05.猫とトイレ
「猫がトイレ使ってる時の顔って、真剣でカワイイんですよね~」
なんとなく気まずくなった空気を、和坂さんが変えてくれた。
俺は頷きながら、補足する。
「そうそう。あいつら、トイレを超重視してんですよ」
「ほほう。トイレを重視……ですか? 具体的にはどの面をですか?」
自分ではトイレを使わない筈の使い魔が、興味津々で質問した。
「位置と砂の種類と衛生面ですね」
「そうそう。神経質なコは、トイレがちょっとでも汚れてると使わなかったり、抗議行動でトイレじゃない所でしてみたり……」
俺の短答を、今度は和坂さんが補足してくれた。
使い魔の黒江さんが、驚いた顔で俺たちを見る。
「何故、それが抗議になるのですか?」
「普通の猫は、黒江さんみたいに人間のコトバを喋れないんで、態度や行動で不満を示すんですよ。『こんな汚トイレ使えるかー!』って」
猫を飼ったことのない国包が、常識の範囲内で回答する。
俺は猫飼いとして、それを修正した。
「うちの猫は、トイレが汚れてたら、『ちょっと、トイレ汚れてんだけど!』みたいな感じで申告してくるぞ」
「三田さんの家の猫は、人間の言葉が話せるのですか?」
黒江さんが嬉しそうに聞くので、少し申し訳ない気持ちになりながら答える。
「いえ、人語は話しません。猫語でニャーニャー言いながら、『こっち来い』みたいな感じで、俺の前を歩いて、振り向いてまたニャーニャー。俺がちゃんとついて来るのを確認したら、また歩いて、ちょっと行ってから振り返ってニャーニャー……」
「そうやって、用のある場所に人間を誘導するんです。私たちも、猫語の正確な意味はわかりませんが、それで大体、どこに用があるのかはわかります」
和坂さんが、簡潔にまとめてくれた。
俺は身振りを交えて、使い魔への説明を続行する。
「で、トイレに誘導されます。トイレの前で俺の顔を見上げて、ニャーニャー鳴いて、トイレのフチを前足で軽く掻くんです」
「そうやって、『トイレ掃除して欲しい』って伝えるんです」
「おぉ……全く異なる種族、言語にも関わらず、そのようにして意思疎通を図るのですか……」
黒江さんは、心底、感心したように何度も頷いた。
人語を解する使い魔の黒江さんには、異種間の非言語コミュニケーションの方が、理解し難いようだ。
何かスゴイ発見をしたような気がしたが、多分、巴先生はとっくに気付いて、論文とかに書いてるに違いない。
お互いに「伝えよう/わかろう」とする意志と誠意があれば、単純で具体的なことなら、割と伝わる。
でなきゃ、獣医さんとか動物園の職員、畜産農家の人とか、競馬関係の人とか、動物相手の仕事をする人はどうやってんだ、ってことになる。
「で、俺がトイレ掃除するのを、横に座ってじーっと監視します」
「こう……猫の正座って言うんでしょうか、両手足を揃えて尻尾を巻きつけて、背筋を伸ばし気味にして、手を下した招き猫っぽいポーズで、キリッっとした顔で、トイレ掃除が終わるのを待つんです」
和坂さんは、メモ用紙に普通のボールペンで絵に描き起こしてくれた。
なんと言うか、味のある絵だ。
でも、充分伝わる。
「掃除が終わって、俺がスコップを定位置に戻した途端、トイレに入って使用を開始します」
「終わったら、『ふー、やれやれ』みたいな顔で、なんでもなかったみたいに去っていくんですよね」
「うちのは逆に、『ひゃっはー! 出してやったぜー!』って、ハイな感じで部屋中走り回りますよ」
「へー、そうなんだー。こんなトコにも個性って出るんですねー」
「掃除が終わるまで、きちんと待つのですね」
「そう言えば、待ちきれなくて漏らしたことはないなぁ」
黒江さんに言われるまで、気付かなかった。
松太郎は、トイレ掃除をちゃんと待っている。動物病院では漏らしたけど、家では漏らしたことがない。
今度、実家に帰ったら、うんと褒めてあげよう。