43.猫の要求
「なぁ、三田。さっき、変なこと言ってなかったか?」
「変なこと?」
国包の疑問点がわからない俺は、首を捻って聞き返した。
「ご飯とトイレ掃除は、生存に関わる項目だし、切羽詰まってるだろうから、必死に鳴いてアピールするのはわかる」
「うん」
「なんで『だっこ』が、それと同レベルで、要求が激しいんだ?」
俺は意表を突かれ、変顔で固まってしまった。
そんなことを真剣に質問されるとは、思っていなかった。
横目でちらりと黒江さんを見ると、自分への質問ではないからか、研究室のドアを真剣な顔で凝視している。
「なんでって……」
言いながら、俺は松太郎の顔を思い出した。
必死。
特に俺の帰宅直後は、「今すぐだっこされなきゃ死ぬ」みたいな勢いで「にぃ、あ、あ、あ、あ、あぁあああぁあああぁ~んン」とか鳴いて、足に高速で「8の字すりすり」してくる。
歩くのに邪魔で、実際、松太郎の足を踏んでしまったこともある。
それでも奴は懲りない。
「後でな、後で。手を洗ってから。あ~と~でッ!」
そう言って制止しても、聞き入れない。
ひたすら俺の顔を見上げて鳴きながらすりすりしつつ、ついて来る。
そうやって、俺が速やかにだっこしないので、終には強硬手段に出る。
爪を立てて足によじ登り、顔の高さまで這い上がってくるのだ。
鋭い爪が服を貫通し、肉に食い込む。
五キロの恵体が、あの細い爪に全体重を預けるから、痛いなんてもんじゃない。当然、俺は血塗れだ。
仕方なく抱き上げると、狂おしいまでにゴロゴロ喉を鳴らし、鳴らし過ぎてゴルルルッグルルルゴッみたいになってる。興奮のせいか、鼻息も荒い。
そして、顔中をなめ回される。
ぺろぺろ……なんて生易しいものではない。
猫の舌は、肉をこそげ落とす為、ヤスリ状になっている。頬肉をこそげ落とす勢いで、ジョリジョリ~ゾリゾリ~……とやられる。
痛みで顔を逸らすと、両手の肉球で俺の顔を挟んで、力づくで自分がなめたい方に向かせる。ちょっとでも動くと、爪を出して動きを制限されるのだ。
松太郎の気が済むまで、なめ回されるしかない。
ジョリジョリなめる合間で、ふわふわのほっぺや狭い額を俺の顎にゴリゴリぐりぐり全力で擦りつける。
ひとしきりジョリジョリぐりぐりして満足したら、松太郎はだっこする俺の腕をするりと抜けて、肩に登り、頭をジャンプ台にして、タンスや食器棚の上に飛び移るのだ。




