report.22 ~逃れえぬ運命~
「はあ……はあ……」
包帯男の体が崩れる。
その体は支えを失い、重力に従って地面へと激突を余儀なくされた。
今までシルヴィア達を苦しめた影──意志を持って蠢く黒い何かは、包帯男の死と共に灰となり風に乗って消えていく。
ここでの、最後の激闘。それは、ようやく幕を閉じた。
──まさに、総力戦と言っても相応しくはないものだった。
王国において最悪の殺人者として名を上げているボルザーク。そして、なぜか魔族側に加担し魔獣を操る存在との遭遇。
出来れば、目の前で命を散らした人物を捕まえたかった、というのが本音だ。
物語の中でしか存在しないとされている虚無。それに、魔獣を操れる力。何より五人将にまで及ぶ実力。
謎が尽きない。謎しかない。捕まえられれば、もしかしたら人間側にとって有利な情報を得られるかもしれなかった。
だが、ボルザークだけでも十分な戦果だろう。なにせ、騎士たちがどれだけ血眼になって探しても捕まることはなかった犯罪者を、捕まえたのだから。
「ユキ……大丈夫? 立てる?」
シルヴィアの隣で膝をついて、盛大に息を切らしている少女──ユキへと手を差し伸べる。
「はい……私は、大丈夫、です……」
シルヴィアと同じく腹辺りを蹴られたのか、お腹を抑えている少女は、シルヴィアの手に掴まり立ち上がる。
だが、その間。シルヴィアの視線は別の所に向けられていた。
──ユキが持っている剣。包帯男を刺し、その命を奪ったはずの剣。なのに、そこには血がついていなかった。
人だけでなく、魔獣だって、その体に剣を突き立てられれば、否が応でも剣には血が付く。それは生きているのならば当然なのだ。
なのに、血がついていないのは、どういうことか。
──まだ、終わっていないのではないか。
そんな、不安が胸中に渦巻きつつも──全員が消耗したこの状態では、何も出来ない。また戦いになりでもすれば、全滅の可能性だって拭えない。
だから、今すべきことは──。
「みんな……一旦、戻ろう。これ以上は、危ないから……」
いつもの掛け声とは違って、覇気のない声で、戦いを生き抜いた者たちに指示を飛ばすのだった。
「よく、生きて帰って来たわね」
「はい……全員、無事、ってわけには、行かなかったですけど……」
どこか哀愁を漂わせた表情で、出払っていた者たちを迎えるナルシアに、シルヴィアは沈痛の面持ちで答えるしかなかった。
きっと、ナルシアもそれで察したのだろう。
それに、気付いたはずだ。
調査に行った時の人数よりも、帰ってきたときの方が歩いている人間が少ないのだから。
「そう……取りあえず、傷は酷いでしょうから、休みなさい。あとは……一応、手柄もあったみたいね」
「はい……王国で罪を重ねたボルザークを、捕まえました。一応、縛っておいたんですけど……」
そう言って、シルヴィアは縄で頑丈に縛り付けた男性──ボルザークをナルシアの前に引っ張り出す。
ユキの『オラリオン』を解いた後、未だ目を覚ましていなかったボルザークを即席で作った縄で縛り上げたのだ。とはいえ、即席だ。
目を覚まされれば厄介なことになる。
こんな狭い空間での戦闘など、一体どれくらいの被害が出るか、もう想像したくない。
「それで、ナルシアさんには……その、王都、いや王城に行ってもらいたいんですけど……いいですか?」
「そうね……敵の存在、更にはボルザーク……もう、見習い騎士とかだけで対応できる範囲じゃないわね。分かったわ、最低でも援軍は明日以降になるけど……」
「充分です。敵が生きていたとして、あちら側の損害も安くはない、と思うので、暫くは来ないかなと」
「──シルヴィア。あまり自分を責めないでね」
最後にそれだけ言って、ナルシアはここから出て行く。王都へ向かい、ラクロスさんに連絡さえ取れればあとは彼らに任せるだけでいい。
少し、休もう。
今日は、疲れた。もう、動く気力さえない。
ユキも、皆も、死んだように眠っている。今回は王都の時とはあまりにも違った。
シルヴィアも、正直ギリギリだ。
だから、取りあえず、眠ろう。──これからのことは、その後に考えればいい。
「──?」
ふと、何かを感じて起きる。
周りを見てみれば、全員が全員いびきもかかずに寝ており、違和感は別にない。
窓を眺めてみれば、雲一つない、昨日と同じ光景が拝める。星が輝き、川のせせらぎが聞こえる。
なのに──。
「なんで……影が……」
シルヴィアの寝る場所は、窓際だ。これには色々理由があるのだが、シルヴィアなら外の変化音が聞こえるだろうという理由が主だ。
それが功を奏したのかは分からないが、即座に気づけた。違和感、とまではいかない、些細な出来事に。
枕元から剣を取り、眠っている者たちを起こさないようにそっと窓を開け、外へと飛び出た。勿論、靴は玄関の方まで取りに行く。
「なんで、月が……覆われて……」
まるで誘われているように、シルヴィアは川の方へと歩き始める。昼間の疲れが残っているのか、足取りがフラフラになっているが、気にするべきではない。
今シルヴィアがするべきことは、異変の探索だ。
森林にしては静かすぎる道を通り、その先に居たのは。
「昼間の……包帯、男……」
月に照らされる、居てはいけないはずの男性。全身に包帯を巻いた、化け物がそこに居て。
「昼間振りでしょうか、生きていて何よりです」
変わらない異常性を、シルヴィアに刻み付けてくる。男性を前にして、様々な疑問が湧いてくる。
なぜ、生きていたのかとか。なぜ、虚無と言う力を持っているのかとか。
だけど、声が出ない。上手く、口が開かない。
まるで恐怖に当てられたように、全身が硬直してしまっている。
「どうやら、貴女には効き目が薄いようだ。──ああ、よかった。私の判断で、殺してしまう所でしたから」
「──な、にを?」
その言い方が引っかかった。その言い方では、他の人たちは死んでいるかのようで──。
「まだ、死んでおりません。ですが、死は免れえない。彼らは時期に苦しみ始める。呪いによって、体の重要器官を蝕み、死に至らしめる」
「う、そ……」
信じられない真実に、掠れた声しか返せない。
そもそも、敵の言っていることだ。信じる必要性は全くない。
なのに、敵の眼が。それを真実だと物語っている。
「安心してください。私を倒せば、解ける。何しろ、私の方もストックがない。今殺されれば、私は生き返る手間もなく、死に絶える」
「──」
「では、楽しみましょう。最後の殺し合いを。貴女は、大切なものを守り抜くために」
「──、あ、ぁぁあああああああ!!」
心の底から叫ぶ。
近くで休んでいた小鳥たちが何事かと起きて、森全体が騒ぎ始める。
最後の戦いが、始まる。




