report.15
「さてさて、乗ってくれると嬉しいのですが……まあ、その時はその時でこちらにも策がありますからねえ」
王国の北に位置する大地──王国の農作物の大半以上がここで製作されている──で、全身に包帯を巻いた狂人は、王都がある方角を見て嗤った。
彼が考えた策。それに嵌るか否か。だが、彼にはある意味確信があった。
必ず乗ってくると。
それも──第143期を連れて、だ。それはあまりにも好都合だ。
その中に、面白い人間がいることぐらいは見抜いている。
別に、143期などどうでもいい。見習い騎士であり、異物だと言われている彼らがどれだけの強さを持っていようと、関係ない。
だが、彼らには絶望を見てもらわなければならない。ただ一人の人間を真に目覚めさせるために。
「なあ、包帯男。どうするんだ? 俺は未だ、作戦を聞いてはいないが?」
「貴方には……少し、やってもらいたいことがあります」
男性が連れてきた、仲間の一人。ただ自らが生きている意味だけを知るために、何人も殺し、未だその答えを得ていない人物。
彼に、男性は語り掛けたのだ。
いずれ、貴方にも分かる日が来ると。
「ほう? それは、なんだ」
「──貴方には、足止めを頼みたい。シルヴィア・アレクシアの」
「──『英雄』、ね」
『英雄』。その単語を聞いた男性の瞳に、若干の輝きが宿る。
何が理由かは分からない。その瞳を通して、彼に映る感情を見通すことなど叶わない。
だが、それでいい。別に興味もないし、知る気もない。
ただ男性が興味があるのは、その末路だ。誰にも理解されず、理解されようとしなかった殺人鬼の、哀れな結末。
その末路の先に、どんな答えを得るのか。それが知りたい。
その先にあるのが、もしも男性と同じものを悟るのなら──。
「──彼女なら、理解出来る。彼女を殺せば、その先にある答えを見つけられる。ゆえに、存分に殺し合ってください」
「ク、ハハハ。あんたにゃ、敵わねえ。──任せろ、数分ぐらいなら、足止めでも、殺し合いでも、なんだってしてやろうさ」
「ええ。頼みますとも。私も私で、いい玩具を見つけられましたからね」
二人の怪物が、誰にも理解されぬ狂人同士が、不敵に嗤い合う。
少しずつ、少しずつ、終わりは近づいてくる。
「ふう……ようやく、着いたね」
「ええ……馬車に揺られること数時間ってところね。ほんと、遠過ぎよ……」
腰をさすりながら、どこかおばさん臭さを滲ませるナルシアだが、正直シルヴィアの家はこれ以上の遠さなので、何も言うまい。
それに、今日ここに来たのはそんなツッコミをするためではないのだから。
「じゃあ、早速だけど、調査を始めたいと思います……だから、取りあえず二つの班に分かれて、荷物を宿の方に置いてくる人と……」
こういうのには慣れているのか、シルヴィアは一切迷う様子など見せず、的確な指示を飛ばしていく。
取り敢えずだが、数少ない女子とラスなどの影が薄い……もとい、温厚な人間を荷物を運ぶ係に任命し、残った者達は、シルヴィアと共に調査へと向かう。
北の大地は、人間領の中でも有数の農業地となっている。大地はほぼ全てにおいて、肥沃でありどこであっても農業が出来ると言う地形になっているのだ。
とはいえ、勿論それだけでなくきちんとした森林もある。
今回シルヴィア達第143期が調査に来たのは、報告に上がった北の大地の中でも、かなり大きい森林だ。
名前はよく知らない。
と言うのも、シルヴィア自体はあまりこちらに来たことがない。
南のエルベスタ森林や、砂漠に塗れた都市ならよく通っているため否が応でも覚えているのだが……そこらへんはナルシアに任せればいいかもしれない。
取り敢えず、今日の所はあまり深くは進まない。
