お互いの怒り
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「許さない……? 女、貴族相手に大きく出たな」
「貴族かどうかなんて関係ない」
「関係がない? 大きく出るな」
「大きくもなるさ。無遠慮に俺の知り合いの女性に手を出そうとしている、そんな奴に小さくなる理由なんてどこにもない」
「お前……僕のことを知らないのか? 僕のパパに頼めばお前なんてこの学校から――」
「だから、そういうのが関係ないって話だ」
尚も分からない貴族様に、俺の考えを言ってやる。
「こちらがどうなろうとも、お前を排除してやる。それだけの話しだってことだ」
左右にある建物のおかげで、あまり声を張り上げなくても相手に言葉が届く。
おかげで、こちらの感情を乗せた言葉を届けることが出来た。
この、怒りに染まった感情を。
「ベリル様……コイツはちょっと……」
と、未だマリンを抑えつけている一人が、こちらの殺気に対して怯えを見せ始めた。
「というかお前ら、いつまで彼女に触れているつもりだ?」
「っ!」
ドスを利かせ、睨みつける。
たっとそれだけでマリンから手を離し、立ち上がって貴族の後ろへと逃げていく。
まあ逃げるのも無理はない。
彼等に声をかけながら、ゆっくりと歩み寄る俺の姿は、このまま言うことを聞かなければこの後何をされるか分かったものじゃなかっただろう。
なんせあの時二人が逃げ出さなければ、俺はとっくに殴り合いの間合いには入っている。
いきなり顎を蹴り上げることだって出来た距離だ。
こちらとしてはそれすらも厭わない。
どういう訳かリフィアの身体自身もやる気満々のようだし。
俺と同じで、怒りに身を任せて拳を振るいそうな気配がプンプンとする。
こうなった時は戦いとしても喧嘩としても二流のことしか出来ない。
こちらか相手が死ぬまで続けてしまいそうだ。
……もしかしたら、俺もリフィアもお互いが怒っているのかもしれない。
「…………」
それを思ったら、少しだけ冷静になれた。
ああ……なんだ。マリン……お前はお前が思うほど、リフィアにとって邪魔だと思われていないようだ。
それが分かったからか、心が少し、穏やかになった。
「それで……どうするつもりだ? この場を立ち去るなら、無かったことにしてやるが?」
「無かったことに? それはこちらのセリフだ」
鈍いのか何も分かっていないのか、貴族はこちらに楯突く姿勢を見せてくる。
「さっきも言っているが、僕が一言声をかければお前なんかすぐに社会的に抹殺してやれるんだぞ? この学校を出た後も、騎士としての働き先を無くしてやることだって出来る。そんなデカイ口を叩くのは止めてもらおう」
本当に、この世界の騎士ってのは何なのか分からなくなるな……民を守る誇りだとか、そういうのが無い。
金に物を言わせて入ってきた貴族の息子というのは、物語の中で見ていた通り厄介だ。この辺を逆にしてくれた方が良かったのに。
「分かったよ。無駄話をするつもりもない。で、喧嘩するのか? するなら掛かってこい。こないならどうぞ、お前の言うとおり俺を好きなようにしてくれ。いくらでも反抗して、お前だけでも殺してやるからよ」
「殺すだなんて大それたことを……お前がこの僕を殺せるはず――」
自然と、目に力が篭もるのを実感した。
「――っ!」
その力強い瞳はベリルと呼ばれた貴族を一睨みし……それに当てられた貴族は、それだけで腰を抜かしてしまった。
「立場や言葉を振りかざすのは結構。でもそれは、実際の暴力に晒される前に発揮されるべき力だ。対峙した時にんなものを武器にしても、意味なんて無い。その場で殺されたら終わりだ」
尻もちをついたままのマリンに手を貸し、彼女を立たせる。
「金に物を言わせて仲間を作るのも確かに力だ。でも、その仲間が今は使い物にならない以上――お前自身の力が物を言う。この騎士学校はそれを教えてくれる場だ。お前らもちゃんと、自分を鍛えてろ」
おそらくはリフィアにとって後輩である彼等に、先輩らしいアドバイスを送る。
こんな状況で送られても苛立ちしか沸かない、全くもって無意味なアドバイスを。
……当たり前だ。
殊勝な意味あるアドバイスをこんな奴らに送る理由なんてどこにもない。
俺としては、マリンを傷つけようとしたことによって蓄えられてしまったこのストレスを、少しでも発散するだけのつもりで発した言葉だ。
このまま俺の言葉に反抗して、ああしてサボるのを日常化した真面目に鍛えられない学校生活を、アイツ等には送って欲しい。
そして訓練中に死ぬか退学するかしてくれれば良いんだが……この学校はそこまでのことになるところなのかどうか。
それもまたマリンに聞かないとな……なんて思いながら、俺は彼女の手を引きながら、追いかけてくる気配の無い――俺の言葉によって苛立ちを蓄えられた三人を置いて、その場を優雅に歩き離れた。