report.13
シルヴィアとナルシア。互いにモテない者同士が語り合っていた頃。
男どももまた、世間話やら身の上の話やらにふけっていた。
第143期の人間の内──約半数が大人になっているだけあって、お酒などがテーブルに何本も置かれている。
とはいえ、未成年に分類されるラスは一切お酒には手を出していなかった。
というか、注文すらしていなかった。
折角食べに来たのに、飲み物にしか手を出していないラスをどう思ったのか、既に頬を紅潮させたフライクが絡んでくる。
「おいおい……ラスよ。なにを遠慮してんだよ……ほら、何か注文しちまえよ」
「フ、フライク……結構飲んでるね……い、いや、僕は遠慮しておくよ、いやほんとに」
「なんだよ……つれねえな……まだ負い目でも感じてんのか?」
「そんなの……ないよ」
第143期は個性の塊──悪く言えば、目立ちすぎる者達の集まりだ。
今ラスに絡んできているフライクはともかく。自ら天才だと言って憚らない、片目に眼帯を付けた青年──シンリや、高身長であり、才能に恵まれたクリストなど。
無個性だと思っているラス自身にとって、彼らはまるで天の星だ。
今から努力しようと、星に辿り着くことは出来ない──どころか、一生を費やしても届くことはない。
それが、ラスと彼らの差であり、溝だ。
離されることはあれど、縮まることのない、永遠の距離だ。
「ま、そこは人それぞれだしな……」
「そう言えばさ。なんでフライクは騎士なんかになったの? 君は転移が使えるし……王国魔法士でもよかったんじゃ?」
自分の事ばかり詮索されているようで、あまりいい気分でなかったので、ラスはフライクへと細やかなお返しを実行した。
そんなに仲良くなっていない、と言うのもあるが、彼らの間では騎士を目指すに至った理由──それに値する過去などを詮索しないことが暗黙の了解になりつつあった。
とはいえ、それも別におかしくはないことだが。
誰にだって知られたくない過去の一つや二つだってあるだろう。
だから、断られたらそのまま引き下がるつもりだったのに。
「そうだなあ。ま、俺の転移魔法ってのは、範囲が決まってるだろ?」
「あ、ああ。うん、そうだね」
フライクの魔法は転移魔法だ。それ自体は強力無比だ。なのに、なぜか彼の転移魔法は、世界各地に配置されているというゲートには遠く及ばない。
転移させる物質は人間一人以下。距離は数メートルのみ。尚且つ連続で使えない。
まさに、中途半端どころか使い勝手が悪すぎる魔法なのだ。
「俺の家ってさ。魔法士系統なんだ。だからっつうか、なんか居心地悪くてよ。だって、誇りある名家に現れた役立たずだ。どう見たって、よく思われないのは明白だ」
平民出身のラスには及びもしないことだが、貴族の事情はそれなりに複雑らしい。家督争いなどなど。
昔はそういうのにも憧れていた記憶がなくもなかったが、その話を聞いてからラスは自分が平民生まれでよかったすら思っている。
とにかく、貴族は色々と奥が深いのだ。
「だから、お望み通り飛び出してやったんだ。ま、捨て台詞は、てめえらなんざこっちから願い下げだ! ってもんだったよ。それから、必死に剣術覚えて……ま、苦労してなったってわけだ」
「──ごめん。なんか聞いちゃって」
「はっ、気にすんなよ。別に、なんとも思っちゃいねえさ。家族の事も、な。どうせ、親の顔なんて知らねえからな」
普段よりも饒舌なのは、昔の事を忘れようとしているのか。それとも、酒が回っているのか。もうラスには判断がつかなかった。
でも、きっと、皆がそんなものだ。そんな複雑な感情を抱えて、騎士になった者が多いのだろう。
それに比べれば、ラスの理由など虫けら以下ではないか。
「なあ、ラスよ」
「うん? なんだい、フライク」
「俺さ、内情言ったよな」
「うん。言ったね」
「なら、お前も言うべきじゃないのか? 聞かせてくれよ。お前の人生の最高の決断をよ。なあに、絶対笑ってやるから大丈夫だ」
「な──い、いや、僕のは大したことないから」
ラスが地方からここまでやってきた理由。騎士になったら、シルヴィアと言う『英雄』に再開できるかもしれない、というやましい気持ちでしかない。
だが、フライクはそんな慌てふためくラスの様子を見て、何を思ったのか、口角をにやりと吊り上げて。
「なら、俺が当ててやるよ。──大方、『英雄』の候補者と名高いシルヴィア様に……一目惚れでもしたんだろ?」
「──ち、違うってば! そんなこと……」
「はっはっは。別に恥じることはねえさ。むしろそういう理由の方が、好感が持てる」
「絶対馬鹿にしてるだろ……!」
「ああ、まあ、他の奴らにはからかい半分で言っとくさ。精々頑張って難攻不落の城を落として見せてくれ──さて、お前ら! どっちに賭けるよ!」
「おお、ラスの恋路か!? なら、俺は粉砕に賭ける!」
「ふ──天才の俺には関係ないことだが……だが、余興としても悪くはないだろう。俺も、玉砕に賭けよう」
「はあ……めんどくさいし」
「はいはーい! 俺、ラスを応援するぜ!」
「や、やめろって……お前らぁぁぁぁ」
ラスの悲痛な声と共に、男どもの夜は更けていくのだった。