三日目の朝
俺自身の身体に戻れない。
そのことに驚いた翌日――リフィアの中に入ってから三日目の朝、俺はやっと覚悟ができた。
元に戻れない覚悟を。
ここでグズって、ヘコんで何も出来ないまま時を無駄に過ごすなんてこと、したくない。
そういうのを物語の中で何人か見てきたが、その度にイライラしていた。
早々に現状を受け入れて動き始めていればそんな悲劇にはなっていなかっただろ、と何度本に向けて叫んだことか。
しかもそういう奴に限って大抵、その悲劇でピンチな状況を、秘められた力や仲間の犠牲で何とかなったりするのだから、余計に気に食わない。
俺自身の身にこんな心が入れ替わるなんて出来事が起きた以上、都合よく秘められた力が開花するなんていう「物語展開」が起きるつもりで活動なんて出来ない。
それにそういう系列の主人公だって、結局は痛い目に遭ってからようやく開花したりしていた。
仲間の犠牲なんて論外だ。
そういうことが起きて、後悔なんてしたくない。
これからは、いつ元に戻れるか分からない中、リフィアの身体で生きていくんだ。
この身体にも、そして身体にいる間知り合う人も、全て犠牲にしたくない。
そうして……元に戻れないと覚悟した以上、真っ先にやらなければいけないことがある。
俺自身のことを、ちゃんと話す。
リフィアであってリフィアでない事情を伝えて、色々と協力してくれる人を作らなければならない。
一昨日、リフィアの中に入ったばかりの時は、あくまですぐにリフィアに戻るだろうからとその手は取らなかった。
でも、今は違う。
元に戻らなかった。
だからこれから先は、もし元に戻ればそれはそれでラッキー、といった心持ちで進んでいく。
だからこそ、俺のことを知ってくれる人が必要だ。
俺一人で、知らない世界を・知らない人の身体で生きていくなんて、ほぼ不可能だ。
どうしても、手助けしてくれる人はいた方が良い。
それこそ物語を沢山読んできたからこそ分かったことだ。
……で、それなら誰が良いのかという話だ。
異性は――いや、俺にとっては同性――つまり男は論外だ。
助けて欲しい場面は女性だからこその場面のほうが多いはずだし、何より俺自身が男に気を遣われたくない。
どうせなら女の子に気を遣われたい。
女の身体なせいで相手が女性でも興奮しないが、それでも俺の気持ち的に女の子が近くにいて欲しい。
となった中で、俺になってから出会った女性はたった二人。
マリンとカシェル。
カシェルは俺のことを怪しんでいたから、それを明かす形で教えられるという意味では伝えやすい。
しかし本人が言っていた噂話好きが本当なら……もしかしたらあっさり広められてしまうかもしれない。
俺の言ったことが本当ではなく冗談の類だと思えば思うほど、その可能性は高まる。
真剣になってくれないから当たり前だ。
さすがに味方を作りたいとは言ったが、誰彼構わずで良いという訳ではない。
という訳で……マリンしかいない。
いや……マリンが良い。
同室だし、嘘だと思っても周りに言い触らすような真似はしないだろうし、何よりリフィア自身のことを慕ってくれている。
俺自身をリフィアから追い出すという意味でも、リフィアに悪評が広まらないようにという意味でも、協力はしてくれるはずだ。
だから――
「あ、あの……」
――と、思考に没頭していると、不意にマリンの方から声をかけられた。
今いるのは二人の自室。ベッドに座って物思いに耽っていれば、そりゃ向こうも声をかけてくるか。
「そんなに見つめられると……着替えづらいです……」
「……………………ごめん」
どうやら意図していない所でセクハラめいたことをしてしまっていたようだ……反省。
でも狭い部屋にベッドと机とクローゼットをそれぞれに対して与えていれば、目のやり場が相方にしか向かないのは必然的とも言える。
考え事をしていてボーっとしているだけでも、ベッドに腰掛けていると相手を見てしまうのだ。
仕方がない。
いや仕方がない。
……言い訳じゃないよ?
そりゃ、パジャマ(ネグリジェとも言うんだっけ?)を脱いで、ジッと俺に見られてしまっていたが故に顔を真っ赤にし、その脱いだ服で大きな胸元を隠して身をよじる姿はいやに扇情的だ。
ブラとショーツだけしかない黒い肌は、本当にキレイだと思う。
だけどやっぱり身体がリフィアである以上、興奮はしない。
この反応にキレイだとか可愛いだとかいう感情は抱いても、どうにかしてやりたいだなんて微塵も思えない。……まあ、それを説明したところで納得なんてしてもらえるはずもないが。