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report.21

 ただ空中を舞っていた。


 ゆっくりと、高く、空に浮かんでいた。


 こんな時に限って、世界というモノはコマ送りのように遅く見えた。


 包帯男の蹴りを受け、飛び上がった距離は果たしてどれくらいだろうか。これほどの高さから落ちれば、きっと助かることはない。


 まず最初に衝撃を受けるのは背中だ。それは確実に背骨を砕き、脳髄を完膚無きにまで壊し、魂を肉体から損失させる。


 ──即ち、あの日。燃え盛る世界で、何度も待ちわびた感覚。


 ──死という概念に他ならない。


 近づく死。しかし、打ち上げられたユキにはなすすべはない。このままその死を受け入れるだけだ。


 ただ、ユキは。


 最後の最期で、少し前の出来事を思い出していた。


 あれは、確か、シルヴィアが第143期全員にご飯を奢ったときか。


 ナルシアと言う女性と、語り合うシルヴィア。そこに入るのは、躊躇われたし正直入る必要性も感じていなかった。


 だけど、なぜか頬を若干紅潮させたシルヴィアに呼ばれた。


 その時の会話は、とても心地よくて──。


 いつか夢見ていた同年代と、分け隔てなく仲良くなること。幼い頃から自由を与えられなかった彼女は、いつしかそんな夢を諦めていた。


 いろんなものを諦めてしまった。


 あの日に、諦めるしかなかった。


 同年代と、仲良くなることも。普通の少女として、恋をしてみたいと思っていたことも。いや、最早夢見ることすら諦めた。


 全てを諦め、その人生を受け入れたはずなのに。


 ──なのに、シルヴィア達と暮らすたびに。諦めたころの声が響いてきて、胸が締め付けられる。


 きっと、奥底では理解していた。これこそが、夢見がちな少女──あの日に死んだはずの少女の、最後に望んだ夢だったのだと。


 ──ならば、願うのは何か。


 ──ならば、叶えたいのはなんだ。


 最早死しか選び取れない今この瞬間に、ユキが掴みたい未来は。


「死に、たくない……」


 掠れた声で、全てが遅れた世界で、ユキは独白した。


 ──生きていたい。それが、何もかもを諦めたはずの少女が、最後に願ったモノ。


 もっと、早くに気づけばよかったのに。こんな最後の瞬間にしか気づけないなど、馬鹿みたいだ。


「──ま、簡単には死なねえさ。安心しやがれ、俺の魔法なら、な」


「──、ぁ」


 どさっと、地面に落ちる。だけど、それは圧倒的な高さからの落下ではなく、ほんの数センチ上から落とされた感覚。


 視線を上げれば、そこにいたのは──。


「ふ、らいく……?」


「そんじゃ、我らの教官様を助けようか」


 第143期が、そこに立っていた。勿論、包帯男が連れてきた魔獣達は既に全滅している。


「みんな……」


「ふ……雑魚は雑魚らしく引っ込んでいるがいい……」


「よっしゃ……あいつにゃ、痛い目見てもらわないとな!」


「マジでどうでもいいから、早くどっか消えてくんないかな……」


 間違いなく、頼りになる存在。敵に回すとこれ以上にないくらいに厄介な仲間達。


 フライクが嘯き、シンリがいつも通りに悪態をついて、ハイネスが頷き、クリストが面倒くさがりながらも先頭に立つ。


 勿論、他のみんなも。


「うおりゃあああああああ!!」


 世界一しまらない掛け声──と言うのも、フライクは前線に出ないため──が上がり、まず天才だと自称するシンリが包帯男へと肉薄する。


 シンリの得意魔法──精神汚染。だが、恐らくではあるが、あの包帯男には通用しない。もうこれは才能という以前の問題だ。


 シンリの魔法は──人の弱い部分に付け込み、都合のいい夢を見せると言う魔法だ。大分意地汚い魔法ではあるが、誰にだって効果的である。


 だが、あの男には弱い部分──つまり、人であれば必ず生じる迷いがないのだ。


「ああ、そうですね……少々面倒ですが……一人一人相手にしていくとしましょう」


「くっく! その油断が命取りにならねばいいがなあ!!」


 あくまで余裕を崩さない敵に対して、シンリが一瞬で間合いを詰めて──目にも止まらぬ速さで剣を振り抜く。


 ──シンリは、天才だ。間違いなく、才能に溢れていると言っていい。剣を持たせれば一流に準ずるし、魔法を使わせれば王国魔法士たちにも劣らない。


 豪快な剣捌き──しかし、その実穴に針を通すかのような精密さを持って包帯男へと攻撃を浴びせていく。


 だが、やはりと言うべきか。包帯男はその全てを、防ぐ。足を狙った攻撃を跳躍することで回避し、シンリの蹴りを身を捻って避ける。致命傷どころか、攻撃すら与えられない。


「こっちも、忘れるなよ!!」


「はあ……マジで、めんどくさいんだけど、あんた」


 シンリに加勢するように、ハイネスとクリストが剣を滑り込ませた。三対一の剣闘。四つの閃光がぶつかり、火花を散らす。


 しかし──。


「やっと、互角……?」


 目の前に広がる光景は、見事にユキの期待を裏切った。


 なにせ、三対一だ。その分、不利になるに決まっている。なのに、包帯男はそんなハンデも苦にしていない、どころか楽しんでいる節すらある。


 それとも、言葉通り遊んでいるのか。


「くっそ……取りあえず、続け! 大丈夫! 死にそうになったら転移させるから!」


 後方で指示を出すフライクも、それを悟ったのか、残っている者たちを前線へと送り出す。その判断は間違っていないだろう。


 三対一で及ばないのなら、もっと手数を増やせばいいと。包帯男が他に気を取られている間に、他の人が攻撃を繰り出せばいい。


 いわゆる数の暴力。またはごり押し。


 だが──。


「攻め手に欠けんな……ユキ、お前なら、何とかなるか?」


 危なくなった仲間を転移で数メートル離れた場所に転移させているフライクは、未だ地面から立ち上がれないユキに話しかける。


「──ううん、私じゃ、足りない……」


 激情に駆られたユキでは、最早話にならない。尚且つ包帯男に蹴られた傷が、未だ痛む。あの敵に、万全の状態ですら勝てるかどうかは分からないのに、これでは勝てる様子は万に一つはない。


