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report.20

 一面に広がる雪の景色。


 どこまで行っても変わることはなく、その世界は不変という文字を表しているかのようだった。


 天を衝く勢いで伸びる樹氷。煌々と照らす太陽を覆い隠す分厚い雲。


 それらが重なり合い、幻想的な風景を醸し出していた。まるで、今は失われた大地──世界の端にあると言われる楽園。それが連想できる。


「全く……まさか、固有の世界を作り出すことすら、出来る者がいるとは……侮り過ぎていた、ということでしょうか」


 中心から少し外れた位置に、包帯男は立っていた。中心にそびえ立つは、ひと際高い樹氷。まるで、この世界を作り出した者を守ると言わんばかりに、防壁としての機能を果たしていた。


 そして、その隣にいるのは──。


 白い、誰よりも透き通った少女。先ほど、包帯男が無価値と切り捨てたはずの少女。


 同時に、その隣に一つの影が舞い降りた。


 包帯男が、最も警戒して止まなかった者の一人。ボルザークを引きずり出してまで、戦いたくはなかった存在。


 包帯男では、及ぶべくもない最強の存在。間違いなく、人類の頂点に位置すると断定できる人間。


 桃髪の少女は、騎士に与えられる白い騎士服をなびかせ、地面に降り立つ。


 ──シルヴィア・アレクシア。『英雄』の前任者──アリサ・ウォル・アレクシアの置き土産にして、現『英雄』ダンテ・ウォル・アルタイテの娘。


 『英雄』としての在り方を望まれた、皮肉なまでに孤独な少女。誰にも理解されず、誰からも特別としてしか見られない少女。


 あの少女には、あらゆる誘惑が通用しない。歴代『英雄』の中でも、特に異端と言わざるを得ない程に特異な存在としてこの世に生まれ落ちた。


「それじゃ、終わりにしましょう」


 桃髪の少女の凛とした声が、世界に響き──そしてまた。


 包帯男が連れてきた魔獣達が、顔を出す。雪化粧を施した大地の中で、激戦が始まろうとしていた。




















 シルヴィアがその世界の中に入るのは、これが二度目だった。


 その時の光景と、なんら一つ変りもない。


 だが、これほどまでに。シルヴィア達に力を貸してくれる空間など有りはしない。


「ユキ……援護お願い」


「了解です……その、シルヴィア」


 ようやく名前で呼んでくれた、初めての友に──シルヴィアは一瞬だけ頬を緩ませた。


 だが、次の瞬間には『英雄』としての顔つきに戻る。剣を抜き放ち、一歩また一歩と包帯男へと進んでいく。


 他の者──第143期は、ラスの救出に向かったようだ。視界の端で、戦う彼らの様子が見て取れる。


 対して包帯男は──。


「では、私も攻撃を開始しましょう。ですが、相手は仮にも『英雄』となることが決定づけられている稀有な存在……手加減は、抜きにしましょう」


「──そ、れは……」


 包帯男が剣を抜き放つと同時に、その剣に光り輝く勲章が見える。それ自体に見覚えはないが、ラクロスから聞いたことはあった。


 ──13年前の戦争において、多大な功績を上げた者に贈られると言う勲章。そして、それを受け取った者は、何人かしかいないと聞いていた。


 しまった、とシルヴィアは悔しがる。あの時、ちゃんとラクロスの話を聞いていれば、包帯男の隠された情報が分かったかもしれないのに。とはいえ、普段からあまり役に立たないよう事ばかりを言っているラクロスも大概だが。


「それに……剣だけでは、貴女の相手は務まらない……そう、判断します。本来であれば、隠し通しておきたい類の力だったのですが……」


「──」


 思わず、シルヴィアは足を止めた。それが警戒しての結果か、それとも足がただ単に竦んだのか。それを判断することは出来ない。


 包帯男の影から這い出るのは、闇。明かりを持ってしても払うことすら叶わない、深く深く、おぞましい闇。


 直感で分かった。あれは、人が扱っていい力ではないし、魔族に許された力でもない。


 ──あれは、人智を超越した力。『大罪』という人間族を苦しめた最強の敵。実際に見た事がないが、それに匹敵する可能性は高い。


 だが、同時に人体にとって有害であり、人間にとっては過ぎた力。いずれ、自らを自壊させるであろうと事は明白だ。


 だと言うのに、目の前の狂人はそれは惜しげもなく使う。


「気を付けてください。これは、対象に触れるだけで常闇に引きずり込みます。まあ、足掻くことも出来なくはないのですが……正直、正気を保てるとは思えませんので、あまりお勧めしませんが」


