表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/46

07.猫とお風呂

 俺は、ちょっとしんみりした空気を変えたくて、発言した。

 「うちのも全然()りなくて、猫ってみんなそうなのかな?」

 「三田(さんだ)さんも、猫の尻尾をトイレのドアで挟んだのですか?」

 黒江さんが俺に琥珀色の目を向ける。人の姿に化けていても、目だけは猫っぽいままだ。


 俺は首を横に振った。

 「いえ、うちのはお風呂です」

 「お風呂のドアで尻尾を挟んだのですか?」


 いや、それじゃ、やってること変わんねーだろ。


 「俺が風呂に入ってると、風呂のドアの前で鳴くんですよ。『開けろ~』みたいな感じで『ねうあ~ッ! まうあ~ッ!』って」

 「ひょっとして、開けた?」

 期待に満ちた目で和坂(かにがさか)さんが聞く。

 その通りだ。流石、よくわかってる。


 松太郎がドアに張り付き、二本足で立って背伸びしているのが、すりガラス越しに見えた。

 密着した肉球が可愛いかったりする。


 「うるさいから一回開けたら、後ろ足で立ち上がって、浴槽のフチに手を掛けて、湯船を覗き込んで、一回床に座って……」

 使い魔の黒江さんと犬飼いの国包(くにかね)が、頷きながら聞き入る。

 元猫飼いの和坂(かにがさか)さんは、その先が予想できたのか、肩を震わせて笑いを(こら)えている。


 「体勢を整えてジャンプして、多分、風呂のフチに着地したかったんだろうけど、勢い余ってドボーン」

 「溺れたのかッ?」

 「まだ生きてるよ……急いで引き上げて、バスタオルで拭いて、ドライヤーで乾かそうとしたら逃げて、しばらく物陰から出て来なくなった」

 「それは、恐ろしい目に遭われましたね」

 黒江さんが猫サイドの感想を漏らす。


 わざわざ、浴槽の高さを確認してまで浴槽にダイブした件は、スルーらしい。

 猫仲間として、聞かなかったことにするつもりなのか。


 「そうなんですよね。それだけ怖い目に遭ったら、普通、()りると思いますよね?」

 俺は猫の気持ちを知りたくて、黒江さんに質問した。

 黒江さんは本物の猫ではないが、少なくとも俺よりは、猫の気持ちに近いんじゃないかと期待の眼差しを向ける。


 「俺の方は懲りたから、開けたくないんですけど、俺が風呂に入ってると、ドアの前でしつこく鳴くんですよ」

 「で、根負けして開けちゃうんですよね~」

 元猫飼いの和坂(かにがさか)さんが、頷きながら先回りした。


 黒江さんは、うちの松太郎に猫目線の賞賛を贈る。

 「三田(さんだ)さんの猫は、大変、粘り強いお方なのですね」

 「えぇ、まぁ……中途半端に懲りたみたいで、浴槽のフチじゃなくて、風呂の蓋の上に飛び乗るようになりました」


 ここでも、松太郎の「同じ罠には二度と掛からない」能力が発動しているように思う。


 だが、一回目があまりに致命的だ。

 俺が、素肌にしがみつかれて血塗(まみ)れになりながらも、手を離さずに引き上げなければ、溺死していた。


 あの一件以来、俺の家では残り湯を洗濯に使わず、すぐに浴槽を空にするようになった。


 「単に、あったかいから乗ってるんじゃないのか?」

 犬飼いの国包(くにかね)が、一般論を述べる。

 「真夏でも乗るんだ。俺が入ってる時、限定で」

 「うちのはお風呂場には入らなくて、お風呂上りに『足すりすり』で、毛だらけにされてましたけどね」

 俺の説明に、和坂(かにがさか)さんが懐かしげに語った。


 それを聞いた国包(くにかね)が、使い魔の黒江さんに質問する。

 「そこまでして、一緒に居たいものなんですか?」

 「私は待機を命じられましたら、このように、ご主人様と離れ離れになろうとも、断腸の思いで我慢致します」

 黒江さんは、静かに言った。


 表面上は落ち着いているが、風呂場の前で鳴く松太郎と同じ気持ちなんだろうか。


 「えっ? じゃあ、巴先生のお風呂、どうしてるんですか?」

 国包(くにかね)が聞く。

 トイレに介助が必要なら、風呂も当然そうだろう。


 「私は『クロはここで待っててね』と脱衣所での待機を命じられ、ご主人様は、双羽(ふたば)さんと一緒に浴室へ入られます」

 「えぇッ?」

 ゼミ生三人は別な意味で驚き、同時に声が裏返った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
関連項目。巴准教授、黒江、双羽が登場する話。
読まなくても支障はありませんが、関係性はわかりやすくなります。
地図などは「野茨の環シリーズ 設定資料『用語解説17.日之本帝国』
野茨の血族ポテ子も↓と同じシーンに登場。
碩学の無能力者ポテ子も↑と同じシーンに登場
汚屋敷の兄妹三人が大掃除を手伝う
野茨の環シリーズ 設定資料用語解説など
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