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report.19

 第143期が魔獣の包囲網を抜け、包帯男に迫る少し前。


 一方でも、激闘を繰り広げていた。


 シルヴィアとボルザーク。


 伝説とまで称された殺人者と、『英雄』の後継者である少女の対決。


 ある意味では最高のカード。彼らが火花を散らすのは平野ではなく、障害物が多い森林。


 速さがあればあるほどに、逆に不利になる地形だ。


 この北の大地で、この森はまるで密林のような木に密集地帯となっている。ゆえに木に絡まるツタ、地面に転がる倒木。それら全てが、ボルザーク本来の速度を出させない。


 ──本当の意味での天才と言うのは。地形に作用されず、どんな地形であろうと全力を出す人間の事だろう。


 だが、そんな人間を、シルヴィアは知らない。


 人間である以上、完璧はあり得ない。必要なのは、実践でどれだけ普段の実力に近しいものを絞り出せるかだ。


 ゆえに、この多くの障害物はシルヴィアにとって恩恵だ。


 唯一ボルザークの進撃を止めることの出来る切り札と言っても過言ではない。


「く、くはは……まだ、逃げるか……!」


 目に狂気を宿し、殺人者がシルヴィアを追ってきていた。倒木を躱し、無造作に絡まるツタを斬り裂き、行く手を阻む木々を斬り伏せる。


「つ──」


「まさか、あれほど噂になっている天才ですらこの程度など、言わないよなあ。お前には分からんかもしれんが、俺は少なくとも期待してたんだ……お前なら、どんなモノが見れるのかって……だから、あまり失望させないでくれ」


「失望なんて……!」


 失望など、勝手に期待したそっちが悪いではないか、そう思わなくもないシルヴィアだが、今この状況でそんな言葉を叩けるほどの余裕は残っていない。


 先すら満足に見通せないこの森の中で、会話に集中し目の前を疎かにすれば、足を掬われてしまう。


 ゆえに、あんな妄言に付き合う義理はない。言いたいのならば言わせておけばいい。


 今この場でシルヴィアがすることは、あんな口車に乗せられることではなく、ボルザークを倒し第143期達と合流することである、最上はボルザークを捕まえることだが──。


(ううん……違う。たぶんボルザークは駒。私を足止めするだけに用意された……ならば、本命はこっちじゃなくて、皆の……)


 哄笑が耳障りだが、全てを無視して強引に思考を推し進めた。


 ボルザークの接近に気づき、尚且つ仲間がやられたことに混乱状態に陥らず咄嗟に動ける異常者──即ち、シルヴィアを釣るための餌。


 ならば、急ぐべきだ。さっさとボルザークを打倒し、彼らと合流するのが先決だ。


 捕まえられるのならばそれでもいいが、こんな男に時間を取られ手遅れになるのはもっと不味い。


「逃げるなよお!! 『英雄』ぅぅううう!!!!」


 狂人が更に速度を上げた。


 最早肌につく傷などお構いなしだ。木々の枝が肌を抉ろうとも、足にツタが絡んでしまっても、関係ない。


 更なる速度を持って、ごり押しを展開する。


 徐々に、徐々に詰まる差。シルヴィアとボルザーク。彼我の距離は既に三メートル。


 シルヴィアの剣であれば、ギリギリ詰められなくもない距離だが、相手の獲物は二刀のナイフのみ。つまりは、もう少し程距離は詰めなければならない。


(いきなり、焦り始めた……さっきは、別に今は追いつかなくても問題ない、って感じだったのに……)


 狂人には狂人なりのルールがあると、シルヴィアはラクロスから聞いたことがあった。騎士と言う役職上、狂人と相まみえることも少なくはない。


 その点で言えば、ラクロスはそういった人種からは天敵と見なされているほどだ。その由来に関して、別に興味もないので聞いてはいないが。


 ならば、彼にも彼なりのルールがあるはずで。平たく言えば、彼のルールとやらは自らの手だけで殺すのではないだろうか。


 その仮定が当てはまるのならば、今シルヴィアはそのルールを破ろうとしている──ことになるのだろうか。


 先ほどまでの余裕。彼の犯行はいつだって共犯者はいない。傷など気にせずに突っ込んでくる。


 これらの条件を鑑みれば、恐らくこの先にいるのは。


 だが、これはあくまでその可能性があるだけだ。もしかすれば、そんな拘りなんてなくて、ただ飽きたから殺すのかもしれない。


(迷ってる……場合じゃ、ない!)