罠であることが見抜けている以上、一気に進み、何の準備もないままに敵と遭遇するのはまずい。
ゆえに、痕跡があった時点で一度退く。
それが一日目の策だ。
とはいえ、こんなものはすぐに見抜かれるだろう。
だが、もしも敵の指揮官の裏を突けるとすれば。未だ実力の全てを見抜いているわけではない143期や、ユキだけだ。
恐らく、シルヴィアでは一矢報いることは出来ないのだろうから。
──だが、その日は何の形跡も見つからなかった。
結局、何も見つけられなかった。
一応、一キロの範囲まで調べてみたのだが……芳しい結果はない。
これ以上は進むのは危険だと言うことで、一度帰ってきた。
それから時間は経って──辺りはすっかり夜だ。
シルヴィアはいつものように、日課として剣を振るうために宿から出て、外へと向かう。
宿とはいっても、所詮は今は使われていない廃屋をそう呼んでいるだけだ。別にお金がかかるわけでもないので、外に出ようと問題はないだろう。
「──ラス、?」
「──え、あっ、え、ちょ……お、お久しぶり、です。シルヴィア様」
宿の裏手に周り、剣を振るおうと考えていたが──そこには先客がおり、第143期の中で最も影が薄いと言われている少年だ。
シルヴィアも何度か少年の太刀筋を見た事はあるが、正直剣士としての腕ならば凡人の域は出ない。
ただ、異様に呑み込みが早かった。彼に教えたことは、翌日にはものにしているのだ。
「剣の、修練?」
「あ、えっと、そんな感じです」
若干頬を赤らめながら、答えるラスに疑問を感じないわけでもなかったが、鈍感なはずのシルヴィアに他人の機微が読めるはずがない。
彼女の勘が働くのは、あくまで戦闘においてのみだ。
「──そっか。隣、座っていい?」
「──は、はい。ど、どうぞ……」
なぜか畏まったような感じで、先ほどから喋ってくるが、どうにもむず痒い。
久方ぶりに敬意でも向けられているからだろうか。
とはいえ、今この時になって今更注意するのもめんどくさいのでそのままで通させてもらうが。
「星……綺麗だね」
「──はい。僕が、昔故郷で見た星の明かりと、似てます」
「確かラスは……北の方の出身なんだっけ」
ラスは農民の生まれであり、北の方の生まれだと言うことは頭に記憶していた。
一応、全員の出自は頭に入っているつもりだ。何しろ、彼らの指導を行っているのだから、彼らの性格を知らなければならなかったのだ。
「はい。この時期だと……もう少しで、収穫かもしれないですね。本当は、僕が後を継ぐはずだったんですけど……この通り、飛び出してきちゃいましたから」
「そっか……」
どこか寂しさを含んだ声で、おどけようとするラスに、シルヴィアは何も言い返せない。
シルヴィアには分からないのだ。彼女には、親とケンカしたことなどない。
でも、後悔はあるのだろうか。いつかは仲直りするかもしれないが、でも、一時の間会えないのに。
そんな別れ方をしてしまって、よかったのだろうか。
「実家の方に、帰る気はあるの?」
「ええと……あんまり、ないですね。元々、勢いだったところもありますし……それに、僕はまだまだ見習いですからね」
「──お節介かもしれないけど、騎士になったら。一度くらいは、帰ってもいいんじゃないかな」
シルヴィアにはこれが正しい事かは分からない。だって、シルヴィアは親の気持ちだって分かろうとしたことがないのだから。
でも、世界で一人しかいない家族なのだ。
「──そう、ですね。騎士になったら、一度実家に帰ろうと思います。正直、入れてくれるかは分かりませんけど」
「大丈夫だよ。きっと、心配してくれてるから」
「──そうだと、嬉しいです」
そんな風に語りながら、ささやかな時間はゆっくりと流れていく。
それが果たして、この先の道をどう変えるのか。
それは、きっとすぐに分かる。