あの日の再現
「見たことがないが、上級生か?」
貴族……ということを、ひと目見て分かることなんてほとんど無い。
ジグゼイルのような、生まれからオーラを纏っているような誇り高い貴族なんて、今の御時世一握りしか存在しないからだ。
よってほとんどの場合は、周りに人を従えているか否かで判断するしかない。
そしてその中でも、その貴族に惹かれて自らの意志で従っているのか、親の金や地位によって従わせているのかといった違いもある。
この新入生の貴族の場合は、後者だった。
マリンがリフィアと出会った時に居た、貴族と同様に。
「……っ」
それをすぐさま察したマリンは、その場から慌てて離れようと踵を返す。
――が――
「おっと」
――その足を、腰巾着の一人が引っ掛けて、彼女を地面にこかす。
いつの間にか包囲されていた。
隠れる場所がないのにこうなるまで気付かないとは、弓騎士科の上級生としては恥しか無いだろう。
「いやいやベリル様。こんなのが上級生な訳ないでしょう」
足を引っ掛けたのとは別の腰巾着が、手を揉み合わせているかのように媚びを露わにしつつ答える。
マリンの感情が揺らいでいなければ、こんな状況には陥っていなかった。
それは間違いない。
この訓練をサボっている三人に囲まれる前に――何ならここに辿り着く前に、気付いて離れることだって出来た。
もし気付く前に囲まれたとしても、戦って逃げ出すことぐらい出来た。
弓騎士科とはいえ、ある程度の近接戦闘は二年生の時に教わるからだ。
しかし逆に言えば、それが出来なくなるほど、今の彼女の心は折れてしまっている。
それほど大切な存在を今、彼女は失ってしまっているのだ。
「ふむ……それもそうか。いやいやそれにしても、まさか訓練をサボるとこんなに良い女と出会えるとは」
言って、嫌らしい目つきでマリンを見る。
つま先から頭の先まで、視線で人を舐めることが出来たなら全身くまなく唾液まみれにされていたとさえ思えるほどに、視線を這わせる。
そんなモノに晒されてしまったマリンは、つい身を捩ってしまう。
それが尚の事、貴族の劣情を駆り立てた。
「おい、お前たち。その女を抑えろ」
「ひっ……!」
恐怖で悲鳴すら上がらない。
訓練の時ですらこんなことは無かったのに。
心の支えを失くし、男に嫌らしい目で見られたというだけで、このザマだ。
マリンは恐怖の中に、自分の情けなさを実感した。
そうこうしている間にも、座り込んだままの彼女の肩と腕は腰巾着二人に抑え込まれてしまう。
そして正面に立つ貴族が、屈むようにしてその胸に向けて両手を伸ばす。
逃れられない。
動けない。
いつものマリンなら、教えられた方法で振りほどけただろうに……それすらも、出来ない。
ついにはその手が、マリンの胸を掴んだ。
「……? 固いな……」
「その……ベリル様。それはきっと服のせいかと……」
「わ、分かっている! ちょっとした確認のようなものだっ!」
自分の服にもある固い裏地をド忘れして触ろうとしたことを指摘され、照れ隠しのために声を少し張り上げ、マリンが着ている服を脱がすために改めて手を伸ば――
「触るなっ!!」
「っ!!」
似たような状況に、つい声のした方向へと首を向けるマリン。
あの時とは違い、魔法で増幅された声が届いたのではない、純粋な叫び声。
でもだからこそ、その必死さが伝わってくる。
リフィアの――リフィアの中にいる男の、その必死さが。
「それ以上触れてみろ……誰であろうと、俺が許さない」