 今この一瞬この一秒、迷っている時間。この間にも、シルヴィアとボルザークの距離はなくなり、また第143期達が危機に陥っている可能性は拭えない。


 ならば、今ここで命を賭けなければ、意味がない。


「ぁ、ああああ!!」


「──?」


 加速。ボルザークに追いつかれない程度に、速度を上げた。もう、障害物など関係ない。ただ目の前に走るだけでいい。


 シルヴィアの予測通りであれば、この先は──。


「く、っそが……てめえ……シルヴィア・アレクシア!!!」


 そして、最初は小さな光だった。徐々に近づくほどに、それはあまりにも大きな光となり──。


 光とシルヴィアを隔てる草木を掻き分け、その後──跳躍。そのまま外に放り出された。


 ──相手が首謀者と通じているのなら、作戦は立てていないはずがない。


 また、どこで誰が足止めをするのか。それを決めていないはずがない。


 僅かな可能性。だが、賭けには勝った。


 続けて飛翔と見紛うほどに高く天に昇るボルザーク。だが、その顔は既に平常ではない。


 眼下に広がるのは、魔獣達を一掃した第143期。彼らもまた空に浮く存在に気づいたのか、空を仰ぎ──。


「──っ、な、て、めえ……」


「貴方がもし、敵の脅威を聞いているのなら。第143期の実力ぐらいは、分かるでしょう?」


「これが、目的で……っ」


「反応が、遅れた。予想外には、誰だって行動が停止する。だから、私達がするべきは、どれだけ平静でいられるか」


 ボルザークはシルヴィアよりも一段上にいた。今この機に、ナイフでもなんでも投げれば当たったかもしれないのに。


 ボルザークはそのチャンスを自ら潰した。突然現れた異常事態に。


 一応補足しておけば、ボルザークは一瞬立ち止まった。それは予想外の事に関してかもしれないし、もしくは──第143期の活躍ぶりを聞いていたからこそ、警戒したのかもしれないし、シルヴィアをただ無残に殺すという己のルールを達成できないことに、思考が一瞬だけ止まったかもしれない。


 だが、それは千載一遇の機を失くす結果に繋がった。


 そして、一瞬だけあれば──シルヴィアは次の行動に移れる。


 まず、シルヴィアは剣の鞘を腰から離し、手で掴んだ。滑らかな動作でそれを行った後、次に剣の鞘を下へと放り投げる。最後に、それに足を置き──足場とした。


 空中戦において、障害物も何もない場所で唯一方向転換を可能とする方法。もう、上下の有利は働かない。シルヴィアは上を仰ぎ、ボルザークは驚きに目を見開いた。


「──!」


 鞘を蹴り、反重力となったシルヴィアは、気合を込めた一撃を繰り出した。必殺の一撃。当たれば、人だって躊躇いなく殺せる。


 そして、ボルザークはこの場の誰よりも直感でそれに気づいてしまう。だから、当然。自らの命を守るために軌道上にナイフを忍ばせた。


 このまま行けば、ボルザークのナイフがシルヴィアの剣を弾く。


 だが、忘れてはならない。シルヴィアの剣は──誰かを斬るためにあるのではない。


 彼女に、人は殺せない。


 だから──。


「う、おおおおおお!!?」


 ボルザークのナイフがシルヴィアの斬撃を防ぎ、そのまま地面に落下──はしない。シルヴィアは剣を振った勢いのまま、体を捻る。


 渾身の蹴り。それはボルザークの頭を打ち抜き、体全体が揺れるが──まだ光を失っていない。


 長く戦闘を続けるわけにはいかない。このままでは地面に激突するだけだ。


「せい、やああああ!!!」


 半回転し、もう一度蹴りをお見舞い──否、倒れるまで何度も回転し続けた。目が回ることなんて気にしない。


 全力の蹴り。貧民街の壁ですら壊しかねない一撃が、ボルザークの頭に休みなく叩き込まれる。


 都合6発。回転にして三回転。それが、ボルザークに当たった回数だ。


 それだけ要して、ようやくボルザークは気を失った。


 力を失い、ナイフを取りこぼし──音を立てて地面に激突。シルヴィアもそれに遅れて、地面に華麗に着地。


「──貴方の、想いなんて私には分からないし、納得したくもない」


 当然だ。自分の都合で、あんな酷いことをしてきたのだから。罰は受けるべきだ。


「──ボルザーク・スコット。貴方の、負け。だから、もう、罪は重ねないで」


 最大の犯罪者と『英雄』の後継者の戦い。


 軍配はシルヴィアに上がった。

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