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report.10

「なに、これ……!」


 もはや息すら詰まりそうなほどに巻かれる濃密な殺気。


 人を殺すためだけに生まれた魔獣。そう断言できる。


 同時に、魔獣達を操っているのはこれだと瞬時に悟る。


 これが、魔獣騒ぎの根源だと言うのならば、正さねばなるまい。


 ユキの『オラリオン』を封印したまま、自分達の力だけで目の前の人智を超えた化け物を制さなければならない。


 化け物の後ろ側に見えるサソリの尾や、獰猛な牙。


 それらが全て、必殺級。


 一撃でも喰らえば、生死を彷徨うものであることは明白だ。


「ユキ! 一旦離れて、距離を取ってから攻撃を……」


 だから、ユキと共に倒そうと後ろへと下がり──。


 そこで、シルヴィアは見た。


 ユキという少女が、心から怯えている様子を。あれは、違う。


 初めて見たリアクションじゃない。


 ──ユキと言う少女は、知っている。この化け物に、出会ったことがある。


「逃げて!?」


 悲鳴に近いそれを、ユキへと叫び──化け物が同時に走り出す。


「ぁ、ぁあ──ぅ……」


『ウ、グゥゥァァアアアアアア!!』


 必殺の牙が、爪が。ユキと言う少女の骨格を嚙みちぎり、引き裂こうとする一歩手前。


 そこで、ようやく我に返ったユキは、腰から引き抜いた剣を乱暴に──否、逃げ腰で振り回す。


 だが、そんなものは通用しない。


 剣の軌道を読まれ、全てを避け切られ。ユキの首に牙が肉薄し──。


「っ、あああああ!!」


 しかし、血の華を咲かせることはなく、代わりに火花が飛び散った。


 突き飛ばすような形で、ユキを後ろへと押しやり、牙を受け止める。


 ──途轍もない重さだ。


 まるで、巨岩に向けて剣を振るっているかのようなそんな錯覚に陥る。


 たった一撃。たった一撃だけでこの威力だ。


 シルヴィアの見立てはやはり正しかったようだ。


「ぐ……ぁ、ああああ!?」


 徐々に押し込まれ、遂に地面に膝をついてしまう。


 ──不味い。これは予想外だ。


 まさか、ここまでの威力だなんて──。


「ふ、くぅ……が、ぁ……!!」


 全力を振り絞り、何とか耐えているものの──恐らくは長くはもたない。


 ──シルヴィアが得意としている戦いは、自前の速さで相手を翻弄するものだ。


 ゆえに、純粋な力比べでは勝率は高くない。


 手数を増やし、絶対の一撃を回避することによって今までは勝利してきたが、今回は前提から違う。


 自分の戦い方をさせてもらえないことなんて多々ある。それに対応できるように修練は積んできたつもりだった。


 だが、今回ばかりは通用しない。


 そんな小手先の手が、この化け物に通用するものか。


 だから、シルヴィアはただ期待するしか道は残されていない。


 後ろで地面にへたり込んでいる少女──ユキに。



◆◆◆◆◆


 あの日のように、目の前で怪物に食らいつく桃髪の少女を見つめながら。


 ユキは急激に立つ力が失われていくのが分かった。


 ──怯えている、恐怖している。


 鳥肌が立ち、腰が抜け、もはや立つことすらままならない。


 あの日の惨劇が。血をまき散らした光景が。


 脳裏に思い出されて、目から離れない。


 剣を持たなくてはならないと分かっているのに、剣の柄にすら手は伸びず、ただへたり込むしか出来ない。


「ぁ、ああ……」


 ──変わっていない。


 変わることなんて出来なかった。


 騎士になれば、彼らの言う通り強くなればあの日の時とは違った行動を取れるのでは。


 騎士と言う象徴になれば、自らが忌避してる過去を受け入れられるのでは。


 そんな淡い期待は、脆く消え去った。


 目の前の少女──自分よりも小さい少女は、立った。


 ユキを守るためだけに、攻撃に回ることを諦めた。


 千載一遇のチャンスだったかもしれないのに、彼女はそれを棒に振ったのだ。


 こんな情けない人間のために。


「──ら、ああああああ!!」


 そんな最中、新たな影がこの場に加わる。


 へたり込んだユキを飛び越え、二つの剣を持って化け物へと立ち向かっていく赤髪の少年。


 またも、自分よりも幼い子供だ。


「また勝手に突っ走って……! もう! ええと、大丈夫ですか!」


 もう一つ影が加わる。


 今度も、同じような年齢の少女。ユキはあまり見た事はないが、王国専属の魔法士になった者に支給される派手な服を着た少女が、こちらを心配して駆け寄ってくる。


 まるで、この場の誰よりも最年長である自分に、戦えと言わんばかりの構成だ。


 だけど、剣を持とうとすればするほどに。あの日の光景が目から離れることはない。


 シルヴィアの剣が、化け物の牙を抑え。赤髪の少年の二刀が、化け物の両腕の爪を抑える。


 先ほどまで、自分に話しかけていた青髪の少女は、いつでも魔法を打てるように準備を整えている。