「──っ」


 まるで影自体が意志を持っているかのようにシルヴィアへと伸びてくる。その奥を見通すことは叶わない。


「では、どうか……お手柔らかに」


「──!」


 包帯男の足が動き、同時に背後で動き回る影がシルヴィアを喰らいつくそうと迫る。包帯男の剣技は相当なものだ。五人将にすら及ぶ……そんな気がする。


 それよりも、特筆すべきは──。


「──っ、く……」


 冴えわたる剣技。銀の閃光がぶつかり合い、火花が散っていく。だが、そのまま剣を合わせ続けるわけにはいかない。


 なにせ、シルヴィアを引きずり込まんとする影が──上空より覆いかぶさるようにして飛来する。


 どうにか剣の間隙を縫って、後方に回避。数秒遅れて空中よりやってきたそれは、容赦なく白の大地を埋め尽くしていく。


 だが、悠長に眺めている場合ではない。注意すべきは影だけでないのだ。包帯男の剣技だって、油断できるほど甘くない。


 単純な剣技だけで言えば、包帯男はシルヴィアには及ばない。


 だが、その差を埋める役割を果たしているのが──地面を侵食する影だ。


 あれはこの世界に存在していけない、歪みだ。だって、世界自体を壊すためだけの力なのだから。


 あれが通った後には何も残らない。草も、木も、人も、国も、大地も、世界すら。根こそぎ全てを奪っていき、無へと還す。


「──氷も、少々面倒ですね、処理が。全く、この世界に招かれた時点で……術者、もしくは創造者の思惑通りだとは思っていましたが……ここまでとは」


 触れたその瞬間に、命が終わる最悪の影。そして、シルヴィアを逃がすまいと迫る銀の閃光。間違いなく最悪のコンボが、シルヴィアを殺すためだけに距離を詰めてくる。


 だが、当然ユキもその行動を簡単に許すはずがない。シルヴィアを援護するために樹氷を砕き、意のままに操り包帯男へと飛ばしているが──それら全ては影によって封殺されていた。


