08.猫が懲りる
王子サマと護衛の女騎士が、一緒にお風呂……
巴准教授は、正真正銘の王子様だ。
日之本帝国で生まれ育ったが、ムルティフローラ王家の血を引く人で、魔力と王位継承権を持っている。
現国王が長命人種なので、巴先生が王位に就くことはないだろうが、護衛として近衛騎士の双羽さんがいつも傍に居る。
双羽さんも長命人種なんだそうで、実年齢が幾つなのかは知らないが、外見は二十代後半くらいに見える。
陶器のように滑らかな白い肌、淡い金色に輝く髪、理知的な蒼い瞳。いつも冷静でちょっと厳しいが、巴先生にだけは、時々、優しい笑顔を向ける。
巴先生は、三十歳になるかならないかの男性。
俺は、想像が良からぬ方へ向かわないよう、黒江さんの渋い顔をじっと見詰めた。和坂さんには顔向けできない。
国包も同じことを考えそうになったのか、重ねて聞く。
「……あ、あの、具体的に……どのように……」
「双羽さんが【操水】の術でお湯を起ち上げ、ご主人様のお身体とお召物を同時に洗います」
俺たちは、安堵で身体の力が抜けた。
「そ……そうですよね。双羽さんもムルティフローラ人ですもんね。普通に【霊性の鳩】学派の術も使えますよね」
和坂さんが引き攣った顔で言った。
ムルティフローラなどの魔法文明国では、科学文明国のような湯船やシャワーはない。
水瓶から術で水を起ち上げ、加温して衣服と身体を同時に洗う。水に溶け込んだ汚れを捨てて入浴完了……と魔術概論の講義で習ったことを思い出した。
服を脱いだ無防備の状態で魔物に襲われると、ひとたまりもないから、なんだそうだ。
俺は話題を変える為、犬飼いに話を振った。そもそも、こいつが余計なことを聞くから、無駄にドキドキする羽目になったのだ。
「国包んちの犬は、お風呂についてきたりしないのか?」
「うちのは外飼いだから、夏場に外の水道で洗ってやるくらいだなぁ」
「犬を洗うのですか? では、猫も洗うのですか?」
黒江さんがイヤそうな顔で、俺たちに質問する。
本物の猫じゃないのに、お風呂がイヤなのか。
「うちは特に入れませんでしたね。猫は自分でキレイにしますから」
「うちは、テーブルに飛び上がってお味噌汁を浴びた時に、一回入れただけですね」
「味噌汁……」
和坂さんの言葉に、使い魔と人間の声が重なった。
「流石にそれを自分で舐めてキレイにすると、塩分取り過ぎですから。仕方なくお風呂に入れたんです。シャワーでぬるま湯をかけて、人間用の石鹸で」
「それは、イヤな思い出になりましたね」
黒江さんが、猫サイドから相槌を打つ。
「えぇ、まぁ、自業自得の癖に、洗っている間ずっと、被害者面で叫んでましたよ。泡だらけのまま逃げようとしましたし、やっと洗い終わってバスタオルで拭いて、ドライヤーを掛けようとしたら、全力で逃げちゃって……」
「あ、ドライヤー怖がるのはうちのと同じなんだ。」
「掃除機と音が似てるからなんでしょうねぇ。諦めて自然乾燥に任せました。寒い時期じゃなかったし」
俺の言葉に頷いて、和坂さんは締め括った。
病院帰りもそうだが、恨みがましい目でこっちを見て、呼んでも物陰から出てこないけど、腹が減ったら出て来る所までがワンセットだ。
「うちのコは、それでお風呂は懲りたみたいで、『お風呂』って聞いただけで逃げるようになりましたね」
「和坂さんの猫は、人語を解するのですか?」
神妙な顔で耳を傾けていた黒江さんが、嬉しそうに聞いた。