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report.17

「ハハハハハ!!」


「く──」


 男性のナイフが、シルヴィアの反応速度を超え、徐々に傷を作っていく。


 男性の装備は、二刀のナイフだ。とはいえ、調理で使うような包丁ではなく、正真正銘人の命を削るために作られた代物。


 切れ味は、人を殺すには十分だ。


 手数の差で勝利をもぎ取る。これはシルヴィアの戦い方だ。


 シルヴィアに与えられた最高速度でもって、相手に防御にすら持って行かせない。


 だが、今回の戦いにおいても、シルヴィアの戦い方はさせてもらえていない。


 速度は上回っている。だが、剣の振り抜きの速度が、完全に上を行かれている。


 小回りの利くナイフの方が、シルヴィアの剣よりも速い。だからこそ、処理できる攻撃に差が出来てしまう。


 このままであれば、ジリ貧だ。


「もっとだ。もっと……もっと、俺を熱くさせてくれ……」


 二刀を最速で振り回す中、狂気交じりに呟く目の前の男性。意味が分からないが、別に分かる必要もない無意味な単語だ。大方、シルヴィアの気を紛れさせようという腹積もりだろう。


 とはいえ、そんな暇すらないが。


 シルヴィアの顔を無慈悲に狙う一本のナイフを、無理やり首を後ろへと動かすことで回避し、下より迫るもう一本のナイフを、首を後ろへ回した勢いに体を任せバック転。


 空中に一瞬舞い、ギリギリのところで回避。だが、その場で留まり続けるわけにはいかない。


 空中に舞っているのは、僅か数瞬。だが、目の前の敵程の実力ならば、それだけあればシルヴィアを斬り刻める。


 だから──。


「やあ、ぁぁぁあああ!!」


「? ──がっ、ああ?」


 迫る二刀。その刃の軌道を避け、思い切り敵の顔を蹴りつけることで方向転換し、地面へと飛ぶ。


 勢いをつけた分、地面にぶつかることになったが、あちらはそのまま大木に背中からぶつかったのでそこら辺のダメージは五分五分だろう。


「いってえ……くそ……躊躇なしに蹴りやがるか……」


「貴方だって、容赦なく斬ってきたし、別に責められる謂れはないわ」


「は……まさに、そうだな。くそが……全く、俺の芸術が……躱されるとはな……」


「美術……?」


「ああ。そう、俺の趣味だよ。──おいおい、そんな怖い顔すんなって。折角の綺麗な顔が台無しだぜ?」


 敵はそうやって、シルヴィアを諫めようとしてくる。


 シルヴィアは仮説ながら、敵の芸術、その真価には辿り着いた。そして、敵の正体すら辿り着いている。


 指名手配犯──ボルザーク・スコット。王都内の宿屋で、女性の死体が発見された。その死体は全身の肉と皮がはがされている事件だ。


 その犯人として候補に挙がっていたのが、ボルザーク・スコットだ。シルヴィアが来る数日前にも、同じような事件を起こし、捜索中だったのだがこんなところにいるとは思わなかった。


「ま、その分だともう俺の名前ぐらいは気づいているだろうさ。じゃ、改めて自己紹介をさせてもらおうか。──俺の名は、ボルザーク・スコット。人の心がどこにあるのか、俺が生きている意味は何なのか。それを知るために、何人かに犠牲になってもらったってわけよ」


「それが、貴方の理由……? そんなことのために、あんな酷いことを……?」


 自分の生きている意味とやらを知るためだけに、人を殺したというのか。あんなひどい所業にまで手を染めて。


「お前さんにゃ、理解出来んだろうさ。生きる道が確約されて、生きている意味があるお前には、俺の全てを理解することは、絶対に出来ない」


「──」


「だってさ、分かるだろう? 人は何のために生きるのか、何のために死ぬのか。心とは何だ、どこにある、感情とはどこに宿るのだ? それが知りたい。だから、俺はこんな生き方をしてるってわけだよ」