 包帯男の進路上に氷が出現するたびに、影が前を覆うことで氷──先が尖った鋭利なつららのようなもの──が届くことはあり得ない。


「ですが……それも時間の問題です。この影が全体を覆えば、いずれこの世界は崩壊する。そうなったときが、終わりです」


「──」


 最早返答する時間すら与えられていない。相手の剣技を抑え、後ろから迫る影を躱しきるだけで精一杯だ。


 ボルザークの時と同じ。これでは、いずれ消耗して負けるだけだ。あの時は機転を働かせて、ギリギリで勝利した。だが、あれを目の前にして策など思いつこうか。


 影が自由に動き回るっていう時点で、死角など存在しない。強力な魔法を打ち込もうとも、影がそれを取り込み、無に変えてしまう。


 13年前の戦争以前に人間族側に多大な被害をもたらした『大罪』。シルヴィアは彼らを見た事はないが、彼らが有する人智を超越した能力を聞いていた。


 それに勝るとも劣らない、能力だ。


 出鱈目すぎる。あんなの、抑える策など思いつきもしない。


 ──と、目の前に現実を突きつけられ、若干ながらに隙が出来てしまっていたのか。


「隙があります。まだ、芽は芽だと言うことですか。──貴女には、まだ死んでもらうわけにはいかないのでね……取りあえず、気絶でもしておいてください」


「がっ……」


 強烈な蹴りが、シルヴィアの腹を抉る勢いで叩き込まれた。手加減など何一つない本気の一撃。


 躊躇なく放たれた一撃を受けたシルヴィアは、体をくの字に曲げ──吹き飛ばされた。


 遠ざかる包帯男。遠目に映る天の雲。


 それだけで理解する。自分は生かされたのだと。情けか、何かは分からないが──生かされた。


 恐らく、シルヴィアは当分動けなくなる。高速で数メートルも吹き飛ばされながら、それだけは分かっている事実だ。


 このまま行けば、背中を強打し──意識は持っていかれる。


 その事実は変えられない。


 シルヴィアが思った通り、彼女は軽く十メートルは吹き飛ばされ──樹氷に激突し、意識を失った。



























「うそ、でしょ……」


 シルヴィアがやられる所を実際に見ているユキは、思わず援護も忘れ唖然としてしまった。


 ユキが知る限り、間違いなく最強の位置に存在する彼女が、やられた。


 その事実は、これ以上になくユキの心に突き刺さってくる。


 だが、その場で立ち止まるわけにはいかない。


 誓ったはずだ。この居場所を失いたくないと。彼らを守り抜くと。


 だから──。


 ユキは剣を抜き放ち、包帯男と対峙する。


「次は、貴女ですか。正直、私は貴女は立ち上がれないと、そう思っていた。責任から逃げ、一人でいることを選び、願いを曇らせた。なのに、なぜ……?」


 単純に、それは疑問だった。これは当たっているかどうかも分からない推測だ。だが、確信だけはあった。


「こっちこそ、聞きたい……なんで、貴方は、私を知っているの?」


「──」


 初めて、返答に詰まった。


 目の前の包帯男は、間違いなくユキを知っている。ユキの境遇も、彼女の幼い頃にあった事件の事も、何もかも。


 だが、なぜ知っているのだ。なぜ、分かっているのだ。


 だって、あの事件の唯一の生存者である少女は──隠匿され、王都で暮らしていたことになっていたのだから。


 その事件が正式に明るみになったのは、事件が発生した日にちよりも──一か月後だ。生存者は存在せず、貴族の血筋は途絶えたと公表された。


 思い当たる節など、一つしかあるまい。


「貴方が、あの時の、事件を……?」


 きっと、尋ねる必要なんてなかった。もう分かり切っていた事だった。王国の中でも王に繋がる人物しか知りえない真実を知っている者など、あの事件を起こした張本人に他ならない。


「正解です。私が、あの事件を起こさせてもらいました。まあ、あそこには色々と大事な書類などもあったので……潜入などと言う面倒なことをせずに、ただ正面から潰すことを選ばせてもらいました」


「……あの、化け物も……?」


「ええ。ただし、あれは失敗作ですがね。この前のサソリの化け物だって、同じものを複製しようとして過程で失敗した。全く、やはりあれを完全な形で顕現させることなど、私達は不可能だと言うことを思い知らされました」


「──ぅ、あ、ああああああああ!?」


「──短絡的な行動です」


 最早我慢ならぬと、ユキは包帯男へと斬り込んだ。シルヴィアですら気圧されるような気合を伴って放たれたそれは、ユキと言う人生の中で、剣を握った13年の中で、至上の一撃だった。


 しかし、包帯男はそれをいとも容易く受け止める。


 鍔迫り合いを展開しながら、だがユキはその場から動けない。まるで足が何かに絡まったかのように、退くことも、前に進むことすら叶わない。


「貴女には貴女なりの戦い方がある。それはこの世界を活用し、敵を攪乱しながら戦うこと。ですが、貴女はそれを放棄し、実に短絡的な方法を選んだ」


 押し込むことも、剣を引き抜事も出来ぬまま、包帯男の言をただ聞くしかない。


 シルヴィアでの戦いで使っていた影。あれを使えば、間違いなくユキを亡き者に出来る、のにそれをしないのは、情けか。それともただ単に使うだけの価値がないのか。


「それは、決して人として間違っていない行動です。怒りを持てば、視野が狭くなり、思考が限定的になってしまう。ですがそれでは、及びません」


「──っ、ぁ」


「貴女に、影は不要だ。最早使う価値などない」


 その言葉通り、包帯男は自らの剣を引き抜き、ユキは前のめりになる。


 致命的な隙。殺されたっておかしくはない。


 なのに。


「さようなら。もう二度と、そんな覚悟で私の前に立たないでください」


 声と共に、シルヴィアを襲った威力と同等の蹴りが、ユキの全身を叩くのだった。

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