report.14
第143期が見習いになって、はや数か月が経った。
その間は目立った事件なども起きず、平和な日々が続いていた。
だが──。
「それで……ラクロスさん。任務って、どんなものでしょうか」
今日も今日とていつものように、彼らの訓練に行くつもりだった。
だが、その途中。突然現れたラクロスによって、シルヴィアは呼び止められ、彼と共に王城のとある一室に来ていた。
「ああ……ここより北に、不穏な動き有りとの知らせがあった。勿論、時々あるイタズラかもしれない、そう思っていたんだが、どうにも状況説明が詳しすぎた」
「イタズラなら、詳しいところまで詰めない……ってことですか?」
「そういうことだ。だが、考えてみれば……王都での一件以来、魔族側に動きはない。これは、罠なんじゃねえか、とも睨んでる」
「……そう、ですよね。普通に考えて」
「だが、罠であろうと行かなきゃならん。そこでだ。本来なら、あと数か月後に控えている騎士の任命‥…つまりは実践訓練をしなきゃならないんだが……それの時期を早めて、この任務に照準を合わせる」
見習いから正式な騎士になるには、見習いになってから六か月後に控えている実践訓練をこなさなければならない。
だが、143期は既に実践訓練を完遂してしまっているのだ。
数か月前の魔獣騒ぎで、実践訓練をこなしてしまっているために、上層部は後に控える実践訓練の内容について悩んでいるのをシルヴィアは何度も聞いた。
「この実践訓練をこなせば……彼らを正式な騎士として認める。これは、五人将を交えた会議で合意されたものだ。拒否権はない」
「──内容は……」
「それでは、二日後。王都を出て、北の方に向かいます」
ラクロスより聞かされた任務内容──それを第143期に話す。
「これは本来ならばあと何か月かあとに控えている実践訓練のものなのですが……今回は色々と異常事態が重なり、通常よりも早くやることになりました」
内容は報告にあった北の大地の調査。難易度だけで言えばこの前の魔獣騒ぎの時よりも簡単だ。
尚且つ今回は戦闘なしだ。緊急時はシルヴィアに任せ、他は王都へと走り異常事態を伝える。
「そういうわけなので……出発は二日後。あちらに到着次第、調査を始めるつもりなのでそのつもりでいいてください」
「それで? 今日の訓練はなしなの?」
「はい。今日と明日、二日間で休むなり、英気を養うなり各自で判断して行ってください──それじゃあ、解散」
言いたいことを言い終え、今日の所は解散し、全員を与えられた部屋へと戻らせる。
シルヴィアもまた、全員が居なくなったところでようやくナルシアが座っている場所へと向かった。
「──どう思う? シルヴィア。私からすれば、どう見たって99パーセント罠にしか思えないんだけど」
「うん。間違いなく、罠だとは思うよ。でも……そこに苦しむ人がいるのなら、行かなきゃならない」
悲劇は起きさせない。戦う力のない人達をもう殺させはしないと、拳を握り深く決意する。
「……たぶん、あの時のような化け物は出てこない、と思うわ。でも……嫌な予感しかしない」
騎士の上位──五人将やラクロスの頭を悩ませ続けている存在。サソリの尾を持った魔獣を超えた魔獣。
ナルシアはその怪物は、今回の任務では出てこないと推測している。勿論、シルヴィアも。
だって、あの怪物がたくさんいるのなら。従わせられる存在なら、とっくに攻めてきている。
王都の地下には何かがある。それも、魔族領と人間族領の境界線を守護しているはずの時の精霊すら騙す、特上の何かが。
それに、あの魔獣にも謎が残る。なぜ、今まであのような魔獣が確認されてこなかったのか。
危険度だけで言えば、ミノタウロスよりも段違いだ。時々、王国内で出現の報告が上がるキマイラよりも、恐らく上になるだろう。
それほどの化け物が、歴史に姿を残さなかったのか。
それが、あれからシルヴィアの思考の大半を占めているものだ。
「もしくは……あの化け物すら凌駕する。王国にとって、人間族にとって、最大の脅威が現れるかもしれないわね」
「人間族にとっての脅威……?」
