41.猫を投げる
強引に話を戻す。
「うちの猫、犬みたいに『取ってこい』はしないんですけど、遊んで欲しくなったら、おもちゃ持ってきますよ」
「持って来る? 猫が、おもちゃを?」
犬派の国包が話を繋いでくれた。
いや、これは素で驚いてるのか。
「うん。お気に入りのおもちゃは、普段どっかに隠してるんだけど、遊んで欲しくなったら、おもちゃを咥えてきて、俺が座ってる横にぽとって落とすんだ。で、後は俺の横に座って、無言でじーっと俺を見上げてる」
「えっ? 見てるだけ?」
国包の驚く声に、黒江さんがこっちを見る。
和坂さんは、嬉しそうに俺の話に耳を傾けて、続きを待っていた。
「見てるだけ。無言。無言のプレッシャーが半端ない」
「ニャンとも言わないのか?」
「言わない。黙~ってじ~って見てくる。だっこやご飯やトイレ掃除の催促は、ニャーニャーアピールして、寝てても叩き起こす癖に、『遊んで』だけ超遠慮がち」
「どう言う基準だよ?」
国包が苦笑する。
……そんなの俺が知りたい。
「わかったら苦労しないよ。で、俺が気付いて『何?』って聞いたらここでやっと、蚊の鳴くような声で『……ャ~』って言うんだ」
「ニャーですらない!」
気を取り直した黒江さんも、興味津々で質問する。
「何故、何も仰らないのですか?」
「わかりません。俺がおもちゃを手に取ったら、目を輝かせて立ち上がって、『早く早く』って遊びを急かすんで、まぁ、後は普通に遊びますね」
うちの松太郎は、期待に満ちた目で俺を見つつ、身体は距離を取る。
俺が猫じゃらしを適切な距離、速度で振ってやると、野獣の眼になって飛びついてきた。
そして、松太郎が飽きるまで延々、遊びに付き合わされるのだ。
「後は、投げる遊びも好きだな」
「えっ? 『取ってこい』はしないんじゃなかったのか?」
「しないよ。投げるのはおもちゃじゃなくて、猫なんだ」
「猫を投げるのですかッ?」
黒江さんが顔色を変えた。
そんな顔されても、うちの松太郎は本当に投げる遊びが好きなんだ。
「人間だったら絶対、ジェットコースターとか、好きなタイプだったと思いますよ」
「じぇっとこーすたー……とは、どのような物でしょう?」
この使い魔は、そこから説明が必要なのか。
俺たちゼミ生は、同時にガックリ肩を落とした。
……あ、でも、よく考えたら、あの巴先生が遊園地とか行く訳ないよな。
王子様だし、心臓に障碍があるし、ジェットコースターに乗るとか、とんでもない話だ。
国包がジェットコースターについて、簡単に説明すると、黒江さんは納得してくれた。
「……えーっと、猫投げの件ですが、いいですか? 猫が望んだので、俺が投げたんです」
「三田さんの家の猫の望みが、投げられることなのですか」
黒江さんは、俺を猜疑心に満ちた目で見ている。
だが、本当のことなのだから、仕方がない。
「まず、布団を敷きます。次に、隣の部屋へ移動し、襖を開放します」
「ふむ……」
「猫が飛びついて来るので、抱き上げます」
黒江さんだけでなく、和坂さんと国包も真剣な顔で耳を傾ける。
俺は身振りを交えて説明を続けた。
「猫のお尻を支えて、おなかを上に向けてだっこして、こう……数回揺すって遠心力をつけます」
恰も、本当に猫を抱えているような動作で、腕をゆっくり大きく振る。
黒江さんは、俺の腕の動きに合わせて、上半身を動かした。
よく見ると、眼……いや、頭は動いていない。がっちり俺の腕にロックオンしたままだった。
……まさか、その姿で飛びつく気か?
俺は、プロレスラー並の体格を誇る執事に恐怖を感じたが、説明を続行した。
「頃合いを見て、猫を布団めがけて放り投げます。ふわっと手を放す感じで」
「ホントに投げたーッ!」
犬飼いの国包が叫んだが、気にせず続ける。
「……猫なので、空中で身を捻って、ちゃんと足から布団に着地して、着地した瞬間、超笑顔で尻尾ピンと立ててこっちに突っ込んできて、『もっとやれッ!』って飛びついてきます」
「おぉ……」
黒江さんが感嘆の声を漏らす。
「で、またさっきみたいにだっこして、遠心力付けて、投げて、着地して、ダッシュで戻って、まただっこして、投げて……」




