40.猫と遊ぶ
「……どのようにって、猫じゃらしは、エノコログサの俗称です。夏から秋にかけて猫が好きそうな形の穂が出るんですよ」
「ほほう……草ですか」
「はい。実家が田舎なんで、その辺にいっぱい生えてます。で、それを一本抜いて、猫の前で振ると、面白がって飛びついてきます」
「この近くにも生えていますか?」
「公園とかで探せば、あるんじゃないかと思いますけど……」
天然物はタダだから大丈夫だと思ったが、それがあったか。
巴先生は本物の王子様だ。直々に採りに行かせる訳にはいかない。色んな意味で。
俺は困って元猫飼いの和坂さんを見た。
「黒江さんも、猫じゃらしで遊んでみたいんですか?」
「はい。他所の猫が遊ぶなら、私も是非、猫じゃらしとやらを試してみとうございます」
黒江さんは、キラキラした目で答えた。
……他所のコが持ってるからって、自分も欲しがるなんて……子供かよ。
うきうきワクワク答える使い魔は、おもちゃを欲しがる子供の目をしていた。
犬飼いの国包も、猫じゃらしの使用方法に興味を持ったらしい。
「犬は『取ってこい』とかするけど、猫って、猫じゃらしに飛びついて、咬みついて、ボロボロにして、それで終わり?」
「あれは、駆け引きを楽しむものなんだ」
「駆け引き?」
黒江さんと国包が声を揃えて首を傾げ、和坂さんは無言で頷いている。
「振り方が下手だと猫は興味を持たない。動きが速過ぎると猫がついて行けない。ついて行けるギリギリの速度と高度を保って、猫の攻撃範囲内で振るんだ」
「何、その玄人っぽい解説!」
国包は呆れつつ驚いているが、黒江さんは俺を食い入るように見つめていた。
「捕獲されたが最後、一瞬で破壊されるんだけどな……」
「天然物は、耐久度が低いですからねぇ。でも、猫草の代わりに食べちゃっても大丈夫ですから、安心して遊べますよ」
黒江さんは、和坂さんの補足説明に首を傾げた。
「おやつなのですか?」
……なんでだよ。
和坂さんが、ひきつった笑顔で解説してくれる。
「タマネギと違って毒じゃないので、うっかり食べちゃっても大丈夫ってことですよ」
「猫草を食べた後、吐く奴も居ますし」
「吐くのはやはり、毒だからではないのですか?」
「う~ん……その辺、まだちゃんと解明されてないっぽいんですけど、毛玉を吐く為に猫草を食べるって説がありますね」
俺が言うと、黒江さんは自分の手の甲を見詰めて黙ってしまった。
ゼミ生三人で顔を見合わせ、代表で俺が質問することになった。
「黒江さん、どうされました?」
「私はちくわ以外の物を食べませんし、毛玉も吐いたこともございません。猫失格なのでしょうか?」
やっと顔を上げたが、泣きそうな目をしている。
執事形態の手の甲には勿論、ふかふかで真っ黒の猫毛は生えていない。
「やだなぁ~。黒江さんは普通の猫じゃないんですから」
「そんな面倒な機能、なくても心配ありませんよ。巴先生にゲロの始末させる気ですか?」
「だって、今までずっと、それで元気だったんですよね? 大丈夫ですよ!」
三人掛かりでなだめてやっと、黒江さんは半べそから復旧した。
なんでおもちゃで遊ぶ話をしてて、泣かす流れになってるんだろう。
俺は窓の外に目を遣り、溜め息を吐いた。空はこんなにキレイなのに。
研究室の壁は概ね、本棚で埋まっている。どの棚にも、古い文献や魔術関連の学術誌、資料のファイル、素材などが詰まっていた。
この分野に関しては、未だにアナログが主流なのだ。




