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report.23 ~終幕の時~

「さてさて……チクショウ、俺としたことが……ドジるとはな」


「なんで……お前、縄を……」


 シルヴィアが包帯男と戦い始めた頃、廃屋ではシルヴィアが倒し、ナルシアの睡眠魔法をかけられていたはずのボルザークが目を覚ましていた。


 勿論、縄なんて意に介していない。最早惚れ惚れするほどの技量で体に巻き付けられている縄を切り捨てる。


 今、目覚めているのは、ラスだけだ。他の人はまるでなにか、魔法にでもかかったかのように眠りこけている。


「安心しろよ、別に俺はお前を殺さん。俺なんかがやらなくとも……どうせ、決着はあっちが勝手にやってくれるだろうからな」


「──?」


「ああ。まだだったのか、いやすまねえ。どうにも性分として、俺は秘匿ってのが大嫌いでね。最初に殺したのも、そんなやつだったかな」


「お前は、なぜ……」


「──そろそろ始まるぜ、ま、見てろよ」


 ボルザークと言う男は、今この瞬間にラスを殺せる技量を持っている。その気になれば、この場の全員すら、切り捨てることだって可能だ。


 なのに、なぜ殺さないのか。それを追求しようとするが──ほかならぬボルザークがそれを制止した。まるで、この先の結末を見届けろとでも言わんばかりに。


「──う、?」


 そこで、一瞬目の前がぶれた。いや、違う。腹の底から湧き上がる吐き気、この気持ち悪さ。


 これは、呪い──?


「くっく、はっはっはっは!! いい眺めじゃねえか! あの女が必死こいて守りたかったもんが、こんなにもあっさりと失われていくんだからよお!!」


「──」


「ああ、これだよ、これなんだよ。ああ、ああ! 俺が求めるのは、これだ! 大切なものを何もかも奪っていく……くく、はははは!! これ以上にないほど、気分がいい! こんなのは、ガキの頃以来だ! そうか、俺は、俺と言う生き物は、これを求めていたのか。チクショウ、さいっこうに、すこぶる調子がいいぜえ!!? ──全部、奪ってやるよ、お前が、大切にしてたもん、全部踏み躙って、斬り刻んで、原型を留めないくらいにぶっ壊してやる!! そして、お前のその絶望を……見せてくれよ!!」


「──ぐ、がっ……」


 ラスには理解できないような言葉を羅列し、歓喜に打ち震える異常者。彼はその瞳に涙さえ浮かべ、ただ諸手を挙げて喜んでいた。


 そして、ボルザークはラスの顎を掴み、瞳の奥に邪悪を宿して、囁く。


「お礼だ。大切なことに気づかせてくれた、謝礼をしてやらねえと。──大切なことを教えてやるよ。お前たちは、信じてるのかもしれねえ。王都の騎士どもが、今すぐにでも援軍として向かって来ると。……だが、そんなことは金輪際ねえ! 断言してやるよ、あいつらはてめえらの保護になんか来やしねえよ!」


 確かに、ラスはそんな風に思っていた。きっと、騎士たちがいずれやってきてくれると。


 だけど、そんなことはあり得ないとボルザークはラスに訴える。


「なぜかって? そりゃ当然……いや、これは楽しみに取っておこう。方法はあればあるだけいいってもんよ。──だから、この場で俺が聞くのは、たった一つだ」


 底の見えぬ深淵を覗かせながら、ボルザークはラスに語り掛ける。あくまで、狂人としてではなく、仲間として、彼を見据えてくる。


「お前らのことを、王国側はどう思っていると思う?」


「──っ」


 思わず、返答に詰まった。


 だって、第143期はあまりにも模範的な騎士に似合わない。問題ばかりを引き起こし、騎士に相応しくない行動を起こす問題児。


 それが上の抱いている感想だろう。


「──今回の事件、起こることが分かっていて、敢えてお前らを派遣したんだよ。邪魔者を、今ここで排除するためになあ?」


「そ、んな……」


「王国魔法士にゃ、凄腕の占い師……ナルシアってやつがいる。あの女の占いは、未来視に近しいものだそうだ。そんなやつが、今回の事件をあらかじめ視ていないはずがないだろ?」