「そうか……くそ、幸いなのはあの影を使わねえことか……だが、このままじゃ俺の魔力が尽きちまうな……そうなりゃ、バランスが崩れるかもしれねえ……」


「──ねえ、フライク。あれって、転移させられる?」


「──あれって……ああ、そういうことか。まあ、重量制限に引っかからなくもないが……そこは根性で何とかしよう」


 いつでも転移魔法を使えるようにと目を光らせているフライクに、何かを思いついたユキがとある物を転移させられるかを聞く。


 ユキが指した物は、天高くそびえる樹氷だ。とはいえ、無数に生える樹氷の中で一際小さいものだ。


 勿論、あれで倒せるとは思っていない。あれで倒せるようなら、シルヴィアがとっくに倒している。


 だから、殺傷目的ではない。目くらましさえ成功すれば、それでいい。


「よっしゃ……じゃ、そろそろ転移させるぜ……!」


 顔に大量の汗を流しながら、魔力がギリギリに見えるフライクが、合間を縫ってユキに合図を送る。


 ──恐らく、これが最後になるだろう。フライクの転移魔法は、確実にこれが最後だ。これ以上は放つことは出来ない。


 だから、成功させなくてはならない。


 足に力を籠める。近くに転がっていた剣──その柄を強引に掴み取り、呼吸を整えるために深呼吸を繰り返す。


 この一刀、一太刀に全てを賭ける。集中をつぎ込んで、精神を研ぎ澄ます。


 狙うは、包帯男の首だ。最早躊躇している場合ではない。殺らなければこちらが殺される。


「ぅぉおおおおお!?」


 最後の魔力を使い、ユキに指示された樹氷──それを、包帯男の真上へと転移させる。包帯男が、それに気づいたのは、クリストの剣を弾いた瞬間だ。


「く……」


 小さいとはいえ、軽く人の全長を超えた代物だ。当然、剣で砕くことは出来ない。だから──シルヴィアを苦しめていた、彼の影が蠢き始める。


 まるで所有者を守るように、それは天へと伸び──樹氷を砕く。その寸前。


「──!」


 ユキが、踏み込む。恐らくではあるが、影が対応できるのは一方向。今この瞬間は、彼の影は樹氷の対応に向かっている。ゆえに、ユキの攻勢に反応できるのは、包帯男本人しかいない。


 あとは単純明快だ。どちらが上か、その一点に絞られる。


 ──この一刀を、届かせる!

 

 包帯男の動きは遅れ、ユキの剣が首に迫る。僅かながらに、包帯男の剣の方が遅い。


 ──取った。


 油断した。慢心した。安堵してしまった。


 これで終わりだと。ここからの逆転は、万に一つもないと。


 だが、忘れてはならない。敵はまだ、全ての手の内を見せているわけではないということを。


 キィィィン!! と金属がぶつかった音が跳ねあがった。だけどそれは、上がってはいけない音だった。


 だって、それは防がれた事の証明に他ならないのだから。


「ふ……」


 驚愕と共に、顔を上げた先にあったのは、凄惨な笑みだ。包帯男の、おぞましいほどの笑みが、瞳にこびりつく。


「残念です……貴女の策は、間違っていなかった。そう、悪いのは、貴女ではない。手を隠していた、私が全面的に悪いのだから」


 影が、ユキの上を覆った。上空からは、砕かれたユキの破片が落ちてくる。


 ──無駄だった。届かなかった。


 ダメだった。出来るわけがなかった。


 自分は、シルヴィアのように守る抜くことは出来ないのだと、改めて思い知らされた。


 何度、期待を裏切れば気が済むのだろう。何度、失望すれば気が済むのだろう。何度、死を味わえばいいのだろう。


 下を向く。現実を直視していられない。


 こんなのが、結末だ。あっけない。


 なのに、体はまだ足掻こうとしている。無駄なのに、出来るはずがないのに、ここから前に進むことは叶わないのに。


「──無駄じゃないよ」


 不意に、そんな声が響いた。


「──え?」


「──な、に……?」


 ユキと、包帯男の驚愕が同時に上がる。


 振り向いたときには、既に変化が起こっていた。


 後ろから、剣が迫る。完全なる死角からの攻撃。ゆえに、包帯男の行動が、遅れる。致命的なまでに、遅れてしまう。


「──いい加減に、死になさい!」


 怒号。ともに放たれるのは、必殺の一撃。だが、包帯男からも影が迫る。


 シルヴィアの剣と影がぶつかり、飲み込まれていく。


 あと数秒もすれば、シルヴィアの体は完全に取り込まれてしまう。


 しかし、その前に。


「──ご、ふっ……」


 血が、地面に吐き出された。鈍い音も、同時に響いていた。


 包帯男の首が、壊れた機械のようにゆっくりと下を向く。彼の包帯に、血が滲んでいて──そこには、剣が突き刺さっていた。


 ユキの剣が、包帯男の体を削った。


「ば、か、な……」


 小さく、呟き──。


 瞳から光が失われた。同時に、ユキは理解する。


 ──包帯男は、死んだのだと。

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