真摯なお願い
次でこの短編の最終回となります。
「離して」
「おっ」
校舎の方へと戻りしばらく歩いた後、ようやくマリンが口を開いた。
その要望通り、掴んでいた手を離してやる。
「……どうして、わたしを助けたの?」
「え?」
言葉の意味が分からず、答えに窮する。
「……もしかして、あのまま揉みしだかれたかった?」
「違う!」
「痴女ってやつか……」
「ふざけないで!」
静まりきった校舎の中に響くマリンの声。
その悲鳴にも似た声を聞いて、俺程度のトークセンスで無理矢理笑顔を作ってやろうとするのはダメかと悟り、自分の考えの浅はかさを悔いながら話を戻す。
「分かった。真面目な話をしよう。……で、どうして助けたか、だよな?」
「うん……」
「つっても、理由なんて無いって。助けたいと思ったから助けた。それだけだ」
「そんなの……!」
「じゃあ逆に、どうして助けられたことをそんなに非難するんだ?」
「だって……相手は、貴族だったから……」
「その理屈をこちらが理解しているなら、そもそも初日にあんなトラブルは起こしてないのは明白だろ?」
俺がリフィアの中に入った初日に起こした、あの魔物を殺していないと言いがかりをつけられて訓練場で戦うことになったアレのことだ。
「元々の世界でそういう物語は読んできたけど、実体験してきてないこちらとしては、イマイチその辺のことが掴めないんだよ」
「でも……わたしより、貴族の方につくのが良いってことぐらいは、分かるはず……」
「分からないね。少なくとも、男よりは女性に付きたい」
「またふざけた」
いや、ふざけたつもりはないんだけど。
俺としては、自分の体じゃないからと大胆に振る舞える男子中学生の悲しい性をそのまま言葉にしただけだ。
「わたしは、あの貴族よりも……ううん。何なら他の人よりも、何も出来ない……あなたのように打算的に動くのなら、あの時、わたしなんて助けないほうが良かった。……追いかけてなんて、来ちゃいけなかった」
「ん……?」
その言葉の最後にはまるで、「あなたはリフィアさんとは違うのだから」と付くような、そんなニュアンスがあった。
「俺が、打算で動いてるって?」
「だって……あなたを助けてたら、リフィアさんが元に戻った時、喜んでくれるとか言ってたから……」
「ああ……」
説得のために吐いた言葉が裏目に出ていると、そういうことか。
ようやく、どうしてあの時マリンが部屋を飛び出したかの合点がいった。
そして同時に、打算無く助けたという俺の言葉が信じられず、拒絶する理由も。
「もしかしてリフィアは、打算で動かないような子だったのか?」
「うん。さっきみたいな時も、貴族に責められるのに、わたしを助けた」
「俺みたいに、だろ?」
「……あなたとは違う、優しさで」
「俺のだって優しさだ」
「違う」
「違わない」
「優しさだっていう人が、あんな好かれるから助けろなんて提案してこない……!」
「そうしたほうが受けてくれるって思っただけだ。それにマリン、君は勘違いしている」
「何が?」
「俺だって、助けてほしいのは誰でも良いわけじゃない。そもそもマリンじゃなかったら――いや、ルームメイトが君じゃなかったら、そもそも自分の正体を明かそうなんて発想にすら至らなかった」
昨日までで会話をしてきた人は、マリンを除けば三人だ。
戦った貴族様は論外だし、ジルなんてあの生真面目さのせいで信じてもらえるとは思えない。
噂話好きのカシェルなんて、スピーカーを通して話すのと同じ意味になるだろう。
「マリンだから……リフィアのことを大切に思っているのが分かる君だから、騙し続けられないのもあって明かそうと思ったんだ。……まあそのついでに協力してもらおうって考えてる時点で、確かにちょっと打算的ではあるかもしれないけどさ」
でも……と俺は、彼女の手を再び取り、正面から彼女の目を見つめ――前髪の向こうに隠れるキレイな瞳を見据え――本物の俺では出来ない大胆さを発揮して、信じてもらうための言葉を告げる。
「マリンなら協力を拒まないだろうとか、そんな理由じゃ決して無い。マリンならリフィアを大切にしてくれるだろうから、助けてほしいんだ。この身体のためにも」