細やかで美しい繭は、血と肉の上に佇んでしっとりと満月の光を反射していた。。

 この中に居るのは、黒木だ。隣には喰い散らかされた大型アマデウスだったものが散乱している。所々に黒い毛のついた肉、そして、頭蓋をむき出しにした特徴的な頭部。

――こいつが、黒木を。

 黒い炎が心を埋め尽くす。だが、本質的にはこいつも被害者だ。それに今は構っている暇も無い。

 

 視線を目の前の月色の繭へ移す。雫の残した記録にも記述の無かったこれは一体何なのだろう。解らないことだらけだった。自分が立っているはずの地面すらぐにゃりとゆがみ、世界ごとこのまま夜空に落ちていきそうな感覚すら感じている。


 今、黒木はこの繭の中で眠りながら何を思っているのだろう。

 俺は先ほど黒木が徐々に破壊衝動に浸食されていたことをようやく知った。一ヶ月前は右腕と両足のみだった外骨格は今日二度目の衝動開放時には左腕にまで広がっていた。

 きっと最初暴走した時、外骨格はもっと面積が少なかったのではないか。黒木は俺には何も言わなかった。だから俺はあの右腕、両足が外骨格に覆われる様をみて、そういうものだと思っていた。最初から、そしてこれからもそのままなのだと思い込んでいた。あの月色の髪だって本来は違ったのかもしれない。

 もしそうであったなら黒木自身は自らの終わりが近いことに気付いていたのだろう。自我が失われ、最後には暴走する他のアマデウスのようになってしまう事を。あの黒木の兄が残した記録は黒木も見ていたのだから。

 花火の時、来年の約束をしようとした時、黒木の返した反応を思い出す。

 満月が来て、暴走したアマデウスを狩る度に、徐々に人間とかけ離れた姿になる自分をどう思っていたのだろう。人の社会で生きる為に、助けた人にバケモノと蔑まれ、バケモノの命を刈り取り、満月が来る事をおびえて、破壊衝動に耐え、繰り返し、自らを削っていた。ひたすらに。

 どうして気付かなかったのだろう。あいつはいつだって自分の事は二の次だった。

 

『音楽、何聴くの?』

 本当は拒絶される事を恐れながら勇気をだして絞り出してくれた。

『ふうん、決めた! 今日あんたんち行く』

 不器用な黒木が、精一杯友達になりたいと選んだ言葉だった。

『あんたアタシに喋りかけてていいの? もう聞いたんでしょ? アタシの話』

 肥大する恐怖と苦しみの中で、それでも人のことばかり気にして。

『よし、じゃあ挽回させてやる。格好を付けさせてやる』

 ようやく、甘えてくれて。

『わたし、あなたのこと好き。わたしのこと、嫌いにならないで』

 一番見せたくないものを曝け出す事を覚悟して、それでももう一度俺を救ってくれた。

『ううん、なんでもない! 来年また同じ浴衣でもちゃんと相手してよ?』

 黒木はそれが叶わない約束であると知っていた。


『私はね、ずっと独りだった。けれど、今は違う』

『ごめん、ね』

『ばいばい』


 そうして最後まで黒木は笑っていた。

 黒木は、あの時確かに笑っていたのだ。それは、きっと他でもない。俺の為に。

「――――!」

 俺は嗤った。気が狂ったかのように大声で、心の底から嗤った。

……人の心にこれだけずかずかと入り込んで、これだけ好きにさせておいて、いきなりばいばいだと。許さない。絶対に。何が何でも連れ戻してやる。

 そして、思い切りほっぺたをつねってやる。いつもみたいに。

 全て、受け入れる。そして気持ちも全て伝える。

 だから。だから、黒木。もう一度、お前に会いたい。


 俺は月色の繭の目の前に陣取り、あぐらをかいて座る。そうして黒木が目覚めるまで待った。

 彼岸花の丘は、先ほどまで異常な事態が起こっていた事など微塵も感じさせないほどに静かだった。かつて黒木がその身を投影した周囲に咲き誇る彼岸花は満月に照らされながら時折風に吹かれ、ゆらりゆらりと燃えさかっていた。


 やがて空が白み、朝日が昇り始めるとそれに呼応するかのように月色の繭に異変が起こった。繭の天辺にぴ、と亀裂が入る。その隙間から現れる粘液に包まれた黒い指、手、腕。

 繭を裂きながらぬるりと出てきたそれは裂け目を優雅に広げていく。そこから姿を現したのは黒い外骨格に覆われた黒木だった。そしてその右手はまるで取り込まれたかのようにアニムスの剣と一体化している。更に驚くべき事に失ったはずの左腕も修復されている。月色の繭は左腕の再生の為のものだったのだろうか。

 月色の繭から出てきた黒木は先ほどの熊型アマデウスや以前遭遇したイノシシ型のアマデウスと同じように全身を青黒い外骨格に覆われており、先ほどより更にその面積を増している。その外骨格は冒涜的な形状をしつつも、けれど美しく、鎧のようで、ドレスのようでもあった。首元周辺を初めとした露出している白い肌と蒼黒い外骨格、月色の髪が織りなす荘厳さは俺に呼吸を忘れさせるほどだった。

 これが、これこそが真のヒト型アマデウス。

 人間の成体にして、争うための形態。

 かつて吸血鬼と恐れられ、物語の中でのみ生き続けた伝説。

 

 震える。恐ろしい。だが、それでもこれは黒木だ。

 黒木は、アマデウス化して兄を失って、それからずっと孤独に耐えて、バケモノを狩る事で生きながらえて、けれど助けた人間にバケモノと蔑まれ自らを呪いながら生きてきた。

 その闇の中で彼女が支えにしたのは幼かった俺が伝えたちっぽけな感謝の言葉だけだった。

 そんな黒木と再会して、友達になって、キスをして、デートもして、それでも彼女はずっと、自らの運命を呪う影の存在を知っていた。その影に蝕まれ、最後の時が間近なことも知って。

 その黒木が感じていた恐怖。それにくらべれば、こんなものは屁でもない。

 彼女は絶望の中笑っていたのだ。いつだって、最後まで。

――違う。あの笑顔を最後になどさせはしない。俺はその為にここに立っているのだから。


「――――!」

 俺はもう一度嗤った。自らを奮い立たせるために。

 黒木を破滅の運命から救い出す為に。

 

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