 これだけ見れば、青髪の少女が魔法を放てば終わる。勝てる。


 もはや一撃でも当てられる構図が思い浮かばない敵に対して、攻撃を当てられる。


 ユキにこの場で参戦する意味はない。ユキが参戦しなくとも、全てが終わる。


 ──だからこそ、ユキはそれに気づけた。


 化け物の後ろに生えているサソリの尾。それが蠢いていることに──。


 その行動に、誰も気づけていない。


 シルヴィアも、赤髪の少年も、青髪の少年も。誰も、後ろで蠢く影に気づくことはない。


 この場で気づいているのは、ユキだけ。ユキだけが、脅威を正しく理解できている。


 血が、炎が、何もかもが。ユキの行動を縛り付ける。


 何も出来ないのだから、大人しくしていろと、囁きかけてくる。


 ああ、でも。この場で前線で戦っている少女を見捨てれば──。


 ユキはもう二度と、前に進むことすら出来ないのだろう。


 確かに怖い。だけど、その恐怖は誰だって感じるものだ。


 恐怖も、苦しみも、辛いことも誰もが感じることで。それを克服するのは出来ないかもしれない。


 でも、それでも。


 この一瞬だけは。


 ──動いて。


 未だ委縮した筋肉へ、腐り切った脳へと喝を入れる。


 ──動け。


 目の前で、少しずつその距離を狭める必殺の一撃。


 ──お願いだから、この一瞬だけは、動いて。


 そして、彼らもようやくそれに気づいて──。


 青髪の少女は無理やりに照準を変え、魔法を放とうとし。赤髪の少年は、その顔に焦りを浮かべ。


 だけど、シルヴィアだけは。


「ぁ、ああああああああ!!」


 恐怖を押し殺すために、叫ぶ。咆哮する。


 剣を一瞬で抜き去り、空いていた距離──近いようで遠かった一メートルはすぐに埋まる。


 瞬間。ユキの髪が若干ながらに変化する。


 ユキが持つ『オラリオン』。その能力の一端だ。


 だが、今この場だけはそれでいいだろう。


 この一撃だけを防げればいいのだから。


 気合と共に振り抜かれた剣は、サソリの尾を根元から切断させ──同時に、青髪の少女の魔法が怪物の右目に直撃する。


 ありえない事態。想像してすらいなかった攻撃。


 自らの尾を吹き飛ばされ、また右目を抉られた化け物は。僅かに、その動きを停止させる。


 それだけあれば、シルヴィアがその剣を振り抜くには十分だ。


「や、ああああああ!!」


 裂帛に気合と共に振り抜かれ斬撃。それは寸分なく敵を打ち抜き──絶命させたのだった。































「どういうことなんだ! なぜ、今こんなことを……まだ、先ではなかったのか!?」


 王都中に広がるこの地下水路。当然、貧民街にも繋がっている。


 その地下にある場所で、眼鏡をかけた男性は、優しいと言う第一印象に合わない怒鳴り声を出していた。


「どうもなにも……今回起こったことが私の答えですよ」


「なんでこっちの有利をバラすんだ……! 世界中の地下に張り巡らされている地下迷宮が如き通路。その存在を自らひけらかす必要はないだろう!」


「やはり……貴方と私の意見、及び考え方について相違が生じているようだ……」


 そんな怒りを募らせる男性に応対するのは、全身に包帯を巻いた者だ。彼らは数年前から繋がっていた。


 目の前で怒る男性は、貧民街の現状を変えるために。内通者として行動してもらっている。


「貴方は自らの環境を変えるために……言い換えれば、不条理な運命に抗うために。私はあの御方への愛のために。達成する目的は違えど、過程は同じ。ゆえに貴方と結んだのです。そして、条件として。貴方の悲願への全面協力をする代わりに、貴方達は私がすることに関して、何も口を出さないと」


「だ、だが……このままでは、バレる可能性が高い……約束しただろう! 関係のない者達を巻き込まないと。なのに……これでは」


「安心してください。なぜなら、彼らは見つけられない。この道を。根源は理解できても、どうやってここまで運んだのかを探ることはしない。ただ、この地下水路が封鎖されるだけ。しかも貧民街について探りを入れてくる者もいない」


 貧民街の住民は軽んじられている。頭が働かない田舎者以下の存在だと。


 だが、そんなことはない。


 むしろ、王城に住む人間よりも遥かに優秀だ。


 そう、上を目指す飽くなき欲求。


 これこそが、男性が貧民街の人間と手を組んだ理由。


「ふふ。では、我が愛に誓い、今日この場は退散するとしましょう。それに……いい人間も見つけられましたからね」



 王都での激闘。それはこれを区切りに、一時的な終わりを迎える。


 だが、火花が消えたわけではない。むしろ、煌々と燃え盛る準備は整いつつある。


 その全てが花開くは、今では無く、彼らにとっての希望(ぜつぼう)が現れた時であり、魔族にとって最大の鍵が揃った時。


 後に起きる王都での最悪の事件の時となる。

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