ナルシアが発した、人間にとっての脅威という言葉に、思わず首を傾げてしまう。
「ええ。これから、私達はずっと後手に回ることになるわ。だけど、なんの指揮官とかもなしに、人間族が窮地に陥ることはない……敵は、魔族だけでなく、人間の行動パターン、思考能力、何から何まで把握した……人間が、相手になる可能性だってある」
「──それが、この前の事件を起こした……張本人」
「気を付けて。あんな作戦を立てるような輩に、正常な判断など残ってるわけがない。人間性なんてとっくに消えてるし、もはや人間であるのかどうかすら怪しい。──それを打ち破るには、きっと私達だけじゃ足らない」
「──私達だけじゃ、足りない……」
そんなことは考えたくもなかった。
だって、こっちには人類最大の強者『大英雄』ダンテもいるし、13年前にその名を轟かせた英雄達だって未だ存命だ。それに、不確定要素ではあるが『賢者』もいる。
王国にはシルヴィアや、騎士の上位──五人将や、彼らの配下たちがいる。
イリアル王国という国が、恐らく対魔族戦線では最も力を有していると言っても過言ではない。
そんな国ですら、足りないと言うのか。これだけの力があったとしても、届かないと言うのか。
──果たして、それほどの脅威を、見逃していいのか。
最高戦力をもってしても危うい敵が来るかもしれないと、そう思った瞬間。
背中に嫌な汗が伝う。心臓がバクバクと鳴り響く。動悸が自然と早まる。
「とまあ、脅してみたものの。安心しなさい。大丈夫よ。──貴女には神のご加護がついている。幸運が付き纏っている。貴女が気高いままならば、きっと神は微笑むわ」
「そうですか……でも、私そこまで神がいるって、信じてるわけでもないので……」
落ち着いて深呼吸をし、神の慈悲があるから大丈夫だと言うナルシアに、皮肉交じりにそう返す。
だが、ナルシアは余裕の表情を一切消さず。
「あら? でも、何か大事なことに挑むときには神頼みでもしない? それって、既に神が居る前提でやてるものではないの?」
「う──それは、そうですけど……」
結局言い返され、ナルシアの方が一枚上手だと言うのを思い知ることになった。
「はあ……ふう……」
そして、誰もいない宿舎──同期の女子たちはどこかへ行ってしまったので──で、ユキは気持ちを落ち着かせていた。
他の女子たちは準備が多いからか、未だ完了していない者もいるが、身なりなどに気をつけないユキは既に準備を終えていた。
後は、ユキ自身の心の整理だけとなっている。
「あの時……私は……」
夕焼けの日差しを受けながら、右手を見つめなおす。
思い返すは、王都での戦いの時。いくら昔の事を思い出したと言っても、あの場で恐怖が先行してしまった後悔は尽きない。
あの時、確かにユキがしっかりと動けていれば、あんな無茶なことになる暇もなく、倒せていたかもしれない。
最後、ようやく金縛りから解け、剣を振るうことが出来たが、そんなものは結果論だ。
だからもう、あんなことは起こさないように決意しなければなるまい。
あの時、自分を信じてくれた桃髪の少女のために。自分を仲間だと思ってくれているみんなのために。
そのためならば、自らの願いに反してでも戦おう。
「願い……願い、かあ……」
昔、そんなことを言っていた覚えがあった。
自分の願いは、苦しむ人を救うと。
別に万人を救いたいわけじゃない。そういうのは、『英雄』にしか出来ない事で。ユキには荷が重い。ユキに『英雄』になる資格はないのだ。
いずれ、ユキと言う少女の願いは変わった。
変わってしまった。
あの日、あの瞬間に。あの化け物が、ユキの家族を奪った時に。
独りでその道を歩むしかない、そう思っていた。
その先に完成したのは、強力な『オラリオン』──固有の世界を生み出す力。
独りの空間。
「どうか、私に力を……」
確かに、これは私の願いとは違うかもしれない。
いずれ、願いから反することで、能力を使用できなくなるかもしれない。
それでも、構わない。
この一瞬が、いつまでも続いてくれるのなら。
それぞれの決意を胸に、二日は過ぎる。
彼らを待ち受けるのは最悪の事件。もはや、破滅はそこまで迫ってきているのであった。