 かつてラクロスは、ボルザークの事をこう評していた。


 ──奴は、人の感情を理解できない人でない生き物だと。


 直接見たわけではないのだろうが、それでもあの時ラクロスが言っていたことは正しかったのだ。


「飽くなき探求心ってやつが、俺に殺せと命じてくるんだ。全てを殺し、答えを得ろと言って来るんだ。だけど、お前ならば見つけられそうな感じがするんだよ」


「何を……?」


「俺の生きる意味、その全てが。だから、俺はお前を殺そう。答えというものを、得るためにな」


「──」


 凄絶な笑みを向けるボルザークに、シルヴィアは悪寒しか感じない。


 ただ答えを得るためだけに、人を殺してきた人間だ。それは敵意を持っての魔族よりも質が悪い。


「まずは、内臓か。それとも、右腕、左腕か。それとも、四肢か? いや、だが苦しむ姿は外せないからな……」


「それは……私を、斬り刻む際の、順番?」


 生体に備わっている部位を羅列するボルザークの真意。それを悟ったシルヴィアは、確認を取る。


 まさか、それを当てられるとは思わなかった、とでも言わんばかりに目を見開き、次いで口を限界まで引き裂く。


「ああ、分かってるじゃないか。俺の答えは、『英雄』を斬り刻めば、きっと……見つかるはずなんだ。お前の、苦しむ姿からならば、得られる気がする……ま、憶測だがな」


「──ならないよ。私は、貴方には殺されない」


 最悪の状況が頭に映し出される中、それでもシルヴィアはそうはならないと断言する。


 確かに、ボルザークの二刀はシルヴィアの反応速度を超えて斬撃を見舞う。何もしなければ、負けるのは必至だ。


 だが、速度で劣っていると分かっているのならば、やりようはある。


 幸い、ここには利用できるものはたくさんある。もしもここが平原であったなら、負けていたかもしれないが。


「ち……気にくわねえ。だがまあ、そんなのも、たまにはいいかもな」


 シルヴィアの挑発を受けても、その自信は一切崩れない。ボルザークとシルヴィアの戦いは、更なる高みへと昇っていく。

























 シルヴィアがボルザークと激闘を繰り広げている頃。


 第143期の面々もまた、川岸でどこからともなく湧いてくる魔獣らと戦っていた。


 クリストの長いリーチを生かした広範囲攻撃や、ハイネスの突貫、シンリの魔法が徐々にだが魔獣達を屠っていく。


 シンリの魔法は、精神へと異常を来たす魔法だ。その能力の範囲は狭いものの、その反面効果は覿面だ。


 第143期は、個々が強すぎるせいで仲間と連携するのが難しいのだ。もしも、これが何の訓練もしていなければ、互いの能力でつぶし合っていただろう。


 シルヴィアの考えた訓練は、こんなところで生かされている。


 だが、ユキは迫ってくる魔獣を倒しつつ、別の所に思考を奪われていた。


(さっきの、包帯男がいない……? どういうこと?)


 そう、最初に来たあの包帯男。あんな背格好をしているのだから、簡単に見失うわけがない。そう思っていたのだが、見事に騙された。


 では、どこにいるのだ。あの包帯男の目的は、そもそもなんだ。そう、今この場で魔獣を呼び、第143期の人間を殺そうとしていることすら、どうでもいいことなのではないのか。


 そして、そもそも。魔獣の相手だけでいいのか。


 敵は、魔獣よりも醜悪な存在だと、ユキはあの時そう認識した。


 だから、優先すべきは──。


「魔獣じゃない……優先するべきは、包帯男……どこにいる……?」


 感覚を研ぎ澄ますほかない。ただ単に視界に映らない方法を取っているのか、そもそもユキの意識が別の方向に割かれているのか。


 魔獣を倒すと言う感情によって、殺意を持った魔獣が近づいてくることによって、無理やりに意識を曲げているのなら。


 死と言う概念が間近に迫れば、誰だって視野が狭くなる。


 それを利用しているのならば、残念ながらそれはユキには通用しない。


 なぜなら、既にユキは死ぬような思いをしており、尚且つ彼女は近づく死から意識を逸らせる。


「そこ……!」


 迫る魔獣を蹴り続け、確約される道。そこをひたすらに進み、包帯男へと剣を振り下ろす。


 その隣には、なぜかラスが居て──。


「ふ……一応計算には入れていました。だが、何の面白味もない貴女がここに来るとは……可能性とは、素晴らしいものです」


 包帯男が言った通り、ユキの攻撃は難なく避けられ──逆に蹴りを食らい、後退させられる。


 予想した通りか、不意の一撃すら防がれた。完全に死角から放ったはずだった。なのに、まるで背中に目でも付いているかのように、避けられた。


「ですが……貴女には興味がない。感情というものを拒んだ者に、私は嫌悪を抱き同時に同情を覚えます。なぜなら、それは人の世に生きる意味を放棄しているのに違いありません」


「魔獣が……」


 包帯男に従うように、無限に等しく湧いてくる魔獣達がユキの下へと群がってくる。


「さあ、踊りなさい。貴女の相手は、私ではない」


 魔獣に群がれ、遠ざかる包帯男とラス。


 手を伸ばそうとしても、魔獣が邪魔し届くことはない。



 突如として始まった抗争。それは混乱を招き、それに乗じ独自の目的を達そうと目論む人間の策が進行する。


 この戦いの結末は、果たして──。

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