「あ……」


 言いたいことが分かった。分かってしまった。


 つまり、奴はこう言いたいのだ。


 ──第143期は、捨て駒だったのだと。いずれ捨てられる運命にあって、その時期が早まっただけ。


 見捨てるために、ナルシアは王都へ向かい、シルヴィアもまた──。


「そうだ、シルヴィアも、知ってて、お前らをこんなところまで連れてきたんだ。ここなら、死人が出たところで、気にすることはない。大事にだってしなくても済む。そう、お前らは騙されていたんだよ。あの『英雄』に」


 そんなことはないと言いたかった。でも、出来なかった。


 だって、ボルザークの言動を裏付けるように、今この場にシルヴィアはいない。彼の言う通り、第243期を罠に嵌めて、自分はさっさと帰ったのかもしれない。


「なあ、こんなのが許せるか? 俺たちにだって、正当に生きる権利はあるはずだ。なのに、それすら踏み躙られたんだ。俺なら、納得できないね」


 まるで全員に言い聞かせるように、大声で語るボルザーク。それを世迷言だと切り捨てられるほど、彼らは平穏を保っていられなかった。


 呪いに体を蝕まれ、徐々に思考が奪われる中、彼らの思考の大半を埋めるのはきっと怨念だ。


「ああ、なんて嘆かわしいんだ。──せめてもの、救いだ」


「ほ、のお……?」


「このまま呪いで死ぬなんて、ぞっとするだろ? 下手したら上手く死ねないかもしれないんだ。だから、この家ごと焼いてやる。そうすりゃ、完全に死ねるさ」


 そう言って、自らの魔法を使って廃屋の柱の一本に火花を付けた。


 本当に小さな火花だ。だけど、この家は木材建築。きっかけさえあれば、煌々と燃え盛る。


「──美しい赤だ。これこそ、命の終焉に相応しい、か。では、ラス君。さらばだ。もしかすれば後に会うことがあるかもしれないが……ま、さようなら。君たちの無念は俺が晴らす」


 そんな風に格好つけて。


 開いていた窓から颯爽と身を乗り出し、闇に紛れていくボルザーク。


 それを見つめながら、ラスはただ地獄を見つめていた。
































「──中々の腕前ですが……やはり、呪いにその身を侵されていることは間違いない。剣技が、幾分か落ちています」


「ぐ──? っ、ぁ……」


 同時刻、川の浅瀬では川が流れる音と、金属が激しくぶつかり合う音が同時に響いていた。


 包帯男とシルヴィアの一騎打ち。だが、男は昼間のように影は使わない。あくまで、自分の剣術だけでシルヴィアと渡り合っていた。


 とはいえ、シルヴィアの剣術も包帯男の指南通り格段に落ちているのは誰でもわかる。


 彼女は今、呪いに身を侵されながら戦っているのだ。影を使わないのは、彼なりのハンデなのかもしれない。


「──ほら、足が疎かですよ? ああ、次は肩、肘……全く、教えられた剣術は一体どこへ消えたのですか……?」


 落胆を交えた声音が、シルヴィアの耳に届く。


 驚くべきは、包帯男だ。この男は、未だに全力を出し切っていない……!


 何度目か知れぬほど、金属がぶつかり合った時、包帯男の動きが僅かながらに止まる。


 彼は片手でシルヴィアを制し、どこか別の方向を向いて──邪悪な笑みをシルヴィアに向ける。


「こういう結末も、またアリですね……御覧なさい、『英雄』の後継者。あれが、貴女の選択の末路です」


「え……?」


 男性が指さした方向。それは、シルヴィアがやってきた方角だった。


 信じたくない、嘘だと思いたい。だが、それは脆くも崩れ去る。


 後ろを向けば、そこには森林に似つかわしくない赤が燃え盛っていた。


「おやおや、まさかの事態ですねえ? どうします? このまま私と踊ってくださっても構わないのですが……貴女の大事な者たちが零れていきますよ?」


 そう、あそこにあるのは、シルヴィアたちが寝る場所として使っていた廃屋で──。


「まさか……ダメ、やめて……やめてええええええ!!」


 自分でも初めてだと認識できるほど、大声を張り上げる。彼らとの思い出。何者よりも大切な時間が、シルヴィアの中から消えて行ってしまう。


 最早、包帯男の言葉など耳に入らない。ただ我を忘れ、全速で来た道をとんぼ返りする。


「ええ。それが貴女の選ぶ道ですよね。当然です。誰もが大事なものを守ろうとする。──それでも零れ落ちるものは助けられないんですよ」


 最後にそれだけ聞こえて。シルヴィアはその場から消えた。

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